第三話 「君だけが特別なんだ」の言葉が欲しくて
本当にこの国は破滅の危機に瀕しているのかもしれない。
魔王復活の兆しありと王宮が大騒ぎになった翌日。
空からピンク色の髪に碧い瞳の少女が舞い降りたのだ。
王宮では少女を神の御使いだ、聖女だと崇めた。
そして少女には第一騎士団の副団長が護衛騎士としてつけられた。
それは今、国王に次いで守るべき存在だということだ。
そんな騒ぎもロードにとっては遠い出来事で、他人事のはずだったから、まさかその聖女に会うとは思ってもいなかった。
聖女は護衛騎士となった第一騎士団の副団長も連れず、一人で歩いていた。
そこに女官や文官たちに「聖女様だ! ありがたや~」と囲まれ、身動きがとれずにいるのはさすがに見かねた。
ロードが近づいてくることに気づいた人々は、蜘蛛の子を散らすようにさっと離れていき、その場には聖女とロードだけが残った。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「いや。俺は何もしていない」
「黒水晶みたいに綺麗な瞳……」
ぽつりとした呟きに思わず黙り込むと、聖女はふふっと微笑んだ。
「私、セイラって言います。あなたのような方に助けてもらえてよかったです。あなたのお名前は?」
「ロード・クラークスという。俺は通りがかっただけだ。これにて失礼する」
「待って! 私、本当にすごく助かったの。みんな、私を聖女だと言って、すごく期待されていて、大変だったから……」
名乗った瞬間に言葉も態度も親密になる文化らしい。
両手を胸の前であわせ、ぐっと二歩踏み込むと、自然背の高いロードを真下から見上げるようになる。
プリメラよりもよほど距離が近く、何故だか圧も強い。ロードは思わず二歩下がった。
セイラはどこにでもいる少女に見えるが、何か国を救うような特別な力を持っているから大事に崇められているのだろう。
聖女がどういう存在なのかはよくわからないが、ロードと対極にいることはわかる。
「しかし私は呪われている……かもしれない身。あまり近づくのはよくない」
かもしれない、と付け加えたのは、プリメラの言葉があったからだ。
確証もないのに自ら触れ回るなんて、と逆鱗に触れそうだったから。
そう思うと自然と苦笑が浮かんだ。
踵を返しかけたロードの腕を、セイラが強引に掴み引き留めたから驚く。
思わず振り払ってしまったが、気にした様子はなく、むしろ気にしなくていいのよというように爽やかな笑みを浮かべた。
「私はあなたのこと、怖くないわ」
ロードはちょっと怖い。
ロクに話も聞かずに判断してこの人は大丈夫なのだろうかと心配でもある。
しかしセイラは「あっちでは滅多にお目にかかれないほど実用的なガッチムチね。いいわ……」と謎に呟く。
もちろんロードは聞こえなかったことにして、ただ黙っていると、セイラはまさしく『聖女のような』と表現できそうな笑みを広げた。
「私、あなたのような黒い髪や黒い瞳は見慣れているの。あなたは一人じゃないわ。私が生まれた国では、そういう人がほとんどだったんだから」
「では、あなたも異端だったのか?」
だとしたら大変な思いをしてきたに違いない。
眉を顰め、そう尋ねると、セイラは「ああ、これは違うの」と肩の上でくるりと内向きに巻かれたピンク色の髪を一房手に取る。
「私も黒髪だし、目も黒よ。髪は染めていて、目はカラコンが入ってるだけだから」
「カラ……コン?」
ほら、と言ってセイラはいきなり眼球を指でつかむような仕草をした。
そうして指の上にちょこんと透明で真ん中が碧い何かが載せられる。
驚いて見上げればそこには黒い瞳があった。
「お揃いね」
にこっと無邪気に笑ったセイラに、ロードはしばし黙り込んだ。
そこに、「ふうん」と背後から声が聞こえ、ロードは反射で振り向いた。
「プリメラ王女殿下……」
思わず呟いたロードの声に、セイラがぴくりと反応する。
「王女……って、呪われているからってロードを魔王討伐に向かわせるとか言ってる人?」
「そうよ」
