リオルナリー、店を買う
「あー、やれやれ。困ったもんだねえ。多少の資金になると思ったのに」
リオルナリーが商店街へお使いに行くと、生地屋の女店主タビーが溜め息をついている。年齢は60代後半だというも、かくしゃくとして元気いっぱいの頼りがいがある人なのだ。
なのに、今日の佇まいは悲しげで、眉や口角を下げ、力を落とし店先のベンチに座っている。
「どうしたの、タビーさん。何か失くしでもしたの?」
「ああ、ルナちゃん。婆ちゃんの話を聞いてくれるのかい?」
◇◇◇
タビーはリオルナリーの初給料が出た時、新しいタオルやタオルケットなどを安く売ってくれた気の良い人だ。
「初給料で買いに来てくれたのかい? 嬉しいねえ。じゃあオマケしちゃおうかな?」
「ありがとうございます! タビーさん」
若いメイドの給料なんて、相場が決まっている。
「働きはじめの多くない給料で店に来てくれたのだから、お買い得商品を薦めてあげようかね」と張り切ってくれていた。
侯爵家では掛敷き布団と枕、毛布、カバーも一式支給される。貴族家によっては全部持参させるか、購入させる場合もあるそうなので、善良的ではある。
だけどルナは、身一つでメイド部屋に乗り込んだので、他のメイドのように自宅で使っていた替えのシーツや枕カバー等が全くなかった。
その為、リンダとバネットとパンツを買った翌日の仕事終わりに、タオルケットやシーツ等を一式購入しに来たのだ。
リオルナリーは使用人棟に来てから、だいたいの物は手作りしている。
それは今も変わらない。
ただ集めた素材より大きい物は無理だし、タオル地のように機械織の素材はそもそも手に入らない。なので何も持たずに引っ越して来た者のように、いろいろ買い求めたのだ。
無駄使いしない彼女だから、ここに資金投入してもお金に困ることはない。それでもタビーは、定価から2、3割引いて売ってくれた。
「まあまあ、こんなに若い子が買いに来てくれて嬉しいね。あらっ、マンダリン男爵領って何処にあるの? ああホッテムズ伯爵領の近くにあるのかい。畑が多くて良いところだよね」
そんな世間話をしながら私が緊張しないように気を配り、必要な物を丁寧に選んでくれたのだ。それだけではなく、以前に彼女の娘さんが着ていたパジャマ等も、好きなだけ持って行くようにと言ってくれた。
「新品じゃないから、いらなくなったら雑巾にしても良いからね。もう娘が嫁に行ってだいぶん経つけど、捨てられなくてね。かと言ってもリメイクする気にもならなくて。服も貰われて喜んでいるよ」
「ありがとうございます。今は本当に無駄使い出来なくて。すごく嬉しいです。それに凄く可愛い」
タビーは “服を貰ってくれてありがとう” と、満面の笑みで嬉しそうに衣類を包んでくれていた。
(大事な物だったと思うのに、ありがたいわ)
寝具の他にはタオルも数枚購入した。
追い出された時に持ってきたタオルは、既にボロボロだった。1枚を毎日顔や体を拭き、1枚は部屋の掃除をして使い潰していたから。
この1年で、手に入らないと困る物は身に染みて理解できた。
逆に要らないものも。
ただ無駄に思えるものでも、好きであることが変わらないものはある。
そして、物心がついてからずっと手に入れたいものも。
それは今でも変わらない。
◇◇◇
そんなタビーが困っているのだから、出来る事なら協力しようと思うリオルナリー。
タビーは以前から娘さん夫婦に、一人暮らしは心配だから同居しようと言われていたらしい。けれど長年暮らした王都と、旦那さんと営んだお店に未練があり残っていたのだが、最近腰痛が酷いので同居を決意したそうなのだ。
そこで商業ギルドに店を商品ごと売りに出そうとしたのだが、安く買い叩かれそうだと言う。
他に買い手がつかないとギルドに任せる他ないので、どうしたものかと悩んでいたらしい。
「このままだと片付け料金等も取られて、金貨3枚にしかならないの。せめてお世話になる娘に、お店を売ったお金を受け取って貰おうと思っていたのにね。生地代だけでも金貨10枚以上にはなると思うんだけど、買ってくれる人がいないと、どうにもならなくてさ。誰か店を欲しい人はいないかな?」
(本当に困っているみたいだ。
金貨10枚か。私のルナ名義の通帳には金貨1000枚があるわ。
それはお母様が、私が自由に何でも挑戦できるように、若い時から貯金したお金を残してくれたのだと、日記に書いてあった。
でも…………
このまま見ない振りをすれば、私はずっと後悔すると思う。
お金があるのに、お世話になった人に何もしない自分自身に。
だから…………………)
そんな時に、銀行頭取ビル・シュバイツがリオルナリーの視界に入った。
「あ、ビル様」
「偶然ですね、ルナ様。何かお困りですか?」
ビルは大通りにある生地屋が売りに出されそうなので、下見に来ていた。ギルドに流れたら競売に出る前に、何かしらの方法で、安く買い取ろうとしていたのだ。
はっきり言って、先程のやり取りも店の陰から全て聞いていたので、リオルナリーがどうしたいのかを既に理解していた。
リオルナリーはビルの耳元で囁く。
「タビーさんの店を購入したいのです。ビル様の見立てだと、どの位の価値になると思いますか?」
完全にではないが、リオルナリーはビルのことを信用出来る大人だと思っていた。なので真剣な眼差しで尋ねたのだ。
それに気づいて、ビルも偽りなく答えた。
