リオルナリーは、花屋さんを助ける?
「貯金、貯金、ちょっきん、きん。カニじゃないよ♪ お金だよ♪ 甲羅のように、かたく貯めよう♪」
適当な歌を歌いながら、買い物前に銀行に寄る途中のリオルナリー。
昼休みの時間に銀行を利用することを伝え、許可も貰っている。例の臨時ボーナスの件で、みんなも手元に置くことが怖く、銀行に預ける者が大半だった。持ち慣れない大金があると、落ち着かないからね。
以前に銀行に来た時のリオルナリーは、『リオルナリー・アラキュリ侯爵令嬢』として訪れ、2人分の通帳を作成して貸金庫を借りていた。
でも今のリオルナリーは『ルナ・マンダリン』なので、通帳を作るのは初めてとなる。
メイドとして働いたお金を自分で管理できるので、とても便利だしワクワクする。
「私が自力で稼いだ、汗と涙の結晶だもの」
なんて言うものの、今のところ汗はかいても涙は流れていなかった。
まずは無事に通帳は作成した。
これから八百屋、肉屋、味噌屋と遠い方から順に回り、なるべく荷物を持つ負担を少なくしながら邸に戻る予定だ。
八百屋を目指して通りを歩いていると、恰幅の良いおじさんが幼児を抱っこしながら歩いて来る。その子供は泣いて手足をバタつかせていた。
リオルナリーの前を歩いている女の子が、突然幼児の動かした足にぶつかり転んでしまう。
「きゃあ!」
「おお、悪い悪い。子供のやった事だから許せよ。可愛い顔が傷つかなくて良かったな。あははっ」
(なんて嫌なおっさんだ。きちんと謝りもしないで、良かっただなんて、呆れるわ!)
静かな怒りを灯すリオルナリー。
おじさんは女の子の身なりを見て、止まることもなく歩き去って行った。
平民の子だと思い侮ったのか、ずいぶんいい加減なものだ。きっと貴族にぶつかったなら、平謝りするだろうに。
駆け寄るリオルナリーは、倒れている女の子に声をかけた。
「大丈夫? 怪我はない?」
ミリアと名乗るその女の子は、膝に擦り傷が出来ていたが強い痛みはないと言う。けれど起き上がる時に体が揺らぎ、足首を軽く捻ったようだ。
だがそれよりも、売り物の花の茎が折れて落ち込んでいた。
「せっかく育てたのに。もう売れないわ、どうしよう」
ミリアは花や木を売る花屋さんの娘で、家が道路沿いになく人が来ないので、通りまで売りに来たのだと言う。
心配したリオルナリーは、彼女を支えて花屋さんまで送った。
花屋さんは赤茶の煉瓦で建てられた、立派な老舗の店舗のようだった。店前にはたくさんの切り花がコンテナに入って並び、その後ろには畑とハウスが広がっている。鉢植えの物は温室で管理され、保管されているようだ。
彼女の家は、代々この街に根づいてきた花屋さんだそう。
今まではある伯爵家と定期的な契約を結び、伯爵邸の造園の手入れや花の購入があったことで、店舗が目立たなくても支障がなかったそうだ。
けれど当主が代わると造園の手入れの契約を切られ、花の購入もされなくなったと言う。大口の取り引きがなくなると、途端に収入が減少した花屋さん。
遣り繰りが大変そうなのを見たミリアは、子供なりに現金収入が得られるように頑張っていたのだそう。
何度か上手く行って収入を得ていたようだが、今回は花を駄目にしてしまいガッカリしていたのだ。
(たぶん伯爵家との取り引きは、代々受け継いできたのだろう。お抱えの庭師として、造園の手入れも担いながら。貴族相手だから入る金額も多かったのだろう。けれど今の時代、当主の手腕で貴族家の収入は簡単に変化する。件の伯爵家も、恥を忍んで断ったのかもしれない。この家も時代に合った経営をしなければ、何れは潰れるんだろうな)
リオルナリーもイッミリーから教育を受けていたから、何となく想像がついた。たとえ貴族だとて昔のままの領地経営では、貿易国から輸入される商品に勝てなくなっていたからだ。たとえば領地作物の品種改良で糖度の多い果物を作ったり、冷害でも枯れない品種を増やしたり、缶詰や干しものに加工して無駄を省くと共に付加価値をつけるなどし、収益を上げる工夫が必要らしいのだ。中には税収を投資信託に回して増やす者もいるが、損切り覚悟の金持ちでないとおいそれとは手は出せないと言う。
以前にリオルナリーが行った投資信託には、そんな背景があったのだ。時代は常に変化していく。
ミリアに聞くと、父親は他の貴族家へも同じような仕事を売り込みに行っているが、軒並み断られていると言う。
それはそうだろう。
元々お抱えの庭師がいれば新しく契約はしないし、新しく貴族になった者はそう言う概念自体がないだろうし。
その時リアルナリーは、パンツ売りを思い出していた。あの可愛くて賑やかで、内容も充実していた魅惑のお店のことを。
