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愛でライフ

作者: 二笠

 うつ伏せになっているのだろうか。右の頬に圧迫感を覚えた私は、両手を地面に押し当てて起き上がろうとした。しかし、動かそうとした両の手は自由が利かず、微動だにしない。拉致監禁というフレーズが一瞬だけ脳裏を過る。首を回して左の頬を地面に付ける体勢にしようとしても、やはり首が動かない。

 この真っ白な空間は何処だろう。こんなにも白い空間には物が無く、首を回せたとしても目に入る情報は只々白いという事だけだろうから、足掻いてみても意味は無さそうだ。


「……」


 どうやら喉も動かせないらしい。というか呼吸音も聞こえない。押し付けた胸は吸気に伴う胸の圧迫感を思い出せないくらいに何もない。全身麻痺だろうか、いや違う。何も聞こえないし、自身の心音すら感じられない。体内に響く振動すら感じられない。

 死、というものを疑似体験しているかのようだ。己の生きている事の証明が出来ない事実に不安感で胸がいっぱいになる。それは恐怖を呼び起こし、生涯の終わりを横っ面に押し付けられている。


「う~ん。まずまず、かしらね」

「!?」


 視線を彷徨わせても声の出所は掴めなかった。透き通るような高音のヴァイオリンのような声。明らかな女性の声だ。少しずつ近付いてきているように思えるのは、後頭部から聞こえる短い言葉がより鮮明になってきたからか。


「でも、こんなので大丈夫なのかしら。まぁ、先輩が良いって言ってるんだし、きっと大丈夫よね」

「…」


 独り言を垂れ流す美声の持ち主は、私の眼前にぐるりと移動して言い放った。女の足は私の眼と鼻の先で止まり、その姿は足首までしか判別できない。白い肌と、白いパンプス。


「こんにちはヒトの子。あなたに使命を与えてあげる。成し遂げなさい、生涯をかけて。繰り返しなさい、来るべきその日に向けて。あなたが立派に役目を終える日を楽しみにしているわ」


 女はそれだけ言うと、ハンドクラップ音を響かせて世界を光で満たした。



 ■



 開闢とでもいうのだろうか。ようやく動けるようになったと認識した直後にソレは起きた。真っ白な光は収縮し、一瞬で私の指先程に纏まり、周囲を闇色に染め上げて行く。光の玉をジッと見ていてもそれ以上の変化がないのを確認すると、やる事が無くなる。私は自分の手足を確認した。無色透明なその体を。


「う、動ける。喋れる!なにが起きて…、これ…」


 目の前にある、暗闇の中の白い球体に動きが無いので、なんとなく私は指先で触れてみた。まるで誰かに誘導されたかのように、まるで誰かにそうしなければいけないと指示されたかのように。

 触れた瞬間大きく弾けた。白く、赤く、青く、黄色く、黒く。五色の光が世界を埋め尽くして拡がっていく。周囲の闇はあっという間に光に埋め尽くされて、様々な色が生み出されていった。色は互いに干渉し合い、様々な色で私の体を染め上げ、飲み込んでいく。


「うぉ…あぁ、うわああああああああああああああ!」


 様々な色が私を染め上げると共に、苦しみ、悲しみ、怒りといった負の感情と、喜び、楽しみ、慈しみといった正の感情が全身を駆け巡る。混乱の渦が身の内から溢れんばかりに飛び出しては周囲から自分の中へ入り込んでくる。強制的に感情を植え付けられたかのような気持ち悪さに叫び声を上げていると、やがてそれは治まった。

 どれだけ発狂していたのか判らないが、光に押し流された私は、やがて一つの色に飲み込まれていった。青い光。水の青だった。



 ◇◇



 酷い目に遭った、などと感じる暇もない。青い光の中を漂っていると、霊体のような私の体は青一色に染め上げられていく。それを暢気に眺めていると、やがて私の意識は青の中を漂う何かに引きずり込まれていく。

 漂う何か。これは、そう。おそらく単細胞生物ってやつだろう。人の姿を取った霊体の私が両手の中に囲うその物体は、アメーバのような小さな何かだった。


 青はやがて黒になり私の体を染め上げて行く。黒は白となってやがて黄色になり、赤となる。再び黒から青へと変遷し、再び白へと変わる。私が宿るアメーバはそうして何度も生まれ変わり、姿を変えて本能のままに生きて死んだ。

 何度も生と死を繰り返したせいだろうか。霊体である私は肉体であるアメーバが生きる度に不思議な感覚を手に入れていった。

 白は清らかさを、黒は静けさを、青は寛容さを、黄は柔軟さを、赤は力強さを生み出す。それら全ての感覚を、アメーバを通して何度も感じられた。まるで自分自身が大きなものになったような感覚で、私は周囲のアメーバを集め、育て、纏めはじめた。

 自分の行動が自分の意思によるものなのか曖昧になり始めていたのだろうか。霊体の私は黙々とアメーバ集めを繰り返した。アメーバが死ぬ度に新たなアメーバをコアとして集め、自らを注ぎ、育て、大きくしていくと、やがてそれはアメーバである事を辞めたらしい。触手のようなモノを生やした水面に浮かぶクラゲのように変化していった。


 何度目かのクラゲが死に、再びクラゲに宿った頃だろうか。海の上から赤い光が注ぎ始めてクラゲは死滅した。またやり直しかと落胆した私の霊体は、再度アメーバからやり直そうと宿る対象を探し始めた。まぁ、怠い作業だと思うけれど、これしかやる事が無いし何より私はそれ以外の事を考えられない存在になり果てている。きっと、あの女が私に何かをしたのだろう。そうとしか思えない。


 色違い(2Pカラーの)アメーバから再開した私は、再び触手を持つ何かに宿る事が出来た。多分これもクラゲだろう。そういう事にしておこう。その頃には数度の赤い光に襲われても「ああ、またか」くらいにしか思わず、淡々とアメーバとクラゲを眺める日々を過ごしていた。

 暑いとも寒いとも思わず、空腹に苦しむ事も便秘で腹痛にのたうつ事もなく、私は私という変わらない何かとして存在し続けた。ただただクラゲを愛でる。それだけだ。


 ある日、空から黒い光が私を打ちのめした。大波のように空を覆いつくしたそれは、周囲のクラゲを悉く滅ぼし、黒が届かない海の底に生きるクラゲだけが生き残った。やれやれと私は嘆息をつきながら深い海の底へと向かう。そうして新たなクラゲを愛でていると、空から届く光が徐々に弱くなり、やがて海の底のクラゲが少なくなってしまった。なんてこった。これじゃ唯一の楽しみが無くなってしまう。そう思った私はクラゲを抱えて海面へと向かい、霊体の手を空に向かってひらりと払った。するとどうだろう、黒い光が薄くなって太陽の光が注がれたじゃないか。

 これ幸いと数度繰り返すと、私の霊体が居る周りだけクラゲが集まって来たじゃないか。そうして黒の世界のなかで私達だけが白と青の世界で生活出来た。なんだ、簡単じゃないか。一安心した私は青の海面でクラゲを愛で続けた。



 ◇◇



 あれからどれだけの時間が過ぎ去ったのだろうか。クラゲはやがて大きくなって生まれるのが当たり前になり、その姿は巨大になっていく。やがて陸地へと進出したクラゲは、イカともタコとも呼べないような何かへと姿を変え、不思議な力を扱うようになった。空中に水を生み出したり、火を発したり、地面の土や岩を望む形へと変化させるのだ。これらの力はやがてクラゲに文明を生み出し、クラゲたちは人間であるかのように様々な文化を創り出していった。ここにきて私はハッとした。


「私は地球のように、進化を見守ってきていたのか」


 あの女の力の影響だろうか。私は只々、クラゲたちを見守る事しか出来ない。彼らに語り掛けたり、その行動に影響を及ぼすような事は基本的に出来ないのだろう。出来ても精々が、黒を払う程度だ。私はいつの間にか、人間の言うところの神的な存在になっていたのだろうか。

 そんな驕りが齎したのかは分からないが、クラゲたちの住む世界を極寒の白が襲った。天は雲に覆われ晴れる事無く雪を降らす。積もり積もった白は冷気を溜め込み、黄と青は白へと変わってしまった。

 当然の如く陸地のクラゲは滅び、その文明も白に閉ざされてしまった。辛うじて青の深い所に逃げ延びたクラゲが今も私の傍で命を繋いでいる。こうして彼らは原始的な生活へと逆戻りし、言葉という発明品を失った。


 クラゲが次なる進化を獲得した頃だろうか、地表の白は元の色を取り戻して黄と青になり、所々で赤を垣間見ることが出来るようになった。その頃、私の両手の中にはクラゲではなくシーラカンスのような大きな魚が居た。どうやら私は魚類に進化したらしい。といっても、クラゲ同様に不思議な力を行使して獲物を獲る、魚に似たナニカだが。

