9話 クロロ豚
南の王国に戻り、酒場で情報収集。ご飯時が過ぎると、飲みの盛り上がりがピークになる時間。正式リリースでいろいろと変わった事もあるのか酒場は大盛り上がり。
騒がしい人混みを掻き分けて、酒場のご主人のところに到着。
「クロロ豚について知りたいんですけど」
「クロロ豚についてだね。クロロ豚は豚エリアにいるモンスターで呪いの効果を付与してくる厄介な特性を持つモンスターだよ」
呪いはこのゲームにおいて非常に厄介な効果を持つ。
このゲームはデスペナがないゲーム。むしろ死ねば死ぬほどお得になるゲーム。
その要因になっているシステムがある。それがスローモーションシステム。
今まで様々なフルダイブ型VRMMOゲームが発売されてきたが、どのゲームでも欠点ともいえる事があった。
フルダイブ型のゲームの利点は感覚の全てをゲームの中に入れる事によって臨場感や没入感を高める事。
感覚の全てをゲームの中に入れる事になるから、運動音痴の人はフルダイブ型のゲームですぐに死んでしまう。それで楽しむ事が出来ずゲームをすぐに辞めてしまう事が欠点。
これを解消するために出来たシステムがスローモーションシステム。
死ねば死ぬほど、プレイヤーの運動レベルに合うように敵の動きがスローモーションになっていく。
このシステムによって、どんな人でもゲームが楽しめるように。
自分から見たら敵はスローモーションになっている。でも他の人から自分を見たら、死ねば死ぬほど早く動いているように見えるようになっている。
そのため、みんなこぞって死ぬようになって『死んで慣れろ』というキャッチコピーまで出来てしまったゲーム。
そのスローモーションシステムをリセットするのが呪いの効果。呪いでノロくなるという設定なのだ。
「あとクロロ豚のいるエリアだけイヤな臭いがする。これ以上の情報を求めるなら有料になるよ」
「有料情報を聞きたいです」
「有料情報は1万リンだよ」
「お願いします」
ピコン
スマホに通知音。今はお腹減ってないから今度は値段分の情報であって欲しいな。
『クロロ豚真珠の入手方法。クロロ豚に真珠を投げつけるとクロロ豚は真珠を食べて、その後襲いかかってくる。逃げる事も倒す事も不可能でプレイヤーは必ず噛み殺される。その後にクロロ豚は死ぬので、死んだクロロ豚の腹から採取出来る真珠がクロロ豚真珠になる。この方法はクロロ豚を唯一倒す方法でもある』
うわー、これ一度死なないとダメなやつなのか。もしかして豚と心中って事?なんだよこれ、面倒くさい事考えるなぁ。っていうかまだ有料情報があるな。
『クロロ豚銅の入手方法』
おっ、この情報は今ボクが1番知りたかった情報だ。このアイテムがあれば青海月水晶のある深海エリアに行けるアイテムを作れるようになるんだ。
『クロロ豚銅の入手方法。クロロ豚のウンコに素手で手を突っ込むと手に入れる事が出来ます』
えっ、マジで……素手でって書いてあるし手袋不可って事なんだよね。チクショー、誰だよこんな事させようと思ったヤツは。
でもやるしかないんだな。むしろこれをやりたいない人はたくさんいるはず。
チュートリアルを2回やった人はボク以外もいた。純生産職の人はどのくらいいるかわからないが、多くの人はチュートリアルを2回やってる事が想定出来る。
ここでウダウダ考える暇があったら、覚悟を決めてやるしかない。でもその前にやる事がある。アイナさんの武器を作るとしても今のボクは生産設備を持っていない。お金もそれなりにある事だしマイハウスを購入するとしよう。
マイハウスはランクによって出来る事も違ってくる。
50万リンでプレハブ小屋サイズのマイハウス。生産設備は置けるが、それ以外はほとんど何も出来る事はない。自分のスペースが欲しい人用のマイハウス。
200万リンで2LDKの平家の一軒家サイズ。生産設備の他に料理も出来るし、地下に自宅倉庫も設置できる。オープンベータ版の時は多くの人はこのマイハウスを購入していた。
1000万リンで2LDKの平家の一軒家サイズのマイハウスに庭が付く。庭付きになると農業生産とペット飼育が可能になる。
オープンベータ版の時は農業生産もやってみたいと思っていたがなかなか手が届かない存在。
ペットにはいろいろ種類があって、高速移動用のペットをはじめ、戦闘補助用のペットもいれば、運搬補助用のペットもいる。
ペット持ちのプレイヤーは1000万リンを稼ぐ事が出来た証でもあるので、これを目標にする人も多い。
ここから上のランクは豪邸仕様で自由にカスタマイズ出来る用になっているから、ボク的にはあまり魅力を感じない。
