39.百合の花は甘い芳香を放つ・前編
39.百合の花は甘い芳香を放つ・前編
〜Another side〜
久しぶりにあれだけ動揺した優斗の声を聴いた。
僕はスマホを制服の内ポケットへと戻し、幼馴染の皆へと振り返る。
「瑞希くんは直ぐに向かうそうです。皆、不安でしょうが…我々が出来る事はありません。優斗を信じて、一旦本校舎へと戻りましょう」
幼馴染の皆は不安気な表情から一転し、少しだけ安堵した顔で各々コクリと頷いた。
それにしても、この校内において誘拐事件など…過去に前例なんて無いでしょう。
気になるのは、この事件と『脅迫状』との関係性ですが…。
考えられるのは、二人を攫った実行犯とは別に主犯がいて、この件を背後で動かしている可能性。
その場合、優斗の殺害を目的としている『脅迫状の犯人』からすると、人質を取った構図となる。
だが、警察の介入を嫌うであろう『脅迫状の犯人』らしからぬ事件だとも思う。
事件を起こし、仮に優斗を殺害出来たとしても捜査が及び直ぐに逮捕されてしまうだろう。
更に言えば、今回ALONEが出張っている以上、優斗の殺害に関して言えばほぼ不可能では無いかと思う。
結論から言うと、今回の誘拐事件と『脅迫状の犯人』との関連性が薄く感じられる。
…それでも、一切の予断を許さない状況に変わり無いので僕はここにいる皆を守る事にしましょう。
「ちょっと!警察へ通報は致しましたの!?霧谷さんが…目の前で攫われたのですよ!?…それに、松本さんだって…」
先程の事件を目の前で目撃した深川美耶子が狼狽した声を上げる。
「二人は必ず無事に助かります。それも、事件発生から一時間にも満たない時間で、こちらへ戻って来るでしょう。我々もこうしては居られません。中間選挙演説の時間を遅らせる様に図らなければ…」
「そんな事言っている場合では無いでしょう!?…直ぐに戻って来るですって?何でそんな余裕で構えて居られるのですか!」
「僕らは、優斗を信じてますから。そして、優斗へ手を差し伸べる人達を信頼しているのです。貴女もいずれ分かる時が来るかもしれませんね…」
今回、ALONEへ連絡する事を決めた優斗の選択を尊重し、敢えて警察への通報はしなかった。
ALONEと警察は対極に位置するからだ。
犯人を絶対に許さないと決めた優斗の判断へと従った。
…優斗、信じてますからね。
〜Another side end〜
二人が攫われてから実質30分も掛からず無事に救出が叶った事、改めて瑞希くんに感謝しなければならない。
俺達は町外れの廃材置き場から学校へと戻る為、霧谷さんが呼んだ迎えの車を待っていた。
待っている間、どうしても気になっていた点を霧谷さんへ聞く事にした。
「霧谷さん、一つ聞きたい事があるんだけど…良いかな?」
「何でしょうか?」
美玲が少しだけ緊張の面持ちでこちらの様子を窺い、霧谷さんは首を傾げつつも、真摯な眼差しで俺を見つめる。
「霧谷さんは深川さんと本校舎にいたんだよね?それで、美玲を見つけて追い掛けた…。何でかな?」
霧谷さんは俺の言葉に、少し話し辛そうに顔を伏せる。
「…深川さんから聞いたのでしょうね。…私は、美玲さんに『峰岸くんとの事を』直接伺いたくて追い掛けたんです」
「静…」
傍で聞いていた美玲は霧谷さんを見つめ、「フゥー」と一つ息を吐く。
…なるほど、それなら確かに理由としては筋が通っている。
「静。もうユウが皆に話してるけど敢えて明言しておくよ。…私とユウは付き合ってないの。それでも!私はユウの事が好き。誰にも渡したく無いから、ああして牽制したの」
霧谷さんへ真正面から言葉をぶつける美玲。
俺は肝心の『脅迫状の件』を切り込もうと、質問が喉まで出かかったが、美玲が先に話し出した事でタイミングを逸してしまった。
「………そう、ですか。…峰岸くん、本当ですね?」
「うん、事実だよ」
