5話
「ふう、こんなところかしら」
私はアルと出会った森に来ていた。
ほんの数か月前のことなのになんだか懐かしく感じてしまうのは、一人での生活に戻って寂しさを感じているからだろうか。
「あ、この場所」
ちょうど家からほど近いこの場所でアルは襲われていた。
確かあの時は賊らしき人が二人倒れていたはずだけど、今はそんな形跡は残っていない。
回収されたのか、獣に食べられたのか。
「まあ残っていても嫌だけど」
まあいいや。早く帰って薬草を煎じよう。
私はそう考え踵を返す。
ふいに近くから馬の嘶きのような声が聞こえた。
「?」
不思議に思って振り返ってみると、シルバーが目に留まる。
風になびくシルバーの髪。
自分を見つめる濃紺の目。
それは紛れもなくアルのものだった。
「……アル?」
私が名を呼ぶとアルは嬉しそうに微笑んだ。
「はい、アルです。フレアさん、貴女をお迎えに上がりました」
「え?」
私は言われた意味がよくわからずにきょとんとしてしまう。
アルは馬から下りて私のもとにやってきた。
「ご無沙汰しております。お約束通り、貴女が安心して住めるようにしたので、お迎えに上がりました」
アルは私のこげ茶色の髪を一房掬うと、あろうことかそこに口づけをした。
「ちょ!? ば、ばっちいからやめなさい!!」
「まさか。フレアさんにばっちいところなどありません」
アルは笑いながら髪を元に戻す。
……いや、普通にばっちいと思うけど。
私は先ほどまで薬草を摘んでいたので土もついているし、汗もかいている。
それを認知すると余計に恥ずかしくなってきた。
「と、とりあえず立ち話もなんだし、私の家に行こうか」
「はい。フレアさん」
アルは素知らぬ顔で私の腰を抱いて来た。
「ちょ、ちょお!?」
私はあんまりにも驚いてしまって飛び上がった。
「なななな、なんだい!?」
「ふふ、すみません。エスコートをと思いまして」
「エスエスエス、エスコート!?」
「ふふ、あははは!」
私の驚きようが面白かったのか、アルは笑いだしてしまった。
む。
そんなに笑われるとムカついてしまうではないか。
「っ! いいからいくよ!!」
「はい。フレアさん」
私はずかずかと歩き出し、アルも続く。
◇
「何も出せやしないけど、ゆっくりしていきな」
私たちは家へとやってきた。
ちなみに馬は家の横につないでおいた。
というか馬に乗れるなんて、やっぱりアルはいいとこの跡継ぎか何かだろうか。
ちらりとアルを見れば品の良い服に身を包み、その美しさに磨きがかかっている。
……いつ見ても顔がいいわね。
「ふふ、私の顔に何かついていますか?」
「ああ、いや。ごめん。つい」
じろじろ見ているのに気が付いていたようだ。
アルは口元に手を当て柔らかく微笑んだ。
「貴女にならいくらでも」
「そ、そうかい?」
その笑顔がなんだか色っぽくて思わずドギマギしてしまう。
何だろうか。以前のアルよりも輝かしく見える。
その原因不明な気持ちに首を傾げていると、アルは徐に立ち上がり私の傍へと寄ってきた。
「フレアさんには私の本当の名を伝えていませんでしたね。もうしがらみは片付けてきましたので安心して告げられます」
彼はそう言うと私の傷だらけの手を取った。
「私はアルファルド・ノブレス。この度この地を納める領主となりました。以後お見知りおきください」
そう言って手に口づけを落とす。
それも気がかりではあったが、私はそれ以上の衝撃に襲われていた。
「アルファルド・ノブレス!!?」
驚愕に顔を染め、アルを見る。
いや、アルファルド様と呼ぶべきだろうか。
だってその名は……。
「こ、侯爵様!?」
「はい、そうです」
「は、はあああああ!!?」
何を隠そう、彼は噂の新領主の侯爵様だったのだ。
ちょっと待って。そしたら私は今まで侯爵様に対して極刑ものの非礼を働いてきたことにならないか?
そこまで考えるとあっという間に血の気が引いた。
急いで床に伏して謝る。
「も、申し訳ありません! 侯爵様とは知らずに大変な非礼をいたしました!!」
完全に縛り首だ。
非礼どころの騒ぎじゃない。
私は以前の自分を殴りたくなった。
「ああ、謝らないでください。私は貴女に救われたのです。ですから改めてお礼と……」
私はおずおずと顔を上げる。
何故か顔を真っ赤にしたアル……いや侯爵様がいた。
「え……っと」
私は不思議に思い、続く言葉を待つ。
何を言われるのだろうか。そう不安に思いながら。
「……そのですね。私は、貴女を迎えに来たのですが……」
「あ、はい」
「迎えに来たというとあれですね。ええとつまり」
「?」
侯爵様は一度深呼吸をすると赤い顔のまま真剣な表情をした。
「私と結婚してください!」
……?
今なんと?
結婚? けっこん? 血痕?
だめだわ。意味が通らない。
「け、結婚?」
「はい、結婚です」
侯爵様は吹っ切れたようにいい笑顔で言い放った。
聞き間違いではないようだ。
「い、いやいやいや。侯爵様、私は平民ですよ? どなたかとお間違いなのでは……?」
「いいえ、フレアさん。貴女を妻に迎えたいのです」
つま。……妻?
その言葉の意味を理解すると一気に顔に熱が集まってくる。
「そ、それはつまり……」
「はい。私は貴女が好きです」
ボンっと音を立てて私の頭は沸騰した。
アルが私を好き……?
ええ? うそでしょ?
どう考えてもありえない。
嬉しさ以上に困惑が勝った。
だって、どう考えても身分違い。
それに歳の差だってある。
「え、えっと侯爵様は何歳でいらっしゃいますか?」
「24ですよ」
「ほら、やはりお間違えですよ。私は32ですよ!?」
「たった8つの差です。問題ありません」
「問題大ありです!!」
私は半ば叫んだ。
若く美しい侯爵様と年増でボロボロの平民。
どう考えても釣り合わない。
「あ、あのですね、私には子供もいるんですよ?」
「それが何か?」
「何かって……嫌じゃないのですか?」
「全く?」
「ええ……」
侯爵様は本当に気にしたそぶりもなくニコニコとしている。
「み、未亡人ですよ?」
「むしろ今夫がいなくて良かったです。略奪愛になりそうでしたから」
「りゃくだつあい」
壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返してしまった。
「いや、いやいやいや。絶対周りが許しませんって!!」
「その点はご心配なく。とやかく言うやつは全て黙らせますから」
良い笑顔だった。
どうやら引くつもりはサラサラないようだ。
「いや、本当に。お気持ちは嬉しいですけど、絶対に釣り合いませんから!」
けれど私も折れるつもりはない。
「そう、ですか……」
侯爵様は雨に濡れた小犬のような顔をする。
ここでその顔は卑怯だと思う。
「分かりました。では出直します」
「いえ、お断りさせていただきます」
「そうおっしゃらず。私の愛が本気だということをお見せいたしますので、覚悟していてくださいね」
そう言い残し侯爵様は出ていった。
「……もう、なんなの?」
私は思い出したように熱を持ちながらその場にへたり込むしかできなかった。
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