13.保健室の匂い
13.保健室の匂い
職員室へ着くと、担任がちょっと廊下で待ってろと言い、中に入って行く。
「む?何してるんだこんな所で」
すると、職員室に用があったのか、由美姉がこちらに近付いて来た。
「昨日の補導の件だと思う」
「あぁ、成る程。そうか…」
未だ昨日の件について詳しく説明していなかったのもあり、微妙な反応を見せる由美姉。
「さっさと保健室行くつもりだったのに、とんだ足止め喰らっちゃってさ…」
「む?保健室だと?やっぱり、体調が悪かったのか?」
「まぁ、少しだけ休ませて貰おうかと思ってね」
「ふむ…そうか。…ではまた後で」
由美姉は少し思案したかと思うと、職員室へと入って行った。
入れ替わりで、担任が出て来る。
「おし、そんじゃ行くぞ峰岸」
そう言って連れて来られたのは校長室。
「あのさ、せんせ、ここって…」
「良いから、入れ。失礼します」
コンコンッ。とノックをしてからガチャリと扉を開けると、そこは荘厳な雰囲気に包まれ、格式高い調度品に包まれた部屋。ガラスケースに飾られた数々のトロフィーや楯に囲まれ思わず萎縮してしまう。
奥の方に静かに微笑む御老人が一人座っている。あれは校長だ。もう一人、来賓用のソファに座る御老人が、こちらを確認してすくっと立ち上がる。
そのまま、握手を求められた。
「初めまして、峰岸くん。私がこの私立相城高校の創設者、水上 源三だ。そう緊張しなくても構わない。座ってくれたまえ」
俺は御老人と握手を交わすと、担任に目で催促されながら、ソファに腰深く座る御老人の前へ同じ様に座る。
「…初めまして、あの、昨日はすみませんでした。警察に…」
「あぁ、その事で呼んだ訳では無いんだ。すまなかったね。個人的に君に興味があり、どうしても会いたかったから時間を貰ったんだ…。学校生活はどうかな?」
「…?充実してます。縛り付けられる様な事も無く、自由な校風によって楽しませて頂いてるって感じですかね…」
「そうか。…では、学生らしく清い男女交際もしていると?」
「それは、どうですかね。そんな機会があれば、また一層生活に彩りが加わるんでしょうけど…はは」
「ふむ、勿体無いな。私が君くらいの頃には、既に将来を誓い合う様な人物と出逢っていた…。勿論、時代の移り変わりはあるだろうが…」
…何が言いたいんだ?
てっきり昨日の補導の件についてお咎めを受ける物と思っていたから、違和感のある話の進行に戸惑う。
「時に…。君のクラスに籍を置く霧谷静君だが、我が水上家と霧谷家は親戚筋でね。その御息女と言う事で色々と心配でね。仲良くして貰えれば救かるのだが…様子はどうかな?」
…成る程。話の筋が読めて来た。
「何も問題無いと思います。クラスでも既に中心人物として、皆の信頼を勝ち得ていますし…」
「周りに羽虫の様な害虫もいないかな?」
やけに喰い気味にキツめの言葉が飛ぶ。
「羽虫…というのは?」
「好色の目で見ている輩の事だよ、峰岸くん」
表情は微笑んでいる様に見えるが目は全く笑って無い。
「私はね…。静君の強い要望があったから編入を赦したが、未だに心配なんだよ。悪い男に騙されたりしないか…ね?」
「はぁ」
「そこで、どうやら近くにいるらしい君に目を付けた訳だ」
「それは、どういう事でしょうか?」
御老人はそこで一呼吸置き、ソファから背中を浮かすと前のめりにこちらへグッと身体を寄せる。
「君が盾となり彼女の周りに飛び集る害虫共から守って欲しいんだよ。…分かって貰えるかな?」
「あまり、納得は行きませんが….」
「そうかね。君が新学期早々に補導された事を朝露の様に拭おうとしたのだが…新たに処分を考えようかね…」
「…霧谷さんの周囲の露払いをお任せ下さい」
「はは、そうかね。そう言ってくれると思っていたよ。ははははは!」
そう言って快活に笑う創設者である水上さんと、奥で変わらぬ微笑みを浮かべる校長と見て見ぬ振りをする担任を交互に見て、一つ嘆息を漏らした。
校長室を出ると、担任がちらりとこちらを覗く。
「まっ、頑張れ」
…他人事だと思って適当過ぎる。
俺はそのまま教室に戻るのを躊躇い、保健室へと肩を落としながら歩いて行った。
保健室に着き、少し休みたいと言うと保健室の先生である養護教諭が怪しげにこちらを見て来たが、流石に表情が優れないのを確認し、ベッドを使う事を許してくれた。
「…はぁ、新学期早々から災難続きだなぁ」
一言呟き、目を閉じる。
夢。
青天の下、花が咲き誇る丘にポツンと一人で立っている。
昨日もここに来た。
昨日?
