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43.ヒミツの隠し事

43.ヒミツの隠し事





コウジくんと決闘した土曜の翌日、日曜日。


お昼ご飯を食べてから、ランニングでもしようと思い至り外を走る。

近くの河川敷を軽く流しめに走り、季節の移り変わりを感じていた。


春を置き去り夏の訪れを徐々に感じさせる様に、()は青み掛かり、少し熱を帯びた空気が自然と汗を流させる。


走って来た道を振り返り川沿いを眺めると、タオルを首に巻き付けて走る老夫婦や、無邪気に草場を走り回る子供達が見えた。


…もう半袖でも良いぐらいだな。


とは言え、これから雨季に入る。

丁度、中間考査を終える頃だろうか。


一人、歩きながら呼吸を整えつつ、そんな事を考えていた。




家に帰ってシャワーを浴び、リビングにて冷たいお茶を飲みつつ涼んでいると、ソファに腰掛けてテレビを見ていた母さんが涙目で俺を見上げる。


「ユウさん…」

「母さん!?どしたの急に?」


ソファで鼻をムズムズとさせながら涙をポロポロと零す母さんを見て思わず驚く。


「…うぅん…おかしいですね…」


見ると、母さんは頬を赤らめつつ涙を拭っていた。

…具合でも悪いのだろうか?


「もし、具合が悪いなら休んで。家事は全部やるし、父さんにも話しておくから」

「…ありがとうございます…でも、熱は無さそうなんです」

「ちょっと待ってて…」




一旦、スマホを取りに自室へ戻ると、隣の彩の部屋から僅かに声が聞こえて来た。


『…あんっ。…っはぁ……っだめ…ゃ…』


…歳頃だろうか。


妹の声に耳を傾けつつ、急激に眼を細め壁の向こう側を想像し凝視する。

そんな事をしても壁は壁のままなのに。


その後、気付けば俺は彩の部屋側の壁に耳を近付けて、僅かな声も聞き漏らさない様にしていた。


…おい、俺。

妹に対して欲情しないんじゃ無かったのか?


自ら誓った心の中にある誓約書がチラチラと揺らめいている気がする。


心の中で懺悔しよう…。



…俺は、妹に対してなんて感情を…。


(貴方は何も間違ってなどいません)


…誰だ!?


(私は貴方の中に住まう都合の良い天使です)


…何だって!?


(貴方がしている事を、全て肯定して差し上げましょう)


…ありがとうございます!救われました!!



俺は自己肯定した上で、コホンと咳払いを一つする。


そう言えば、朝から真帆ちゃんと繁華街の方へ買い物に行くと言っていたな…。

いつの間に帰って来てたのか。


昨日の夜から「お兄ちゃんも行こ!」と多少強引に言われたが、折角の日曜日をのんびり過ごす事に決めていたので、二人で行く様に言って睡眠を決め込んだのだった。



「何食わぬ顔で部屋に突入するか。…いやでも、もしこれが彩の計画的な策略だとしたら!?」


頭の中で想像を膨らませる。


「もし、彩が俺を誘き寄せる為にわざと卑猥な声を上げて、既成事実を作らせようと企んでいるとしたら!?…我ながらこの考えは…お、恐ろしい」


『ぁ!…こ……ら…は…ぁん!……はは…』


また声が聞こえたので、すかさず壁に張り付く。僅かな声も聞き漏らすまいと、眼を閉じて聴覚へ神経を集中させる。


…もう既に、兄としてオカシイ域に達してるのは自覚している。


だが、こう言った事は兄としてでは無く、無条件で男として反応するだけだ。


全く言い訳になっていないが、興奮に勝る物はそれ以上の興奮しか成り得ないのだ。



そんな中、冷静な俯瞰(ふかん)目線の俺が「母さんが待ってるぞ」と声を冷ややかに脳内で囁く。


…分かってる。


あくまでも警告するだけさ。


分かりやすく、壁に兄ありだぞと。


…さぁ、いざ行かん。我が妹の部屋へ。



スニーキングミッションさながらの動きで、自室から飛び出し廊下へと降り立つと、彩の部屋の前に仁王立ちする。


息を一つ吐き出す。


…さぁ。


「彩〜、ちょっと良いか?」


ドア越しにバタバタッと音がする。


「ち、ちょっ、ちょこっと…待って!」


あれ?何か、変だな…。

先程までの考えはどこかへ飛んでしまった。


「彩?入るぞ?」


「え!?…あ、え!わわ!うん!」


焦る声がドア越しに聞こえて来たが、構わずにドアを開ける。



そこには、お腹を膨らませつつ口笛を吹き、一切目を合わせ無い彩の姿があった。


「おい、彩」


「んー?何ー?」


「太った?」


「あなた…2ヶ月、だって…ようやくね」


『ニャーーン』


「ほう…俺の子供は妊娠2ヶ月目にして母胎から鳴きやがるか…ふんふん、そうか。元気だなぁ〜」


冷や汗をダラダラと垂らし、(なお)も目を合わせ無い彩へと近付く。

そして膝を着き、彩のお腹を(さす)りながら初めての会話を試みる。


「初めまして〜。パパですよ〜、産まれて来たら抱っこして猫缶買ってあげるからね〜」


『ニャッ』


俺の声に反応したのか、猫缶と言う魅惑の単語に反応したのか、撫でた際の感触に反応したのかは分からないが、彩の着ていたトレーナーの下からヒョコッと顔を出した真っ黒な猫ちゃん。


