20話 黒崎リュウイチ
「ゲーム終了・スペードのクイーン」
一瞬の暗転。現実世界に戻ったボクはすぐさまトイレに駆け込む。
「今日も予定通りお腹が壊れたな。っていうかこの起き方って絶対に体に良くないよな」
ぐっすりと寝ていたが便意で起きる。今日もいつも通り早く起きる。
「ゲーム起動・スペードのクイーン」
一瞬の暗転。見えてきた景色はマイハウスの景色。
「早く起きたのはいいが待ち合わせ時間までどうしよう。このまま待っているよりだったら何かしよう」
ボクはスマホを取り出し、マーケットを検索。購入したのは薬草と青薬草。
「ポーションは何個あっても困るもんでもないから作っておくか」
神品質の魔力水の入った神の錬金鍋に薬草を投入。100個の2級ポーションの完成。再び神品質の魔力水を作り、神の錬金鍋に青薬草を投入。100個の2級MPポーションの完成。
「よし、そろそろいい時間だな」
レディは待たせちゃいけない。しかも相手はトップアイドルの亀梨マリナさん。そんな人と酒場で待ち合わせって大丈夫か?変な人に絡まれたりしないのかな?そんな不安もありながら、酒場に到着。
酒場に着くとマリナさんはすでに待っていた。待ち合わせ時間より30分も早い時間だというのに。
「すみません。遅くなりました」
朝だとはいえ、酒場にはそれなりに人はいる。だけど誰もマリナさんに近づこうとする人はいない。近寄りがたいのはそのオーラと美貌から。
「こっちが早く来てるだけだから気にする必要はないわ。早速だけどブラックドラゴンのクランハウスに移動するわよ」
マリナさんのこの言葉に周りにいた人達はそっと胸を撫で下ろす。このモブキャラと待ち合わせて一体どこ行くんだよって絶対みんな思っていたはず。
「は、はい」
一瞬の暗転。広がる景色は大広間。その大広間は最上級のクランハウスの景色。と言っても実際に見るのは初めてで、いつもはネットの写真だけでしか見たことがなかった景色だ。
所属していないクランハウスに入るためには招待される必要がある。ボクがブラックドラゴンのクランハウスに入れたのはマリナさんと一緒だったから。
マリナさんと一緒に受付をすませて、応接間で黒崎リュウイチさんを待つ。
コンッ、コンッ
応接間の扉がノックされ、黒崎リュウイチさんが入ってきた。
「遅れてすまない。ブラックドラゴンのリーダー、黒崎リュウイチだ」
「は、初めてまして。み、三上ハヤトと申します。本日はお会いしていただきありがとうございます」
「そんな堅っ苦しい挨拶はいらないから気楽にいこうぜ。堅いのは頭だけでいいんだよ」
ん?どういう事?
「頭って言っても亀の頭の方だけどな。ハッハッハッ」
「お前、それセクハラだからな」
下ネタかい。
「ハヤトくんもそう思わないかい?」
下ネタをボクに振らないでよ。でもこの返しで今後の展開が変わってくるかもしれない。
「下ネタはダメですよー。そういえば昨日狩場でお会いしましたよね?」
カリと狩場をかけた、この返し。どうだ?いけたか?
「なんだよー、つまんねぇな。狩場でって事はあの時あそこにいたのは君だったのか。遠くからで顔は見えなかったが、君の動きは見えていた。無駄のない採取作業は実に見事だったよ」
この感じだとリュウイチさんはボクの返しに気付いていないぞ。でもってマリナさんはちゃんと気付いてて怖いオーラが出てる。1番良くない展開だ。
「早速だけど本題に入ろうか。俺も情報収集はしてるから大体の事は把握している。生産3種の神器の1つ、サンダーラムの革手袋の製作のためにブラックドラゴンの力を借りたいという事でいいかな?」
こちらの事情も全てわかっているのなら、段取り良く話を進めよう。
「はい、そうです。それでですが、まずはボクの仕事ぶりを見てもらえますか?」
ボクはアイテム袋からアダマンデスソードを取り出し、応接間にあるテーブルの上に置いた。
「この武器は……錬金付与しているアダマンデスソード。で、錬金効果は限界突破か。こんなにもいいモノは久しぶりに見たな」
リュウイチさんの声の感じからすると好感触な感じ。
「そちらは手土産としてお持ちしましたので、良かったらお納め下さい」
「では、お言葉に甘える事にしよう。今日持ってきたこの武器。そして昨日の採取作業。どちらも見事なモノだった。だから俺もハヤトくんの期待に答えるとしよう」
おっ、この流れは……
「専属で君のところに人を派遣するとしよう。人選はこちらに任せてもらいたい。それに伴い、ハヤトくんにはクランを作ってもらいたい。といっても面倒な手続き等はその派遣した人に任せればいい」
「あっ、でも、ボクお金が……」
「お金の心配はしなくていい。このアダマンデスソードの代金として2億リン支払う。そのお金をクランハウスの購入に充てるといい。そして話は少し変わるが、今住んでいるカプセルホテルからは移動した方がいい」
そ、そんなに貰っていいの!?っていうかなんで住んでるところまで知ってるの。
「白鳥グループの親会社は亀白グループだ」
えっ、マジで。
蛇白レミと亀白ナルミのところは代々伝わる財閥でホテル経営もしている。ゲーム内で2人の悪い噂は耳にした事があったので、ボクは関係のなさそうな白鳥グループのカプセルホテルに住むようにしていた。それになんと言っても白鳥グループはこの中で1番安いというのも魅力的だったから。まさか白鳥グループの親会社が亀白グループだとは思ってもみなかった。
「白鳥グループには多額の借金があって、それを亀白グループが負担したんだ。ホテル経営のトップがナルミに変わってからは白鳥グループのホテルの業績はグングン伸びたんだが、それにはちゃんと裏があるんだ。その事に関しては詳しい事は言わないが、白鳥グループのホテルに泊まっているハヤトくんの行動全てはナルミに筒抜けになっているよ。もちろんこの会話もね」
えっ、マジ?でもなんで?
