42.一生の約束
42.一生の約束
〜Another side〜
僕が今までずっと会長を見て来た様に、会長が優斗を見る眼差しの意味を知っていた。
ハッキリと明言されるまで、この気持ちと向き合う事は会長に対して重荷になると思っていた。
でも、今思えば…。
僕はただ逃げてるだけだったんだ。
玉砕するのが分かってる告白程、無意味な物なんてそうそう無い。
…そんな風に思っていたのに…。
ふと、オルト前会長の事を思い出す。
彼も分かっていたんだ。
由美香へ、自らの本気の気持ちを伝える為に、優斗へ決闘を申し込んだ。
周りの生徒は笑っていただろう。
でも僕は羨ましかった。
真っ直ぐ本音でぶつかって玉砕し、尚も好きで居続けると公言する彼を…。
そして同時に、自らが惨めに思えた。
俯瞰で見る僕の背中が、悔しくて震えて揺れている様に思える。
そんな度胸や勇気は、あの時の僕には無かったんだ…。
朝の音楽室に一人。
ただ黙々と鍵盤に指を滑らせ、鬱屈とした感情を抱きつつ会長へと想いを馳せる。
今日は土曜日の通常登校日。
静謐なこの場所の空気はキリッと澄んでいる。
来た時に空気を入れ替えたお陰か…。
窓から差す陽射しが、天然のスポットライトの様に僕へ向いている。
だが…。
雑念混じりの音は、酷くぼやけて聴こえる。
はは…酷い音だ。
鍵盤蓋を閉め、その上に両腕を重ね、覆い被さる様にピアノへ体を預ける。
そうして暫く、鼻から息をゆっくりと吸い込んでは吐き出し、深い呼吸を繰り返す。
一番無心で居られる瞬間かもしれない。
…カタッ。
誰かが音楽室へ入って来た。
顔を伏せているので分からないが、おそらくレナだろう。
朝、僕が音楽室で演奏する事を知っている人は少ない。
「しょ…っと♪」
感覚で、近くの椅子に腰掛けたのが分かった。
…いつも聴きに来る時は同じ椅子に座る。
はは…顔を上げなくてもレナの表情が分かる。
いつもの様に上品に椅子へ座り、僕へ微笑んでいるだろう。
もう一度、息をたっぷりと吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
今日はどんな曲にしようか…。
そんな事を考えながら、徐に顔を上げ、鍵盤蓋を再び開く。
レナへ一瞥する事もなく、鍵盤へ指を沿わせる。
傍にいるレナの表情を、目を瞑りながら思い浮かべ、自然と明るい曲を選択し指を躍らせる。
…あぁ、あんなに息が詰まって仕方が無かったのに。
演奏を終え、また一つ深く息を吸い込む。
近くでレナが小さく拍手をしていた。
チラリと横目で表情を窺うと、やっぱり彼女は上品に椅子へと座り、此方へ微笑んでいた。
ほらなと思い、つい口角が上がる。
…僕の中で、日に日に大きくなる存在。
決めた。
僕の気持ちを会長にぶつけよう。
その前に、立ちはだかる壁。
優斗…。
会長に男として認めてもらう為に、利用する様で悪いが一役買ってくれ。
〜Another side end〜
土曜の登校日。
授業は午前中で全て終了の為、生徒会室でゆっくりお昼を食べて、霧谷さんと例の話し合いをしようかと考えていたのだが…。
バタンッ!
