3.傷心の公園でけんけん
3.傷心の公園でけんけん
キイ…キイ…キイ…。
「真っ当に生きて来たのになぁ…。…あぁ…今なら、ありとあらゆる悪徳商法に引っかかってしまいそう…オレオレ詐欺ですら引っ掛かりそう…息子いないけど…つうか俺が息子だけど」
公園のブランコに体重を預けて、いつ倒れるとも知れない程の角度で、虚空を見つめ、分かりやすく意気消沈していた。
家族の暖かみに心を救われていたけど、結局今日の一連の事件を思い返して、どうしても精神的に沈んでしまっていた。
あのラブレターと脅迫状がそれぞれ本物なのかニセモノなのか、そもそもどちらも本物だった場合、天秤に掛けられたのがdead or loveでは釣り合わない。
そもそもそんな天秤、持ってなんていられるか!と、逃げ出し宣言一歩どころか、半歩手前まで来ている俺だった。
「男子が非行に走る瞬間って今だと思うわぁ、分かっちゃうね、うん。世の中うざってぇみたいな、大人達はどうせ分かってくれないんだみたいな」
オ○ナミンC片手に、彩への機嫌直しのチーズケーキが入った袋を揺らしながら、世の中に対して愚痴を溢していると、公園の入り口の方から小走りで入って来る人影が見えた。
「ユウ?な〜にしてんの?こんな所で」
薄暗い中でも映える赤いパーカーに、黒のランニング用ハーフパンツ姿の女子。
小学校の頃からの親友。
松本 美玲。
肩まで伸ばした薄茶色の髪を、短く結い上げてポニーテールにしている。
運動神経抜群の体育会系で、その中でも昔から続けてるバスケに関しては、全国区の実力である。
パッと見美人で目を惹くスタイルの良さから、男女問わず人気で、特に中学の頃は短髪にしていた事もあり、同性である女子から抜群の人気を誇った。
その余りの女子人気っぷりから、女の子が好きなのでは?と言う疑惑が止まなかった程。
男子と女子の間で一大ファンクラブが結成され、不可侵条約が結ばれる等、幼馴染グループの中でも全校に顔が利く人気っぷりである。
その為、男子から告白されたのは高校入学して早々、一年生の頃のほんの僅かな期間だけと言う、スペックが高過ぎるが故に残念過ぎる女子だ。
それにしても、随分と遠くから俺の事が分かったもんだ。
「美玲…俺さ。今日から不良になる。由美姉にも伝えて置いてくれ。彩には兄として俺から直接伝えるからさ」
「アンタが不良にねぇ…。金髪にでもして街で喧嘩に明け暮れるの?」
「いや、そこら辺の不良とは一線を画したいからな。全く真逆の事をしてやろうと思う」
「例えば?」
「街でカツアゲをしている不良がいるだろう、アレの逆だ」
「それカツアゲされてるじゃない」
「カツアゲされてる生徒を助けて、不良を更生させてやるんだよ!?」
「それ既に、中学の時にシンくんとユウでやってたし」
「…むむ。他には、そうだなぁ…。普通の不良やヤンキーは、ずぶ濡れの猫に傘とミルクを置いて、お前も俺と一緒だなとか語るだろ?」
「漫画みたいな不良ね」
「俺だったら、家族に迎えるね」
「逆行き過ぎて、真っ当に保護してるじゃん」
美玲は呆れ顔でこちらを見ていたが、ふぅっと息を吐くと俺の隣のブランコに乗り込み、ぐんと力を込めて地面を蹴った。
「ふひゃ〜!久しぶりにブランコ乗ったぁ!何かすっごく小さく感じる‼︎」
「ランニングの途中だったんじゃ無いのか?」
「息抜きも必要さ〜!っと、よっ!あはは〜!っん、ユウ!靴飛ばししようよ!」
「あん?良い歳にもなって、良くこんなブランコぐらいでテンション上げられるなぁ」
「何だよ〜、そんなんだからユウはモテないんだよ〜っだ!」
「はぁ〜〜!??そんな事無いし!!?まぁ、別に?靴飛ばしをするか、しないかぐらいでモテるかどうかとか決まらないけど、やりますぅ〜!!」
「にゃははは!!イイネやっぱユウは!そうこなくっちゃ!!」
さっきまでの意気消沈した気分はどこへやら、俺は持っていたビニール袋を横に設置されたベンチに置くと、ブランコに座り直し、右靴の踵を潰し、地面を蹴って一気に上体を反らせると、勢い良く立ち上がった。
ヤル気を出した俺を見て、隣で美玲が楽しげに笑っているのが見えた。
2人は示し合わせたかの様に屈伸を繰り返して漕ぎ出し、ブランコの角度を最高潮まで高め上げると、バッとお互いを見合う。
「「せぇ〜〜〜のぉ!!!」」
「どりゃぁぁあああ!!!」
「いっけぇぇえええ!!!」
2人の靴は、
薄暗くなった公園の中空を舞い、
2度音を鳴らした。
「どっちが遠くに行った!?」
「あははははは!!」
目を凝らしながら、尚もブランコを必死に漕ぎ続ける俺を見ながら。一人で大笑いしている美玲。
気になった俺はブランコが前に行った勢いのまま、飛び出して着地する。
片足が靴下のままだが、そんな事は全く気にならない。
勝敗はどっちなんだ!?
