第十二話 新しい証明
国王の前を辞し、廊下に出るとロードは詰めていた息を吐き出した。
「おまえ、よかったのか?」
「どういう意味よ」
「エドワード殿下が好きなんじゃないのか」
いらぬことを言った。
絶対に言葉の選択を間違えている。
気持ちを確かめようとしてそんなことを言い出すなんて、なんと女々しいのか。
自分にため息を吐きたくなったが、プリメラの反応は早かった。
足を止め、表情一つ変えずにくるりと振り返る。
「ロードは右の鼻の穴と左の鼻の穴どちらのほうが好きかと聞かれて答えられる?」
あくまで兄妹だと返ってくるかと思っていたら、そんな特殊なたとえで返されるとは思わなかった。
「比べようがない」
「そうよね。片方の鼻の穴がなくなっても別に生きていけるかもしれない。だけど両方あったほうが息がしやすいし、楽しく生きていける」
「なるほどな。かなり納得できる理論だが、鼻の穴とか……。おまえはいつも身の毛がよだつようなたとえばかりだな」
「そんなことを聞くからよ」
つまり、腹が立った時の意趣返しでわざとやっていたということか。
「言うつもりはなかったけど、それなら私も聞くわ。あなたは『ウィル』と『プリメラ』どっちがいいの? どっちと結婚したかった?」
「どっちもおまえだろうが」
「ちゃんと答えて」
「……ウィルもプリメラも同じ人間だろ」
「そういうちゃんとじゃないんだけど」
「どっちの時も好きになってはいけないと気持ちを押し込めようとしていた。だが無理だった。結局俺はどうしようもなくおまえに惹かれてしまうんだろうな」
「なんか……好きって言われるよりそういう言葉のチョイスのほうがくるわ」
聞いてきたくせに、顔を赤らめないでほしい。言ったほうに三倍くらいになって返ってくるから。
顔を隠すようにプリメラはくるりと前に向き直ると、速足でつかつかと歩き出した。
ロードは長い脚でゆっくりとその後を追う。
「いつからだ?」
「最初から」
「どこが最初だよ」
「私がロードを好きになった時から。いつか呪いなんてないって証明して、ロードが安心して私をお嫁さんにしてくれるようにしようって思ってた」
こちらもさりげなく言う。
そしてなかなかの計画だ。
「ロードが自分の人生は諦めきってるくせに、小柄な私の剣の道は諦めさせまいと遅くまで訓練に付き合ってくれて、私にあった戦い方を教えてくれた時から。がたいがよくて私とは全然戦い方なんて違うし、そんなことロードが知ってるわけもないのにね。私のためにいっぱい考えてくれたんだって分かって、筋肉むきむきでいかつい顔なのに全然怖くなくて、むしろずっと周りに遠慮してて、怖がらせないようにって考えて引いてばかりで。そりゃ好きにもなるわよ」
「そ……そうか」
「訓練中は集中してるからいいものの、毎日キュンキュンして大変だったわよ。ロードはぜんっぜんそういう対象として見てはくれないし」
そんなことはないから困っていたのだ。
「あの時おまえは男だと偽ってただろうが。俺がどれだけ必死で湧きあがるものを掻き消そうと、己の心とたたかっていたことか」
女だったのなら早く言ってほしかった。
いや、女だとわかっても結局王女なのだから無理だと同じ戦いを繰り返していたのだが。
「そんなのわかんないわよ。ほとんど表情動かないし。ぴくって眉毛が動くくらいじゃない」
「おまえには慌てさせられてばかりだがな」
「じゃあ、今も慌てる?」
そう聞きながら、プリメラが足を止め、両腕を伸ばした。
だが触れはせずにロードが動くのを待っている。
勝手には触れないという約束を守っているのだろう。
ロードはぐっと拳に力を入れ、それから解いた。
そうしてゆっくりとプリメラに手を伸ばす。
しかしすぐに止めた。
ここは廊下だ。
「腕相撲をするなら台が必要だぞ」
「そうね。では覚悟はいいのね?」
じっと見つめれば、プリメラはその瞳を受け、くるりと前に向き直った。
そうしてカツカツと廊下を曲がり、扉を開けた。
そこはロードが着替えるために与えられた部屋だ。
ロードはプリメラについて部屋に入るなり、後ろ手に扉を閉めた。
「おまえこそ。いいんだな?」
「当たり前よ。いつから待っていたと思っているの」