「ねえ、ミリア。一人で持てるだけの花を売るより、可愛く飾り立てたコンテナや荷台にたくさん花を積んで売るのどうかな? 花を可愛い包装紙でラッピングしたり、いろんな色のリボンをお好みで括るのも素敵でしょう?」と、ミリアへ話すリオルナリー。
「それ素敵ね。あ、私も思い付いたわ。鉢植えの花は巾着のように、まるごと鉢を可愛い布で囲むとかも可愛いかも。1つ1つだと脆弱に見える切り花も、たくさんの種類の花を纏めて並べれば、花畑みたいに素敵に見えそう」と、ミリアも負けずに意見を出していた。
「良いねえ♪ じゃあじゃあ、花言葉のカードを添えたり、渡された金額で要望に応じた花をラッピングしたり、10本買ったら1本サービスしたり、雨の日は割り引きしたりは? いや~、私の妄想はアイディアの宝石箱ね♪」
「うん、ルナはすごいよ。これならお父さんも聞いてくれそう」
「じゃあ、さっそく話してみよう」
リオルナリーとミリアは、纏まった意見を彼女の父親へ提案することにした。このまま収入が無ければ、この家は借金で潰れるのは目前だ。
自分と年の変わらないミリアの方が家へ現金を入れていると言うのに、それを認めず足掻く父親を見て情けないと思った。
『プライドでお腹は膨れない』
出来ることがあるのだから、やってみなきゃ駄目だ。
今回のリオルナリーは、ちょっとやる気だ。
別の意味で嫌いな実父と、意固地なミリアの父親が被ったからかもしれない。
リオルナリーはミリアと纏めた、手書きの企画書を父親に見せてこう伝えた。
「カトレイア造園の店主様、お仕事を依頼します。取り合えず前金で金貨5枚をお支払いしますわ。まずはこのアイディアを改めて紙面に纏め、ルナ・マンダリン名義で商業ギルドで特許を取ってください。
・荷台にたくさんの切り花や鉢植えを揃えて売ること
もし特許が取れなくても、今回が元祖と認められれば十分です。必ず話をしに行って下さいね。特許が取れない時は 『カトレイヤ造園商会』 が花の移動販売を初めて開始しますと伝えてください。
許可に資金がいるなら、その場で支払ってください。後でその分は、必ず支払いますから。
売り歩く時は、
カトレイヤ造園商会と、荷台にバッチリ名前を布で張り付けて宣伝してください。店の場所の説明とハウスにも花や鉢植えがドッカリあって、新鮮な花を提供しますよって言いながら売り歩いてくださいね。
可愛い包装紙を何種類か揃えて、お客様の好きなもの選んで貰ってください。
それを括るリボンは10種類は揃えてくださいね。
出来るなら簡易の契約書をすぐに作成してください。
私には、後40分しかないのです。
金貨5枚は今お渡しします。
その代わり売り上げの一割を、毎月私に渡してください。もし収入がマイナスならば、銅貨1枚もいりませんから。
この契約を結びたいと思うのですが、いかがでしょう?」
舐められたら終わりとばかりに、今のリオルナリーは貴族モードを発動していた。さっきまで仲良く話していたミリアからだと、大人ぶってるようにしか見えないが。
「お父さん、契約して。お父さんが忙しいなら、私が代わりに一人で頑張るから。許可を下さい、お願いします」
捲し立てるように言うリオルナリーと頭を下げる我が娘に、ミリアの父親であるエクリストは動揺を隠せずにいた。
(何故そこまで……。無理もないか、今の俺の有り様じゃあ。でもなあミリア、俺はお前に頭を下げさせたくなんかないんだ。お前に頭を下げなきゃいけないのは、俺の方なんだから。一人で花を売っていたことも、従業員に聞いて知ってたんだ。ごめんな、こんな情けない俺が父親で……)
出来ることなら、リオルナリー自身が自分でやってみたい商売だった。
でも今は侯爵家から離れられないから、たとえ損をしても根性のあるミリアに託そうと思ったのだ。
(さすがに荷台は一人で押せないけど、大人がいれば安心よね。ミリアは可愛いから、放置していたら本人が拐われてしまいかねないし)
気分はすっかり、彼女のお姉さんになっていた。
エクリストは暫し悩んだ末に、契約を交わした。
「契約しましょう。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
今のままでは、運転資金を金貸しから高金利で借りなければならなかった。
このお金があれば、金貨3枚で十分にいろいろな未払いの支払いも出来るし、残りの金貨で先程の提案を十分受けられると考えたのだ。後は娘の考えを優先してプライドを捨てれば、出来ないことはないと思えた。
(真剣だったな、ミリア。父である私より、お前の方が立派な覚悟を持っているよ。いつまでも昔の考えに縛られていては、愛想を尽かされてしまうな。俺も立ち上がらないと!)
