40.百合の花は甘い芳香を放つ・後編
40.百合の花は甘い芳香を放つ・後編
講堂ホールには既に大勢の生徒達が集まっていた。
真也の図らいで、選挙演説は遅れる事が伝わっており、時間を稼ぐ為に由美姉直々にご意見箱に寄せられた意見書の回答コーナーが即席で開かれていた。
舞台裏に到着した俺は由美姉のマイク越しに聞こえる声で状況を把握する。
『あー、ブルマは…うーむ、確かに悪くは無いと思ったが…日常的に使用する体操服と捉えると却下だな』
「実際に試してから言って下さいよー!!」
『馬鹿言え!ちゃんと試行した上での発言だ!』
「な、なにぃ!!」
「会長のブルマ姿だと!?」
「俺達はそんなの見てないぞ!」
「見せろ見せろー!!」
『な!?あ、あんなのもう二度と着るか!』
「くそぉ!!会長のケチー!」
「ブーブー!!」
「会長ー!私は体操服ブルマでも良いよー!」
講堂ホールはカオスな空気に包まれていた。
…何してんだ由美姉。
そんな事を考えていると、壇上で話していた由美姉とパッと目が合う。
丁度そのタイミングで、背後から美玲と霧谷さんが俺に追い付いた様で、由美姉と真也に向かってそれぞれピースをしたり微笑み掛けていた。
『……っ。…う、うむ。それではそろそろ時間なので、このまま中間選挙演説へと移行させて貰う』
由美姉は二人の無事な姿を確認して言葉に詰まりそうになっていたが、直ぐに持ち直し生徒達へと向き直った。
『選挙演説に入る前に、二人の候補者に今一度登壇して貰おう』
由美姉はそう言うと舞台袖で待つ俺達を見やる。
『峰岸優斗、霧谷静。此方へ』
由美姉の隣へ二人で並び立ち、全校生徒達へ再びその身を晒す。
「……信じていたぞ、優斗」
俺達にしか聞こえない様にマイクを切って呟く由美姉。
…あぁ、取り戻して来たぞ。
「由美姉、ごめん。俺から…と言うか俺達からちょっと良いかな」
「…む?『俺達』だと?」
「霧谷さんも、良いかな?」
「はい」
俺達は二人で更に前へと一歩、二歩と歩き、生徒達の視線を一挙に浴びる。
『皆さん、こんにちは。改めまして生徒会長候補の峰岸優斗です。皆さんに選挙演説をしようかと思っていたのですが、急遽ヤメようと思います』
俺の言葉に講堂ホールが騒つく。
一度、生徒達が落ち着くまで待ってから、霧谷さんへマイクを渡す。
彼女はゆっくりと切り出した。
『こんにちは、霧谷静です。…私に投票して下さっていた皆様に、一つ謝らなくてはなりません。私が今回公約として掲げた「現生徒会の是正」についてですが…私の中で考えを改める事となりました。つきましては…生徒会長を辞退しようと考えておりましたが、峰岸くんにとある提案を頂きまして…』
霧谷さんからマイクを受け取り、生徒達へ向き直る。
生徒達との距離感をグッと縮める為に砕けた話し方の方が良いかもな…。
『…と言うのも…ここ数日、「霧谷さんを足して暴走を無くせば生徒会は凄く丁度良い」と言う皆の声を聞いて、思い直した事があるんだ。…ここからは生徒の皆に俺から提案なんだけど…』
一つ呼吸を整えてから、生徒達一人一人に呼び掛ける。
『…俺が生徒会長になったら、霧谷さんを真也と共に副会長に推薦しようと思う。過去、副会長が二人なんて前例は無いけど…そこは、相城高校の自由な校風に則る事にしようと思う』
「…良いと思う!」
「優斗ー!お前が会長だー!!」
「結局元の形に戻るって事だよね?」
「ふざけんなー!静御前と離れろー!」
ザワザワと講堂ホールが先程よりも騒つくが、決して否定的な物では無さそうなのが救いだった。
…一部、反対意見は必ず出るだろうが、大多数は賛成の流れだな。
少し、そっちの層を動かすか…。
『…俺が生徒会長になった暁には、中間テストお疲れ様会として「生徒会全員コスプレおもてなしパーティ」を提案する予定なのでヨロシク』
「乗ったぁあああああ!」
「優斗!お前しかいねぇ!」
「絶対手を出さないと誓えぇええ!!!」
「際どいので頼むぞ!」
「執事服を!絶対真也と執事服にぃいい!!」
…しまった。思いの外、男子が食い付き過ぎたので女子や一年生達が引いてる。若干一名偏った奴もいるが…。
『モチロン!その他にも「皆が」楽しめるイベントをやるつもりだから安心してくれ。約束する。絶対に、楽しい学校生活だったって振り返れる様な学校にしてみせる。俺と生徒会の皆を信じてくれ』
俺は真摯に皆へ向き合う様に、講堂ホールの生徒達に視線を送る。
『あぁ…それともう一つ。この中に一人、謝罪とお礼を言わなきゃいけない人がいる。…さっき、緊急事態で自転車を一台許可無く借りた。本当にごめん。そしてありがとう。お陰で、大切な人達を護る事が出来た』
生徒達に向かってガバッと頭を下げ、もう一度前を向いた時、生徒達は俺の言葉に虚をつかれた様な表情を見せ、静まり返っていた。
