こんな食レポしたくない
焼け落ちた廃墟の回廊、ただし空がない。
そんな「夢叶迷宮」の一つを、その「探索者」は歩き続ける。
遥か昔、世界には高度に発達した魔法文明があった。
空に浮く家々、海底に住む者、巨大な聖獣の背に暮らす人。
魔法実験で、どれだけ柔らかなパンを晴天から降らせることができるか、ただの水から何種類の使い魔を生み出せるか、そんな呑気に尖った新魔法を発明することに、古代人たちは躍起になっていた。
衣食住すべてを己の魔法で賄えた古代魔法人たちに、社会制度や階級意識はなかった。
探査魔法で相性の良い異性を探し、伝令魔法でコミュニケーションを取り、互いに不満がなければ子を作る。共生が可能であれば家族という単位を選び、不可能であれば別れ暮らす。
多くが移動型居住設備を創り、漂うように生活していた。
そんな古代魔法人たちは、ある時を境にほぼ滅んだ。
一定基準以下の魔法が、突然すべて消失したからだった。
雲の高さから身一つで墜落し、生き延びた者はいなかった。
突然、遮る空気がなくなった深海水圧に耐えられた者も、いなかった。
傾斜地から滑落し、泳ぎ方を知らず水面に投げ出され、乾燥地帯で渇き、豪雪地に全裸で埋もれて凍え。
どうにか即死を免れた者も、その大半が飢えと中毒と破傷風と感冒で、命を落とした。
辛うじて生き延びた古代人は、生存のために結集した。魔法でなく物理での創造に明け暮れ、採取と狩猟と漁撈で食を支えた。
魔法実験のための自然法則教養がなければ、その集団も滅んでいただろう。
世界のあちこちには、消失しなかった魔法の残骸が残っている。
正確には、強大すぎる魔法で創られた建造物の一部と、それに内包された様々が。
食肉としか思えないブロックと、パンを無限に空中に発射する装置の発見は、世紀の革命として歴史に残る。
なんなら、今でも現役バリバリで作動していて、現在の最大国家はその装置を有する遺跡──「夢叶迷宮」を中心に建てられている。
一定規模に育った、生き延びた人々の集団は、それぞれ生活圏内にあった「夢叶迷宮」の探索をはじめた。
なにもない迷宮は、なかった。
無限食糧装置のような「大当たり」は二つとして存在しなかったが、完全衛生健康温泉だの、全動植物の立体映像図鑑だの、学術理論永久討論&自動記録装置だの。
微妙に異なる女性型生体ゴーレムの設計図を無限生成する装置は、何故か発見者が生涯をかけて破壊に挑み、粉々にしたそうだが。
それ以外は保全され、稼働条件を研究され、有効活用されている。
世は正に、迷宮探索時代となった。
一つでも新たな「夢叶迷宮」が見付かれば、それだけで素晴らしい居住区と某かの超絶装置が手に入る。
それぞれが小国となった集団は、迷宮を探しながら領土を拡大していった。時として奪い合い、戦争も起こった。
さて、そんな中。
超絶資源扱いされない「夢叶迷宮」も、存在する。
消失は免れたものの、上空から墜落した衝撃に耐えられず破損したものは、経年劣化に負けて土に還る。何故、物理的建造物と同じ結末になるのかは、未だに解明されていないが。
一処でも壊れた迷宮は、自然災害や環境の影響に下る。
この黒焦げの廃墟と化した迷宮は、山火事によるものだろう、とその「探索者」は思った。
「探索者」は、焦げていない天井を見上げた。魔法による保全が壊れた元迷宮、にしてはおかしい。なんらかの魔法の理が活きているのでは、と数十年調査が続けられたのも当然だろう。
結局、超絶装置が一つも見付からず最寄りの国に放置されたとしても。
「……けどまあ、この臭いと煤じゃあ、借宿にもならないわね」