エクリストも商売人だ。
依頼を受けたなら、言われるようにやって結果を出してみようと思ったのだ。
リオルナリーの貫禄 (大人相手に時間がないと言う)は、お忍びのお嬢様のように思えた。
(こんな短時間で、金貨5枚の契約をする方だ。きっとただ者ではないはずだ)
ただ今回のリオルナリーは、昼休みを潰しているので時間がなかっただけで。
(まだ銀行から離れてなくて良かった。さっき預けた金貨を下ろして支払っていこう。後はパンでも買って、食べ歩きすれば良いや)
「それでは、よろしくお願いします」
「こちらこそ、ありがとうございました」
お金を渡してから花屋を去るリオルナリーに、ミリアは手を振ってお礼を言い続けた。エクリストも深く頭を下げていた。
「ルナ、話を聞いてくれてありがとう。私を信じてくれてありがとう」
「お礼ならいらないわ。立場は対等だもの。私には利益で返して頂戴。じゃあ、行くわね」
リオルナリーはその後、ジャムパンを牛乳で流し込んで「ほぉ、旨い♪」と満足してから八百屋に走るのだった。
そしてエクリストもリオルナリー感謝しながら、商業ギルドに走った。やはり荷台で何かを売る特許は、ギルドでは貰えなかった。
ただ店舗がある荷台売りの場合、毎月ギルドへ銅貨5枚の支払いをすれば行えるのだと言う。そんなことも知らなかったエクリストは、もっと貪欲に商売を学んでいこうと遅まきながら心に誓うのだった。
何より毎日上手く行かずもんもんとしていた時より、何だか楽しい気持ちが漲り、妻と娘と従業員で準備を進めることができた。
時は丁度月始め、月末が楽しみである。
◇◇◇
「デートにお花はいかがですか? いろいろな種類が揃っていますよ」
可愛らしく飾りつけをした荷台が、綺麗な花をたくさん積んで公園に留まった。遠くから見ても、ピンクの屋根を付けた可愛い花屋さんは目に入る。
そこにいるのは、父親のエクリストとミリアと従業員が1人。笑顔で呼び込みをしていると、珍しげに人が集まって来た。
荷台を見た人達は「丁度欲しいと思っていた」「綺麗ね」と言いながら、記念日やデートの為に花を買い求めてくれた。花を見る人達の表情からは、贈る人への優しさが滲んでいるに温かさを感じる。
水につけたコンテナから花の高さを整え、包装紙で包んで綺麗なリボンで持ち手を括って渡す。
値段もホドホドで、それほど高額ではない。もし特別な花が欲しいなら、店舗から直接届ける注文も受け付けていると声をかけた。
「可愛いわ、ありがとう」
「今日が妻の誕生日だったのを思い出したよ。花なら喜ぶよ、ありがとう」
「お見舞い用に3本ください。きっと喜ぶわ」
「すごく綺麗、選ぶだけで私も嬉しくなります」
「ああ、素敵なお花がたくさんあるな。今日は買えないけど、来月は買うからね」
「彼女に薔薇をください。プロポーズ頑張ります」
たくさんの人が花を楽しんで買ってくれる。
店で待っているだけでは出会えなかった人達だ。
こんなに近くで喜ぶ顔を見るのも久しぶりで、思わず感動するエクリスト。
初回は珍しいから多いだけかもしれない、けれど需要はあると思えた。
荷台で花を売り続けながら、店の宣伝も行う。すると店にも人が来はじめて、荷台より種類の多い切り花や鉢植えを買ってくれる人も増えていった。そうやって少しずつだが、カトレイヤ造園商会の知名度も上昇していったのだ。定期購入する人も現れ、店舗に来てくれる客足も途切れることはなくなった。
◇◇◇
リオルナリーが月末に受け取ったのは、なんと金貨1枚だ。
前金で渡した金貨も、2枚も余っていると正直に話してくれた。
でもそれは先行準備金だからと、エクリストが持つように伝える。
結果、毎月金貨1枚と銀貨が数枚手に入ることになった。元手金も侯爵家の侍女のやらかしで手に入った金貨なので、誰かに聞かれても内緒にするほどのこともない。
だがエクリストは、リオルナリーのことをお忍びのお嬢様だと思っており、拡散せずにこっそり感謝するのだった。
「ルナ、ありがとうね」
「私こそ、儲かったよ。ありがとう」
満面の笑みのミリアに、微笑みを返すリオルナリー。
ミリアは誓った。
ルナが困った時は、絶対に助けてあげるんだと。
思いがけず、味方が出来たリオルナリーだった。
今後配当される、1割の収入分を直接銀行に送金して貰うことにしたリオルナリーに、銀行頭取ビル・シュバイツの黒縁眼鏡の奥が光った。
「大したものだ。潰れそうな造園商会を立て直し、毎月利益の1割を懐に入れるなんて。さすがリオルナリー様」
不適に笑う29才だった。
◇◇◇
ケイシーは思った。
「子供はちゃんとご飯の時間を取れ! 何で育ち盛りなのに、昼食をパンだけで済ませて金儲けなんかしてるの? まあ、すごいけどさ」と一人、彼女の健康を心配していた。
この契約の際、調理人のケイシーは昼食を作っていて動けない為、後から他の諜報員に聞いたことだった。




