51. 日陰少女は走り出す
51. 日陰少女は走り出す
首を傾げながらも渋々受け取ったコスプレ衣装にさっさと着替え終えた俺は、更衣室から出ると真也の隣に並び立ち、唇を尖らせる。
「なぁ、真也」
「はい。なんでしょうか?」
「俺達が揃ってライオンのコスプレなのは、まぁ良いとしよう」
「はい」
「何で俺、雌ライオンなの?」
「彩が用意した物ですし、深い意味は…」
「なら何で真也はちゃんと雄ライオンなの?」
「ふふふ、気にしたら負けですよ」
そんな言い合いをしている俺達の姿を見た彩パンダが、少し離れた場所でニヤケながら再度親指をグッと立てて、此方へ向けていた。
…確かに任せるとは言ったが、覚えてろよ彩ぁ。
犬耳とサングラスを装着した北谷が、俺達二人の姿を見て唇を真一文字に結んでいた。
…あぁ、分かってるさ。何も言うまい。
そんなやり取りをしながらも先ずは、彩以外の女性陣達を歓迎のおもてなしのスタンバイとして体育館の入り口へと向かわせる。
会場入りを今か今かと待ってる生徒達の声が薄っすらと中へ漏れ聞こえて来ていた。
俺は体育館の舞台上に用意された二本のマイクとグランドピアノを見て、しっかりと暗幕が降りている事を確認する。
準備は万全。
さぁ、やってみようか。
そう心の中で唱えながら、何が何やら分からないと言った表情で背後に控える北谷を一瞥し、笑みを溢す。
「北谷にはオープニングに一曲歌って貰おうと思う」
「…は!?」
俺を凝視する北谷へニコリと微笑む。
「テスト期間初日、当日のテストが全て終わった後。イベント準備前の気分転換にって屋上に行ってさ。そこで扉を軽く開けたら聴こえて来たんだ。歌が」
「…そうでしたね。普段は空き教室にいたので」
「いやぁ…これがさ。響いたんだ、あまりにも上手くって」
俺の言葉に押し黙る北谷。
「それから直ぐに考えたんだ。どうして屋上で、しかも一人で歌ってるんだろうって。テストも終わり、皆、下校してる中」
「………」
「気付いたら声を掛けてた」
「だから毎日来てたんすね」
「お前も、実は待ってたんだろ?誰かを」
「…どうでしょうね」
「本当に一人でいたい奴を無理に誘ったりなんかしないさ」
「………」
北谷は尚も押し黙る様にして此方を見つめ返す。
「テスト期間二日目には、もう生徒会の皆に話してたんだ。『面白い奴を見付けた』ってな」
「それで『オープニングの余興の為にピアノを弾いてくれ』とか言って、わざわざ受験生の時間を割くとはな」
近くで「くっくっ」と苦笑するコウジくん。
「推薦枠で決まってる様なものだから良いってアッサリ言ってくれたじゃ無いっすか」
「ふん…簡単な曲だしな。まったく…こんな演奏し辛い格好でどうしろって言うんだレナ…」
コウジくんは照れてプイっとそっぽを向く様にして、グランドピアノへと近付き、ここに居ないレナさんへボソッと恨み言を残していた。
そうこうしている内に、体育館入り口の方で様々な声が上がり始める。
「うわぁぁあああ!!!凄い!体育館がパーティー会場になってる!!」
「美玲先輩、霧谷先輩も綺麗過ぎ!!」
「クマさん前会長…美しい」
「丸テーブルにお菓子や料理が用意されてるぞ!」
「……ハッ……思わずリオナちゃんの持ち帰り方ググってたわ……」
「レナ先輩似合い過ぎ!」
「深川さんってこう見ると……イイよなぁ」
「執事優斗と真也は!?いないじゃ無いの!?」
気になって暗幕から顔を少しだけ表へと出してみると、丁度、生徒達が順々に入場し、それぞれにリアクションを取りつつ交流している所だった。
若干数名おかしな反応をしているのが気になったが、徐々に増えて行く生徒達の声に揉み消されていく。
気付けば、生徒総数の約半数以上が参加しているのが簡単に見て取れ、皆、テスト後の鬱憤を発散したい様に感じられた。
自由参加のイベントなので参加率は正規のイベントに比べて勿論下回るが…。
「上々ですね」
隣で俺と同じ様に暗幕から顔を出し、生徒達へ微笑ましい視線を送る真也が、俺の心の内を代弁してくれた。
二頭のライオンは互いに頷き合いながら、会場に入って来る生徒達を眺めていた。
こんな間抜けな番いはきっとジャングルには居なかろうが、まだ生徒の誰一人からも気付かれていない所を見ると、一層間抜け具合が増した気がした。
「今、六割ぐらいかな?…まだ足りない。八割参加ぐらいまでは持っていきたいが」
あとは…校舎内に残ってるであろう『様子見して浮いてる層』を引きずり込むだけだ。
