12.暴走腐女子にこっそり感謝
12.暴走腐女子にこっそり感謝
由美姉と別れた後、教室へ向かう廊下の先にくどまなが見えた。
「美玲〜!優斗くんと真也くんも!おっはよぉ〜!」
「愛菜おはよ〜!」
元気な朝の挨拶。
いつも通りだろ。
でも、昨日まで普通に笑い合っていた相手が、全く違う人物に思えて来る。
あろう事か、くどまなが後ろ手に包丁を持って笑っている様な気がしてしまう。
…目の錯覚だ。
「美玲…俺、先に教室行ってるからさ…」
「え?…あ、うん」
「…ん??どしたの優斗くん?」
何とも気まずい思いと同時に、苦虫を噛み潰した様な後味の悪さに吐き気を催す。
そんな俺に並んで歩く真也。
「朝のHRが終わったら、保健室に行きましょうか。ゆっくり休んだ方が良いでしょうから」
「あぁ、そうだな…。すまん」
二人で教室の前まで辿り着くと、昨日と同じく入り口前に3バカがいた。
その内の一人、筋肉バカの徹也が俺達の姿を確認すると、こちらにズンズンと歩き、にこやかな笑顔を向けて来る。
「おはよう、君達。実に良い朝だ」
「お、おう。何かお前、キャラ崩壊してるぞ」
「優斗くん。昨日の放課後、君はまるで僕に見せ付けるかの様に、美玲様の御手を握り直していたね…うん。アレを見た僕の心には、とても復元し難い大きな傷が出来てしまったんだ」
そこにいたのは、いつもの様に眼を血走らせた筋肉バカでは無かった。怒りを通り越し一周回り、なぜか悟りを開いたお坊さんの様に、穏やかな顔をしてこちらを見ていた。
「と言う訳でぇぇえ!責任を取れぇい!今すぐに!!」
…いや、いつもと同じ筋肉バカだった。
勢いのままに殴りかかって来る巨体。
俺はその勢いを利用して、ひらりと身を躱すとその場で投げ飛ばす。
「ぶぇへぁぁ!!」
顔面から地に落ちる筋肉バカ。
何だか、ドス黒い感情に心を支配されそうで、抑圧されたストレスが一気に発散しそうな、そんな危うい精神状態だった。
ダンッ!と威嚇の意を込めて、顔の真横へ右脚を踏み抜く。
「良い加減にしろ…何度目だ筋肉バカがよぉ」
「ぐぞぉぉおおお!!」
大きな雄叫びを上げて悔しがる。
叫びたいのはコチラの方だ。
衝動に駆られて無抵抗の徹也に対して、無慈悲にも暴力を振るいそうになる。
すると背後から恭子の声が耳に飛んで来る。
「徹也も一年の頃から良くやるよねぇ〜。そんなんだから、優斗との本じゃいつまで経っても右なのよ。まぁ…今日の屈服する感じは申し分無いけど…ぁあ、普段将吾にオラついてる徹也も優斗の前では……ふふふふふ」
「待て待て、何の話だ!恭子!」
「おん?あぁ、新たな展開と構成を考えていた所よ。惜しむらくは…将吾と徹也じゃビジュアル的に盛り上がらない事よね…って、何してるの。暇があれば、真也とベタベタしてなさい!」
気付けば腐女子代表の恭子が直ぐ近くで鼻血を垂らしていた。
そして俺達に追い着いた美玲がサッとティッシュを用意して溜め息を吐いた。
「あぁーはいはい、頼むからあんまり外で鼻血出したりしないでよね?」
「苦労かけるね…私が砂吐かない主義なばかりに…」
「砂?吐く?何それ?」
「何言ってるの!美玲!アンタは恵まれてるのよ!?これだけ創作意欲高まるCPが近くにいて!普通なら砂まみれよ!」
「私はそう言うのよく分からないからさぁ」
美玲は困った表情で俺と真也を見る。
すると、俺の背後に控えた真也が不適な笑みを浮かべる。
「やっぱり、僕も優斗と適度にイチャイチャした方が良いですかね?」
「えぇ、お願い!私ナマモノからしか良いモノ膨らまないから!!」
「ですって?優斗、どうしましょうかね…」
真也は俺の背後から近寄り、肩に顎を乗せる。
その瞬間美玲に頭を叩かれる真也。
「ストップ!そのスイッチはオフったらオフ!」
「ふふふ、手厳しいですね。美玲」
「美玲ったら……恐ろしい子!!……なんて、罪深い事を…ぁあ、今、私以外にも血の涙を流してる人達が大勢いるって事を知っておいた方が良いわ…」
いつの間に集まっていた人垣の中に数名、ウンウンと頷く女子達がいた事を俺は忘れない。
そもそも、真也に問題がある。
コイツの何が罪作りな奴かと言うと、女子を平気で腐らせる。何がとは言わないが、素質がある子なら俺と真也の掛け算だけでは飽き足らず、学校内外問わずに、可能性のある掛け算に着手させる程だ。