そう呟いた彼女は、屈み込んで黒い塊を拾う。手袋を汚すそれを、ひょい、と口に放った。
バリガリゴリ、と凄まじい音を立てて噛み砕く。
「……うん、焦げ臭いし、苔臭いわ。魔力……0.00001、放っといても理が消失するわね。あと十年くらいで」
飲み下し、ため息をついた彼女は、広さだけはある迷宮を回り、調べる。寝台らしき瓦礫も、浴槽らしき破片も、元庭園らしき木炭も、一欠片ずつ拾って口に入れた。
ガギョリ、ゴキャパリ、ジョリジョリ。
「不味い、苦い、渋い、エグい、魔力……0.00001。うん、ダメだこりゃ」
彼女は落胆しながら、進む。
やっぱりハズレかあ、と思いつつ、言葉に出すことは控えた。
言ってしまえば、人造生命体であっても落ち込んで足が止まるからだった。
「探索者」……のフリをする彼女は、人間ではなかった。煩悩強めな古代魔法人が生み出した、生体ゴーレムの一体だ。
起動呪文により自我が覚醒し、創造主と己の環境を認識した瞬間に、彼女はつい、うっかり。
「滅びろゲス野郎」
と、呪ってしまったのだ。
所持魔力を使い切る勢いで。
彼女の名誉のために言えば、残飯どころじゃない廃棄物を消化・エネルギー転換して永久活動できる構造という基幹設定が、先ずダメである。
更に「創造主が飽きたら」粉砕装置に送られ、ちょっと設定が違う別風貌の別人格に強制再構築させられるのも、ふざけんじゃねえ、である。
トドメに使用目的がノクターンである。小説家になろうで述べたら危険なアレである。
とんでもないゲス野郎な創造主は、だがとんでもなく強い魔法使いだった。
えっちなSDGsゴーレムのつもりで、古代魔法人類を超越した存在を、うっかり誕生させた程度に。
世界中の居住施設を支えていた魔力が、彼女の呪いによって一瞬で無効化された時。
「え、いや、そこまで全否定するつもりじゃ」
と言いながら、彼女は墜落した。
世界各地で古代魔法人類が大量に事故死を遂げ、ゲス野郎も大地に還った。
彼女も全身強打したが、死ななかった。
しばらくしたら、なんか治った。
「……そんな、どうしよう」
彼女はオロオロしながら泣き、巻き込んでしまった大勢を弔うべく世界中を巡り、確か数億の墓を立てた。地上付近に住み、生き延びていた人たちを見た時は、こっそり五体投地した。
以来、彼女は「夢叶迷宮」となった古代施設を、生き延びた人々に見付けさせている。有効活用できる魔法装置がある順に、発動条件を頑張って簡易に上書きし、先祖虐殺の詫びとして。
ゲス野郎の魔法装置は墜落直後、速攻で粉にしていたが──のちに劣化版を発見した際に、奇声を上げ破壊に勤しんだのは、仕方がない。
そして、そろそろ彼女はこの歪な生を終わらせたいと思っている。
生き延びた人類からなにかを奪うつもりがないので、空腹になる度に適当なものを口にしているのだが、これがとにかく、不味いのだ。
雑草の青臭さと歯間に挟まる繊維感、石の食感と砕き切れない粒々、泥水のまったりとじゃりつく嚥下感や、土に含まれる有機物の生臭さと鼻につく無機物臭。
何故、人並みの味覚設定にしやがったゲス野郎、である。
あとなんで、魔力含有率検出能力があるんだ、と。
極力、遠巻きにしている人類を見る度に罪悪感が湧いて辛いので、とあれこれ挑むも。
毎回「あ、ワタシ不老不死じゃん」と失敗する。
なので彼女は、迷宮を探し巡り続ける。
何処かにあのゲス野郎が創ったような、自分を終わらせる魔法装置やその劣化版があるかも、と。
「自分で創れる魔力はないのよねえ……」
肩を落としながら、彼女はその迷宮を出た。
死地を探して、歩く。