秋元あかりは助けたが・・・?
六月十二日。俺はこの日を三回繰り返している。気づいたのは今だ。それにしても、一昨日と昨日は全然違う一日だったんだが・・・。バタフライ効果ってやつなのだろうか。あと、昨日の記憶が半日しかないのもおかしい。
「早く起きなさいッ!」
怒声を上げながら入ってきたのは母親だった。そういえば、遅刻ギリギリだったな。俺は、急いでリビングへ降り、朝食を食べる。昨日と同じメニューだ。その間に俺は一昨日と昨日の違いを探す。まずは、家を出る時間だ。そして、秋元あかりを助けたか見捨てたか。いや、見捨てたっていう表現はおかしいのかもしれない。俺は、もう死んでいると思っていたのだ。
次に、自転車で行ったかどうか。後は遅刻したかどうか、休校になったかどうか。挙げればきりがない。とりあえず、このループは早く抜け出したい。毎朝遅刻すれすれの時間に起きるのは嫌だからな。俺は、食べ終わった食器を片付け、自室へ準備をしに行く。
多分ループが起きる起点は秋元あかりの生死だと思う。ループ系の作品を読み漁った経験的結論だ。違うかもしれないが、やってみる価値はありそうだ。ひとまず、今日は秋元あかりを助けよう。一回目よりも早く家を出て、倒れた瞬間に救急車を呼んでみよう。
俺は、制服に着替え鞄を持ち、八時四十分には家を出る。真夏並みの気温に太陽の直射日光。きつい・・・。俺は、急ぎ気味に歩き、秋元あかりが倒れていた場所へ向かう。そこにはまだ誰も倒れていなく、ただ、人がたくさん歩いているだけだった。周りを見渡してみると、秋元あかりを発見した。遠いが、俺と同じ高校の制服を着ているし、こんな遅刻ギリギリに焦っていないのは俺らだけだろう。
秋元あかりに向かって歩いていく、当の彼女はふらふらと歩いており、今にも倒れそうな感じだ。彼女は目の焦点があっておらず、汗も大量に吹き出している。
「大丈夫か?」
そう、彼女に問いかけても返事をする気力がないのか、はたまた俺に気づいていないのか、そのまま、まっすぐふらふらしながら歩いて行った。不意に彼女は倒れ、俺は一歩前に出て支える。
「大丈夫か?」
またもやそう問いかける。今度はちゃんと俺を認識したみたいで、俺に顔を向けこういった。
「む・・・り・・・」
かすかにそう聞こえた。俺はとりあえず肩を貸し、日陰まで誘導する。その最中にミネラルウォーターを買い、彼女に飲ませる。えさを与えられた鯉のように勢いよくそれを飲む彼女。それを見ながら日陰に座らせた彼女を仰ぐ俺。とりあえず死ぬことはないだろう。これで、ループは終了かな。やっといつもの日常が返ってくる。
「ぷはぁー!生き返ったー」
「おいおい、大丈夫か?」
「ん?・・・誰?」
怪訝そうにそう問いかける彼女。まだ体調が悪いのか顔色が悪い。それでも、ふらふらと歩いていたあの時よりかはマシだろう。
「俺は村雨正樹。君が体調悪そうだったから助けただけだよ」
「そうなんだ。ありがとね」
変に茶化すこともなく事実を話す。彼女もそれで納得し、お礼を言う。ここまでで大丈夫だろう。もう、学校行くか。そう思い、立ち上がる。
「もう大丈夫だろ。学校、行けるか?」
「ん、大丈夫」
「そうか、じゃあな」
「・・・ちょっと待って」
止められた。大丈夫じゃないのか?そういうニュアンスで彼女に問いかける。
「なんだ?」
「えーっ・・・と」
「なんだ」
口ごもる彼女を催促するように促す。ここは日陰でも暑いんだが。早く学校へ行って涼みたい。俺の少しの不機嫌さを感じたのかばつが悪そうに言った。
「えっと。道案内をしてほしいです」
さっきまでため口だったのに急に敬語で話す秋元あかり。道案内?どこの。もしかして学校か?それしかないだろうが。でも、もう入学して一か月は立ってるんだぞ。案内する道はないと思うんだが。
「学校か?」
「そう・・・です」
「・・・分からないのか?」
「うっ・・・はい」
あっさりと白状する秋元あかり。マジか・・・。
「そうか・・・分かった。ついてこい」
「ほんと・・・!ありがと」
あ、今気づいたがこいつ一年じゃないかもしれない。いや、ないか。いくら方向音痴でも一年で道は覚えられるだろう。もしくはグーグル先生に聞けばいいのだ。何故それをしない?・・・まあ、いいか。
「あ、私の名前言ってなかった。私は秋元あかり。よろしく」
「そうか」
学校へ着いたとき、時間は二時間目が始まりそうな時間だった。秋元とは下駄箱で分かれた。その時に分かったが彼女は一年で同級生だ。それなら必然的に同じ階段を使うことになる。一年全部の教室が三階にあるからだ。ほんの少し世間話をしてチャイムが鳴ると同時にお互いの教室へ入った。幸いにもこっちは先生が少し遅れていて遅刻について言及されることはなかった。
