盗作ラノベ作家
「おい知ってるか?」
それは自分に向けられた問いではなかった。
上京して2年目、ライトノベルの専門学校に通う川合ソウタは友人を作ることなく、一人孤独に創作をしていた。
「アニメーターの西村大希が言ってたんだけど、未来図書館ってのが東京にあるらしいぜ」
「なに? 市とかが付けたよくある名前じゃん」
「違うんだって! オカルトだけど、本当に未来の本があったってインタビューで言ってた」
友人ではないクラスメイトの話を盗み聞きしながらソウタは考える。
(未来の本……か、もしそんなモノがあったら)
ソウタは考えた。
自分は数年後、人気ライトノベル作家になり何冊も本を出しているだろう。
そして、こう思ったのだ。
自分自身の本をパクれば盗作にはならない、と。
そう、思ってしまった。
◇◇◇◇◇
「未来図書館……本当にあったのか」
ソウタは別段、未来図書館なるものの存在を信じてはなかった。
だが、ある日そのアニメーターのいう通りに高いビルに挟まれた空きスペースを目指して歩いていたら、それらしき建物が見えたので、まさかと思いながらもやって来た。
中に入るとそこは図書館というよりも、喫茶店といった雰囲気だった。
いくつものテーブル席と椅子、客はだれもおらず奥のカウンターには、うさ耳を付けた女性がいた。
「はいはい、ご主人様~お一人ですか?」
「あの、ここ図書館なんだよな?」
「はいはい、そうですよ。私は司書のリサです」
司書というよりは、メイド喫茶のメイドウェイトレスにしか見えなかった。
それはともかく噂が本当ならアレが出来る。
「川合ソウタ名義のラノベはあるか?」
「奥にありますよー」
気が付くと、奥には大きな図書館とでもいうべき書棚の列があった。
「取って来ましょうかー? 司書なので」
「ああ、頼む」
奥へと引っ込んだリサは、しばらして戻って来た。
「はい、これですー」
そこには全12巻のライトノベル『無限世界の調停放棄者』があった。
「おお」
ソウタは喜んだ。
ライトノベルで12巻続くと言えば、結構なヒット作だ。
だが、ふと思った。
「1作だけか?」
「現在はそうですー」
「そうか……のちのち追加されるのか?」
「それはお客様の行動次第でございますー」
「ライトノベルや漫画の貸し出しは出来ませんので、読むなら館内でお願いしますね」
リサは言って奥に引っ込んでしまった。
しめた、とソウタは思った。
ソウタのやりたかった事とは、未来の自分の著書をパクる事。
「自分の小説をパクっても盗作なんて言われないしな、俺って頭いい!」
せっせと、スマホにストーリーの要点だけ箇条書きにしてメモして行った。
全12巻である、一日ではとても読み切れない。
「なあ、ここは明日も来られるのか?」
未来の本が手に入る場所なんて、どう考えてもフツーじゃない謎空間だ。
「今のところ大丈夫ですよ」
リサの言いようが気になったが、ソウタは明日も来る事にして帰宅した。
家に帰ったソウタは、早速スマホのメモを見ながらパソコンに小説を打ち込んで行く。
タイトルはもちろん未来の自分の著作『無限世界の調停放棄者』。
初日はスタートダッシュという事で、1巻の中盤の盛り上がる部分まで書き終えて就寝した。
翌日、目が覚めて昨夜公開した自作をチェックして驚いた。
評価が300以上入っている!