『…くすぐったいかもしれないし、ウザったいって思う人もいるかもしれないけど…精一杯、生徒の皆一人一人に楽しんで貰える一年にしようと思う。…だから、悩み事や辛い事、楽しい事、悲しい事…何でも良い、話してくれ。もし、助けが欲しけりゃ「俺達」が助けに駆け付けるから』
しんと静まり返る講堂ホールに、マイクを通した俺の声が響き渡る。
…一人一人に届いてくれてるだろうか。
『…最後に、一年生の皆さんにご招待を一つ。生徒会の役員は会長に委嘱されてるけど、自薦・他薦問わずに募集するので気軽に生徒会へ来て欲しい。歓迎します…って、結局長々と選挙演説みたいな事しちゃったな…ごめんなさい』
そう言って皆に頭を下げてからマイクを離し、由美姉へと振り返ると、若干不機嫌そうな表情でこちらを窺っていた。
「…んんっ。そうか、相談も無しに…そう云う流れとなっていたのか…。優斗、マイクを…」
「あぁ、はいコレ」
由美姉は、事前に話していなかった事が気に食わなかったのか、俺に視線を向けるとマイクを受け取り、改めて生徒達へ呼び掛ける。
『それでは、対抗選挙では無くなったので…急遽、信任投票へと変更する。…峰岸優斗を生徒会長として認めるか否かを投票用紙に記入して欲しい』
暫くして、選挙委員が集計した投票結果を由美姉へと渡す。
『……ふむ。それでは、投票結果を発表する』
由美姉は顔色を変えず、淀みなく投票結果を生徒達へと伝える。
『生徒数450名に対し、有効投票数438名。可の者366名、否の者72名。得票数が過半数を超えたので、生徒会長は峰岸優斗と云う事で決定し、選挙を終える。皆、ご苦労だった。……優斗も、お疲れ様。愛してるぞ』
…おい。
数秒の沈黙の後、全校生徒の視線が由美姉と俺へと注がれる。
勿論俺も、聞き違いじゃ無かろうかと思ったが、由美姉は拗ねた表情で此方を見て一言。
「最近、私の事を蔑ろにし過ぎているからな…これは罰だ」
「優斗くぅぅううん!!??」
「テメェどう言う事だ!!ま、まさか…」
「峰岸くーん!私もハーレムに加えて!」
「美玲様と会長どっちを選ぶつもりだぁあ!」
「投票もう一回させろぉ!!」
「皆でかかれぇえ!!奴を捕まえろぉ!」
あっという間に講堂ホール内の温度が3度程上がった気がした。
壇上に駆け寄って来る半狂乱の生徒達や、面白半分で楽しんでる生徒達を尻目に舞台袖へと走って逃げる。
「待て待て!お前らこっち来るな!!由美姉!覚えてろよぉ!!」
「逃げるな!優斗ぉ!」
「峰岸狩りじゃぁああいい!!」
「一年生も遠慮するなぁあ!!!」
「逃すなぁ!裏へ回れぇ!!」
「だぁあああ!来るんじゃねえ!!」
俺は生徒達を背に全速力で外へと飛び出して行った。
〜Another side〜
多くの生徒達が優斗を追って講堂ホールを去って行く。
残されてどうしようか迷っている生徒や笑いながら事の成り行きを見守る生徒、我関せずと無表情な生徒など、反応は様々だった。
マイクを持ち、生徒達へ呼び掛ける。
『生徒会選挙はこれにて終了となる。各自、教室へと戻る様に、解散。因みに、私個人への質問は一切返答しないので…そのつもりで』
機先を制す形で生徒達の質問等をシャットアウトする。
動揺して落ち着かない霧谷嬢を視界の端に捉えるが、気にせず舞台袖へと向かって歩を進める。
そこには、腕組みして待つ美玲と彩の姿があった。
二人で仲良く同様の格好で頬を膨らませ睨んでるのを見て、思わず頬が緩む。
「由美姉!」「由美ちゃん!」
「あぁ、悪かった。私が全面的に悪かったよ」
「由美ちゃん…全くあなたは、何てタイミングで…」
背後から真也の呆れた様な声が聞こえる。
「初めに騒動を起こしたのは美玲の方だ。私も負けていられないと、優斗へ伝えたかっただけだ…」
…どの道、この結末となってしまったのなら美耶子が納得する訳が無い。
そうなったら…何れにせよ秘密は明かされるだろう。
最後の抵抗とばかりに、生徒達の前で優斗へ愛を伝えられた事…決して後悔しない。
舞台上の方から気配を感じ、振り返る。
…霧谷嬢か。
「会長…。峰岸くんが可哀想です」
「はは、想いを伝えただけで『可哀想』とは、君も云う様になったね」
きっと、霧谷嬢が言いたかった事は『そう云う事』では無いのだろうが、当て付けの様に彼女へ言い放つ。
霧谷嬢は何事か言い掛けたがグッと堪え、美玲の隣に並び立つ。
「それにしても美玲…まさか君が其方側に傾くとは思わなかった」
「由美ちゃん…。私は静と、ちゃんと向き合いたいんだ」
「霧谷嬢を疑い無く容認すると…そう云う事か?」
「一体何を…」
私と美玲の会話を聞いて霧谷嬢は眉を顰めている様に見えた。
…今ここで話すのは得策では無い…か。
…ガチャ!バタン!