 シーラカンスっぽい何かは大きくなったり小さくなったりと、長い月日の中で進化という変態を繰り返した。そうして幾星霜を綴った頃だろうか。私の愛でる対象が陸地を歩くようになった頃に再び白が世界を覆い尽くした。またですか。


 私は青に戻るように愛でる対象を追い立て、トカゲな私は泥と青の中で生き永らえた。そのまま陸上に残った同類は死滅したらしい。既に去ったとはいえ白も黒も恐ろしいな。

 ずっと海岸線で生活していたトカゲは何世代もの間をそうして暮らし続け、どれだけの日々が過ぎ去ったのか判らないくらいにトカゲ生を繰り返した。同じくらい長い間、クラゲも青の中で生き永らえた。どうやらこの世界の二大巨塔はクラゲとトカゲらしい。海は巨大なクラゲが制し、陸は巨大なトカゲが制している。私の肉体も巨大ですばしっこいトカゲが大地を疾走して楽しげだ。時には二足歩行だったり、時には四足歩行だったりと様々なトカゲが居るのだが、珍しいのは羽を生やしたトカゲだ。このトカゲになった時は空の散歩を楽しめる。特に大きいトカゲで空を飛べるのは貴重で、随分長い間楽しんだ覚えがある。まぁ、これまでの長い時間と比べたら一瞬だけど。



 ◇◇



 何時しか二足歩行のトカゲは人間のようになり、軽い叫び声のパターンで言語を生み出した。言語発明はクラゲが先人であるため、二代目言語発明家であるトカゲ人間は発声の仕方や文字も全く異なる物となった。青の深い所にいるクラゲは今も言語を失ったままだ。青の底で生きる彼らは文明の代わりに巨大で強い肉体を得て、鱗を持つクラゲへと姿を変えた。現状の世界で最強は彼らだろう。トカゲにとって幸いなのは、彼らが陸上で生活出来ない事だろう。あまりに長い間を深海で生活し続けた事により、超高圧の環境でなければ生きて行けない体へと進化してしまったらしい。悲しい事だ。

 対してトカゲは深海には到達できない体であるため、世界最強の生命体と遭遇することなく繁栄と進化を続けた。そうして出来上がったのがトカゲの文明だ。ドラゴンと呼んでも差し支えない巨大な種と、人間と呼んでも差し支えない二足歩行の技術種に大きく別れ、大地は技術種に、大空はドラゴンに席巻されていった。


 鋭い爪は器用さを持たず、ドラゴンのように硬く頑強な肉体で以て彼ら技術種は哺乳類を捕食して数を増やした。鱗を持たない生物など彼らからすれば柔らかい獲物でしかない。素早く力強く理知的な生命体。この三つを兼ね備えたのは彼らだけだ。陸上に置いて力強過ぎて素早過ぎる超生命体であるドラゴンだけがトカゲ人間を超える例外だろうか。ドラゴンだけはトカゲ人の世界の制約を受けていない。そう反証できる程に、トカゲ人は驚異的な存在となっていた。私の肉体の一人もまたトカゲ人だ。


 彼ら彼女らは同類と言葉を交わし、求めあい、戦い、そして子を残して私の肉体は次の世代へと継承されていく。何の事は無い、愛憎の中で生きては死んでいく彼らもまたれっきとした人間なのだ。霊体の私はそれを愛でて行くのだが、彼らを観察していると一つの事が明らかになる。

 私が愛でている個体は何時の時代も群れを率いて居たり、個として特殊な力を持っていたりする。それは私が霊体であるときに使った力の欠片だったり、私が持っている記憶の欠片だったりを表層化させて力を得ている。これは私のせいというか私自身だからなのだろうか。

 しかし、出る杭は打たれると申しますように、私の肉体は過酷な運命に翻弄される事がとても多い。時たま出会いに恵まれて仲間と共に辛苦を分かち合う事もあるのだが、どのトカゲ人も孤独で悲惨な最期を遂げることが多いように思う。だからと言って霊体の私が愛でるのを止めないが。

 命を愛でるという行為は私自身を育むことにほかならず、私の使命でもある。たぶん、あの女の思う壺なのだろうが、今となっては私が好きでやっている事であるのだから、止める訳にもいかない。これ以外にやるべき事も無いし。だから止めないし辞めないのだ。



 ◇◇



 私が愛でている影響なのか、クラゲもトカゲも生まれる言語は日本語に近いものになっている。カナ文字が主体らしく、時々複数のカタカナを重ねたような象形文字が産まれる。それが簡易化されてかな文字が産まれる。更にそれらが廃れてまた新たな言葉が生まれる。しかし何れも日本語の枠を超えず、独創的な文字では無かった。私はこれを私という存在の制約だと思っている。若しくは呪いだろう。私という存在がこの世界を眺め続けている限り、英語っぽいのとかドイツ語っぽいのは産まれないんだろうと思うと少しだけ残念だ。

 技術種は前述している通り尖った指先を持っていて、不器用で拙くは有るが様々な物を作り出す。建築技術や縫製技術も面白い位に発展していく。言葉も既に洗練され始めていて、詩吟の文化もあるくらいだ。青から上がって来たのが、ついこの間のように思える可愛さだ。思わず愛でてしまうくらいに愛おしさを覚える。やりすぎると空から白が降ってくるのだが。


 ここ最近になって気付いたのだが、黒や白や赤の災害はどうやら私が起こしていた物らしい。感情が負の方向にブレると、その度合いによって宇宙線が降り注いだり、隕石が降って来たり、ダークマターに覆われたりするらしい。私は一体何なのだろう。


「あ、またやってしまった」


 こうして悩みだすとほぼ確実に白が降ってくる。つまり宇宙線が大量に降り注いで空気をかき乱し、全球凍結を引き起こすのだ。私ってば一体何神なんだ……。

 この宇宙線もどこからやってくるのか私自身も良く解っていない。目の前の私が肉体を震えさせながら息絶える。凍えた体は命尽きて、霊体の私の中へと還元されていく。生きた経験とでもいうべき何かが霊体の私に蓄積されていくのだ。なので、今の私には大量のアメーバとクラゲの記憶を土台として、ドラゴンやらトカゲ人の経験が降り積もっている。全体の九割はアメーバだが。


 トカゲ人の世界が白く染まっていく。黒で払っても良いが、恐らくその余波で全トカゲ人は死に絶えるだろう。それなら白が収まるまで待っていた方が、まだ望みがあると思う。や、別に、その、トカゲ人が滅んでも私はどうでも良いのだが。

 また別の私がトカゲ人の中に生まれるが、その子は大人になる前に凍えて死んだ。またその次も、その次も、その次も。しばらく続くだろう現状を眺めて暫く。文明崩壊を起こして野に帰ったトカゲ人が現れる頃には白は去っていった。どうやら幾つかのトカゲ人は青に帰って行ったらしい。青の中で生きるつもりのようだ。残りは黄の大地で生きるつもりらしい。うん、がんばって。

 珍しいのが居た。赤の溶岩で生きるトカゲ人が出始めたのだ。どうやらそのトカゲ人は言葉を捨てて野生に帰った一味らしく、文明的とは言い難い生態だ。溶岩を浴びて溶岩の中で生きるトカゲ人は、もはや怪物と言っていいだろう。鉱物生命体の間違いではないだろうか。溶岩の中で生きるってもうそれドラゴンと同じじゃないかな。トカゲ人は頑張り過ぎじゃないだろうか。

 微かに文明的な生活を送るトカゲ人も居るのだが、周囲が極限環境に適応し過ぎたせいで彼らと比べてとても貧弱に見える。赤も青も極端だからね、仕方ないね。そうして黄で生きるトカゲ人は言語を手放さずに野に拡がっていった。



 ◇◇



 さて、トカゲ人だけ愛でているのも飽きて来るので、私は彼らの餌である哺乳類へとターゲットを変えることにした。どうやら彼らは既にラットに近い存在を超え、類人猿一歩手前くらいまで進化していたらしい。オランウータンぽいのや、ゴリラっぽいのが黄の大地を闊歩している。

 どうも私の知っている人類種と同様に雑食であるらしく、生態系ピラミッドの中では上位に位置するようだ。だって、みんな不思議な力を使っているし。中には赤の力で肉体を強化してトカゲ人を追い回して捕食する剛の者まで居る始末。とんでもねえな。

 地球人である私からすれば追うものも追われるものもすべからく化け物なのだが。そもそも地球上における人間は、ゴリラのように身長十メートルじゃないし、トカゲ人のように掌から炎を生み出したりしない。耳長猿は青の力で水鉄砲を撃ってこないし、黄の力で大樹が根っこを鞭のように使ったりしないし、岩が動いて赤の溶岩をぶっ放したりしない。

 これらの変化が起きた原因は恐らく私なのだろうけれど、確証を得ている訳じゃないので「私が悪うございました」と土下座するつもりは無い。

 もしこの世界に魔法が存在するとしたら、その大本はあの五色の光であったり、私の存在であったりするのだろう。そもそも霊体で何億年も存在できるわけがないんじゃないかと思う。私以外の霊体なんて、あの女以外で見た事すらないし。それでもきっと、私が原因ではない。現時点においては、ね。


