19.白雪姫への作法
19.白雪姫への作法
時刻は昼の12時半。
全グループがグラウンドに戻り、点呼を終えた。
いつものスカート姿に戻った由美姉は、恥ずかしながらも「優斗の…記憶を改竄したい…」と物騒な事を申し上げていたので、機嫌を取る為に、慌てて埋め合わせをする約束をした。
目をギラ付かせた由美姉はニッコリ笑みを浮かべると「分かった」と一言だけ言い残し許してくれた。
あと、レナさんは近くに戻って来た所を、首根っこ掴まえて捕獲した。
「お嫁に行けなくなる程お尻ぺんぺんしてやる」と言うと、涙目で赦しを請われたが、その姿を見て嗜虐心を擽られ、また貞斗が出掛かったが流石に自重した。
俺は再度グラウンドに集まった生徒達の表情を窺う。
皆グループ毎に分かれており、新入生達を見る限り不満を浮かべている生徒は見受けられなかった。
オリエンテーションは成功だろうと安堵の溜め息を吐いた時…。
とある生徒グループの一画から、ある声が上がる。
「霧谷さんとのキス券は!?無いの!?」
…おい、何だそのふざけた権利の券は。
だが、その一言により今まで満足気にしていた筈の生徒達が一斉に声を上げる。
「そうだ!そうだー!」
「そもそも、眠り姫を起こさないと終われないだろ!」
「俺が起こす!そして、そのまま二人は幸せに…」
「うるせー!お前なんて相手にもされねーよ!俺なんて、おはようって毎日言われてるんだからな!」
「霧谷さんが相手とあっては、私も動かざるを得ない様ね…」
「美玲様とのキス券にしろー!!!」
醜い反乱分子の言葉が一瞬で広がり、今や霧谷さんを知っている生徒達は皆その言葉に反応していた。
…と言うか、我が2年B組の生徒達が主犯臭い。
「鎮まるんだ!我々が女性の寝込みを襲う行為を黙認するとでも思うのか?皆!オリエンテーションの第二のイベントである大食堂へ移動するぞ」
由美姉がマイクを通した一言で騒ぎを一蹴する。
そして、騒いでいた生徒達へ睨みを効かせ、次のイベントである大食堂での会食へと向かうべく説明をしようと無理やり言葉を続ける。
火種が上手く育たずに、酸素を求め、新たな反乱分子となるチャークロスの言葉を生徒達は求めていた。
つまり、霧谷さんとキスをしたいと言う不純過ぎる気持ちに動かされた生徒達は、革命家の存在を待っていた。
そんな期待を一身に背負った男が声を張り上げる。
「会長!!」
声を張り上げた人物は首からカメラを下げていた。
…あれは、タケル?
「…何だ?」
「僕は偶然にも見てしまいました。…会長のとんでもない御姿を!」
生徒達の中に緊張が走る。
突然出て来て何を言うんだコイツはと、皆が思っただろう。
だが、確かにコイツの情報は皆が今まで信頼して来た。
そう思わせるだけの実績と説得力がある。
…って、待てよ。ちょっと、待て!
「タ、タケル!!待て!」
心当たりがあり過ぎる!!!
不純な眼をした生徒達を背中に付け、威風堂々と立つタケルに俺は急いで近寄る。
「……ん?何の…っま、まさか!?」
壇上に立つ由美姉が不思議そうな顔をして見ていたが、ふと、先程までの事を思い出して顔を一気に赤らめて俯く。
生徒達が俄かに騒めき出し、再び火が燃え上がる。
「とんでもない姿って何の事?」
「アイツ、公然の場でゆする気か!?」
「写真でもあるのか!?気になるな!」
「そもそも!生徒会の企画で眠り姫を起こすって言ったんじゃ無いか!」
「霧谷さんの所へ向かうぞ!」
「美玲様のとんでもない姿は…無いの?」
俺はタケルへ詰め寄ると、声を潜めつつ確認する。
「お、お前まさかさっきの見てたのか!?」
「んん〜??何の事かなぁ?優斗さんや。…僕は会長のブルマ姿なんて見て無いし、写真にも納めていないけどなぁ」
「がっ!?…て、てめぇ……」
「ねぇ、優斗。…ここは僕に身を委ねてくれないかなぁ。『君にとって』悪い様にはしないからさ」
小声でやり取りする俺達を尻目に、勢いを付けた生徒達が今にも動き出しそうに、ワナワナと震えている。
「さぁ!会長は無力化したぞ!皆!あとは、姫を迎えに向かうぞ!…先に着いた奴が王子様だぁぁぁぁああ!!」
タケルの声に、いち早く反応した俺は保健室へ向かって猛ダッシュで走った。
…俺が王子様だ!!!