「ずっと、触れたかった――」
ロードは重い己の腕をゆっくりと上げると、プリメラの白い頬にそっと触れた。
すぐにそれは熱を持ち、赤く染まる。
それを隠そうとするように、プリメラがロードの手に手を重ねた。
「ごつごつしてるわね。骨と筋肉だけでできてるみたい」
「おまえの肌はやわらかいな」
プリメラの目元が赤くなり、瞳が潤む。
「腕相撲は後でもいいか?」
そう尋ねるなり、プリメラが最後の一歩を詰め、ロードの胸に飛び込んだ。
さらりとしたドレスの背に腕を回すと、甘い匂いに包まれた。
「これがぬくもりというやつか」
「私がロードの初めてを奪ったのね」
「――おまえはいつも、そういう言い方をするなと言っている」
「間違いでも誤解でもないわ。私はロードの全部が欲しいのだもの」
「そういうことは俺に言わせておけ」
回した腕にぎゅっと力を込めると、ふふ、とくすぐったそうな笑いが零れた。
「いっぱい我慢したんだもの。もう待ちきれないわ」
「だから――」
「結婚の許しは得たし、今頃婚約の書類もお父様の手元に渡っているはずよ」
手回しが早い。
「私たちは婚約者になったわ。ということは、そういうことが許される関係になったということよ」
「腕相撲とハグだな」
「ええそう。でも私がそれで満足すると思って?」
「俺が満足できない」
そう答えるなり、ロードは小柄なプリメラに覆いかぶさるようにして唇を落とした。
最初は優しく触れ、しかしすぐに物足りなくなって、我を忘れた。
プリメラは愛しそうにロードの首に腕を回し、己の体に引き寄せる。
ぴたりと密着した体から、互いの鼓動が響き合う。
ロードが初めて感じる、他人の生きている証。
ぬくもりや甘い匂い。
それらに包まれて、ロードはくらりとするのを感じた。
幸せすぎて、どうにかなってしまいそうだった。
しかしそれはプリメラも同じだったのかもしれない。
唇が離れた隙に荒く息をすると、そのままロードの胸にくたりともたれた。
その重みが心地よい。
と思っていたら――
「えい」
プリメラがぐいっとロードの胸を押す。
しかし伊達に鍛えているわけではない。
びくともしないロードを、プリメラはちっと舌打ちしながらタックルでもせんばかりにぐいぐいと押す。
「何をしている……?」
「押し倒そうと思って」
「待て。さすがにそれはマズいだろう」
完全に動揺している。
しかしプリメラはロードの胸に抱き着く格好のまま、唇を尖らせた。
「遅かれ早かれよ」
「そんな単純な話なわけがあるか。結婚してからだろう、そういうのは」
「だって。これからロードはモテるわよ。恐れるものは何もなくなったんだもの、筋肉好きが一気に押し寄せるわ。そうしたらよりどりみどりになって、立場上面倒臭い私なんかより手軽な令嬢を選ぶかもしれないし」
「おまえな。さっきの話聞いてたか?」
何が? というように見上げるプリメラに、ロードは眉を寄せた。
「俺にはおまえしか見えていない。他の誰かなんぞどうでもいい、プリメラが強烈すぎて目にも入らん」
そっと唇を優しく落とすと、プリメラが顔を赤らめ俯く。
だからその顎をくいっと上げ、目を合わせた。
「どんな壁があっても欲しいと思ったのは、プリメラだけだ」
もう一度顔を近づけると、唇が触れたところでふいっと顔を逸らされた。
「待って」
「なぜだ?」
先ほどはプリメラが押していたはずなのに。
かすかに触れた唇の感触がより切なさを掻き立ててたまらないが、ロードはなんとか理性を総動員した。
「ロードが私の名前を呼ぶからよ!」
「プリメラ」
「……」
「好きだ。たとえどんな邪魔が入ろうとも、俺はおまえを離す気はない」
不安になるのなら、何度でも言おう。
プリメラが呪いなんてないことを証明してくれたように。
ロードの想いが証明できるまで。
「バカ……。結婚まで待てなくなるじゃない」
だから。
それは全部ロードが言いたいセリフなのだが。
そう言われたら、ロードはこう言うしかない。
「大丈夫だ。どんなに時が経っても、俺の想いが変わることはない」
プリメラが早くに手を回しておいてくれてよかった。
一度この温もりを知ってしまったら、離れているのが辛くなりそうだったから。