 今の私の肉体であるオランウータンがトカゲ人の戦闘風景を眺めている。巨大なゴリラに鉄製の斧で襲い掛かり、鉄の斧ごと手足を拉げさせて吹っ飛んでいった。即死だろう。私は巻き込まれる前に降ってくる土砂を躱しつつ逃げて行った。

 このオランウータンだが、やはり不思議な力をもっているらしい。傷の治りが早かったり、遠くを見ることが出来たり、膂力が高かったり、体が柔軟性に富んでいたりと生まれながらの強さを持っている。あと繁殖力も高い。オスなので自然とハーレムのボスであるし、私の群れだけが数も多いし、勢力範囲も広い。なんならゴリラを狩って食べることもある。

 アメーバ、クラゲ、トカゲ、ドラゴン等と他にも様々な種を経験し続けることによって、私の愛でている私の肉体だけが特別に強化されているのは既に明白である。そんな事は無いんじゃないかと思いつつも目を背けていた事実なだけに、これ以上鑑賞して何かしらの影響を与えるのも良いものなのかと思う反面、まぁ良いかと思う部分もある。だって他にやる事ないし。大丈夫だ、きっと。飽きたら数万年生きる植物を選ぶし。

 私が愛でる対象というのは、実は自分の意思で変えることが出来る。愛でる対象が死ぬ場合に霊体へと経験が還元される。その際に一年程の時間が必要なのだ。その間に次の対象を選ぶことが出来るので、これまでは近い場所で次を選択していたに過ぎない。先代が死んだ直後から霊体を移動させて、大樹の苗木を選べば面白い事になるかもしれない。まぁ、まだやらないのだけど。

 まだまだ面白い生物が盛りだくさんなのだから、私はこれからも世界中の生物を愛でるだろうし、彼らについて回って面白い物を見ていきたい。使命だろうが何だろうが、楽しんでも良いではないか。そうじゃないと退屈しそうで怖いのだ。退屈は敵だ。意欲が失われてしまう。

 意欲が失われた私は何を始めるだろうか。悪戯に白を呼びこむか、それとも赤を降らせるか。考えただけで恐ろしい事態になるだろう。折角目の前に面白い物があるのだから、少しくらい楽しませてほしいものだ。



 ◇◇



 数度の赤を降らせて数千万年。やがて類人猿から新人類が産まれ、主として特徴が明確になった彼らは数を増やしていった。この世界には地球には存在しない種が多数存在しているせいか、新人類はさらに細分化して全く予期しない人類が産まれたりした。彼らは青の力の扱いが上手かったり、赤の力を上手に操ったりと、種族に依って様々な特性があった。私はそんな彼らを外側から観察するべく、四つ足の犬のような肉体を得たり、または内側から観察すべく彼らの中に紛れてみたりと存分に愛でた。

 ちょっとだけ申し訳ないなと思うのが、私の肉体が産まれる度に神子だのなんだのと持て囃されたり、命を狙われたりする事なのだが、まぁ、些細な事なので気にしない事にしよう。もう終わった事だし構わないだろう。これからも続くだろうけど。

 ひとしきり目に付く種を楽しむと、生命の進化は落ち着きを迎えた。今この時も多種多様な進化が起こっているだろうけれど、これまでのように大きな変化は起きなくなってしまったのだ。そうなると困った。退屈で楽しみが無いのだ。

 だから私は大きな山の奥に霊体を動かして、小さな芽に肉体を宿らせた。その芽は強く大きくなり、やがて周囲の森を飲み込み、一本の巨大な樹へと姿を変えた。


 植物というのは其処にあるだけで環境を変えてしまうもので、周囲の黄は私一色に染まってしまった。巨大な根が山を覆いつくし、裾野に拡がる森も影響を受けたのか、よりいっそうの生長を見せた。幹は雲を突き破り、葉は大きな影となって山を隠した。

 私の周囲には深い霧が立ち込め、それから何万年も晴れる事は無いだろう。そうだ、少しこのまま休むとしよう。こうして山の根っこから溶岩を吸い上げて養分とし、大きな葉で鳥たちの巣を見守ろう。時々、雲の上になる実をドラゴンが食べに来るが、蔓で撫でてあげると驚いて去っていくのも面白い。しばらくこうして楽しんでいよう。

 そうして時を過ごして幾年月。どれだけの日々が過ぎ去ったのだろうか。雑多な種族の集団が根っこにやって来た。



 ◇◇



「これが神の大樹か」と青の子が言う。

「ドラゴンの言う事を真に受けるなら、この天辺に神授の実が生ると言われているわ」と赤子が言う。

「まゆつばだがな」と青の子が返した。

「何だ。貴様、白竜様を疑うのか」と白の子が言う。

「そうは言ってない。だがドラゴンですら手に入れられない者を誰が手に入れてそれを確かめたんだろうなって思っただけさ」などと青の子が笑った。

「我らの及ばぬ領域にある者がそう言っているのだ。なにより白竜様は我らの守護神ぞ」と言い白の子は激怒した。

「わかっているさ、わかっているとも。文句なんか無いよ」と言い、青の子がやはり笑った。


 青の子と、黄の子と、赤の子、それと白の子か。何という種族だったか、もう遠い昔過ぎて何と呼ぶのか覚えちゃいないが、彼らの種族が得意とするのはそれぞれの力で分かれているのが見て取れる。体から湧き出す力がどれか一つに寄っているから。

 それにしても神授の実か。私の体から取れる実はそれほどまでに力が凝縮しているのだろうか。そういえば、いつだったかのドラゴンが一つだけ食べて行ったな。あれは白いドラゴンだったかな。ということは彼らの言う白竜様とはあの時の子なのだろう。面白いな。実に面白い。こうして巡り巡って、人の子が私を登ろうとやってくる。様々な命がひしめく私の体を登ろうとしている。

 そんな風に喜んでいたのだけれど、彼らは道半ばで大きな幼虫に食べられてしまった。私の葉が大好きな昆虫の幼体で、成虫になると綺麗な蝶に羽化する美しい虫だ。彼らは幼虫の養分となり、数年後、新たな蝶となって私の眼を楽しませてくれた。

 ただ残念なのは、森の先に出来た人の子の街に蝶が飛んで行くと、彼らの手で殺されてしまった事だろうか。ヒラヒラと飛ぶ姿は美しいのだけれど、人の子にとっては捕食者でしか無いらしい。残念な事だ。


 それから少し時が過ぎて、不思議な黄の子が根っこに現れた。どうやら私の意志に触れられるらしく、私と会話を試みに来たらしい。まぁ、その子は私に触れた瞬間に精神が情報の許容量を超えた影響で限界を迎えて即死してしまったが。


「何という事じゃ!」

「神子さまぁぁぁぁ!いやあああああ!」

「呪いじゃ、呪われたんじゃ!」


 などと供述しており、どうやら私は切り倒されるらしい。無念であります。

 それからというもの、私を切り倒さんと幾人もの人の子が現れては挑み、焼いてみたり切って見たり凍らせてみたりと試しつつ、何も効果が無いとしるや落胆して帰って行った。最後の方には使役したドラゴンがブレスを吐いてみたり、爪や牙で傷をつけてみようとしたりしたのだが、全く効果が無いと知るやドラゴンも去ってしまった。寂しいものである。

 最終的にはシンジュ教なる連中と、裾野の街の連中で戦争へと発展し、裾野の街は荒廃して人の子は去ってしまった。

 それから数百年くらいたったのだろうか。再び人の子が裾野の街に住みつき、森と私の根に触れるようになったころ、私の退屈の蟲が騒ぎ始めた。そろそろ転生したいと。


 生涯の途中で私は肉体を好きに変えられると知ったのは、大樹に姿を変える前の事だ。寿命を迎えようとしていた青の子の体を抜け出せることを知った私は、力を失った青の子を尻目に苗木を探しに出かけた。つまり大樹から人の子に在り処を移す事も出来るのではないかと思った。思ってしまった。そうして移した私の新たな肉体は、今の世間では樹人ドライアドと呼ばれる黄の子だった。



 ◇◇



 肉体を移すと霊体の視点と肉体とで二つの視界を得られる。私は昔からそうしてこの世界を漂ってきた。だから母親の胎内で生まれる視点は目の開いていない時分では確保できていないに等しい。なんかぼやーっとしているし、良く解らんのです。

 なので私は霊体の視点で母親の頑張りを何時間も眺めた。いきんでは休み、いきんでは休みを繰り返し、やっと生まれてきた私は緑のパーマな髪を生やした可愛い赤ちゃんだった。一般的にドライアドは女性しか産めないし、女性しか生まれない。相手の男性はどんな種族だろうとドライアドの女の子が生まれるのだ。どういう進化を辿ればそうなるのかと言うと、根源的な黄の力を取り込む進化を胎児にまで影響させた結果らしい。

