働く人々
採用書類を改竄し、14才として生家でメイドとして働くリオルナリー。
彼女は今、毎日楽しく過ごしていた。
7才のリオルナリーには過酷かと思われるメイド仕事だが、追い出されるように使用人棟に来て、自室と小屋裏に潜んでいた時より数百倍は快適だった。何より孤独じゃないことが嬉しい。
何もない自室。声さえ潜め、専ら筋トレしかしていなかったので、この若さで筋肉モリモリである。それが功を奏してメイド仕事に役立っているのは皮肉だが。
実際メイドの仕事は家事である為、体力のある体が資本である。
荷物庫に近いメイド部屋を陣取り、メイドとして働き出して半年が経過した。
◇◇◇
ニクスはリオルナリーに気づくことはなく、かと言ってリオルナリーだと勘違いしているリオにも、危害を加えることはないようだ。
まあリオは最初からニクスにビビっていたし(使用人の娘なので当たり前なのだけど)、 “奥さま” 呼びしていたのが良かったのかもしれない。
ニクスからしたら、「弁えているじゃない。そのまま従順にするなら、生かしてあげるわ。生意気だったらどうなっていたことか? おほほっ」な感じだったようだけど。
これも小屋裏で、リオルナリーが聞いたことだ。
リオと母親のナミビアは、 “此処の奥さま怖い” と必要以上に警戒してはいた。当主の妻アメリアに散々いびられた過去があるからだ。
リオを育てていく為とは言え、またここで働くことになると思わなかったナミビア。ただ今の侯爵家は離職率が高く、子連れでも良いと言われたし給料が高かった。
それに当主夫妻は同居しておらず、今の自分は子爵令嬢ではなく平民として雇われている。なるべく地味に装い、肩までで切り揃えた金髪を黒く染め、大人しく働く日々なのだ。
何故か娘のリオに教育を施してくるので混乱する。
見た目に反して子供好きなのだろうか?
そのわりには態度はかなり横柄で、上から目線過ぎるが。
『ノブレス・オブリージュ』(財や身分を持つ貴族の義務)
なのかしら?
まあ飽きれば解放されるでしょう。
そして愛する侯爵家当主ジローラム似の息子アルオを見ても、食指が動かないナミビアの心は平穏だった。
アメリアに比べれば、今のところニクスの嫌みは可愛いものだったから(彼女は既に修羅場を経験済みだから)。
何よりニクスとアルオとの結婚を反対するジローラムから、正式に籍が入ってないことを密かにバラされているニクス。侯爵家のメイドや侍女でアルオ目当てだと解る女性達は、態度を見ればすぐにわかる。そんな中でアルオに興味を示さないナミビアは貴重なのだった。
リオルナリーの面倒?を見てくれているところも気に入られていた。侯爵家の籍にニクスが入っていない今、リオルナリーが亡くなるのは不味いらしい。疑いの目が向けられるし、平民のまま悪事がバレたならアルオが庇っても死罪は免れないからだ。
そう言う訳で、侯爵家の使用人 (主に女性)の入れ替えが多かったのだ。それを利用してランドバーグ・ホッテムズ伯爵家の手の者が、入り込んでいたのだった。
料理人ケイシー、庭師グレバリー、護衛10人中の3人。執事3人中の1人。さすがに家令や会計士・弁護士はアルオの知人・友人達で固められていた。
そんな友人達の中には、ニクスのことを良く思わない者もいたが、侯爵家の仕事を手放すリスクを背負う程の危険は犯せない。敢えて雇用関係のない友人達のようにはアドバイスをしなかった。各々の生活を守る為に。
アルオ自身が優秀である為、彼らの力添えで揺らぐこともない侯爵家だが、数人の既に子のいる友人達は蟠っていた。
『どうして自分の子なのに、大切にしないのだろう』と。
当たり前だが、アルオもかつては常識人だった。
思えば彼が変わったのは、ニクスに出会ってからだ。
「あの女、何かしているんじゃないか?」
そんな疑問も、ニクスを溺愛するアルオには今さら言えないのだった。
◇◇◇
以前にバネットが、アルオを狙うと言っていたのは冗談らしい。
「ばっかねえ、信じるなんて。家は貧乏子爵家なのよ。それに私には、幼馴染みで最近出来た恋人もいるもの!」
「嘘っ、素敵。幼馴染みは王道ね。聞かせて恋バナ」
「私は気づいてたよ。だってお化粧が上手になっていたもの。いや違う。綺麗になったよ、バネット」