「優斗!3年のコウジ先輩が本校舎前のグラウンドに来いって…決闘を申し込むって!!」
突然、教室の扉が勢い良く開かれたかと思ったら、うちのクラスの男子生徒が超弩級の伝言を運んで来た。
クラスにいた生徒達が俄に騒ぎ出す。
「コウジくんが?……一体何の為に…って、まさか…」
俺は直近で何かコウジくんに対して、地雷を踏んだかどうか思考を巡らせるが、直ぐに思い当たる。
「あぁ…由美ちゃんが全校生徒の前でユウに愛してるってカミングアウトしちゃったからね。当然と言えば当然かもね」
美玲がウンウンと頷きながら俺の肩に手を置く。
「由美姉に気があるんじゃないかと思ってはいたけど…本当にそうだったとは…。あ、そうか…だから一昨日あんなに思い詰めた表情をしてたのか…」
今更ながら己の気遣いの無さに嫌気が差す。
「どうするのですか?峰岸くん」
霧谷さんが傍に近寄り、俺を気遣う様に声を掛ける。
その隣に真也が並び、俺へと視線を送る。
真っ直ぐ真剣な眼差し。
…分かってる。
ちゃんと向き合って来るさ。
「もちろん、呼ばれたからには行くよ」
そう言って一人で教室から出る。
背後からクラスに居た皆が着いて来る足音が聞こえたが気にしない。
廊下には下校しようとする生徒達や部活へ向かう生徒達が大勢おり、俺を先頭にした集団が歩く様を見て何事かと驚きの声を上げていた。
…グラウンドに着く頃には大騒ぎになってそうだな。
本校舎の下駄箱で靴へ履き替え、そのままグラウンドへと歩を進める。
グラウンドには既に円形に人集りが出来ており、中心に件の人物であるコウジくんが腕組みをして待っていた。
…どうにも、コウジくんらしく無い。
「来たか…。優斗、僕が勝ったら会長との関係にハッキリ答えを出して貰う。僕が負けたら…その時は、潔く会長から手を引く事にする」
…その言葉は前会長のオルト・セストラルと同じ言葉だった。
当時、まだ俺は由美姉が持つ好意を幼馴染として受け取っていた。
なので、オルトの言っていた事が全く分からなかったが…今なら分かる。
アイツは分かっていたのか…。
由美姉が俺の事を好きだと。
そして、オルトは俺に負けた癖に、由美姉をずっと好きで居続けると堂々と言い放ったものだから、逆に豪胆だと感心したものだ。
「コウジくん…。何でわざわざ決闘なんて…」
「僕が選んだんだ。男としてお前に挑まなければ駄目なんだと。…分かってくれ、優斗」
皆が注目し見つめる中、俺達は互いに背を向け距離を空ける。
「優斗!!コウジ!!何をしているんだ!?」
少し離れた所から由美姉の声が聞こえる。
チラリと覗き見ると、怒り気味の由美姉とその隣に息を切らせているレナさんの姿。
どうやら、レナさんが走って由美姉を呼びに行っていた様だ。
騒ぎを聞きつけ、更に生徒達が集まって来ていた。
「会長!!僕にとってあなたは憧れであり、初恋だった!…目を逸らさずに見届けてくれ。足掻く事しか出来無い男の、無様な勇姿を…」
「コウジ…」
コウジくんは俺へと向き直ると、ぎこちないファイティングポーズを取る。
「優斗、手加減は許さないからな。…どうせなら一発で殴り飛ばしてくれ」
最後の言葉は俺にしか聞こえない様な、小さな声だった。
…男の覚悟に手加減は失礼だ。
「分かったよ…コウジくん」
俺はコウジくんへ一礼し、全身に力を込める。
そして、皆が見守る中、コウジくんの懐へ瞬時に入り込み、掌底をお見舞いした。
〜Another side〜
痛い。
全身が麻痺したかの様に動かない。
立たなきゃ。
それでも、立って…。
会長に男らしい姿を!
周りが騒がしい。
立ったから何だ?