 ドライアドは黄の力を全身で吸収する。それはもう光合成してるのと同義なくらいに吸収する。なので例外なく似たような容姿だし、樹木並みに長生きするし、とんでもなく黄の力に馴染む。前に私に触れて死んだ巫女さんもドライアドだったのだが、たかが人の子が私の力に干渉したら即死するのは当たり前なので、あの時のことは例外として考えたい。大自然を体に取り込んだら死ぬのは当たり前でしょう。そういう事です。

 そんな訳で生まれた私は黄の力が異常に強いドライアドとして生まれました。お陰様で今は立派な巫女候補です、世の皆さんコンニチハ。


「出来損ないが産んだ子を巫女候補なんてふざけないで!」

「おやめください!掟を律するバルマウフラ家の者として、あるまじき行いですぞ!」

「知った事か!その掟を作ったのもバルマウフラ家よ!私の思い通りにならないのなら、掟なんて変えてやるわよ!」

「ご当主!!お待ち為され!」


 ドカドカと私を産んだ女が横たわるベッドに何者かが近付いて来る。が、その前に産婆が数名立ちはだかるが、平手打ちで蹴散らされてしまった。


「ふん!邪魔よ劣等種が!」


 劣等種というのは力の薄い子の事だろう。元の地球人に近い見た目の者ほど、五種の力を操る能力が低く、寿命も短い。なので、特定の五種族以外を彼らは劣等種と見下しているらしいね。

 ズカズカと近付いて来た女は、疲れて眠る母の手から私を取り上げてまじまじと見つめた。


「この娘さえ居なければ、私が。私こそが!!!」

「お止めなされ!!そこの者たち!ご当主を止めるんじゃ!!」


 後からついて来た侍女は年老いたドライアドらしい。彼らが劣等種と呼ぶ産婆たちに叫ぶが、もう遅いだろう。この女の手には力が込められている。殺意に満ちた顔は表情筋により醜く歪み、私の首を締めようと空いた手を添えた。

 まぁ、簡単に殺されたら詰まらないので抵抗はするのだが。


「死ねぇ!!!」

「ご当主!!」


 ドライアドの肉体の何割かは樹木で出来ている。寿命が近くなると完全な樹木に変化し、地面に根を下ろして人としての生涯を終える。では生まれた直後はどうなのかと言うと、既に一割が樹木である。そしてその樹木の部分は骨に該当する部分だ。爪とか、歯とかね。

 そして私の肉体だけが、霊体である私の力を受け入れられる。だから私の肉体に、霊体である私の黄の力を込めるとどうなるかは大体予想出来ていた事だ。


「ぎゃああああああああ!?」

「ご、ご当主!?」


 私を持つその手、目の前の体に向けて両手の爪を伸ばして彼女の体を貫いた。そして伸ばした爪は根と同義なので、体液を吸い取る事も出来てしまう。それは母親のミルクよりも重厚な栄養源であり、ドライアドの中では一般的な攻撃方法であり、防御方法でもある。根を張らせた相手の肉体を操れるのだから。


「いぎっ、あがっ、げっ……」

「ご、ご当主ぅぅぅぅ!?」


 ドサリと倒れた女は、黄の力を奪われてドライアドの寿命を失いつつあった。五種の長命種は力を扱いやすいが、その分、力を奪われると寿命すら無くす。大樹として様々な人の子を吸収してきた私からすれば、特徴のない雑多な種族の方がよほどに恐ろしいと思うよ。


「ふぁ、ふぅ。だぁぅ」


 持ち上げられたままベッドに蔦を巻き付けて宙を移動し、そのまま母親の隣で眠る。ああ、お腹いっぱいで眠い。もうちょっとだけ母親の世話になろう。



 ◇◇



 私ことネモザは所謂、国王の庶子らしい。ここは青のアルヴが支配する王国で、母親はメイドとして国王に仕えていたのだが、正妃でも則妃でもないのにお手付きになり、そのまま出産と相なった。しかしながら、想定以上の力を持った子が生まれた事で、ああして則妃が殺意満面で襲ってきたという事らしい。超どうでもいい。


「すまない、助命するだけで精いっぱいだった。健やかにあれよ」


 こんな事を言って簡単に妻子を捨てる王様もどうでもいい。その後、母はショックのあまり急激に黄の力を失い、数年でとある宿の裏手にその身を植えた。私が六歳の事であった。


「さて、どうやって生きて行こうか」


 追い出された宿の正面入り口で、私のような幼女が一人でそう愚痴りたくなるのも仕方のない話である。



 ■



 これまでの私は肉体を愛でることはあっても、肉体を霊体の意思で操る事は無かった。肉体の意思に任せ、肉体の人生を眺めるにとどめていたのだ。だが、大樹が枯れる前に転生したからだろうか、私の意志は肉体を見下ろす霊体と、地に足を付ける肉体とで同一化してしまったらしい。転生におけるなんらかの不具合だろうか。肉体の視界と霊体の見下ろす視界とで、ものの見事に同時進行である。

 まるでゲームみたいだなと郷愁の念に駆られながらネモザは歩く。向かう先は所謂教会だ。この時代は古代ローマ程度の文化文明に発展しており、物質文明的には岩と泥の家から脱却できていない程度だ。木工ってなにそれ、おいしいのと言ったレベルだ。これには理由があって、一部の人間が不思議な力を操れる為に、彼らを神格化し、それ以外との差が文化の育成を阻み、不思議ありきの生活に頼っているからに他ならない。

 ぶっちゃけ力が無ければ化学が発展するだろうし、力のコントロール方法が確立されれば魔法万歳な世界に邁進していくだろう。独立独歩で強大な力を制御できた者が王になり、それ以外を従える。今の世はそういう世紀末な風土なのだ。

 宗教もそんな現人神を崇めるためのものであり、現人神が他者を従えるツールとして発明したものでしかない。というか神は誰ぞと聞かれれば、私ならあの女を答えるだろう。名前も知らないが。

 そんな協会は石を支柱に泥を壁にして作り上げられた、この時代では優美で頑丈な作りになっている。藁を混ぜた泥は立派な壁であり、中々通気性がよく、日本の倉のように食料の保存に向いている。解放されたドアを潜ると、正面に大きな石像が置かれている。私の父親だ。

 現人神は私の父なのだが、気に入った女に手を出して責任も取らずに妻子を捨てるクズ野郎なのは確定的に明らかなので、アレを信仰しろと言われても失笑せざるを得ない。苦笑いが止まらない。


「神の子よ、神聖なる協会にどのような用向きかね」

「神官になりたいです。どうしたらいいですか」

「幼きドライアドよ、教えを求める子よ。それならば教会があなたを導きましょう」


 とまぁ、このように教会は幼子を集めて神官という名の兵隊を集めている。神官を育てた教会は国王の覚えめでたく、権力と財力を手にすると言う構図だ。

 権力は即ち現人神の右腕に近付く事であり、大量に育てた神官を使って政治に深くかかわることが出来る。一応、議員制度が存在するので、その中に名を連ねられるというわけだ。

 財力は即ち暴力と同義であり、特定の地域を任された教会のお偉いさんは、力の弱い議員の治める土地を抱き込んだり、時には奪ったりということが出来るようになる。

 何の事は無い、神官も貴族も同じ存在なのだ。とても人間らしくていものである。


 神官の地位は往々にして親子で継承されるものであるが、稀に優秀な力を持つ神官が上に立つこともある。私が狙っているのは其処だ。ただ生きているだけでは見られない景色を、このドライアドの肉体という枷から見てみようじゃないか。霊体の私はそうして新たな暇つぶしを楽しむことにした。



 ◇◇



 神官職に就くには修行が必要である。現人神の言葉が絶対というメインルーチンに沿って、神官の役割を全うするというサブルーチンを基に、彼らは自らの在り方を定義している。六歳の幼子とはいえど、私の中身は数億歳である。いやもっと上だったか。まぁいいや。どうでも良い事だ。

 簡単にそれらを把握すると、決められた修行(笑)を終えて力を示せば晴れて8歳児で神官に成れた。神官になっても服は全員トーガである。両肩からサラッと布を下ろしただけの、ノーパン女子である。庶民など腰回りにしか服を着ていないので、表に出れば男女の性差で一目瞭然。肉体労働に勤しむ者など全裸が当たり前。そういう時代なんだから仕方ない。

 神官は彼らの指示出しをしたり、彼らがどうしようもない仕事を黄の力で代行したり、木板に情報を纏めたりと言った管理職だ。

 管理職である以上、舐められたら終わりなのだが、8歳児を目上に視る肉体労働全裸マッチョが居ない筈もなく、幾人かのマッチョは私の力で生き埋めになったりした。それ以外にも赤の力を使える私が膂力で負けることなどないので、何人も投げ飛ばしたり、それらを白の力で癒したりすると、瞬く間に私の噂が大きな街に拡がっていったらしい。そういった事件を経て、神官たちの間で、私を担ぎ上げようとする連中が現れ始めた。