今のお金的にはちょっと厳しいけど1000万リンのマイハウスも購入出来る。後々の事も考えると1000万リンのマイハウスが1番いいだろう。
「1000万リンのマイハウスを購入っと」
マイハウスやクランハウスはスマホから購入出来て、マイハウスやクランハウスに行く際にもスマホ操作ですぐに行けるし、農業生産やペットの状態もスマホを見ればすぐに確認出来る。こうなるとゲームの中でスマホゲームをやってるようだ。
「そろそろ疲れもピークでもう寝たいところだけど、アイナさんのためにもうひと頑張りだ」
ボクは酒場を出て、南の王国の街を出て、中央街道を北上し、豚エリアに到着。遅い時間という事もあるし、豚エリアはクセの強いモンスターがいるから開始早々来る場所ではないため、人影は見当たらない。
人に見られる事がない安心感からルンルン気分でクロロ豚エリアに到着。ボクはその強烈な臭いに一度引き返す。
「ウソだろ……あの臭いの中で作業しろっていうのか。このゲームを作ったヤツは何考えてるんだよ」
ぐちぐち文句を言っても何も始まらない。ボクは覚悟を決めて、クロロ豚エリアに再び足を踏み入れる。まずはクロロ豚真珠の採取から始めよう。
真珠は北の王国の海エリアで序盤から採取出来るアイテムなので、すでに多くの数がマーケットに出回っている。ボクはそれを10個購入。早速クロロ豚に真珠を投げつける。
ブヒィ、ブヒィ
その言葉を聞いたとたんに体は動かなくなり、クロロ豚の突進を受けて動けなくなったところを噛み殺された。
このゲームにはデスペナはないといったが正確には少しある。経験値ロストやアイテムロストなどもないし、その場で復活できるのだが、その復活には10秒ほどの待機時間ある。生産職のボクからしたらペナルティがあるというほどでもないが、パーティー戦闘での強敵相手だと10秒は長く感じるのかもしれない。
ボクを食べたクロロ豚は食中毒を起こし死亡。どうやらボクは毒扱いのようだ。ボクはその場で復活を選択し、すぐに生き返る。クロロ豚は素材になる部分がないのでクロロ豚真珠だけを腹から取り出す。
この作業を真珠の数だけ繰り返す。フルダイブ型のゲームだけど死ぬ際には、感覚はシャットアウトされるので特に何も感じる事はないのだが、食べられている景色を見るのはなんか違和感。
作業も終了して10個のクロロ豚真珠をゲット。
クロロ豚真珠、99%の最高品質。武器や錬金に神聖、暗黒の効果を付与出来る。
「よし、これこれ。今のボクだと錬金やっても高い数値を付ける事が出来ないから、やらないけどこのクロロ豚真珠があればいい武器が作れるぞ」
次はいよいよクロロ豚銅の採取になる。素手でウンコに手を突っ込まないといけない作業。必要な数は30個。何度も何度も手を突っ込まないといけないと思うと気が滅入る。
「青海月水晶のために必要なんだ。青海月水晶のために必要なんだ。青海月水晶のために必要なんだ」
自分に何度も何度も言い聞かせながら、クロロ豚銅を採取していく。
深海エリアに行くために必要な潜水スーツは全身スーツ。だからクロロ豚銅が30個必要。
「青海月水晶のために必要なんだ。青海月水晶のために必要なんだ。青海月水晶のために必要なんだ」
自分に何度も何度も言い聞かせながら心を無にして採取を続ける。
「これで最後の一個だ」
クロロ豚のウンコに素手で手を突っ込んでアイテムを採取する。
その瞬間、ウンコが輝き出した。
「こ、これは……」
クロロ豚のウンコ、100%の神品質。女神の加護+10付き。装備可能。ただし装備すれば臭くなります。
「女神の加護がついたウンコだと!!!」
女神の加護というのはオープンベータ版には聞いた事がない。一体どんな効果があるんだ。
「女神の加護は目がよく見えるようになります……だからめがみの加護……」
女神の加護がついたアイテムを装備すればスローモーションシステムの効果がある。+10は死んだ回数と同じ効果と捉えていいだろう。
このゲームではモンスターにレベルというものがない。モンスターにレベルはないけど、倒すにはこのくらいの目安というものがある。
例えばサーベルウルフを倒すには30回分死んだスローモーションシステムが必要だったりする。
プレイヤー達はこれを死にレベルと呼んでいるのだ。サーベルウルフを倒すには死にレベル30必要。みたいな感じで攻略サイトには書いてある。
「女神の加護がついてるのは置いておくとして、こんなアイテム何のために存在しているんだ。っていうか採取できたのがクロロ豚銅じゃないからあと1回ウンコに手を突っ込まないといけないじゃん」
ボクはもう1回ウンコに手を突っ込んで最後の1個のクロロ豚銅を採取した。