ほんの、ついさっきだ。
それにしても、誰もいない。
先程は誰かいたのに。
誰か?
誰だっけ…。思い出せない。
頬と唇に暖かく柔らかい感触。
意識がはっきりして来る。
「おや、起きたのか。もう少し寝ているモノかと思ったのだが、意外だな。それにしても、新学期早々からこんなベッドで休むと云うのは実に戴けないな」
ツラツラと矢継ぎ早に言葉を発する由美姉。
俺が口を挟む間を与えない。
…何だか、顔が紅い。
「ん…ん?今何時?何で由美姉がココに?」
俺が確認の為に身体を起こそうとすると、由美姉が俺の肩を押してベッドに身を鎮めさせる。
「もう少し休むと良い。もう少しでお昼になる時間だ」
「そっか…由美姉、授業は?」
「今の時間、3年生は皆、明日のオリエンテーションの準備に駆り出されていてな。私はコウジとレナに指示を任せて抜けて来たのだ」
「はは、そうか。由美姉の方がサボりか」
「優斗が心配だった…それだけだ」
由美姉は柔らかな微笑みを浮かべて俺のおでこに手を当てる。
「一応、熱は無いみたいだが、濡れたタオルか冷えピタでも用意しようか?」
「いや、大丈夫だよ」
由美姉は手をツツーッと俺の頬に持って行き、しなやかな指を口元に当てる。
「甘えたりしないのか?私に懸かれば、優斗なんて一瞬で堕落させられるぞ…」
「どんな提案だよ…全く」
俺は頬に当てられた手を握る。
「まぁ、嬉しいけどね。こうやって心配して来てくれる幼馴染がいて…」
「む。それは、何というか…求めていた解釈では無いというか…」
「ん?由美姉?」
「はぁ…。やはり、変わらなければいけないか私達は…」
由美姉は溜息を一つした後、ボソリと呟く。
「んん?どしたの?」
由美姉は暫く思案した後、ウンと一つ頷き、こちらへ視線を送る。
「優斗。ラブレターの返事を貰おうか」
「は?」
「だから、あそこに書かれてあっただろう?私の気持ちが…」
待て。
起き抜けにとんでも無い事を聞かされている気がする。
まだ、頭がぼんやりとして付いていけない。
未だボーッとしたままの俺を覗き込み、ふふっと笑う顔が近付く。
ちゅっ。
「そう言えば、小学生の時にして以来だな。あの頃は無邪気なままいられたのにな…」
目の前に真っ赤な顔で、尚も微笑む由美姉がいる。
「もう一度…」
「由美ね……ん」
触れ合う唇の熱さが脳を溶かしていく。
そもそも色々と、脳の処理が追い付かないというのに、畳み掛ける様に熱に浮かされていく。
『ラブレターの差出人は由美姉だった?』
ガチャリ!
「お兄ちゃ〜ん!お昼だし、お見舞いに来たよ…ぉ……」
「ユウ〜。大丈夫??少しって言ってたけど…ん!!?」
「おやおや、これは…」
唇を交わしている由美姉の背後に見える幼馴染達の驚愕の表情。
「おや、見つかってしまったか…ん…ちゅ」
見られても尚、口付けを辞めない由美姉。
その後、生徒会室という名の裁判所への出頭命令が出されたのは、言うまでもない。
さて、姉の攻勢の時間です。
そしてまた新たな人物が登場しましたね。
恐らく、これからの登場頻度の事を考えると
ピークだったのでは無いかと思いますが…。
また新たな展開と関係の変化もありつつ。
次回へ続きます。
どうぞ宜しくお願い致します。