 青のアルヴの現人神を国主とする、この王国に置ける議会制度を説明しよう。現人神を背に議長となる神官長が立ち、その直下に十二人の大神官が立ち、大神官一人に十人の高神官が立ち、高神官の下に無数の神官が四つの位を順に並ぶ。四つの位とは最上位、上位、中位、下位であり、その下に神官見習いが立ち並ぶ。

 これら全てを合わせると数万人の神官がこの国を支えているという事になる。そして私は神官見習いである。一人前じゃないのかと思われるが、下位に上がるには実績が必要なので、上から与えられた仕事をある程度熟さなければ昇進する事は無い。

 更に神官の中にはドライアドが少なく、その殆どはアルヴである。何故なら現人神がアルヴだから。そして現人神は、過去に私が愛でていた肉体の抜け殻だ。つまり、今の現人神には力の殆どが抜けており、ただ寿命が長い青のアルヴの特性で生き永らえているに過ぎないという事だ。強い力を持った青のアルヴは数万年も生きるのだからしょうがないね。

 さりとて権威が失われているかと聞かれればそうでもなく、建国の父である事には変わりない。であるならば敬ってへつらうのは当然であり、愛する現人神の為に力ある子たちが神官となってトカゲ人などから国を守らなければならない。そうしてアルヴは隣人である黄のドライアドと共に、王国を支えてきたというわけである。

 因みにドライアドの国は有るには有るが、アルヴのように権力闘争へ傾倒しないし、領地がどうのこうので騒がない。なぜなら黄のドライアドは森の中から出てこないから。黄のドライアドの巨大な里のなかに、青のアルヴの王国があるというから、勝負にすらならないのだ。その森も黄のドライアドの成れ果てであるからして、戦った場合は青のアルヴに勝ち目はない。眼中にないと言った方が正しいかもしれない。

 だからかもしれないが、青のアルヴはプライドが高く、見栄を張り、黄のドライアドを見下す傾向が強い。内心では自分たちの方が上だと信じて疑わないのだ。なのに現人神は大樹を敬うという矛盾した姿勢を示す。誰も突っ込まないが。


 権力志向が強いアルヴの民は、度々赤のドラグと諍いを起こす。時々、何色でもないヒトとも諍いを起こす。もっと言うと白の子(精霊)や黒の子(魔族)とも諍いを起こす騒がしい種族である。私が神官見習いになり、四年後に下位神官へと昇進するまでに三度の戦争を起こしている。全て侵略した側だ。ちょっと頭おかしいんじゃないかと思うレベルで戦争が大好きだ。見ていて面白いのだが、その度に前線に送り込まれる身にもなって欲しいものだ。私ことネモザの身に何かあったならば、また一から転生しないといけないじゃないか。出来るだけ命の遣り取りからは距離を置きたい所存である。


「此度の活躍により中の位への昇位を許可し、英雄ネモザをここに賞する」

「有難き幸せに御座います」

「これより、ネモザは下の位にある神官15名を率いてもらう。ネモザ小隊としてドラグの者どもを滅ぼせ」

「はっ、ご期待に添えますよう、現人神たる国王陛下に誓います」

「よろしい、では次の―――」


 まぁ、12歳で戦場に送り込まれ、そのまま活躍し、戦果を持って帰り、中位神官に任命されて、直ぐに戦場に送り込まれるとはね(棒読み)。おまけに戦地で率いていた下位神官たちがそのまま私の配下になるとは、まるで嵌められたような気がするのは私だけだろうか。居並ぶ新中位神官の列から、高い位置に坐する国王を見ると目が合った気がした。


 この世界。種族に依って呼び名は異なるが、アルヴたちはユグドラシアと呼ぶ世界なのだが、星が誕生してから十億年以上が経過していると思われるのに、未だにパンゲア的な巨大大陸が存在している。空のドラゴンライフを満喫した時に、成層圏から惑星を眺めたので間違いない筈だ。いや、あれは数億年前だったか。いやいや、今もきっと地続きなのだろう。そういう事にしておくとして、だ。

 地続きだと問題になるのが種族間の国家が出来た時に、国境線の問題が出るのだ。各々得意な属性の力を上手に扱えるため、その力である程度の領土を確保すると、あっという間に領土間の摩擦が起き始めたのだ。なまじっか力を持つ者同士である為、戦場の風景は中々に激しい。とは言っても、この力で左右される為、強い力を持つ者を斃せば戦況は一気に傾く。私が戦場に出たお陰で、青のアルヴの国は未だかつてない快進撃を始めたと言えるだろう。

 この予想は正しく、この後、たったの十年間で現人神が治める青の国は世界を征服するに至った。



 ◇◇



 私が高神官になってから百年程が経過した頃だろうか。黒の子(悪魔族)から一人の英雄が産まれた。生来の強い黒の力を操り、始めに旧白の国を襲い、その領土を奪い取った。要するに内乱が発生したのだ。その時は私が前線に出る事は無く、配下の面々で特に力の扱いが上手な者達を差し向けたが、その全てが敗北し黒の力で洗脳されて敵兵となった。

 黒の力は要するにダークマターであり、肉体の有様を変質させる作用を齎す。その為、敵兵となった味方兵はアルヴである事を止め、アルヴによく似た黒の子(魔族)に変わってしまうのだ。白の国の兵も同様に変質させられて、敵兵がそのまま味方になるというチートな展開を迎えたらしい。唯一救いがあるポイントは、黒の子の英雄しか使えない力であるという事だろう。


「ネモザ高神官に大悪魔の討伐を任ずる」

「謹んで拝命いたします」


 黒の子の英雄が暴れ回った結果、とうとう私にお鉢が回って来た。というのも、百年程度で高神官という異例の昇進の裏には、度重なる戦場働きがあったが故の事なので、いずれ指名されるだろうから対策を講じておくかと目論んでいたところだった。

 出る杭はやはり打たれる訳で、ライバルの高神官たちや、その上司に当たる別派閥の大神官たちの意図した所でもあるので、この機械に新進気鋭の高神官を潰してやろうというのだろう。悲しい事に同派閥からも睨みを利かされている為、同派閥の人間からは頼もしくもあり恐ろしくもある樹人として畏敬の念を抱かれている事だろう。本当に、愛いものである。


 逆境を好機と捉えれば、この状況は途轍もない好機である。黒の子の英雄の首を持ってくれば大神官への道は確実に拓かれる。ここ百年程で神官たちの世界は堪能させてもらったが、割とシンプルな上下関係と、ありきたりな横の繋がりに辟易していた部分もあるのだ。そろそろ視点を変えて彼らを愛でてみたい、というのが戦場に向かう真の理由だったりするのだが、そうした事はおくびにも出さず晴れて出兵と相成りました、とさ。

 百年経っても変わらないレンガ道を十匹車で進む。ただの馬車ではなく大きくてヒレの生えた蛇が荷車を引いて進むのだ。ヒレが丁度十対あることと、ダチョウのような動物十匹分の牽引力を持つ事で十匹車と呼ばれている。蛇なのに草食だったり、温度差に強かったり、人懐っこくて飼育しやすい事から世界中で愛されている荷駄動物だ。因みに人間のような歯が生え揃っており、正面から見た顔はとても不細工で愛嬌がある。ナマズのような髭が生えているのもチャームポイントだ。引蛇ひきへびと呼ばれている種族だが、本当に蛇なのかは不明である。卵生じゃなくて胎生だし。

 引蛇を愛でつつ青の国から離れると、目的地である白の国へと到着した。目下の標的は魔族に変化した白の王だ。兵隊たちも揃って魔族化している為、彼らを解き放ち、白の王の魔族化も何とかできないか試す。そこに価値があるかどうかは分かりませんな。肉体に染み込んだ黒を解放するなんてやった事ないし。まぁ、なんとか、なるん…じゃないかな。


 白の国と青の国は大きな川で隔てられており、互いの岸辺には広大な森が続いている。以前はその間にコンクリートで固めたような橋があったのだが、どうやら白の国の側から破壊された痕跡が見られた。互いの橋脚の上には砦が建設されており、検問をおこなっていたのだが……、今となっては白の国側の砦が残骸となって残っているだけである。

 こうした建築物の構築は、黄の力を持つ樹人ドライアドをはじめとした土木作業員が担当する。青のアルヴでも出来なくはないのだが、黄のドライアドと比べるとその力は見劣りする。


「全員、下がりなさい」

「「「はっ」」」


 既に立派な大人の女性となったネモザこと私が命令を出すと、連れて来た神官たちとその配下の一般兵が岸辺に並ぶ。青の国側の橋脚に跪き、両手を地面に着けると力を大地へ浸透させた。使う力は黄の力と赤の力だ。黄の力で大まかな橋を作り、赤の力で溶かして成型する。熱して固められた金属の橋が出来上がると、〆に青の力で冷やす。焼き入れと焼き戻しのような事を行い、鋼鉄の大橋の上にレンガを敷き詰めると完成である。