見渡して直ぐに分かった。
ブランコから直線、滑り台を間にして奥の水飲み場にある電灯の下に、見覚えのある黒のローファーの底がこちらから見えた。俺のだ!
美玲のは??
どこにある??
奥の方を見てもそれらしい靴は無い。
蛍光色のランニングシューズだったから直ぐ見つかると思ったのに…。
「っくふふふ!…っ…あははは!!ユウ一生懸命探してるし…っふふふ」
未だに大笑いしてる美玲の視線の先を辿る。
「のわ!?何だありゃ!」
ブランコと水飲み場の間にある滑り台の頂上、滑り台の頭へ見事に戴冠し、王冠の様に引っかかったランニングシューズが、煌々と光っていた。
「ふふふ、これ私の勝ちじゃない!!?」
「靴飛ばしは遠くに飛ばした方が勝ちだろ!?」
「奇跡の前にルールは無用よ!んふふ!」
「おい待て!?何だそれ!」
「行くよユウー!受け止めて!」
美玲の声に、視線を滑り台からブランコの方に戻した瞬間、美玲が眼の前に飛び込んで来た。
「おおおあい!??」
…コイツ。
ブランコから勢いそのまま直接、俺の方に向かって飛びやがった。
「さっすがユウ」
「危ないからいきなりは止めろよなぁ…」
振り向きざま、何とか受け止め体勢を取り、正面から美玲を受け止めて抱き締める。
…が、やはり勢いが強過ぎたのか、美玲は俺を下敷きにして倒れ込んできた。
「怪我すんぞ。…ったく」
「…ふ、…んふふ、最っ高。楽しかったぁ。…んね?」
至近距離で見つめ合う。
コイツこんな綺麗な顔してんだなぁ。
春も麗かだけど美玲も麗か。
あと、流石に健康的男子高校生には気になる密着感です。全身くまなく柔らかい衝撃。中学の時から比べても色々と成長している。色々と。ボーイッシュな癖にかなり胸がデカい。そして、走り込んで来たのに、やけに良い匂いがする。柑橘系の甘い匂いと滴る汗が艶かしい。一言で言うならエロい。
「ちょっと、美玲ごめん」
「ふふふ、興奮しちゃった??」
「駄目だ、エロい、アウト」
「あのねぇ…」
「お前に対してこんな事言うのは本当は駄目だと思うが、男の性ってやつだ。許してくれ」
「…もぅ、すっごく良い余韻だったのに」
「あん?余韻だぁ?何だって?」
「…何で全部聞こえてて、そんな反応なのかなぁユウは」
美玲が若干冷めた目をして立ち上がり、ブランコ横のベンチまで片足でけんけんと行き、拗ねた顔で滑り台を指差した。
「取って来て。早く」
「お、おう」
俺は美玲の機嫌を治すべく、けんけんと片足で滑り台まで行き、そのまま登り、頂上に引っかかった蛍光色の王冠を低頭平身にて賜り、流れで上から体育座りで滑って降りる。
降りて来た瞬間、目の前にいた美玲とばっちり目が合った。
「っぷ…ふふ。あははは!!」
数秒見つめ合い、余りにシュールな状況に根負けした美玲の方から噴き出して、笑い出した。
「…履かせて頂けますこと?王子様」
美玲の雰囲気に押され、けんけん歩行を辞め、片足靴下なのも気にせずに、恭しく仰々しい所作と共に美玲の下へ。
「硝子の靴を落としたお姫様は、貴女でしょうか?」
「…確かめて下さい。貴方自身の御手にて」
美玲のノリに合わせて、差し出された右脚へと跪き、ランニングシューズを美玲の足へと合わせる。当然だがピタリと嵌り、ようやく現実に引き戻された。
コイツも王冠に見立てられたり、硝子の靴に見立てられたり、随分と大活躍だな。
それはそれとて、美玲の脚は薄暗い公園の中であっても白く美しく綺麗で、しなやかなシルクの様な上品さで、神々しい物として代々家宝にして引き継ぐべき価値ある物として…。
「ちょっと…ユウ…」
「恥ずかしいから、じっと脚ばかり見ないでよ…」
「あぁ、悪い、綺麗だからさ。つい」
「っ…んんぅ…」
美玲は急に顔を伏せたかと思うと、黙り込み、脚をモジモジとしだした。
「美玲?どした?」
「いや、うん…ユウは…、こういう奴だって分かってるけど…ぅ、くそぅ」
いつまでも顔を上げない美玲を下から覗き込み、様子を窺う。
美玲は身体をぶるっと少し震わせた後、ガバッと顔を上げた。
「うぁぁあああ!何かもう!悔しい!」
「ぐぁっ!?」
顔を真っ赤にさせたまま、目の前にいた俺を突き飛ばして公園の外まで走り去って行った。
「ユウはさ、そんなんだから周りからホモだって言われるし、思われるんだよ!!ばぁーか!ぶぁーか!」
「ちょ!?おい待て!そんなとんでもない事言って帰らないでぇえ!!」
1人取り残された俺は、ベンチの前に尻餅をついたまま公園の出口に向かって手を伸ばしていた。
美玲め。
親友であるお前を、変な目で見ない様にしつつ、女性として最大限に立てた努力をした俺に対して、余りにも酷い仕打ちじゃないか?
まぁ仕方ないかと立ち上がり、体に付いた砂埃を手で払い、ローファーのある水飲み場に向かった。既に日が落ち、薄暗くなった公園に、けんけんと音が鳴り響いていた。