尚も暗幕から顔を出し、考えを巡らせていた俺の尻尾が急に引っ張られる。
「ねぇお兄ちゃん」
「おん?」
暗幕から顔を戻し、尻尾をぐいぐいと引っ張る彩の声に反応する。
…ヤメロ、取れるだろ。
「あの人ホントに歌上手いの?私より?」
「上手い。めちゃくちゃ上手い…筈だ。うん…彩と同じぐらいかな?」
半ば反射的に自信満々で言い返しはしたものの、確かに一度きりしか聴いていなかったかと思い返す。
因みに、彩は贔屓目抜きでプロ級の歌唱力を持っている。
子供の頃にやんわりと「彩は歌が上手だね」と褒めた事があったが、それ以来もっと褒めて貰うべく歌唱力を磨いたそうだ…。
本人曰く「私、お兄ちゃんに褒められたら、何の才能でも伸ばせる気がする」との事。
この究極の褒めて伸びるタイプの妹へ、何故一言でも「勉強出来て偉いね」と言えなかったのだろうか…。
彩は北谷へと据えた目を向けながら「ふーん」と言って、再度俺に視線を向ける。
「ま、興味無いから良いや」
もう一度、俺の眼をじっくりと覗き込んだ彩はウットリとした表情で俺に抱き着く。
「私はお兄ちゃんの為だけに歌うから♪」
「はぁ…。北谷とは初めての歌合わせだろうけど、頼むからな」
「う〜ん…お兄ちゃんのお願いだし…仕方無いか」
「もう少し柔軟な思考で歌えれば、歌手にだってなれるのになぁ」
「知らない誰かの為に歌うなんて無理無理!ヤル気も出ないし」
「あぁ、知ってる。だから彩は俺と生徒会の皆の為に歌ってくれ」
「えへへ〜。しょうがないなぁ♪」
側から見れば、パンダが雌ライオンに抱き着いてる異様な光景だが、そんな俺達に雄ライオンたる真也が柔らかく微笑む。
「さて、そろそろ時間です優斗」
「むむぅ…シンちゃん!もう少し良いじゃん」
「ふふ、駄目です。彩も準備をお願いします。優斗の為に…」
「うぐっ…。…はぁい」
真也は彩を簡単に言いくるめると、再度俺を見て微笑む。
「我々は司会進行でしたね。行きましょうか」
真也に促される形で舞台を離れようとするが、一人佇む北谷とサングラス越しに目が合い声を掛ける。
「北谷、大丈夫だ。生徒達は大勢いるが、照明は落として歌って貰う。謎の歌うま男子高校生としてなら、お前も気兼ね無く歌えるだろ?…それに、どの道犬耳とサングラスしたままなら誰だか分からないさ」
「会長さん…」
「誰の為でも無く一人で歌うより、誰かに聴いて貰う方がきっと楽しめるさ」
「………」
浮かない表情で黙る北谷を見て、思わず苦笑する。
「彩〜!北谷の事頼んだぞ!」
「はぁ〜い!」
…大丈夫かな。
相変わらず身内以外の男子には冷たく接し、興味を持たないみたいだし。
彩と北谷を背にグランドピアノの方へ向かい、コウジくんへ目配せする。
「二人の事、頼みました」
「ふぅ…。やるだけやって駄目なら諦めてくれ」
「いや、合うと思いますよ。絶対」
唯一、二人の歌声を聴いてる俺だからこそ言える『絶対』の言葉。
…あとは、互いに認め合えば最高のモノが生まれる筈だ。
俺の確信めいた言葉に一瞬、虚をつかれた表情を見せたコウジくんだったが、「ふふ」と微笑み「楽しみだ」と言ってくれた。
彼等を舞台上へ残し、真也と共に暗幕の内側から外へと出る。
体育館の照明の光に少し目を瞬かせる。
「おお!会長と副会長が出て来たぞ!」
「ブハハハ!ペアルックでライオンやってるぞ」
「キャーーー!!!葛木くん!こっち向いてー!!」
「優斗ぉ!!執事服は!?……っ!?……これは……メッセージ性を感じるわね!!あり寄りのあり!!」
表では既に大勢の生徒が多種多様なコスプレ姿で待ち構えており、体育館の両側に用意されたケータリングコーナーや各丸テーブルに用意された菓子や料理、飲み物等を手に楽しげな雰囲気で談笑したりしていた。
俺は真也からマイクを受け取り、生徒達へと向き合う。
『中間考査、全日程終了!お疲れ様でした!!』
「「「「わぁぁあああ!!!!」」」」
『さぁ!予定してた通り、おもてなしパーティーやるぞ!既に堪能して貰えてるみたいだけど、軽食や菓子、飲み物なんかも用意してあるから、皆、今日は満足行くまで楽しんでくれ!』
「「「「やっほぉおおおお!!!」」」」
『では、先ずはオープニングに相応しい一曲をコイツらに歌って貰う!心して聴いてくれ』
最後の言葉を言い終わると、パーティー会場の照明がバチンッと落ちる。
真也がタイミングを見計らって裏へと回っていたのだ。
暗幕が上がり、暗がりの中、グランドピアノの前に座るヒヨコのシルエットがハッキリと見え、思わず吹き出しそうになる。
