2話
翌日、まだ眠っている男性を残して町の市場へとやってきた。
目が覚めたら何か軽くでも口に入れたほうが良い。
……食欲はないかもしれないけど。
「あら、フレアさん」
「ああ、どうも」
そう言うことで買い物を終えて広場に差し掛かった時、近所の奥さんたちが井戸端会議をしているところに遭遇した。
「この間はありがとうね! フレアさんのおかげで旦那も歩けるようになったって喜んでたわ」
「あたしの息子の腹痛も薬? てやつを飲んだらよくなったよ!」
「向かいのばあさんも立ち眩みがなくなったってお礼言ってたさ」
奥さんたちは私を囲み笑顔を向けてきた。
ここにいる人たちは皆、治癒魔法を受けることができない平民仲間だ。
いくら魔法があるとはいえ、病院に通うことができるのはある程度お金がある人達だけ。
私たちのような平民では受けられないのだ。
だから私は薬の知識を活かしてここらに住む人たちの不調を見てあげている。
「それは何よりだわ。ああ、でも旦那さんにはすぐに動くのは控えてと伝えておいて? 腰への負担をなるべく減らすように」
「分かったよ。ああ、そうだ。旦那が治ったら何かお礼がしたいって言ってたんだけど、何か困っていることはないかい?」
「ありがとう。……そうねぇ」
困っていることと言えば。
私は昨日転がり込んできた男性を思い浮かべる。
……さすがにあの人のことをお願いするわけにもいかないか。
「なにか出来たらまたお願いするわ」
まだあの人が何者かとかも分からないうちは他の人にいうのはやめておこう。
「そう? いつでも言ってちょうだいね! ……そうそう、ここいらに昨日の夜から怪しい奴がいるって話しだから、フレアさんも気を付けなね」
奥さんは途中から声を落として辺りを見回した。
「怪しい奴?」
私はドキリとした。
もしかしてあの男性が絡んでいるかもしれない。
「なんでもここらを納める侯爵家からの使者って名乗っているらしいんだ」
「え、侯爵家の?」
奥さんたちは眉を寄せていやそうな顔をしている。
奥さんたちの反応ももっともで、この町を納める領主である侯爵家は評判が悪かった。
特にひどいのが先代の世代交代をしてからだ。
つまり今の侯爵様。
税率は跳ね上がり、景気はどんどん悪くなり、さらには国王様に謀反でも起こすんじゃないかという噂まである。
そんなわけで領民からの評判もすこぶる悪い。
「やだ、あたしのうちには来ないでほしいわ」
「全くよ」
怖いわ~という声がいたるところで上がる。
まあ仕方がないわよね。
「で? その侯爵様の使者様が誰を探しているって?」
私はあくまで聞き役に徹した。
「それがご子息の上の息子さんだそうよ」
「なんでまた?」
「それはわかんないわよ。でも侯爵家の次男は女癖悪いって聞くし、長男の婚約者でも取ったんじゃない? 泥沼よ。泥沼」
「あはは、まさか~」
奥さんたちはあーだこーだと盛り上がる。
やれ長男が家督を次ぐのを止めるために次男が企みごとをしただとか、現当主に口を出したから追われるようになったとか。
よくもまあそんな妄想が思いつくなと感心する。
まあ悪く言いたくなるのもわかるのだけど。
「想像もいいけど、あまり首を突っ込まない方がいいわね。あんた達も盛り上がるのはいいけどほどほどにしておきなさいよ」
私は苦笑いを残してその場を後にした。
◇
「ん?」
市場から家に戻ると、何やら怪しげな風体の男達が我が家の近くをうろついていた。
……まさかさっきの噂の不審者かしら?
男達は私を見つけると真っ直ぐに向かってくる。
「おい、女。昨夜この辺りで騒ぎがあったり変な奴を見かけたりしなかったか?」
挨拶もなしに、開口一番不遜な態度で口にされる。
私はそれに少しだけ苛立ちを感じた。
質問するならある程度手順があるでしょうに。
親からそう言う教育を受けていないのかしら?
まあ噂通りなのだとしたら侯爵邸の使いってことになるからわざわざ平民ごときに礼儀を使う必要を感じていないのだろうけど。
だけど、そんな話し方で答えようという気にはならないのが分からないのだろうか。
「騒ぎなんてなかったと思うがねぇ。それよりあんたらは誰なんだい?」
腕を組んでふんと鼻を鳴らす。
「無礼な奴だ。我々は領主様の使者だというのに何だその態度は!!」
予想通り、侯爵家の使いのようだ。
使者の男はカっと顔を赤く染めて睨んでくる。
「先に名乗らなかった方が悪いんじゃないか。そもそも平民に礼儀なんて期待しないでおくれよ」
「なんだと!?」
使者はさらに赤くなり血管が浮き出ている。
この程度の煽りにも慣れていないようだ。
先に断っておくが、私は現領主達が好きではない。
平民たちが苦しんでいるというのに贅沢三昧だし、さらに税を上げるし、その上過重労働まで強いてくるのだ。
好きになれという方が無理な話であろう。
「もういい! お前なんぞに聞く時間が惜しい! 家を改めさせてもらうぞ!!」
使者の男が我が家の戸に手をかけた。
――バンッ!!
私はそれを力強く遮り戸を押さえた。
「……なんだ。まさかお前やましいことでもあるのか? 怪しい奴だな」
男は意地の悪そうな顔でニヤニヤとみてくる。
私はそれを毅然とした態度で受け止めた。
「一人暮らしの女性の家に許可もなく上がりこもうとしているおたく様の方がよっぽど怪しいと思うけど?」
「我々は侯爵邸の使者なのだぞ? そんな態度を取って良いと思っているのか!?」
「なら、その証拠を見せてみなよ。こそこそと隠れるように聞きまわっている癖にさ。本当に侯爵邸の使者様なら大っぴらに人でもなんでも探せばいいじゃないか。それをしないってことは疑われても文句は言えないよ。……そうさね、大方そうやって押し入って物でも取ろうって魂胆なんじゃないかい?」
「き、貴様っ! 言わせておけば!!」
男はチャキッと音を立てて剣をとる。
どうやら感情に任せて私を斬ろうというようだ。
「なんだい。斬ろうってかい? やれるもんならやってみるといいさ」
ちらりと周囲を見る。
周りにはいつの間にか騒ぎを聞きつけた住民たちが集まっていた。
その目には一様に敵対心が現れている。
「それをすれば、あんたたちの主の評判がまた下がることになるだろうね? 目撃者も大勢いるし、きっとこう言われるだろう『侯爵家は領民の意見も聞かずに切り捨てたろくでなし』ってね」
「ぐっ」
男は周囲を見回すとやがて剣を収めた。
「後悔しても知らねーからな!!」
そんな捨て台詞めいたことを言い残しそそくさと去っていった。
やがてその姿がなくなると途端に上がる歓声。
「やるねぇフレアさん!」
「流石肝っ玉が座ってやがる!」
「塩でもまいておこうぜ」
ワイワイと盛り上がる住民たち。
「はいはい、加勢ありがとね。あんたらも早く家に入りな。まだその辺にいるかもしれないんだから」
私は呆れつつそう言い残すと家に入った。
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