プリメラのあっさりとした返答に、セイラは「ひどい!」と眉を寄せた。
「一国の王女だからって、人の命をなんだと思っているの?!」
「あなたこそ、ロードの実力をいかほどだと思っているの?」
「え? 知らないけど」
それはそうだ。セイラは今日この国に来たばかりなのだから。
「誰かがやらねばこの国は魔王に滅ぼされるのよ」
「でも、行ったら死んじゃうかもしれないのよ? そんなこと王女だからって命令していいと思ってるの?」
「あなた、騎士団のつとめをなんだと思っているの?」
そもそも騎士団はこの国を守るためにあり、国の命令で動くのだ。
死ぬかもしれないのはいつでもそうで、魔王だけが敵ではない。
誰も何もしなくても平和ならこの国の予算のほとんどを騎士団に費やしたりはしないし、団員も集まりはしない。
だが金や家の事情で仕方なく入団した者もいるだろうし、全員に死の覚悟があるわけではない。
それでも死にたくなければ必死に鍛えるしかない。
騎士団が負けたらこの国の人たちは生きていけないのだから。
『そういえばそうだった』と今さら気がついたのか、黙り込みながらも悔しそうに睨むセイラに、プリメラは続けた。
「私は黙って殺されるのを待つなんて嫌よ。だから私は機を逃すつもりはないし、討てる人材を探して打診しただけのこと。私と共に来るかどうかはロードの心一つよ」
え、あなたも行くの? とセイラが面食らう。
ロードを差し置いて激昂しだしてしまったセイラにため息を堪えながら、ロードはやっと口を挟んだ。
「俺は命令されたわけではないし、まだ返事もしていない」
「でも、王女に言われたらほとんど命令でしょ? 逆らえるわけないじゃない」
それは確かにその通りだ。
だがそれだけではなく、一晩寝て起きた時にはロードの答えはもう決まっていた。
ただ、プリメラに対してそう返答してよいのかまだ迷ってはいる。
「そうでもないわ。ロードは嫌ならいやとはっきり言うわよ。この国のことなんていつでも見切って出て行けるだけのものをロードは持っているのだから。むしろ、呪いの言い伝えなんてない他国のほうが実力を認められて楽しく生きていけるかもしれないし」
それも確かで、その腹積もりは常にもっている。
たじろがないロードの態度にそれを見抜いたのだろう。
だとしても昨日初めて会ったはずなのに、何故プリメラはこれほどまでにロードのことを理解しているのか。
疑問を転がすロードにおかまいなしに、プリメラはセイラの指先が気になったように歩み寄りながら、唐突に話の流れを断ち切った。
「ところで。『カラコン』ってすごいわね。髪も染められるならロードも苦労しなかったでしょうに。この国でもそういうことができるかしら」
セイラの指にはまだ、色付きガラスのようなものがちょんと乗ったままだ。
しげしげと眺めるプリメラに戸惑いながらも、セイラは素直に答える。
「この国の文化レベルを見た感じだとカラコンっていうのはかなり無理めな気がするけど、髪だったら植物性の染料もあると思うわ。向こうでもヘナとかあったし」
「なるほど。で、あなたは敢えて別の色を装っているということは、黒髪も黒い瞳も嫌いなのね」
「え? いや別に、これはオシャレで」
「そうよね。あなたの感覚では黒はオシャレじゃないということよね。黒全否定ね」
セイラは継げる言葉をなくしたらしい。
その間にもプリメラは続ける。
「なのに、『黒水晶みたいに綺麗な瞳……』って見惚れるとかいう矛盾。そんな計画性の甘い演技じゃロードは落とせないわ」
あの『すん』とした顔を見たでしょう? とロード本人がいる前で言われるといたたまれない。その通りではあるのだが。
聖女は「いや、それは!」と慌てたように口を開いたが、プリメラはかぶせるようにして続けた。
「自分も黒い瞳なのに結局自画自賛。いえ、自己評価が高いのは悪いことではないし、見慣れたものだって『綺麗……』って感動できることもあるわ。例えば宝石とかね? ただ『おまえは俺を怖がらないんだな』もしくは『おまえ、面白い女だな』がロードから引き出せないどころか、『いや、何を言ってる?』って顔をされるのは、ツッコミどころがありすぎるからよ」