目がクリクリっとした小さな黒猫。

恐らくまだ仔猫だろうと言うのが分かった。


「え、えへへ。…あ、安産だったね…はは」


「彩」


「はぃ…」


「…カワイイから許す」


俺は仔猫を抱き上げながら、涙目の彩に笑いかける。


「…ぁ!お兄ぢゃぁん!!大好きです!」


「って!こら!急に抱き着くな!」


黒の仔猫は抱き上げたにも(かかわ)らずお腹をグーンと伸ばしている。

筋力的な問題か、それとも警戒する感覚がまだ芽生えて無いのだろうか。



「ただまぁ…勿論、家族の了承は得ないといけないからな…それぐらいなら、相談しろよ」


「今日、急に見つけたんだもん…勢いで」


彩は眉を(ひそ)めながら、哀しげに仔猫へ手を伸ばしゆっくりと撫でると、仔猫は眼を細めて、彩の手をペロペロと舐め始める。


彩はその姿を見て優しく微笑むと(おもむろ)に話し出した。



彩の話を要約するとこうだ。


今日の買い物からの帰り、一緒にいた真帆ちゃんと大橋を渡った際、土手に段ボールが置かれてあるのを見つけたそうだ。


まだ幼い猫ちゃんが保健所へ連れて行かれ、里親募集も(むな)しく処分される姿を想像して、号泣してしまったらしい。


その後、真帆ちゃんの説得も聞かずに段ボールから抱き上げて部屋まで連れ帰ったとの事だった。


真帆ちゃんは、あぁ見えて現実主義者(リアリスト)

凄く分かりやすく言うと真也の妹だからな。



「じゃあ、父さんにはタイミングを見て相談しよう。さっき葉たんと一緒に夕飯の買い物に出掛けた筈だから…帰って来たら直ぐにでも話そう」


「うん、分かった!」


「なら、取り敢えず母さんに先に話しておこうか?」


「う〜ん、お兄ちゃんに任せるけど…私は、お父さんと一緒のタイミングの方が良いと思うんだよね」


彩が何事かを思案し、提案して来る。


「一応聞くけど、何で?」


「ほら、先にお母さんに駄目って言われたらお父さんがOKしたとしても、また説得し直さなきゃいけないし…二人一緒なら、お父さん私に甘いし流れで行けるかなぁと…」


「んー、まぁ…確かにそれはそうだけど…。今回は…生き物の事だからなぁ」


俺は彩の考えに苦笑しつつ、既に眼を閉じてお休み状態の仔猫を優しく撫でる。



「…っと、そうだ、そんな事話してる場合じゃないんだ…。母さんが具合悪そうにしてるから家事を手伝わないと…」



…ガチャ!


「帰ったぞぉ〜。ただいま!里穂、牛スジ肉が売り切れてたから代わりに(ほほ)肉に……って、里穂!大丈夫か!!?」


「かあたん!だいじょぶ!?」


階下で二人が帰って来た声と共に、驚きと焦りが混じった声が聞こえる。


「母さんの様子見に行かないと!彩は…仔猫を置いて行けないから、ここで待ってな」

「う、うん。…お母さん大丈夫なの?」

「分からない。見て来るよ」


俺は彩を部屋へと残し、一階へと急ぐ。


リビングに着いた瞬間、ソファに腰掛けてボーッとしていた母さんが盛大にクシャミする。


「…っくしゅん!!っ…はぁ……っくしゅ!」


…さっきよりも体調が悪そうだ。


涙は相変わらずポロポロと止まらず、傍で心配そうに覗き見る父さんの服の袖をギュッと握る姿を見て、心が痛む。


「母さん!大丈夫?やっぱり熱が…」

「ぃっくしゅ!…っくしゅん!!」


…??


俺が近付いた途端、特に激しくクシャミをする様に…。


「おかしいな…熱は無いみたいだし、里穂は『猫』さえいなけりゃこんな事にはならないんだが…」


「…エッ!?」


「ん?何だ、話して無かったか?里穂は重度の猫アレルギーなんだ」



……oh my God.



俺が分かりやすく額に手を当てて嘆いていると、リビングの入り口から仔猫を抱えた彩が丁度入って来た事で、我が家のリビングは母さんのクシャミで一杯に包まれた。





「それぢゃ…優太郎をよろじぐね…みーちゃん…」


「ほら、もう泣くな彩…。仕方無いだろ?母さんがアレルギーなんだから…。それに、美玲の家で飼えるって事になったんだから、いつでも気軽に会えるだろ。…あと、オスだと分かったからと言って名前を俺に寄せるな…」


「にゃはは…優太郎…か。ふふ…頂こうかな、彩の意思を汲んで」


美玲の家の前でぐしゅぐしゅと涙を拭う彩と微笑む美玲。


リビングでの大騒動の後の話…。


ウチではどうしても飼えないと言う事で、手始めに幼馴染達から順に「仔猫を飼えないか?」とメッセージを送ると、美玲がこれを承諾。


動物病院で健康チェック後、美玲へと引き渡す事にしたのだが…既に愛着が湧いてしまっている彩は号泣していた。


美玲の腕で休まる仔猫へ、優しく…そして、愛おしげに撫でている彩を見て、俺は微笑む。


「…仕方無いから、今夜ぐらいは一緒に寝てやるか。特別だからな?」


「えぇ!?良いの!?お兄ちゃん!!記念すべき初夜を迎えて!?」


「だぁっ!!急に飛び込んで来るな…ったく…あと、初夜は来ない。ずっとな」


「とか言って…分かってるよ、お兄ちゃん。ふふふふふ」


俺の懐で不気味に笑う彩と、仔猫を抱きながら苦笑する美玲。


…今夜ぐらいは、妹に甘く、優しく接してやっても良いだろう。

こんなんだから、いつまでも兄離れ出来なくなってしまうのだろうか…。


本人は気付かないが、立派なシスコン。


さて、次回お楽しみに。

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