実際、生徒達からクスクスと笑いが起こっていた。
だが、ヒヨコが手を動かした瞬間、笑いは止み、綺麗な旋律に皆が耳を傾ける。
俺はその直前、校内放送に繋がるスイッチを押した。
そして、堂々とマイクの前に立つ、パンダの着ぐるみが歌い出した瞬間、世界は息を止めた。
〜Another side〜
私、川辺 栞は、本校舎三階の廊下から中庭の吹き抜けの方へぼんやりと視線を向けながら一人佇んでいた。
普段、ガヤガヤと騒がしい廊下や教室の喧騒を思い返し、ひっそりと静まり返る今の景色を比べ、目を閉じては沈黙の空気に浸る。
いつもこれぐらい静かな学校の雰囲気も決して悪くない…なんて思いつつ、あの賑やかな生徒会の面々には静謐な校舎は似つかわしくないかと思い悩み、自然と笑みを溢す。
ふと、階下である二階の廊下へ視線を向けると、派手な格好をして歩く女子生徒達がキャッキャとはしゃぎながら通るのが見えた。
「しおりん、行く?どうする?」
突然、背後から声を掛けられ振り返ると、少し離れた自分達の教室から顔だけ覗かせる女生徒の姿。
親友のすーちゃんだ。
中等部一年生の頃からずっと仲が良くて、いつでも一緒に行動して来た。
今日もテストが終わったら、繁華街の方に遊びに行くか生徒会主催のイベントに行くかどうか一緒に悩んでいたのだ。
「うーん……どうしよっか…」
思わず曖昧な返事をして、今度は中庭の吹き抜け越しにとある空き教室を眺める。
…今日もいない。帰ったのかな。
「しおり〜ん…まぁた見てるの?」
「え!?」
いやらしく微笑む親友がいつの間にか真横へと来ていた事に驚きの声を上げつつ、今し方考えていた事を頭から掻き消す。
「いっつも見てるもんね〜。流石に気付くって。…北谷くんでしょ?」
「へ!?あ、うぅ……。分かっちゃう?」
考えていた事を掘り起こされ、目の前に突き出された様な気がして、顔が熱くなるのを抑えられない。
「あぁ〜〜しおりん!可愛いね全く!」
「わっ!…むぅ」
急に抱き着かれた事に驚きつつ、ニヤニヤと笑みを浮かべる親友の視線から逃れる様にそっぽを向き、頬を膨らませる。
「あはは、しおりんったら〜分かりやすいんだから。…でも、な〜んか北谷って掴みどころが無いよねぇ」
「えへへ、実は優しかったり…私だけが知ってる凄い一面があるんだから」
そう。
初めて彼の歌声を聴いた時、脳に衝撃が走った。
放課後に偶然、あの空き教室の前を通った時、思わず立ち止まって暫くの間聴き入ってしまった程。
それからと言うもの、同じクラスの彼へ急速に興味を持つ様になり、彼の行動に逐一目をやる事が増えた。
そんな日々の連続に、気付けば私の視線は彼に釘付けだった。
授業中、外で雨が降る様子を物憂げに眺める彼の横顔にときめいたり、男子達がふざけてよろけた先にいた女子を彼が自然と庇った瞬間を目撃し、キュンとすると同時に嫉妬しては自己嫌悪した。
放課後、空き教室に向かう彼をチラリと覗き見ては無駄に校舎に長居して、たまに空き教室の前で立ち止まると彼の歌声を聴いて口元を綻ばせる。
鼻から話し掛ける勇気があれば、こんなストーカーじみた行動をしなくて済むのに…と思いつつ、彼と話している自分が客観視で想像が付かない。
……ザザ。ザー。ブツンッ!
「〜〜〜〜〜♪」
突然、スピーカーから校内放送のノイズ音が聞こえたかと思えば、綺麗なピアノの旋律と女性の歌声が聴こえた。
…この曲、良く北谷くんが歌ってる歌手の…。
「…うっま!!誰これ!?」
すーちゃんが私に抱き着いたまま、驚きの声を上げ私を凝視する。
「誰だろうね。…生徒会の誰かかな?」
暫くすーちゃんと見合いながら黙って聴いていると、突然、聴き馴染みのある彼の歌声がスピーカーから聴こえた。
「うわ!何なのこの二人…めちゃくちゃ上手いじゃん!!」
…あぁ、良かった…。
私以外にも見つけて貰えたんだ。
思わず感極まり、涙腺が緩みそうになる。
こうしちゃいられない。
聴きに行かなきゃ!
「行こう、すーちゃん!」
「へ?…あ、待ってしおりん!」
慌てて走り出した私の背に向けて、驚きと戸惑いの声を掛けるすーちゃん。
廊下を走っていると、未だ校舎に残っていた生徒達とすれ違う。皆、さっきの放送を聴いて廊下に出て来た様だった。
そんな様子を見て、我が事の様に喜びが湧き上がる。
…そうだよ!
北谷くんの歌声には人を動かす力があるんだ。
私は息を切らせながら、第一体育館へと走って向かった。
さて、次回もお楽しみに。