 後方の歓声や、私を讃える声に振り返って出発の合図を出した。より頑丈に、より広く、より安定した橋をネモザ大隊が侵攻する。目前には白の国の監視員が逃げ去っていく姿が見えた。



 ◇◇



 魔族と言っても元は白の子だ。それが黒の子の英雄に染め上げられると、体色は灰色になるらしい。アルヴは青い肌、ドライアドは黄色い肌、悪魔は黒い肌、精霊は白い肌、ドラグは紅い肌と相場が決まっている。何も持たない人の子は何れかの淡い色をした人種だ。

 いま私たちの前に居る魔族は精霊と悪魔の中間、魔族であるからして灰色のなのだ。それは国王とて例外ではない。


「なんと、いう、恐るべき、力だ」

「これからは魔族の国として“灰の国を”名乗りなさい。それが嫌なら、高神官ネモザの名において魔族は残らず誅殺してあげましょう。如何か」


 私の目の前には血塗れで蹲る元白の王が呻いている。


「命は…民の命だけは、どうか…」

「助命嘆願と受け取ってよろしいか。以降、灰の国は青の国の属国とするが、同意されるか」

「同意、する…」

「良いでしょう」


 旧白の国に攻め入った後、私達は白の玉座がある首都に向かいつつ、襲い来る魔族を斃しながら此処へとやって来た。既に道中の街を占領し、こうして魔族の頭である、元白の王を降伏させることに成功した。

 元来、五色の力というのは純粋であればあるほど、発揮される威力は絶大なものとなる。やりすぎて全球凍結させたのが昨日のことのように思い出される。私の霊体ほどではなくとも、白の子の優秀な個体であれば、城一つを氷漬けにすることくらいは出来たはずなのだ。しかしながら黒に汚染?された彼らでは、中途半端な力しか発揮できなかった。代わりに全ての色を扱えるようになったらしいが、そのどれもが半端で、見るに堪えない者だったのだ。

 というのはあくまで私の意見であって、同行していた神官たちからすると「自分たちと同レベルで全属性使えてヤバイ」という認識だったらしい。故に彼らからすれば、魔人とは新たな進化種ではないかとの議論が上がっている程の相手だったのだ。それでも世界中の樹人ドライアドが結託したら圧勝できる程度だと思うけどね。


 灰の国を出発した私達は、戦勝報告の返事メールを読みつつ黒の国へと出発した。どうやら大神官内定らしい。黒の国を斃したら十二の大神官の序列も私が最上位になるんじゃないか節が出てきて、議会内では喧々囂々の嵐が吹き荒れているそうな。今のうちに派閥替えする神官も多数出るのだろう。本当に愛い事だ。



 ◇◇



 黒の国は魔界のようなオドロオドロシイ見た目ではなく、いたって普通の農村を臨む道を進んでいった。悪魔呼ばわりされてはいるけれど、黒い肌に赤い瞳ってだけで普通に鍬持って畑を耕してるし、何なら町の広場で悪魔の吟遊詩人が楽しそうに歌っていた。

 黒の子は角が生えているのだが、殆どの子が親指より小さい、ちんまりとした角がちょこんと生えているだけである。だが、噂の英雄さんは立派な巻き角が生えているらしく、黒の力を使う際に全身からダークマターのオーラを発するらしい。吟遊詩人に聞いた。

 結局のところ黒の英雄は何がしたいのかと言うと、悪魔排斥主義者をこの世から抹殺したいらしい。そう思って行動した所、白の子を襲ったら灰の子に変化させれる事を知り、今や新たな新興宗教の教祖をやる傍らで戦地を転戦しているという。

 どうやら灰の国が落ちた事も知られているらしく、黒の英雄は黒の国の首都に戻ってきているのだとか。街中で襲い掛かってくる黒の兵士を倒しながら、配下を連れて首都へと出発した。


 戦乱のせいだろうか、黒の国も灰の国も、害獣が良く襲い掛かってくる。青の国では全く襲ってこない。定期的に神官たちが害獣駆除を行っているのだが、これら二国では戦争に力を持つ者を全力投入した結果、旅商人の安全性も確保できないレベルになっているようだ。

 この世界は五色の力を扱える存在が居る為、ヒトも動物も同様に強い力を持つ。彼らはピラミッドの頂点で互いに捕食し合っていることで生態系のバランスが保たれているのだ。因みに生態系ピラミッドは上層と下層の二段しか存在しないと思っている。力を使えるか、使えないかで、生存競争の優位性が決まってしまう。地球とは大違い…でもないか、科学力を持つ人類と、それ以外で大別されるものな。

 さて、害獣のなかにはドラゴンとかが含まれるわけで、そういったご馳走が現れるとネモザ大隊は野外パーティが開催される。滅多に食べられないドラゴン肉だ、と神官や兵士たちは狂喜乱舞するのだ。尚、ドラゴン肉は食べると体内にある五色の力が増す。そう云われている、とかではなく、恒久的に力が増すのだ。なので、ドラゴンハンターは人外の力を持つという話は割と有名なのだ。

 恐らくだが、黒の英雄もその類なのではないかと思っている。実際に赤のドラゴンを食べた青のアルヴが本来ならば使えない筈の赤の力を使えるようになった!という実例も存在する。一気に強くなるわけではないので、何度も食べないといけないのが残念なところなのだが、それでも貴重な能力強化素材として有名だ。

 今回の肉は黒のドラゴン産なので、配下の何人かが黒の力を少しだけ使えるようになった。掌程度の黒い煙幕とかその程度だけれど、使えるようになっただけで自慢できるだろう。同様に灰の国には白竜様とやらが居るのだろうな、と何だか懐かしい気持ちになってしまった。


 青の国を出発して一年以上過ぎた。漸く黒の国の首都まで辿り着き、道中の街を征服し、黒の英雄と視線を交わすところまで扱ぎ付けた。顔の見た目は普通の黒いオッサンである。着ている鎧が暗黒騎士かと言わんばかりに黒く、繋ぎ目に紅い革が使われて禍々しい。

 黒の英雄を眺めていると、戦列から側近らしき男が進み出て来た。ああ、例のアレか。こちらも側近の上位神官を出すと、両軍の中間地点当たりで血判状を交わす。魔法陣らしきものを地面において、その上に血判状を更に置き、一枚の半分に手を置く。もう半分に黒の英雄の側近が手を置くと、正々堂々戦いますよという意志を示して戦闘を行うという証書が二枚現れた。

 この魔法陣だが、結構色々と使われているのかと思いきや、古代遺跡の産物らしい。よくよく話を聞いてみると、どうやら陸上クラゲたちの文明の名残だと知った時にはもう、うっかり涙が零れそうだったよ。時代を超えて彼らの遺物が現代に生きていると知ると、何やら嬉しくなってしまうね。これもまた愛い事だ。


「ネモザ様」

「うん。始めようか」

「「「はっ」」」


 側近たちにゴーサインを出すと、戦列が動き出した。両軍の間に瞬く間に陣地が構築され、構築し終わった樹人ドライアド達が後方に下がる。簡易要塞となった陣地に兵が乗り込み、黒の国の兵を迎え撃つ形だ。わが軍の定跡である。


「ここまではテンプレ通りね」

「は?てんぷれ?」

「何でもないよ。それより左から動いたよ」

「御意」


 黒の子達は巨大な横陣を敷き、向かって左手からゆっくりと斜めに崩れるように進みだしてきた。後方には幾つかの小隊が居るらしく、個別で陣地を崩しに来るつもりだろうか。はたまた、奇襲をかけるための特殊部隊か。これもまた愛い事だ。


「掛かりました」

「うん。探知を切らさないようにね」

「もちろんですとも」


 側近の一人が青の力を用いたソナーを繰り返している。注意すべきは大軍ではなく黒の英雄という個人だ。洗脳レベルの黒の力を広範囲で扱えるのであれば、大規模な攻撃手段を使えたっておかしくないのだ。私は彼のソナーに相乗りする形で、黒の力を散らすように白の力を広域散布している。これである程度のチートは防げるはず。


「しかし、ネモザ高神官が白き御業をお使いになられるとは知りませなんだ」

「うん。隠してきたからね」

「お見せになっても宜しかったのですか」

「今は勝つことを優先すべき。違うかな」

「お言葉の通りで御座います。我らネモザ派も喜びと誇りで胸が膨らむ思いですな」

「おべんちゃらは良いから、右方指揮よろしく」

「来ましたな」


 此処までの道中で私は青黄赤の力しか使ってこなかったせいか、いきなり白の力まで使い始めて側近も驚いていた。黒も使えるとは白状していない。黒の力は外聞が悪いからね。仕方ないね。使えるものは悪魔とヒトの一部でしか実例が無かったし、悪魔の使う力ということで暗く陰険なイメージがあるらしい。力は力でしかないのだけれどねぇ。こればかりは自分で扱うようにならないと悪いイメージは払拭されないのだろうな。

