7話
今日でアルが通い始めて100日が経つ。
だが生憎の雨だ。それも土砂降りの。
いくらあのアルであっても、さすがにこの雨の中遠く離れたこの場所まで来ることはないだろう。
「よかった。これで彼も諦めてくれるだろう」
私は安堵した。
初めから自分とアルじゃつり合いが取れるわけがないのだから。
窓越しに降り続ける雨を眺めながら、そう独り言ちる。
時刻はすでにいつも彼が来る時間を30分は過ぎていた。
「彼が来ないとなると、せっかく作った料理も無駄になっちまったかねぇ」
目線をテーブルに移す。
そこには自分にしては頑張って作った料理の数々が並べてある。
いつもより豪華な食事を作ってしまったのは、彼が来ることを期待してしまっていたからだろう。
私はすっかり冷めてしまった料理を一人でつつきながら自重する。
「けっこう美味しくできたと思ったんだけどねぇ」
……確かに安堵しているのに、胸の内にもやもやとした感覚が広がる。
あと1日だったのにな。
そんな気持ちが沸いて来た。
「……なんだい。随分と絆されちまってたわけかい」
その気持ちに気が付かないほど、私は鈍くない。
認めてしまえば胸に残るのは確かな喪失感。
だが、自分に彼を責める資格はない。
散々アルの気持ちを試すようなことをしておきながら、いざ彼が来なくなると寂しさを感じてしまうのはあまりにも身勝手だろう。
「そうさ。初めから無理な話だったんだ」
そう。これでいい。
これでいつも通りの生活が戻ってくるのだから。
いくら彼が自分を好いてくれていようが、あまりにも身分が違いすぎる。
まだ若く美しい侯爵様にはふさわしくない。
彼には彼に負けないくらいの可憐なご令嬢がお似合いなのだから。
分かっていたことだ。
だから、これでいい。
「……」
私は胸の痛みを見て見ぬふりをして作った料理を下げていった。
――コンコン
「!!」
ふいに扉を叩く音がする。
もしかしたらアルが来たのかも。
膨れ上がる期待のままに私はすぐさまドアを開けてしまった。
「何だい! 遅いじゃないか……っ!?」
「よお、ちょっくら顔貸してくれるか」
開けたドアの先にいたのはアルではなかった。
だが見たことのある顔だ。
前の侯爵様の使者で私に剣を向けた男――
「!!」
「おおっとぉ! つれねえ反応するんじゃねーよ。お前のせいで侯爵邸はめちゃくちゃになっちまったんだ。借りを返させてもらわにゃ、虫の居所が収まんねぇんだよっ!!」
それを理解した瞬間にドアを閉めようとしたが間に合わない。
ごろつきのような男に腕を掴まれ髪を引っ張られて押し倒される。
「なにすんだい!!」
「うるせえ!! お前が悪いんだ! 侯爵邸の次男、ケイラー様はな、邪魔な長男を消そうとしていたんだ! あの時お前が邪魔をしなけりゃ今頃オレは側近として登用されてたんだ!!」
頭を床に押し付けられ、ゴンっという鈍い音が響いた。
「それなのに、長男は生きてやがった! お前だろ!? お前が計画の邪魔をした!! お前のせいでオレは今路頭に迷ってんだよ!! おかしいよなぁ! お前は長男のくそ野郎に囲われてのうのうと生きてやがるなんて!!」
男が声を荒げ唾を飛ばしながら睨んでくる。
馬乗りになられているせいで逃げ場がない。
「そんなの自業自得じゃないか!! 逆恨みもたいがいにしときな!!」
私も負けじと睨み返す。
この男の言っている長男とは、アルのことだろう。
やはりアルはあの時侯爵邸のいざこざで狙われていたようだ。
「うるせえ!!」
「っ!!」
バキッという音がする。
男が私の頬を殴ったのだ。
ジンジンと頬が熱を持つ。
口の中が切れたようで血の味がした。
「ケイラー様も、父親のイアゴ様も処刑された! そっちに組していたオレ達ももちろん追いやられた! 他の奴らは殺されたがオレはただやられてやるなんてごめんだ!」
男は血走った目で私を見下している。
「……だから、長男のくそ野郎が大事にしているお前も道連れにしてやるんだ」
そういう男の手元にはナイフ。
用意周到に、私を殺すための道具を用意してきたのか。
「あぁ、あいつが来ることを願っても無駄だぜ? 今頃眠りこけてるだろうからよ!」
「!!」
眠っている?
眠らされたのか?
「アルに何をした!?」
「アル……アルか。くくく、そのアルはなぁ? 今頃生死を彷徨ってるかもなぁ?」
男は愉悦に歪んだ醜い笑みを向けてくる。
「野郎は治癒魔法は使えねぇから、もう死んでるかもなぁ?」
「っ!! このっ!」
「動くんじゃねーよ! このアマ!!」
ドガっという音が響く。
男が私の腹に拳を入れたのだ。
「げほっ! ごほごほっ!」
「ああ、良い様だなぁ? だが、まだ殺さねぇ。もっと苦しんでから……死ね!!」
男は高笑いを上げる。
悔しい。
こんなところで、こんな奴にいたぶられて死ぬのか。
アルが生死を彷徨っている間に私は何をしていた?
彼が来ないことを嘆いていただけだ。
結局、誰も助けられていないじゃないか。
薬の知識があっても、大切なアルすら助けてやれない。
肝心な時に、何もできていないじゃないか。
涙が滲んできた。
痛みと、口惜しさと、不甲斐なさがごちゃまぜになる。
「お? おお?? いいねぇ! その顔!!」
男は気分よさげに覗き込んでくる。
こいつに、これ以上いい思いをさせてたまるか。
私はギリリと歯を食いしばり、睨み返す。
口にたまった血を男の顔に吐きかけた。
「なっ!?」
激情した男は血を拭いながら掴みかかってくる。
「お前に殺されるくらいなら、自分で死んでやるさ!!」
私は舌を噛み切ろうと口を開けた。
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