「そう? だったら嬉しいわ」
「うん、恋の魔法ね」
「羨ましい!」
楽しい話で盛り上った私達。バネットのはにかむ笑顔でこちらも幸せになる。未来を考えて期待に胸を膨らませていることだろう。
気の強いバネットは、16才。
結婚も視野に入る年齢に入った。
焦げ茶色の髪にややつり上がった目尻は、しっかり者の印象を受ける。実際話を聞くと、弟妹が4人もいる苦労人のようだ。給料も半分は仕送りしていると言う。
両親は貯金しなさいと言ってくれるそうだが、結婚までは続けるそう。家族が何より大事なんだって。
バネットと同じ年齢のリンダは、やや焦っている。
「出会いがないから、お父様に頼もうかしら? ルナは若くて良いわね。私は行き遅れだけは嫌なのよ、家に迷惑をかけたくないの」
泣き真似をして抱きついてくるリンダは、黄緑の髪の優しそうな美人だ。少しうっかり屋なところも可愛い感じに思える。男爵家だとしても、見合いでもすればすぐに相手は見つかるだろう。
「そうですね。私はまだ結婚とかは早いかな。今が一番楽しいから」
「本当に?」
「そうなの?」
そんな彼女達は、ケイシーとはどうなのかと聞いてきた。
「ケイシー? 何が?」
「何となく彼は、ルナのことを見ているでしょ?」
「気づかないの?」
呆れる二人だが、覚えはない。
勘で敵意は感じないが、強い愛みたいなものも特に感じない。
どっちかといえば、お母様のような暖かな視線に近い。
「ああ、違いますよ。私があんまり痩せていたから、 “ちゃんと3食食べろよ” と言われたことはあります。田舎の妹がこんなだったら、 “都会から即田舎に戻すと言うぞ” って」
二人はお互いを見て、「ああ、そういうことね」と頷いた。妹愛的な奴かと。
まあ実際に、小屋裏から私の栄養を支えたのはケイシーだ。足を向けて寝られないくらい、私にとって恩人なのだ。
ケイシーは背も高く、騎士のように筋肉もすごい。前にいた料理人も筋肉ムキムキだったので、みんなそうだと思っていたけど、違うことの方が多いらしい。
そして短髪癖毛の金髪で、オレンジの瞳はとても華やかな美形だ。
「私は王子様タイプが好きなのよ。でも良い人だと思うわ、ケイシー」
「私はもう少し静かな方が良いから。ケイシーは優良物件だと思うわ」
ケイシーはわりとお喋りで、いといろと話しかけてくることが多い。それは男女問わずにだった。
私は気にならないな。
明るいし嫌みもないし、理想の父親とはこんな感じなのかもしれない。
「私はケイシー好きだわ。お父様が彼みたいだったら幸せよね。自分のお父様とは、あんまり話すこともなかったから。ちょっと、だいぶん残念な人だったので」
二人は、 “そうなのね” と気の毒そうにしていた。
「でも、もう自立しているのだから、気にしない方が良いわよ」
「そうよ、そうよ。そこまで放置されているなら、政略結婚とかもさせなさそうだし」
「「政略結婚!」」
「私の周囲はあんまり聞かないけど、高位貴族とかは当たり前なんでしょ。でもルナ男爵家だもんね、平気よ」
「そうそう。心配ないでしょ?」
「うん。大丈夫」
なんてぎこちなく笑った私に、二人が気づかないでくれて良かった。あの外道なお父様なら、金持ちに売っぱらうことも平気でするはず。ニクスが酷い奴を探す可能性も大だ。
(ああ。バレないように早く成長して、家を出て行かなきゃ)
リオルナリーは母の貯金があるので、実は資産家なのだが、子供のままでは何も出来ない。侯爵家の名を出して活動すれば、すぐに父親に捕まることだろう。
リオルナリーが作り出したルナ・マンダリン男爵令嬢だが、既にランドバーグらの手により改竄がなされ、本当に存在する存在となったことを彼女は知らない。
リオルナリーは考えた末に、
「取りあえず、ルナの名義で投資でもしようかな?」
と、考えを巡らす。
物価の変動も考えられるから、母親の遺産である現金の価値もそのままとは限らない。ならば少しづつ今の自分でも出来そうなことをしてみようと思ったのだ。
「投資なら平民でも出来るから、身分なんて関係ないわよね」なんて軽いノリで、適当に投資して行くのだった。
それが後に一騒動となるのは、数年後の話なのだった。
リオルナリーは結構大雑把だと言うことは、もうお気づきだろうけども。