去年の秋口、想像豊かなお嬢様方が須田恭子を筆頭に数人で現れ、土下座と共に出版販売の承諾書へのサインを嘆願しに来た事があった。
話によれば、俺と真也の間柄からシリーズ物の大作を手掛けたので、是非公式にとの事だった。
誠実なのか不誠実なのか問われたら明らかに前者だろうが、あまりにも眼がバキバキで鼻息が荒かった為に、丁重にお断りした次第だ。
今は普通に流通している…らしい。
もう諦めた。
恭子、曰く
「親友と掛けて真×優なんてお洒落よね!」
だそうだ。
詳しい事は分からないが売れ行きはかなり良いらしい。
やっぱ個人情報を楯にして徴収してやろうかな。
と言うか、脅迫状の件の警戒も何も、アホな会話に急に引き摺り込まれたせいか、緊張感が無くなった。
…普通に考えて、白昼堂々、突然襲って来る訳無いしな。
少しだけ疑心暗鬼な心を解いてくれた事に、感謝の気持ちを恭子に感じた。
…そして真也にも。
さっき迄の俺に気を遣っての事なのか、敢えてノリに付き合う様な真似して…。
真也の表情を窺うと、相変わらず柔らかな微笑みを見せていた。
教室に入ると、中程の席に座る霧谷さんがこちらを窺う様にしつつ、教科書やノートの整理等をしていた。
敢えて気にしない様に窓際まで行き、自分の席に座る。後ろの席に美玲が遅れて座り、ちょいちょいっと背中に触れて来る。
「愛菜が少し気にしてたからね」
「あぁ、後で謝っておくよ…」
椅子を少し後ろに倒し、小声でやり取りする。
「…そうだ。HR終わり、少し保健室に行って来る」
「そう…ちゃんと休みなよ」
がらりと教室の扉が開き、担任が入って来たのを確認して佇まいを正す。
「よぉし、今日は明日のオリエンテーション前のグループ分けをするぞー」
「男子3名女子3名の計6名のグループを作れー。あー、そうだ運営に携わる生徒会関係者は除外して決めてくれ」
担任の言葉に、美玲や霧谷さんと同じグループになろうと鼻息を荒らげていた男子達が各々ため息と共に消沈する。
…お前ら分かり易すぎな。
どうやら皆の共通認識として霧谷さんは生徒会に入るらしいという事になっているみたいだ。昨日の今日の話だが、さすがタケルの情報網だ。
「それと、HRが終わったら峰岸は俺と職員室まで来る様に」
え?と思い、担任を見たが昨日の補導の件かと思い当たり軽く頷いた。
…さっさと保健室行って休むつもりだったのに。
HRが終わり、担任に顎でクイっと呼ばれたのを見て、さっさと済ませるかと立ち上がる。
「優斗くん、何か悪い事でもしたの?職員室呼ばれるとかさぁ」
くどまなが美玲に抱き着きながら不思議そうに俺に尋ねる。
「昨日、ちょっとね。夜の校内に侵入して、幽霊とかいないか探し回ってたんだ」
「へー、お目当ての霊は見つかったの?」
「一応、昔この場所で死んだといわれる女生徒の霊と連絡先の交換まで出来たんだが…」
「あはは、何それ!美玲怒った方が良いよ、ははは」
くどまなは、変わらぬ笑顔を見せてくれた。
「くどまな、さっきは悪かったな。ちょっと体調悪くて…職員室からの保健室コースだ」
「うん、そっか…良かった!……って、体調悪いのに良くは無いか!あはは、ごめん!」
…良かった。
あまり、疑いを掛け過ぎるのも考えものだな。
「そっか!じゃあ、黒板に『あれは私』って大きく書いてあったのも優斗くんか!凝ってるねぇー、あはは」
「っ!?…あぁ、見たんだ?あれ」
「今日、一番にクラスに来たの私だからちょっとビックリしたんだー!何か、机荒れてるし黒板に変な事書いてあるし!って…消すの時間掛かったんだからね…もうっ」
そう言って、笑顔で制服の袖下を払う仕草を見せる。少しだけ、チョークの粉の痕が残っていた。
「はは…それも併せて、説教されに行って来るわ。じゃ…」
「しっかり怒られて来るんだよー!」
表情を見られない様にスッと歩き出す。
痕跡を消す為に朝早く来た…とか?
いや、でもそんな事を俺に言うなんて怪しまれるだけだ…。
もし本物の犯人ならそんな事…。
廊下を歩きながら、新たに生まれた疑惑を掻き消す様にブンブンと頭を振る。
…また疑心暗鬼になって来てる。
一旦、考えるのをやめよう。
因みに『砂を吐く』は甘過ぎて砂糖を吐くから来てるそうです。
センスが頭抜けてて感心しますね。
後学の為に、一対一で小一時間ぐらい語りたいですね。
レバ…固定…何が許せないとか許せるラインとか…。