「…っはぁ!!…はぁ、はぁ、ゆ、由美姉。やってくれたなぁ、まったく…」
息を切らしながら講堂ホールの裏扉から入って来た優斗。
…どうやら、生徒達を撒いてきた様だ。
「…って、皆いたのか…。ドタバタだったけど、何とか生徒会長になれ…」
「認めません!!!」
その場にいた皆が、パッと舞台へ振り返る。
美耶子が、憎悪の表情を浮かべ優斗を真っ直ぐ睨んでいた。
「こんな結末で大団円?私は許しません!…例え、お姉様から生涯怨まれようと貴方から引き離してみせる!」
…あぁ、幼馴染の皆と離れる事になるのだろうか…。
鼻の奥がツンとする感覚と共に、自然と涙腺が緩む。
…嫌だ。
だが、彼女に対して私は生涯を背負う程の大罪を犯した。
認めなければならない。
そもそも…。
あの日、御神酒など飲まなければ…。
記憶を辿り、当時の状況を思い出す。
まだ優斗達と出会う前、小学校低学年の頃だったか…。
『みやこ』とは遠縁の家同士の付き合いで出会った。
くりくりっとした薄茶色の瞳にお人形さんの様に艶やかな黒髪を長く伸ばした小さな女の子。
当時まだ、男への憧れがあった『僕』は短く髪を切り、男の子が着る服装で彼女と初めて会った。
それから『みやこ』は『僕』にいつもくっ付いて、色んな遊びに付き合ってくれた。
『みやこ』は『みーちゃん』と同い年だと云う事で、尚更『僕』が守ってあげなくちゃと保護欲が働いていた。
ある日、神事で集まった親族達の中に『みやこ』がいた。
そこで事件が起こった…。
二人、お座敷の方でかるた遊びをしていた時、座敷部屋の端の方に御神酒があるのを見つけた。
好奇心から封を開け、二人でチロっと舐めたのだが…。
そこから『僕』は記憶を無くしてしまった。
後から聞いた話だと、まだ幼い『みやこ』へと濃厚なキスの雨を降らせてしまったらしい。
元から、幼い『みやこ』は『僕』を男の子と認識していた事もあり、彼女の恋愛観はガラリと変わってしまったのだ。
その後、親族の誰かに現場を目撃され、『みやこ』とはそれ以降会う事は無くなってしまった。
…恐らく、子供同士の出来事とはいえ『みやこ』の両親がご立腹だったのかもしれない。
兎に角、彼女の恋愛観を歪ませてしまった罪は遥かに重い。
私にはそれを償う責務がある。
願わくば…優斗、皆…。
事実を知った上で離れずに居てくれる事を願っている。
…それは、私の我儘でしか無いが…。
〜Another side end〜
深川美耶子が、嬉々として語る内容に俺達幼馴染の面々や霧谷さんは沈黙する。
「どうですか!?お姉様と私はこうして結ばれたのです!…その後運命的にも、この学校で再会を果たし…陰から愛を囁いて…」
「あの…さ、ごめんね。深川さんも『被害者』だったんだね…」
「………はい?」
俺の言葉に、深川美耶子は目を見開く。
幼馴染の皆へと視線を向けると、皆一様にウンウンと頷いていた。
…霧谷さんだけ、何の事か分からず首を傾げていたが…。
「ゆ、優斗?どう云う事だ?私の過去の過ちを聞いて…何も思わないのか?それに…『被害者』って…」
由美姉は動揺しつつ、何かを考える様に俺達幼馴染の皆へ視線を送る。
「…遂に、話す時が来たね。ウン」
実は俺達、皆…被害者なんだ。
話は遡り、俺達がまだ中学生の頃、島崎家のお祖母様が逝去され葬儀が執り行われた。
その際、お通夜に出席した俺達は夜も深い時分、父さん達が飲んでいたお酒を内緒で飲んだのだ。
詳しく言えば俺が企み、皆にはアルコールと知らせずにコップを渡して飲ませたのが災いし、事が起こった。
初めに被害を受けたのは俺だった。