ではなく、コイツらから霧谷さんを護らないと!
ふと、創設者の水上さんの顔が浮かんだ。
『君が盾となり彼女の周りに飛び集る害虫共から守って欲しいんだよ。…分かって貰えるかな?』
…上等じゃねぇか、やってやるよ!
早々に走り始めた俺を追い掛ける様に、生徒達が声を上げる。
「テメェ!!優斗!待ちやがれ!」
「俺が王子様だこの野郎!」
「先に着いた奴が正義だ!だが、お前だけは許さねぇぞ優斗!」
明らかに体育会系の奴らが次点で着いて来る。他にもギャアギャアと後ろから相当な人数の声が聴こえて来る。
…どんだけ来やがるんだ!?
構わずに校舎へ土足で入り込む。
後ろから夥しい程の生徒達が叫びながら着いて来る。廊下中に阿鼻叫喚の声が反響して俺の耳に届く。
こんなの明らかに異常事態だろ!?
俺は困惑しつつも、保健室へ一番に辿り着くと扉を勢い良く開けて中を窺う。
「やっぱりお兄ちゃんが一番だった」
中に彩がいた。
「彩!?どうやって…」
見ると保健室の窓が開けてあり、グラウンドから直接保健室目掛けて走り、入り込んだのが分かった。
彩はベッドで静かに寝てる霧谷さんの傍で、手を握り座っていたが、俺を確認すると立ち上がる。
俺に遅れつつ保健室へ飛び込んで来た男達が、俺と彩の姿を確認するとピタリと止まる。
更に、生徒達が雪崩れ込む様に保健室へ入り込むが、呆気に取られたまま動かない俺と男達を目にし、チラリとベッドへ視線を動かす。
窓の向こうにも生徒が大勢詰め寄せて、事の成り行きを見守っていた。
そして、全員が『その瞬間』を目撃する。
彩は微塵も躊躇う事なく、
寝てる霧谷さんの唇をゆっくりと奪った。
「「「「ぇえっっ!!???」」」」
「…ふぅ。誰にもそんな事させません。この私が許しませんから…」
周囲の生徒が呆気に取られる中、彩はぺこりと一礼し、再び椅子に座りながらも、霧谷さんの手を握り慈しむ様な目を向ける。
「……ん………峰…岸……ん」
ポツリと霧谷さんの口から溢れた言葉にドキッとする。
「……え?え?ま…まさか、峰岸さんと霧谷さんって…そういう仲なの!?」
周囲の生徒の一人が漏らした言葉が、廊下に詰め寄せた生徒達に一気に伝播していく。
「嘘だぁぁぁああ!!!」
「霧谷さんが…そんな……ぅうわぁああ!!」
「え?え!?って事は……愛し合って…的な!?」
「似合うけども!!何か、凄くイイけど!」
「新たな………新たな扉がぁ!??見える!見えるぞぉぉおお!!」
「……私にもチャンス…あるかな…」
「セーフ!!美玲様が相手じゃ無くて良かった!」
校舎が揺れんばかりの騒動の中、俺は全く別の思考に意識を駆られていた。
霧谷さんに近しい人しか知らない事だが、
彼女は最近『彩ちゃん』と呼ぶ事にしたのだ。
つまり…。
今、漏らした言葉は……。
心臓が急に締め付けられる想いがした。
過去、幼馴染以外からこんなに想って貰えた事なんて無い。
俺がどんな顔をして立ってたのか分からないが、近くでこちらを見やる彩はどこか寂寥感を想わせる表情だった。
「…あれ?……どう、されましたか?大勢居られる様ですが…」
動転して大騒ぎの生徒達を余所に、騒動の渦中の人物が目を覚ます。
「あ、静さん、起きた」
彩の一言で、廊下まで詰め寄せた生徒達が叫び声を挙げる。
「ぅうわぁあああ!!本当にキスで起きた!」
「祭りじゃ祭りじゃぁぁああ!」
「峰岸家の遺伝子恐るべしぃぃ!!」
「号外だ号外だぁぁあああ!」
「美玲様もキスすれば目を覚ます……のか」
この騒動を扇動した、タケルの声も聞こえた。
…あと、毎回同じ美玲ファンいるな!そんな事させないし、この俺が許さないからな!