「そうですね。私は生地については解りませんが、この店の立地はかなり良い。競売になれば、500枚にはなるでしょう。ですがその前に、単純にやり取りするならその半額以下が妥当だと思いますよ」
「そうですか。では金貨260枚でこのお店を購入する書類の作成をお願い出来ますか? ルナ名義の方のお金で」
こそこそ声で囁くリオルナリーに、ビルは喜色めいて応じた。
「少々お待ちください。ただ今銀行に戻って、書類を作りますから。一応私も法律の心得はありますが、弁護士でなくともよろしいのですか?」
リオルナリーは頷く。
「書式が整えば、個人間同士の売買なら弁護士は不要だと聞きましたから。ただし私は正式な書式を書いたことがないのです。ですからビル様に書類作成をお願いしたいのです。後程作成料をお支払いに行きますから」
了解しましたと頷き、彼は足早に踵を返した。
それを見てリオルナリーは、タビーに向き合った。
「タビーさん。私、ホッテムズ伯爵の親戚から、王都の方で店舗を探して欲しいと言われていたの。せっかく王都にいるのだから、是非によろしくと言われておりまして。
預った金貨が260枚ありますが、それで足りるなら売って欲しいのです。書類は今、銀行頭取のビル・シュバイツ様が作成してくれています。サインを頂ければ、銀行ですぐに引き落とし可能になるように。
これで不安は少し減りますか?」
タビーは瞠目して腰を抜かしそうだった。
愚痴でも聞いて貰おうとしただけだったのに、あれよ、あれよと言う間に、高値で店を買って貰えることになったのだから。
「良いの? ルナちゃんが決めちゃて、怒られない?」
「怒られる訳ないですよ。逆にこんな良いお店を買い逃したら、大目玉をくらいます。勿論決定権はタビーさんにありますから、ゆっくり決めてください。書類は銀行のビル・シュバイツ様が作成しています。もし売ってくださるなら、明日以降に一緒に銀行に行きましょう」
タビーは涙ぐみ、ベンチで膝を抱えた。
「ありがとう、ルナちゃん。私にとっては貴女は幸運の女神様だよ。これで安心して娘に会えるよ。本当に…………」
リオルナリーはタビーの両手を握り伝える。
「私は言われたことをしただけよ。もし幸運だと思うなら、それはタビーさんの行いを神様が見ていたのよ。遠慮なんていらないわ」
「ルナちゃんありがとう」
そう言ってタビーは、リオルナリーを抱きしめたのだった。
母親が死んでから、こんな風に腕に包まれることはなかった。時々糸を買い足しに来る度に、飴やチョコをポッケに入れて、優しい声で体調や仕事のことを聞いてくれたから、本当の婆ちゃんみたいな存在だった。
だから、やっぱりこれで良かったと思えたのだ。
そして今日も買い物の途中の出来事だったので、今回のやり取りも時間にして30分弱だ。リオルナリーに関わった人の運命は、本当にあっという間に変わっていく。
◇◇◇
数日後、リオルナリーはタビーと銀行に行き、無事売買契約を済ませた。お金の受け取りは娘さんが来てから行い、そのまま身を寄せるそうだ。
悲しいけれど、不幸な別れではない。
いつかまた会える日が来ると信じる2人。
隣国に住む娘夫婦は、隣国のわりと大きな老舗の商会長夫婦。母親が家を売ると聞き、密かに人を送り様子を見守っていた。
もし不当な売買なら、弁護士を雇ってでも全面的に争う姿勢だったから、とんだ肩透かしである。
タビーの娘、セレナーデは思った。
「きちんと立地を見た良い判断じゃない。イロも付けて不満も出ないように考えているし。状況判断も的確で計算も強い。うちの商会で働いてくれないかしら?」
リオルナリーの引き抜きを目論むほど、彼女を気に入った様子。彼女は、セレナーデの顔すら知らないのに。
◇◇◇
その後タビーにお世話になった人達で送別会を行い、その翌日に迎えに来た娘と共に、彼女は店を後にしたのだ。
送別会の際。
リオルナリーは、帽子と手袋を毛糸で編んで渡した。
隣国は冬に雪も降るそうだから。
「あまり上手じゃないけど、使ってくれたら嬉しいな。今までありがとうございました。お元気で」
「こちらこそ、ありがとうね。何か困ったことがあれば、連絡頂戴ね。きっとしてよ」
「はい。よろしくお願いしますね。タビーさん」
そう言いながら、抱き合って別れを惜しむ。
世話好きのタビーの所には、他にも多くの人が集まっていたが、みんな微笑ましくその様子を見ていたのだった。
◇◇◇
ビルは思った。
「恩人の為に大金を投じたリオルナリーは、今後どう動くのでしょうね。1日でも店を寝かせていては、大損害に繋がりますよ。さあ、私を楽しませてくださいね。ふふっ」
勝手に期待して、楽しげに微笑むビル。
何も知らない女性銀行員達は、彼の微笑みが妖艶だと言ってキャアキャアとざわめく。
だが仕事の出来るエリートイケメンは、男性銀行員達には不評である。
「あの人が早く結婚しないから、女達が此方を見ないんだよ。嫌になる!」
女性職員が多い銀行なのに、ビルを追いかける女性が多過ぎて、僻んでいる男性は多いのだった。
◇◇◇
諜報員仲間のロザンナから、リオルナリーが店舗を買ったと報告を受けたケイシー。
「あいつ店を買ったの?」
「そうよ」
「30分くらいの間に?」
「そうね」
「それは止める時間もないよな」
「なかったわ」
「「はぁ~」 」
力なく嘆息する2人。
状況を見ながら、店を売却することを視野に入れる2人。
「あいつ、何か考えているのかな?」
「そう思いたいけどね。どうだろ?」
リオルナリーを他所に、大人達は心労がたまり始めていたのだった。