「やめて! 詳しく分析・解説しないで!」
セイラは叫んで頭を抱え、キッとプリメラを睨んだ。
「私はただ、黒い髪とか瞳とか、そんなの気にすることないって伝えたかっただけよ。私の国じゃ呪いなんてないし」
「だからといってこの国にそんな呪いがないという根拠にはならないわね。この国にカラコンがないのと同じように、違う歴史と違う文明を持っているのだから。その文化の中にいる人に気にするなと言って気にしないで済むなら言い伝えなんて既に時の流れに消えているわ」
『ある』も『ない』も根拠がなければ誰も信じないが、『ある』は疑わしく些細な根拠でも拭いきれず、頭のどこかでは信じてしまいやすい。
だから本当に呪いがあるかどうかも知らずに『私は怖くない』と近づかれても責任が持てないこちらのほうが怖いし嬉しくはない。
さらに根拠なく『ない』と言われても無責任にしか感じない。
セイラのように、自分だけは違うと言ってくる者はこれまでにもいた。
そのほとんどが女性で、プリメラの分析した通りほとんどが計画的にロードに擦り寄るための言葉だったことにはおおよそ気づいていた。
ロードの筋肉といかつい顔立ちは一般には恐ろしいと敬遠されるが、稀にそれがいいという女性が現れる。
しかしそんな女性たちも無遠慮に近づいてきたかと思えば、ロードが手を洗おうとして手袋を外すと真っ青な顔でそわそわし始めるし、不意に手が触れそうになるとびくりとして飛び退る。
それが恥ずかしがってのことではないことくらい、ロードにもわかる。
それでも踏ん張って傍にいようとした者もいたが、自分まで周囲から冷たい目で見られるようになることに気が付き、離れていった。
この聖女も、『私だけがあなたを理解している』という自分に酔いたいだけに見える。
それで依存させて自己満足するための道具に使われるなど御免蒙りたい。
「な、なによ! 『ない』ことの証明は悪魔の証明よ! 証明なんかできるわけないの! だけどどうせ何もないんでしょう? だったら別にそれでいいじゃない」
「その通り。だけど人は『ない』ことを実感できなければ安心できないのよ。そして安心できなければこれまでとは何も変わらない。ロードも、周りの人たちもね。上っ面じゃ誰も救えない。だから行動するしかないのよ。魔物に触れてもぼろぼろに崩れ落ちないだとか、魔王討伐という危機的状況にあってもその呪いが発現しないことを発言力のある誰かに見せつける、とかね」
まさか。
まさかプリメラはそれをロードに証明させるつもりだったのか。
そして自分がその証人になろうとしていたのか。
「そんなわけで、余所でやってくれる? 自分だけはあなたの味方よと擦り寄って信者を増やせばあなたはご満悦かもしれないけれど、ロードはそんなことに使われるほど安い人間じゃないの。大丈夫よ、あなたのその安い物語にのるのが好きな人は他にたくさんいるから」
「な……! うるさい! あんたなんて、ロードを利用してるだけのくせに!」
セイラは悔しげに吐き捨てると、踵を返して走り去っていった。
嵐のような一幕だった。
利用。
それはどれだけ悪いことなのだろうか。
プリメラほど打算的な人はいないだろうが、こんなにわかりやすく説明してくれる人もいない。
だからこそ、それがロードにとっても利益のある打算であるとわかる。
きっと、『お兄様のため』というのも本当だ。
そして国民のためでもある。
主目的がどこにあったとしてもいい。
共に魔王討伐に向かうということが、幅広く様々なことを解決できる理想の手立てであることはロードにもわかっているから。
それにのってみよう。
『いつかさ、証明してあげるよ』
かつて共に剣の鍛錬を積んだ少年がそう言った時のように。もう一度進んでみよう。
呪いなんてものはないと反論しても、物に触れても壊れないと見せても、やはり誰もが『ない』とまでは信じられないのなら、その先に進むしかないのだ。
何よりも、見てみたい。
プリメラが切り開いた道の、その先を。