 そうこう考えている内に戦局は進み、左方の陣地が少し崩された。定跡どおりに後方から青の力が飛び始め、黒の子達が宙を舞う。同じように右方の敵陣も蹴散らされると敵陣中央が真っすぐこちらへと押し始めた。どうやら黒の英雄の力らしい。周辺の黒兵を強化する効果でもあるのだろうか。というより味方を改造したのかもしれない。白の子を灰の子に変えたように……。


「前列崩壊!第二陣後進攻撃中!」

「援護射撃だ!陣地後部の高位神官を集めろ!」

「大悪魔が第二陣を単独突破!!来ます!」

「氷陣結界用意!打ち立てろ!!」


 もう目と鼻の先に現れた黒の英雄が暴れている。どうやら私を洗脳して新たな手駒にするらしい。それに対抗するかのように側近たちが透明な氷の壁を何層にも張って防御の構えを取った。

 が、ダメだろう。余りに強大な黒の力に幾層もの氷の壁は一瞬で破壊されてしまった。


「だ、ダメだ!ネモザ高神官!お逃げ下さい!!」

「え、何で」


 これからが良い所じゃないか、何を言うのかこの側近は。惚けた顔でそう答えると、側近たちは我先にと私を置いて後ろへ走っていってしまった。何と忠誠心の無い奴らなのか。そう思っていると黒の英雄が一歩一歩、踏み締めるように私の前へと近付いて来た。残り十メートル、九、八、七、六、五、四、三、間合いだ。


「シャッ!!!」


 裂帛の気合と共に黒の英雄が刀身の黒い剛刀を振りぬいて来た。私は爪の枝でそれを受けると、足元から生やした根っこで黒の英雄の腹部を強かに撃ち抜いた。指枝が切断されずに斬撃を受け止められた事実と、鳩尾に叩き込まれた痛撃に面白い顔をしながら黒の英雄は吹っ飛んでいく。

 何処まで吹っ飛んだのだろうか、随分高く舞い上がって、数十秒ほどしてから黒の英雄は彼の本陣に落下した。ちょっとタカイタカイし過ぎただろうか。気を失ったまま墜落したので即死したかもしれない。ちょっとだけ申し訳ない気持ちが滲み出て来た。


「失敗したか…、根っこは不要だったのかな」


 まぁいいか、と考え直しながら、周囲の味方兵に檄を飛ばした。戦争はこうして青の国の完全勝利で終結してしまった。黒の英雄はそのまま帰らぬ人となり、灰の国と同様に黒の国も従属国として治めることになったのだが、魔族化した者達は灰の国だけでなく黒の国にも大勢いた事が判明し、やがて全ての魔族は忽然と姿を消したという。

 後で分かった事だが、魔族は迫害から逃れつつ、黒の国の海岸線から見える大きな島に隠れ住むようになったらしい。確か、地下に大きな洞窟があった島だったと思う。一時期トカゲになった私が住んでいたところだから間違いないだろう。地下水が流れていて、美味しい鉱石が潤沢に獲れる上に、新しい鉱石が黄の力を受けて次々と産出される場所だったと記憶している。

 魔族が大人しくしているなら放置で良いだろう。青の国に帰参した際に国王である父親には、魔族は一か所に逃げて行ったとだけ伝えて、具体的な場所は誤魔化した。海の向こうとだけ言ったので、調べたいのなら自分で調べるだろう。その内に魔族にも転生してみようと思う。その時にまた愛でてみるのも、きっと面白い。



 ◇◇



 黒の英雄の戦争が終結し、私が大神官に昇進してから五百年が過ぎ去った頃、白の国には面白い変化が起こった。あ、灰の国は魔族が綺麗サッパリ居なくなったので白の国に戻りました。閑話休題。白の国には何れの色の力も満足に扱えない、何でもないヒト、所謂「持たざる者達」が大増殖してるらしい。

 らしい、というのも私の配下が情報収集してきた結果を聞いただけなので、従属国の一つである白の国の財政状況や住民情報などと照らし合わせて、増えたなぁという実感を得ただけに過ぎない。

 じゃあ、それが問題なのかと言うと、大きな問題ではない。小さな問題は白の国だけ文明レベル落ちてないか、という疑惑が上がった点だろう。この世界においては力を扱う人数が多ければ多い程、その国の文明レベルは相応の基準になっていく。

 樹人ドライアドが一人いるだけで、立派な建物が建つのだから、そういった力を持たない者が居なくなると、時代の遷移と共に文明が後退していく。やれる人を派遣すれば良いと思われるかもしれないが、送った人員が悉く返されているというじゃないか。これはオカシイと異常を感じ取った面々が現地へ派遣される事となった。


 現在における白の国には、持たざる者が九割を占める。そして、元の国民である精霊たちは国を捨てて森に移り住むようになったらしい。なんだそれはと思うのだが、どうやら持たざる者達が白の子達を迫害しているらしい。持たざる者達はクラゲ文明の遺産を使って、独自の魔法体系を作り出し、それを基に力を振るい出した。

 本来ならば有り得ない筈の事が起きていると、各国が警戒する中でそれらの調査は勧められた。詳しく明らかになった話を聞くと、彼らは大自然から直接力を取り出して、兵器転用しているらしい。その上、何を調子づいたのか、五色の力を生まれながらに扱えるものを魔物と呼んで迫害し始めたという。


 これは、あれですね。今まで下に見られていた分、持たざる者達の中で反動が強かったのでしょう。その大きな反動は凄まじい業火となって、世界中に火種を振り撒いていった。


 始めは白の国が占領され、次は赤の国が占領され、黒の国に手を出された時点で黒の子供たちが発狂。数万人の黒の子達が力を束ね、その本来の力を発揮した事によって世界は闇に包まれてしまった。

 そうです。且つて私が発動させてしまったダークマターに空が覆われて黒の国を中心とした超広域で暗害が発生し始めたのです。暗害とは日が差さなくなり常に暗い状態を指す。暗害は留まるところを知らず、やがて黒の国と白の国と海の一部を飲み込んだ。止む事の無い雪が降りしきり、黒の国とその周辺各国は暗い雪に覆われた。集団的な力の行使は数年間の効果を齎し、黒の国は崩壊した。白の国も半分以上の地域で動植物が死滅し大地を汚染していき、ついでに魔族が居る島の地上部分も死滅したと思う。付近の海は生物が近寄らなくなり、クラゲたちにも影響が出たのだろう。

 生き残った黒の子供たちは誰とも知らない場所へと逃げ去り、それ以降は滅多に姿を見かける事は無くなった。悲しいものである。

 精霊たちも微かに残っていた白の国から完全に脱出し、今やあの国は持たざる者達の国へと完全なる変貌を遂げた。知り合いの樹人ドライアドが言うにはどこぞの森に散り散りに住まいを変えたらしいから、白の子達はいずれ遭う事もあるだろう。


 こうして持たざる者たちが引き金となった事件は後世まで語り継がれ、彼らは肩身の狭い想いを何世代も続けることになった。



 ■



 私がネモザとして生を受けて一万年が過ぎた頃、父親である青の国王は依然として変わらないが、その周囲は目まぐるしく姿を変えた。

 普通のアルヴの寿命が凡そ三千年程度である事から、年功序列で私が神官長に就任し、教会を掌の上で転がせるようになった。青の国と赤の国は勢力を拡大し、かつて存在した白の国と黒の国は既に無い。青と赤の国境線を接するようになってから、両国間で小競り合いという名の戦争が既に行く度も繰り返されている。愛い事だ。

 退屈しのぎに内政チートを熟し、比較的安定した生活と、戦争という適度なスパイスを国民に与えてみれば、驚くほど様々な物が発明されていく。この数千年で地球に存在した技術的な特異点は全てクリアしたと言っていいだろう。人類は既に宇宙へと手を伸ばして、その足を月に付けて安定化しようとしている。これも愛い事だ。

 力の使い方も大きく変わり、世界から五色の力そのものを取り出して技術的な解明を目論み、真っ当に扱えるようになった。これにより電気よりも遥かに容易にエネルギーを捻出する事が出来たため、彼らの生活は地球時代よりも快適なものに様変わりしている。


 世界が違っても人間のやる事は何も変わらないらしい。今やトカゲ人と私が呼んでいた人間たちは、ドラグとしてより新人類に近い姿へと進化した。アルヴは様々な種と交わり、短命ではあるが、より新人類に近い姿デミアルヴへと変貌した。今や純粋なアルヴは国王の一族だけとなっている。その一族だけでも万単位は居るので純血アルヴは生き残るのだろう。