二時間目も終わり、十分の休憩時間の時だ。大岡が話しかけてきた。内容は分かっている。どうせ、嘘告をしろ、だろ。俺はため息をこぼさないように迅速に大岡との会話を終わらせる言葉を考える。
「嘘告をしろよ。―――」
「おーい」
大岡の言葉を遮るように聞こえてきたのは、今日さんざん聞いていた声だ。そう、秋元が話しかけに来たのだ。朝、体長が悪かったんじゃないのか?と思うようなしっかりとした足取りでこっちに来る。
「なんだ?なんようだ」
「いや、帰りも頼みたい思ってね」
「帰りもか?お前は今までどうやって帰ってたんだ・・・」
「あははー。友達と帰ってたんだよ。今日はその子が休みでね」
謎が解けた。他力本願かよ・・・。ちょっとは覚えようと思わなかったのだろうか。っとその時、空気だった大岡が声を上げた。
「いや、こいつ今日用事があるんですよ。大事な、ね?」
俺に指さしながら断りを入れろと目で訴える。それでも俺は嘘告なんてめんどい真似をしたくない。ちょうどいい断る大義名分を手に入れたしな。存分に利用しよう。
「すまんな。大岡。今日、秋元の案内をしないとだから」
「お、おい――」
大岡を無視して教室を出る俺たち。待ち合わせの場所を打合せして、俺は移動教室の準備。秋元は自分の教室へ戻っていった。
放課後の校門は人であふれている。下駄箱で待っている俺は「人がゴミのようだ」そう思ったが口には出さない。その時、秋元が俺を見つけたみたいで俺に駆け寄る。そのまま人だまりへ突っ込み、校門を抜ける。
「いやー、ありがとね」
「そうか。なら住所を教えてくれ」
「は?・・・ストーカー?」
「違う。俺は君の住所を知らない」
「あ、そういう・・・。」
自信があるのはいいことだが、あられもない疑いをかけないでほしい。溜息をこぼしつつ秋元から聞いた住所をグーフルに打ち込んでいく。校門を出て左方向に進めと指示が出ている。俺たちはその通りに進みながら、雑談をこぼしている。
寄り道をせずにまっすぐ帰り、秋元の家へ着いた。彼女の家は普通の一軒家で、学校からも遠くはないといった距離だった。俺の家と同じ方向であり、ここから、俺の家まで十五分といったところだ。
「ありがとね、今日は。今度お礼させてね」
「いや、いい。お礼が欲しくて助けたんじゃないないからな」
「そう。じゃあ、また、今度」
「ああ、じゃあな」
短い言葉を残して俺は帰路についた。空は茜色に染まっており、いかにも夕方を表している。周りを見渡してみると、朝とは違った人たちが日常を過ごしていた。
あのまま、真っすぐ家へ帰った俺は風呂へ入り、夕飯を食べている。メニューはカレーだ。程よく切られている野菜を市販のカレールーを溶かして入れただけのカレーだ。
テレビのニュースを聞きながらカレーを食べている母を尻目に、俺もカレーを食べながらループのことについて考える。
(ループはこれで終了だよな。奇妙な体験だったが、なかなかに楽しかった)
それにしても、なんで俺はループしてんだ?まあ、秋元あかりを救うためだろうが、何故俺なんだろうか。ループ前は全く面識がなかったから俺が選ばれる理由にはならない。誰でもよかったのだろうか。ランダムで俺が選ばれただけか?いくら考えても無数の選択肢の中から絞り込むことはできない。情報がなさすぎる。俺は思考を打ち切り、ニュースに耳を向ける。
「次のニュースです。今日午後三時ごろ神楽坂市で殺人事件が起こりました。被害者は神楽坂高校の一年生、何者かが刃物で後ろから刺した模様です。警察では現在、鑑識含め犯人の聞き込みを行っています。また、詳しい情報が入りましたら随時報道いたします」
「正樹の高校じゃない。怖いわね~」
「ああ、そうだね」
物騒だな。秋元が死ぬループもあれば、別の人が死ぬループもある。まあ、俺の役目は秋元を助けることだ。もう、ループすることはないだろう。溜息が出るのを我慢しながらカレーを食べ進める。その時、ピロンとラインを知らせる音がなった。ご飯を食べるのを中断してラインを開く。行儀が悪いと言われるが、ラインが来たのを忘れて三日位放置して怒られたことがあるのだ。大目に見てくれ。
クラスラインからだった。内容は・・・は?水島瑞樹が死んだ?じゃあ、さっきのニュースは水島さんが死んだことになる。マジか。水島さんとはちょっとした縁があるだけに驚きが隠せない。あ、あと一回目で嘘告をしてフラれたこともある縁だ。
歯を磨き、布団に入る。あとは寝るだけだ。でも、まだ水島さんが死んだことが頭の中に残っている。まあ、誰かが死んだことをすぐに忘れられる人はいないだろう。身内なら尚更。なるべく頭を空っぽにするように努力し、就寝した。
「正樹!そろそろ起きなさいッ!」
寝ぼけた頭で母親の声を聞いた俺は・・・は?急いでスマホのカレンダーを開く。そこには、六月十二日と映ってあった。