この学校の生徒は一度、お祭り騒ぎのテンションになると引っ込みが付かなくなるのが難点だ。
「コラァアア!!あなた達!保健室の前で大騒ぎするんじゃなぁあい!!」
すると丁度良いタイミングで養護の先生が、
大声を挙げている生徒達を外に追い出した。
「あの…これは、どう云う状況でしょうか?」
「えっと…非常に説明が難しくて、本当に馬鹿みたいな話なんだけど…」
これ迄の経緯を簡単に説明すると、霧谷さんが段々と頬を赤らめて、俺の方を見やる。
「……キス、と云うのは…もしかして…」
「いえ、私が収拾を付ける為に、唇を奪わせて頂きました。大変、美味しゅうございました」
横で間髪入れずに答え、一礼する彩。
…いつまでそのキャラやってんだお前は。
彩の言葉を聞き、ベッドに横たわる白雪姫は上げた肩をストンと降ろした。
「そ、そうでしたか…。ふふ、彩ちゃんなら、良かったです…」
「お兄ちゃん、私この人と結婚する」
「チョロ過ぎな、お前」
その後、予定通り大食堂で全校生徒の交流会が行われ、午後の部活動紹介もつつがなく終了すると、俺は今日の疲れからかグラウンドの芝生に寝転がった。
俺の右側で同じ様に寝転がる彩と、その奥で控えめに座る霧谷さん。
反対側で苦笑する美玲と、珍しく落ち込む由美姉が座る。
そんな俺達を見ながら「ふふ」と笑いながら腕組みをして立つ真也。
本日はオリエンテーションの為、課外授業扱い。
部活動紹介後は、それぞれ希望する新入生を組み入れて部活動の時間に移行する事になっている。
目の前のグラウンドでは、主に陸上部が声を上げていた。
「つっかれたぁぁ……」
「はぁ…反省だ…。危うく霧谷嬢の唇を、誰とも知らぬ者に奪われる所だった…」
「でも、私が頂いた…お兄ちゃんよりも素早く!」
「あのなぁ、俺だって別にやましい気持ちで走ったんじゃなくて…」
「とか言って、ユウの目は本気だったけどね〜。まったく、バカだよね〜」
「私は、嬉しかったですよ…ええ」
「何とか無事に窮地を切り抜けましたね…僕が優斗にキスしても良かったのですが…ふふ」
「おい、何も解決してないが」
最後の号外物の出来事も後押ししたのか企画自体は大盛り上がりの大成功に終わり、片付けは翌日にと言う事で俺達は駄弁っていた。
その後、美玲はバスケ部の方へ顔を出すと言って体育館へ向かい、俺達は疲労もありそのまま帰宅する事となった。
それでも、『例の包丁』の件で今日は初めて犯人の尻尾を掴み掛けた気がした。
まだまだ調べなきゃいけない事が多い。
だが、必ずこの手で見つけてみせる。
ラブレターを乗っ取った疑惑の件に関しては、いずれ由美姉本人に直接尋ねなければならないだろう。
今日みたいな出来事さえ無ければ、俺だって毅然とした態度で聞けたんだけど…うん。本当だよ?
前回の後書きにて、問い詰めると言いましたが…
心情的に先送りと致します。
ただ、直ぐに明らかになるでしょう。
次回はどうなる事やら。