 人々がそれぞれの進化を辿る事で失ったものもある。ドラグやデミアルヴは五色の力を使う事を苦手としている。彼らは持たざる者達と交わった結果、五色の力を操る能力が低下した。そして彼らこそが、地球の科学力に程近い技術力を手に入れた種族なのだ。純血アルヴやトカゲ人からは五色の力を扱えないとして見下されているが、代替手段を手に入れた混血種の彼らは純血種並みに強い力を持っていると言える。二つの種の壁は大きくなり、やがてそれは軋轢となって世界を二つに分けた。歴史は繰り返す。過ちもまた、彼らの血にインプットされた修正能力なのだろうか。純血種たちと混血種たちの戦争が始まった。



 ◇◇



 混血種たちの技術革命は幾度となく繰り返され、知識の澱は幾度となく掘り返された。そうして得た知見が彼らを突き動かし、新たな発見に歓喜する。それらを力と変え、戦争は激しさを増していった。


 もう幾つの街が滅ぼされていったのだろうか。一定の力しか持てない純血種たちは劣勢に立たされていた。且つて存在した黒の国の場所に、混血種たちは巨大な城を建て、植物が根を張るように巨大な塔を建てて周囲に道を張り巡らせた。その領域は留まる事を知らず、まるで菌糸のように大陸を埋め尽くしていく。

 空には巨大な輸送船が舞い、地上を浮遊車両が高速で駆け巡る。戦うのは混血種ではなく彼らが作り出した人口生態兵器群だ。五色の力を動力源として、彼らは人ならざる者を生み出した。赤と青と黄の力を用いて肉体を作り出し、黒の力で制御されるその化け物たちは力こそ弱いものの、混血種たちが作り出した武器を的確に扱うことで、絶大な戦力と化した。純血種たち一人当たりの戦力と比べるならば、三対七で生態兵器が有利になる。生態兵器の簡易的な増産方法の確立と、強力な武器を合わせた事でそれだけの優位性を持たせることに成功したようだ。見た目は首なしのタコなのに。

 生態兵器に弱点は無い。捕食し続けることで傷は治るし、餓死させることは可能だが、人間一人を捕食すれば数十年は生き続けられる。手足となる触手は百を超え、その一本一本の膂力と精密操作性は高い。唯一の弱点となる触手の中心にある眼球は、黒の力を操る魔眼と呼ばれており、目を合わせただけで幻覚効果を発揮する。一度でもその瞳で惑わせてしまえば、手に持つ武器で殺されてしまう。何て愛い奴なのだろうか。

 私が感激しているのを余所に、純血種たちは困惑し恐怖した。その凶悪な生物の姿に、能力に、作り出された兵器群に。恐れおののき、純血種たちは決断を下す。そう、且つて黒の子達が下した決断と同様の選択を行ったのだ。世界は大津波と大量の隕石に襲われた。



 ◇◇



 大災害からどれほどの年月が過ぎたのだろうか。文明と呼ばれるものが失われて久しく、今日も今日とて私は大樹の枝の上から世界を観察していた。


 世界が青と赤に包まれた際に、ネモザと呼ばれた私は死んだ。人々は等しく絶滅したかに思えたが、僅かに残った者達が細々と地上で日々の営みを繰り返しているのだ。

 黄のドライアドは以前に私が宿っていた大樹の周囲に寄り添い、青のアルヴは大樹の洞で息を潜め、赤の子(トカゲ人)はドラグと共に幾つかの山の頂上で溶岩と共に過ごした。白の子(精霊)は世界を漂い、黒の子は地下深くで闇と共に隠棲している。

 そして持たざる者達は辛うじて生き残った、幾つかのグループが小さな小さな集落を形成し、地球でいうところの縄文時代のような生活に逆戻りしている。栄華を誇った文化的な生活は僅か一世代で知識を失い、次代の子は大自然に放り出されて生きるのに必死になり必要最低限の知識しか得られなかったようだ。

 私の肉体であったネモザは最後の瞬間、大樹と同化した。同じように国王もその身を大樹に任せ、永い眠りについて居る。不思議な事に肉体はそのままだが、もう目覚める事は無いだろう。暗い洞の淵で永遠の眠りに身を任せている。国王と同じように、純血種たちの幾人かは、「神樹と共に」などと言いながら後に続いた。彼らの肉体は国王とは異なる為、そのまま天に召されて肥料と化した。そのせいか、国王をより一層、神格化する動きが出たのは余談だ。


 大災害の事は今も純血種たちの手によって語り継がれている。それは石板や歌や踊りであり、国王のように数万年を生きる白の子(精霊)や黒の子(悪魔)が担っていく。

 それを愛でる霊体の私からすれば、ネモザの一生を経験した事は彼らを知るうえで貴重なものだった。五色の力は明らかに開闢の光から始まっており、彼らのような生物の中で表出している。

 恐らくだが、生物は五色の力のフィルターのようなモノなのだろう。肉体の在り方によって様々な力の表出方法が自然と決まってしまう。そしてそれらは絶対ではない。絶対だとしたらネモザである私は全ての力を扱えなかったし、使った際に肉体が耐えられないなどの異常を引き起こすはずだ。霊体を持つ存在は五色の力を十全に使いこなせる。そういうことになる。国王の体から私が抜けた事で力の行使が不能のなったのも、これで頷ける。


 仮に、私以外の誰かに知らない誰かの霊体が宿ったらどうなるのか。私と同じことが出来るのではないか。その時、世界は耐えられるのだろうか。そうして不安感を募らせていると、世界はゆっくりと白に包まれていった。ああ、すまない。またなんだ。

 逃げ惑う五色の子達を眺めつつ大樹に降り積もる雪を眺めた。この大樹もきっと枯れるのだろう。いや、地中の根が溶岩を吸っているから無事だろうか。大樹に寄り添う五色の子達と僅かな持たざる者達を眺めながら、ボンヤリと考えていた。



 ■



 私は眠る事が無い。というよりも寝ることが出来ない。寝る真似をする事は出来るが、やはり真似でしかないので「アーよく寝たー」と筋を伸ばしながら心地良い目覚めを体験する事は出来ない。なので、いきなりあの女に訪問された時は驚いたものである。来訪に驚いたのではなく自分が寝ていた事に驚いたのだ。


「ひさしぶり。上手くやってるじゃない」

「寝てる、わたし眠れてる!?いやっほぅ!」


 と、このような調子で居たものだから生暖かい視線を感じたのは言うまでもない。彼女の要件は、私の肉体がそろそろ転生許容回数を迎えるという事だった。つまり、これ以上は愛でられないという事だ。何という事だろうか。これ以上に無い責め苦だ。私にとって愛でる対象が居なくなるという事は、退屈の蟲に襲われるという事であり、退屈過ぎて白の力だったり黒の力だったりで世界を覆いつくしかねないという事である。


「それは良くないと思う。何か退屈を凌げるいい方法は無いものか」

「あるには有るわよ。あなたの言うところの持たざる者に転生すれば良いのよ。そうすれば、あなたはずっと持たざる者として転生を繰り返し、退屈という恐怖から逃れられる」

「霊体はどうなる」

「完全に分離して、意識する事は無くなるわね」

「そうか…、しかし、うん。君みたいには成りたくないから、それも良いかもしれないね」

「あら、失礼しちゃうわね。これでも貴方の先輩なのだけれど」

「のっぺらぼうな女の人形にしか見えないよ」

「まぁ、良いわ。こっちも気にしていないし。それより、分離と同時に、この世界の法則が固定化するから、先にそれをやっちゃいなさいな」

「固定化とは」

「この世は所詮、私の力から生まれたデータに過ぎないもの。私が居て、貴方が維持しているから崩壊していないだけでしかない」

「固定化したら安定するということでOKかな」

「それと同時に私はこっちに干渉する事は無くなる。あとは、霊体のあなたが好きにしなさいな。分離した肉体のあなたを観察し続けるでも良し。この世界に飽きたから崩壊させて消してしまっても良し。やりなおして私がやったように一点の光に戻してしまっても良し」

「…」

「汝の成したいようにするが良い」


 最期に女はそう言って姿を消した。


 固定化か。感覚でどうすればわかるから、実行するにあたっての問題点は無いだろう。あとは退屈の蟲をどうするかだけだ。肉体を愛でるのはライフワークだから外せない。だから肉体との完全分離は必須項目だ。となれば、どのようにして霊体の私と関わっていくかだが…これも固定化の方法を弄ってしまえば問題ないか。

 そうと決まれば大樹の中からボケーっと眺める時間は終わりだ。ゆっくりと霊体を大樹から抜き出して、融合したネモザに主導権を渡した。彼女は今後、私の考え方で世界を見守っていくだろう。私という肉体だった彼女が世界を見守り続け、やがて大樹ネモザとして子を確立していく筈だ。

 更に、最期の宿り先を決めなければならない。第一候補は決めてある。持たざる者達だ。彼らの中から、子を孕んでいる者を選び出し、私の意識とでも呼ぶべきものを移す。そして霊体の私は、あの女のように意識だけのエネルギー体として別次元から世界を眺めよう。

 果たしてどんな生涯が繰り返されていくのか。今から楽しみでならない。


 嗚呼、本当に、愛い事だ。


 了


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