霧谷さんは目を閉じて深く何かを考えている様だった。
そして、暫くしてから目を開くと美玲へ柔らかく微笑む。
「美玲さん。話して下さってありがとうございます。…まだ完璧には程遠いですね…」
「「……??」」
俺と美玲は二人とも首を傾げ、何の事か分からず、彼女へ何の言葉も返す事が出来なかった。
その直後、背後で静かに黒塗りの車が停まり、老齢の執事さんが現れ車へと招かれた為、その話は打ち止めとなった。
「柳沢さん、この事はお母様にも話すのをお控え頂けますか?」
「お嬢様…かしこまりました」
霧谷さんはそう言って俺達に苦笑を漏らす。
…流石に、こんな場所にいた事を話したら詮索されるだろうしね。
車内にて、霧谷さんがポツリと一言漏らす。
「私は、今回の生徒会長選挙を辞退させて頂こうと思います」
「……っ!?…理由を聞いても良いかな?」
「生徒会長になる理由が無くなったから…と申せば宜しいのか…公約に掲げた『現生徒会を是正する』と云う事が意味を為さなくなったからでしょうか…」
「それでも、霧谷さんに票を預けた生徒は大勢いる。その生徒達はどう思うかな?」
「元々、私の我儘から発展して行われた対抗選挙です。投票頂いた生徒達へ謝罪して、現生徒会を応援して頂ける様にお話ししたいと思っております」
「………それならさ。俺も少し、生徒達の声を聞いて思い直した事があって…一つ考えがあるんだけど…………」
俺の考えを話して聞かせると、霧谷さんは柔らかく微笑み、美玲はやれやれと言った表情でこちらへ視線を向けていた。
その後、学校へ戻る途中、俺だけ降ろして貰った。
廃材置き場へ向かう途中でバイクに拾って貰ったが、そこまで借りていた誰かのチャリを回収し学校へと戻った。
…盗まれずにちゃんとあって良かった…。
それから暫く暢気にチャリを漕ぎながら学校へと戻ると、正門の前に深川美耶子が立ち尽くしていたのが見えた。
…キィッ。
ブレーキを掛けて視線を交わし、彼女の言葉を待つ。
「…何処で道草をお食べになっていたのでしょうか?」
「はは…『お食べに』なんて初めて聞いたよ」
「えぇ、貴方が馬でも何らおかしくありませんもの。…本当に解決して来たのですね…。犯人の男は?捕まえたのですよね?」
「…んん…分からないけど、明日からオネエに転身してるかもね」
「……??何を訳の分からない事を…」
深川美耶子は首を傾げつつ、俺への苛立ちを隠せない様に睨み付ける。
「貴方は…本当に目障りな存在です…。そもそも男と言うだけで、生きている価値が無いのに…」
「深川さんさぁ…。『そう言うの』隠さなくなって来たよね…はは」
「貴方に対して気を遣う事を非常に無駄だと感じましたので、省く様に致しました。…それに、中間選挙演説で今度こそ霧谷さんに得票数をリードして頂き……」
「峰岸くん…お疲れ様です」
深川美耶子の口上を遮る様に背後から霧谷さんが微笑みながら俺へと近寄る。
先に到着して美玲と共に彩や真帆ちゃんへと無事だった旨を伝えていた様だった。
霧谷さんの近くに彩と真帆ちゃんが控えていた事で、何となく空気を察した。
…由美姉と真也は、選挙演説の準備をしてくれてるのだろう。
「深川さん、私は生徒会長の座を辞退させて頂こうと思っております」
「え!?…な、何を言って…」
「元々、私の我儘から対抗選挙に至り、生徒の皆様を巻き込んだ形となってしまいまして、大変心苦しいのですが…そこは、峰岸くんが『責任を取る』と言って下さいまして…」
ポッと頬を赤らめて話す霧谷さんの言葉を受け、俺に向けて彩から容赦の無い怒りの視線が飛んで来たが気にしない。
「それを今から、生徒の皆に話しに行くんだ」
俺はそう言って、キコキコと自転車を漕ぎながら本校舎地下一階の講堂ホールへと向かった。
少し長くなってしまったので、
急遽、前編後編に分けました。
次回後編、お楽しみに。




