3話
「「あ」」
家の中に入ると男性が起き上がってぽかんとした顔をしていた。
「なんだい、起きたのかい。おはよう」
「お、おはよう」
思っていたよりも早く目覚めたなあ。
薬のおかげもあるだろうけど、この人の体力がすごいんだろう。
私は買ってきたものをテーブルの上に置くと彼と向き合うように椅子に腰を下ろした。
「具合はどうだい? 一応食べ物も買ってきたから何か口にできそうかい?」
「あ、ああ。具合は……少し気持ち悪さがあるが……」
「そりゃ毒飲んでんだ。一日じゃ完全回復にはならないだろう」
「毒……」
男性は尚もぽかんとした表情でつぶやいた。
記憶が曖昧になっているのだろう。
無理もない。
一時とはいえ生死の淵を彷徨ったのだから。
「そうだ……私は毒を盛られて……」
だんだんと思い出してきたようで顔色が悪くなる。
「そう、か。私は邪魔だったのだな……」
しばらくぶつぶつとつぶやいていたと思うと、悲しそうに顔をしかめた。
事情は知らないが込み合った何かがありそうだ。
深く首を突っ込むのはやめておこう。
「まあなんだ。体が弱っているから考え方も後ろ向きになるのさ。食って寝りゃあ気持ちも晴れる」
私は明るい声でそう告げる。
「……そう、だな。そういえば、この治療はあなたが?」
「ああ。私には薬草の知識があってね」
「薬草……?」
不思議そうに首を傾げる男性。
そういえば名前を聞いていなかった。
「自己紹介がまだだったね。私はフレア。ちょっと珍しいかもしれないけど、草や木の実や水から治癒魔法と同じような効果を作り出すことができるんだ。あんたは?」
「私、私は……」
男は言いよどむ。
やはり何か込み入った事情があるのだろう。
見た目は包帯があちこちに巻いてあるのを除けば、整った顔立ちをしているし、脱がせた服も汚れてはいたが質の良さそうなものだった。
何より柔らかいシルバーの髪は手入れが行き届いているし、さぞかし身分の高い人間なのだろう。
……まあ詮索する気はないが。
「名前、言いたくないなら別にいいさ。ただ呼ぶときに困るからなんて呼べばいいかだけ教えておいてくれ」
確か東の方の言葉で「触らぬ神に祟りなし」っていうんだったか。
変に聞いて関わり合うのは私としても避けたい。
私はそれだけ言い残し調理場へと移動し、買ってきた野菜で適当にスープを作る。
固形物はまだそんなに受け付けないだろう。
バンはふやかしておこう。
「まあ食べれそうだったら食べな。口に合うかは分からないけどね」
もしも高貴な人ならこんなクズ野菜のスープなど口にしたがらないだろうが。
まあ食べないなら食べないでもいいけど。
「……いただきます」
と思っていたらすぐに口を付けだした。
相当お腹が減っていたようだ。
「……アル」
「ん?」
「私のことはアルと呼んでください」
「ああ、分かった」
「それから……助けてくださりありがとうございます」
アルはそう言って微笑んだ。
その目元はわずかに染まっている。
どういう訳かとても柔らかい笑みで、なんとなく居心地が悪くなって頬をかいた。
「礼はいいさ。私が見捨てられなかっただけだからね。さあそれを食べ終わったらまた薬を飲んでもらうよ」
「ふふ、わかりました」
そうして3日、アルの看病をして過ぎていった。
◇
顔がいい若い男と一つ屋根の下って言うのは少し気まずいが、これも治療の一環と思えば耐えられる。
そしてアルはどういう訳か、薬草に興味を持った。
今まで薬を頼んでくる人は多かったけれど薬自体に興味を持った人は初めてで、私は嬉しくなり夢中で知識を分け合っている。
「それでこれがティアドロップの葉。すりつぶすと……ほらこんな感じで水分が豊富に出るの。この液には解毒作用があって、大抵の解毒薬のベースになるモノよ」
今は実際に調合しながら説明しているところだった。
アルは興味深そうに眺めている。
「へえ……。それならいつも飲ませてもらっている薬にもこれが?」
「ええそうよ。まあ効能が強いから少量の液で十分だけどね。間違った分量にすると逆に毒になる」
「毒に?」
私はすり鉢で葉をすりつぶしながら出てきた液をスプーンで1杯だけ掬う。
「そう。なんでもそうなんだけど、容量を間違えると体に悪いものになるんだ。治癒魔法でも重ねがけすると効果が切れた時に反動があるんだろ? それと同じ」
私は治療魔法には詳しくないが、重ねがけするとしばらくすると反動が来ると聞いたことがある。
アルは納得した様子で頷いていた。
「それで今からは体に塗る方の薬、軟膏を作るわ」
私は掬ったティアドロップの液を器に入れ白い粉を入れて混ぜる。
「それは?」
「フランギという植物の根を乾燥させて砕いたものよ。主に傷の保護をしてくれるの……でこれを混ぜ合わせたら完成」
出来上がった軟膏は薄茶色のドロドロとしたもので、非常にべたついている。
傷を保護してくれるものなので仕方がないのだが、何度作ってもべた付きには慣れない。
私はそれを我慢しながら手にとり、アルを座らせた。
「さあ、服を脱いで」
先に断っておく。
別に下心があってこう言っているわけではない。
アルの体には細かい傷が無数にあり、左腕が治りきっていない今、自分で塗るにも限度があるから私が代わり塗ってあげているだけだ。
ベッドに腰をかけてシャツを軽く脱ぐアル。
さらけ出された上半身は均整のとれた体つきで、無駄なく筋肉がついている。
……いつ見てもいい体してるわね。
誤解のないように言っておくが、健康的な良い体と言っているだけだ。
変な意味合いではない。
私はそういう訳で体につけられた傷の一つ一つに軟膏を塗りこんでいく。
「……んっ。くすぐったい」
脇腹付近に塗りだすと、アルが艶っぽい声を発する。
「……我慢してちょうだい」
変に意識してしまうのでやめていただきたい。
これは治療の一環なんだから。
私はちらりとアルを盗み見る。
彼もこちらを眺めていたようで目がばっちり合ってしまった。
シルバーの長い髪は一つにくくられていても艶を放ち、深い青色の眼には若干の熱が見て取れる。
「っ、さあ、終わったよ。服を着な」
私は軟膏をムラなく塗り終わると急いで体を離し、離れた所まで行き後ろをむく。
我慢していた羞恥で顔が今更ながらに熱くなってしまった。
くすくすと控えめな笑い声がする。
……なに笑っているのよ。
と思いつつもしばらくは彼の顔を見ることができそうにない。
顔がいい人の治療はこれだから困るんだよ。
仕方がないので顔の熱が冷めるまで、調合をしてごまかした。
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