コップを煽った由美姉の反応を薄笑い浮かべつつ見ていると、どうにも様子がおかしい。
コップを煽ったまま暫く動かず、段々と顔を真っ赤にさせていく由美姉を見て、「ヤバい」体質なのかもしれないと思った瞬間、コップが重力によって下へと落ちた。
今思い返せば、ゴングの音に聴こえた。
第一ラウンド。
いきなり強烈な力で腕を引かれ、床に組み敷かれた。
「ん?」と思った瞬間、唇を何度も何度も奪われた。
周りにいた幼馴染達がその姿を見て騒ぎ始める。
第二ラウンド。
様子がおかしい事を悟った真也が大人達へ声を掛けようと、扉に手を掛けた瞬間、合気道の要領かカクンと身体を引き込まれ、組み敷かれる真也。
俺は既に仰向けになり、白目を向け、事の成り行きを見守っていた。
第三ラウンド。
俺と真也が早々にダウンした様子を見て、女性陣が腰を抜かし涙を浮かべていたのを俺は忘れない。
それと、由美姉の悪魔の如き微笑みも…。
その後、全員にたっぷりとキスの雨を降らした由美姉が記憶を無くしグースカ気持ち良さそうに寝た後、俺達幼馴染の中で「今後間違っても、由美姉には酒を飲ませるべからず」と言う共通認識が生まれたのだ。
そして、由美姉には今までずっと内緒のまま現在に至る。
因みに、真帆ちゃんは由美姉がファーストキスだったそうで、真帆ちゃんの前でもタブーな話になっている。
後に言う、由美姉酒乱キス魔事件である。
全てを話し終えた俺をポカンとした表情で見る深川美耶子。
「貴方達はそんな事があっても尚、お姉様の傍を離れなかったのですか…」
「俺達にとって、事故…と言うか災害?みたいなモノだったし別に問題無いかな」
「優斗…」
由美姉が涙を零す。
深川美耶子が俺を見て歯軋りする。
「だからと言って!私の恋愛観を変えたお姉様の罪は拭えません!責任は必ず取って貰います!」
「…あのねぇ、結局『そう言う資質』があったってだけでしょ?由美姉は確かにベロベロ、キスして来たよ?だけど、私『無』だったもん」
彩が呆れた様に言い、由美姉が落ち込む。
「責任を取る?罪?ハッ…そんなのただの構ってちゃんの妄言じゃん。確かに子供の頃だったから印象は違うって言われたらそうかもしれないけどさ…過去は過去!現在は現在!あなたの考え方次第で何とでも変えられるじゃん!勝手に由美姉に罪を擦り付けるな!」
深川美耶子の目の前で堂々と啖呵を切る彩。
…お前、自分の事は棚上げにして良くもまぁスラスラと…。
だが、深川美耶子は涙をスーッと流して由美姉へと顔を向ける。
「お姉様…」
「私は彩ほど楽観的になれない。美耶子への過去の過ちは認める。…だが私は優斗を欠かす事は出来ないんだ。それは、幼馴染の誰であっても云える事だ。すまないな…美耶子」
「…分かりました。それでも私は…いつまでも、お慕いして居ります…由美香お姉様」
二人は互いに涙を流し見つめ合う。
由美姉の過去の過ちは綺麗さっぱり清算出来ずとも、未来を変えて行く事は出来る。
ふと、霧谷さんへ視線を向けると丁度目が合った。
…今、君は何を想っている?
当然答えは無い。
…ガチャ!バタン!
「いたぁぁあ!!!こんなとこにいたぞ!!」
「優斗ぉお!!逃げるんじゃねぇええ!!」
「隠れてもどこまでも追い詰めてやるからなぁああ!!」
「…っ!?ぬわぁ!!皆ごめん!逃げるわ!」
俺は皆へ一声掛けてから舞台裏を走り、地下駐車場へと向かう。
その後、再びチャリで激走する俺と追い掛ける男子生徒達が死の鬼ごっこを繰り広げたのだが、それはまた別の話。
※お酒やタバコは20歳になってから。
生徒会選挙、終了しました。
次回は中間テストに向けて…と、
ある『疑問』について。
お楽しみに。