「どこのホテルでもゲームのビッグデータを取るためにログを全て取っている。ナルミは個人的な理由でそのログから使えそうな情報を見ているんだ。確証はないけど、ナルミの行動の早さを見ると間違いないと思ってる」
「そ、そうなんですか……」
「今回行動が早かったのはナルミとコジロウの2人。あっ、コジロウってのは赤井コジロウの事な」
赤井コジロウ。大手クランのレッドタイガーのリーダーでハートのマークを選んでいる人。魔法使いの中で1番強い人だ。
「コジロウは急にバズって有名になった山下アイナさんと取引をして、情報を掴んだから行動が早かったのはわかるが、ナルミだけはどうしてもその情報源がわからなくてさ。で、きっとハヤトくんのログを見ているんだなって思ったんだ」
ナルミさんとはブルーアイズホワイトタイガーの目の時に取引しているから、ボクの名前もバレている。
「ナルミにはいろんな意味で気をつけた方がいいよ。って事でカプセルホテルの移動を提案する。2億リンの内の1億はそれに使ってくれ」
「はい、わかりました」
このゲームはリアルマネートレードが出来るゲーム。でも制限もある。
1日1万までなら1円:1リンで交換できる。
それ以上の交換になると1円:100リンの交換になってしまう。9000万リンを円に交換しようとすると90万円。
だが1億リン以上の交換になるとレートは1円:10リンになる。1億リンは1000万円に交換出来るって事。
税金の関係でこのようなレートになっているそうだ。
ちなみに1日1万円の交換には税金がかからないので全部収入になる。
税金がかからない理由。このゲームでは食事をすると現実世界の身体に栄養ゼリーが流し込まれる。そのシステムのおかげで税金がかからない。
人口増加による食料危機を迎えている現代において、このシステムが節食に繋がっていて、国が節食減税をしているから、このゲームにおいては1日1万円まで無課税で収入が得られる。
白鳥グループはホテル代も安いので現実世界で働いた分くらいの収入も得られる。だからボクはこのホテルを選んだ。
料金でいったら、白鳥ホテルは格安カプセルホテルの値段。亀白ホテルと蛇白ホテルは高級カプセルホテルっていう感じ。
黒崎ホテルと赤井ホテルもあって、黒崎ホテルは普通のビジネスホテルって感じで部屋は個室。赤井ホテルは高級ホテルって感じだ。
「不動産屋は紹介するよ。俺のところはもしかしたら満室かもしれないから、赤井のところにでも住むといい。君の実力ならすぐに億くらいは稼げるからお金の心配はもうする事はないよ」
フルダイブ型のゲームが流行るようになってからは仮想世界で暮らす人も多くなったため、ホテルは泊まるではなく住むという風にも言われ始めるようになった。
「って事で話はまとまった感じかな?俺も忙しいんでそろそろ失礼するよ。その前にハヤトくんにいい情報を教えてあげるよ」
いい情報ってなんだろ。
「酒場のご主人から聞ける有料情報だが、追加で10万リン払えば、もっといい情報が聞けるようになるんだ」
そうなんだ。リュウイチさんからいい情報を聞けるなんて思ってみなかったよ。
「で、ここからが本当にいい情報。酒場のご主人に最初から追加情報も聞きたいと言えば、本当だったら11万リンかかる情報料が10万リンで済むようになるんだ」
1万リンお得になる情報だ。
「お金を稼ぐようになれば、たかが1万リンと思うかもしれないが、チリも積もればってやつだ。今はご主人の情報を聞く必要はないと思うかもしれないが、もしハヤトくんが1番でアテナを復活させる事が出来たなら、その先の情報は誰も知らない事だ。だから酒場のご主人の情報は大事にしていくべきだ」
そう言われると、たしかにそうだな。酒場のご主人の情報はこれからきちんと聞いていくとしよう。
「って事で今度は本当にもう行くよ。最後に1つだけ。ハヤトくんのカリと狩場をかけた返しは面白かったよ」
そう言うとリュウイチさんは急ぎ足で飛び出すように部屋から出ていった。
最終的に下ネタで話が終わったからマリナさんになんか話しかけにくいぞ。怖いオーラまた出してるし。っていうかリュウイチさんは絶対にこの状況を作って楽しんでるよ。
「あ、あの……」
どうしよう。次の言葉が出てこない。どうしよう。
閃いた!この状況を打破するにはモノでご機嫌を取るしかない。
ボクはアイテム袋を取り出して、MPポーションを取り出した。
「今日はありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、これ貰ってください」
途端に表情が明るくなるマリナさん。
「わざわざすまないな」
言葉はこれだけだが、嬉しそうなオーラが出始めた。ボクはスマホを取り出し、マリナさんに2級MPポーションを100個プレゼント。
「こんなに貰って本当にいいのか?」
「はい、大丈夫ですよ。今日はありがとうございました」
「そうか、じゃあこれは有り難く頂戴するよ。そろそろ私達も出るとするか」
ボクとマリナさんはブラックドラゴンのクランハウスの外に出て、その場で解散。
「よし、サンダーラムの革手袋に関してはなんとかなりそうだな。今日は一旦ゲームを終了して、紹介された不動産屋に行くとするか」
「ゲーム終了、スペードのクイーン」