これからお返しに優斗へ、一撃喰らわせてやるんだ。
一歩、また一歩と近付く。
優斗が心配そうな表情で此方を見ている。
お前は…優しい奴だな。
悪いがもう少しの間、悪役を全うしてくれ。
「ゆ、優斗…僕はまだ、立っているぞ…」
「………」
「会長が…由美香が好きだった…。彼女が優斗を…生徒会に初めて引き入れた時、直ぐに分かった…あぁ、好きなんだなって…でも、僕は…諦め切れなかった…」
「………」
「…ぐぞぉ!!」
パスンと、優斗の腹に力の無い拳を入れる。
はは…こんなに力が入らないなんて…。
「…僕だけじゃない…。ここに居る誰かも…きっと、同じ気持ちかも…しれない」
「………」
優斗は一言も話さない。
もう一度拳を振りかぶり、優斗の腹に一撃入れる。
優斗は黙って僕の拳を受け入れる。
「…でも!同じ気持ちの誰かに…聞いて欲しい。…答えを出せなんて…僕は無理を言ったが、それは僕達の勝手な都合だ…優斗や彼女達は、いたずらに答えを先延ばしにしている訳じゃ無い…」
「………」
「…優斗……ちゃんと彼女達と一人一人向き合い、答えを出すんだ…。約束、してくれ…」
脚に力が伝わらず、片足をつく。
優斗が肩を持とうとするが、僕は思わず苦笑する。
「もう良いよ、優斗…。ありがとう」
そのままグラウンドの芝生に崩れ落ちる僕。
僕と優斗を中心に円を形作っていた生徒達は、僕の言葉を聞きシンと静まり返っていたが、やがてゆっくりとその場から離れて行く。
言いたい事は言えた。
思った通り、周りの生徒にも伝わった様だ。
由美香に対する僕の気持ちも…報われる。
横になる瞬間、頭に柔らかい感触を感じる。
何かと思えば、レナの膝だった。
辺りを良く見渡すと、いつの間にか生徒会の主だったメンバー以外居なくなっていた。
「カッコ悪いよなぁ…僕」
「ううん…そんな事無いよ。コウジくんはカッコ良い…」
レナが微笑みながら、僕の髪を優しく梳く。
「コウジ…私は…」
会長の声に耳を傾ける様にして上体を起こす。
「会長…僕は、確かにあなたが好きでした。こんな形だったけど、伝えられて良かった…」
「コウジ…ありがとう。でも、私は優斗が好きだ…」
「はは…イテテ。分かってるよ会長…。もう大丈夫。僕の気持ちは、あなたに伝える事でちゃんと報われたんだ…」
「コウジ…」
会長が何事か言い掛けたが、優斗がそれ以上を制し、皆を本校舎の中へ連れて行った。
去り際、僕に真剣な眼差しで一礼する優斗の姿が妙に印象的だった。
「二人とも、振られちゃったね」
レナが一言ポツリと言い放つ。
「コウジくん。私は…ずっと好きで居るから」
「レナ…僕は、会長が好きなんだぞ?」
「分かってる。そんな事、もうずっと前から知ってるんだから…」
「…潔く諦めるって言いながら、諦め切れないかもしれない」
「それでも…良い。私の気持ちは変わらないもん」
レナの目は…本気だ。
瞳に涙が浮かんでいる。
思わずレナの頬に手を伸ばし、涙の粒を掬い取る。
「はは…化粧が落ちるぞ」
「ヤダ…コウジくんに相応しい女じゃ無くなっちゃう…」
ふと…疑問に思った事を聞いてみる。
「化粧が何で、相応しい女になるんだ?」
レナは目をぱちくりとさせて此方を見る。
「昔、ピアノコンクールに行った時、インタビューで『派手な方が好き』ってコウジくんが言ってたから」
…頭痛がした。
「あのなぁ…。多分、それ『演奏について』じゃ無いか?僕の演奏は大人しい方だから、対極の演奏が好みだと言った覚えがある。女性の好みは…どちらかと言えば、大人しめで清純そうな子が…」
「えぇええ!!……嘘…私の努力は一体…」
「ふっ……ははははは!っくっくく…」
「あぁ…もう…ふふふ」
グラウンドの芝生で膝枕をする僕達は顔を寄せ合い、二人で思いっきり笑い合う。
柔らかな風が吹き、陽に当たり暖かくなった芝生の温度を感じ取り、同時に土の匂いを吸い込む。
レナから仄かに香る甘い香水の匂いも合わせて、頭の中で愉快なメロディが浮かぶ。
…やっぱり、君と居ると楽しい曲ばかり浮かぶよ。
「レナ…僕…」
言い掛けた瞬間、レナの人差し指が僕の唇の上に乗る。
「私を一生掛けて好きになって下さい。…そして、一生離さないで下さい。許されるなら…私は一生、あなたの傍に居続けます」
…プロポーズだろそれ。
流石に何も言い返せず、微笑むレナへ背を向ける様に体勢を変える。
熱があるな。
間違い無い。
二人の恋はここから始まる。
今はまだ小さな想いでも、
一生掛けて大きな想いに…。
次回もお楽しみに。