日間の急上昇ランキングにも載っていた。
「はははっ、なんだよこれっ! すげえぞ!!」
感想は12件来ていた。
感想を見てみる。
・無限に増えていく世界間の争いを調停する調停者という設定と、それを放棄したことで調停放棄者と呼ばれる主人公と、調停者を目指すヒロインのカンケイが実にセッケンでよろしい。
・設定はありきたりかも知れないけど、厨二ネームが満載でいかにもラノベって感じでグッド。
どれも、作品を褒めたたえる物ばかりだ。
急上昇ランキングに載ったというのに、荒らしコメントなどない絶賛具合だった。
「さすが、未来の俺っ!!」
ソウタは、自身の――未来の自分自身の才能を過大評価していた。
「なんか色々資料読むの馬鹿らしくなって来たな……もうやめよう」
そして、考えてしまった。
未来の自分が書くなら、現在の自分が資料集めに苦労する必要ってなんだ? と。
この時、『未来』は大きく変わってしまったのであろう。
だが、その事をソウタは知る由もなかった。
◇◇◇◇◇
未来図書館を見つけて以降、ソウタは通い詰めた。
シリーズを読み終える頃、未来の自分が書いているであろう、自然と次シリーズが入荷された。
ソウタは、未来図書館内で小説の要点をメモし、それを家に戻ってから本文に書き起こす、という作業を繰り返した。
流石に、二作目以降は批判のようなコメントも来るようになっていた。
いわく、オリジナリティがない。台本を読んでいるような気がする文章。
これは、要点を抜き出してから文章を再構成するという、普通行わない方法で本文を書いているために起こる現象だった。
そして、それは『盗作』で見られる物であった。
「批判コメント来るくらいでちょうどいいんだ、それが人気者になったって事だ」
そう言って気にしないようにしていたソウタであったが、やがて破滅を迎えることとなる。
最新作『女魔王と僕の代理戦争』を小説投稿サイトにアップした時、それは起こった。
コメント欄が大荒れに荒れたのだ。
まとめると、某作品に似ている、という物だ。
悪い物だと、パクリ、盗作などというコメントも来た。
「なんだよこれっ!?」
ワナビスレをのぞいてみると、専用スレが立てられパクリの検証がなされていた。
そしてそれは最新作だけでなく、過去のシリーズ作品にも及んでいた。
「なんだよ、なんで自分の作品が他人のパクリになるんだよっ!!」
ソウタは、お門違いの文句を言いに未来図書館を訪れた。
そこは、喫茶店の様な内装から一変し、普通の図書館のように変貌していた。
そして、かつていたリサはもういなかった。
「ソウタさまですね? 私は司書のミヤコと申します」
そこには長い黒髪の女性が立っていた。
「リサって子はどこに行ったんだよ」
「……あの子はもういません」
「は?」
「貴方がつぶしたのです……可能性という存在を」
「貴方は盗作に手を染めなければ、ひとかどのラノベ作家になるはずでした」
ミヤコは、告げた。
リサは、ソウタの作品に登場するキャラクターたったと。
「ですが、貴方は盗作に手を染め未来は変わりました」
「……なんっだよ」
ソウタは、絶望にその身を締め付けられる思いがした。
自然と涙があふれた。
「創作の創でソウタ、名前が泣いてましてよ?」
「うるさいっ!」
ソウタは、未来図書館を飛び出して走った。
人にぶつかっても止まらずに走る。
信号も無視して走った。
記憶にある一番高いマンションの階段を上り、屋上へ出た。
「はぁはぁ、くそぅ! なんでこんな事になるんだよっ!!」
ソウタは、絶望していた。
もう絶対、プロになれない。
最初は、自分が感動した物語を見て得た様な、希望を誰かに与えたかった……ただそれだけのはずだったのに。
「なんでこんな事になったんだよっ!」
分かり切っている、盗作をしたからだ。
盗作する奴なんてサイテーだ。
死ねばいいとさえ思っていた。
死――そう死ねばいい。死ぬしかない、死ね、死ね、死ねよお前。
「死ねよ! 過去の俺、ちゃんとした世界線に俺を戻せよ!!」
分かっている、もうどうにも出来ない事を。
「うおぉあぁあああああああああああああああああああああ!!」
ソウタは、屋上から飛び降りた。
ドンッ
鈍い音と同時に息が詰まった。
痛みはない、ただ首の後ろがしびれている感覚がある。
おそらく首の骨が折れている。
苦しい……ただ苦しい。
(俺、死ぬんだ……)
意識が遠のいて行った。
◆◆◆◆◆
「なんでだよっ!!」
ソウタは目を覚ました。
(夢……? じゃないか)
ノートパソコンを立ち上げ自分の専用スレを開くとそのpartは16まで進んでいた。
「俺は川合創太……41才」
未来が見えるなんてまやかしだ。
過去は変えられない。
世界線なんてない。
一人一人の人間が、悩み・苦しみ・生きた結果――それが未来だ。
「……書くか」
ソウタは、また動き出した。
自分の愛すべきキャラクター・リサにまた会うために。