第九十四話 暴食の愚者
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「反逆の騎士、そして愚者のアルカニック・ギア、討ち取ったぞ……ッ!」
キール皇帝のアルカニック・インペリアルに握られた軍刀が振るわれ、正典の乗る愚者のアルカニック・ギアは、その腹部を貫かれた。
皇帝はそこから引き裂いた装甲を抉るようにして一気に傷口を広げていき、広げられた傷口に皇帝機の腕を突っ込むと、その中からアルカナの棺を摘出した。
これにより、二十二基のアルカナの棺は、全て人類……それも同一勢力の手の内に収まったと言えた。
だが、アルカナの棺を手に入れたからと言って、戦いはまだ終わってはいない。
「ふ、ひひひひっ! 皇帝陛下も、存外甘いようでッ!」
そう言った途端に、正典の機体がまるで膨れ上がるかのようにその姿を変貌させる。
否。それは戦場に散らばるアナンタの獣や、スートアーマーの残骸に触手を伸ばし、自らの中へと取り込んだが故の結果だ。
そう、正典の機体はアナンタの使徒が、アナンタの獣とスートアーマーの残骸を元にして作り上げたモノ。アルカニック・ギアとは違い、アルカナの棺は機体の核ではなく、それを駆る人間を介して能力を行使させる為の付属物に過ぎなかったのだ。
キール皇帝は、その異変を感じ取った途端に機体を後方へと下がらせつつ、両肩の火砲で攻撃を加える。
だが、敵はその攻撃を受け止め、更に膨張と変異を続けている。その様子は、まるでエネルギーや弾体すらも吸収しているように見えた。
「なんと言う奴だ!」
触手が伸び、アルカニック・インペリアルの右肩を貫く。触手が装甲内で細かく枝分かれを繰り返し、皇帝機の右腕のコントロールを奪う。
キール皇帝はそうはさせるかとすかさずアルカニック・インペリアルの右腕を自切し、同時に右肩に残っていたキャノン砲の弾倉を自爆させた。
「くっ、皇帝機に傷を負わせるなど……」
悪態をつきながら、キール皇帝は不利を悟り全軍に後退を指示する。
下手に近づき過ぎると、それこそアレに取り込まれかねないからだ。
しかし、さっきまで正典だったモノがセントノヴァに魔手を伸ばすまで、そう時間は無い。
キール皇帝は、セントノヴァまで後退すると、すぐに他のアルカニック・ギアとその搭乗者を自分の下へ招集するよう、アガトラ軍へ指示を出した。
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吸収と肥大化を繰り返した正典の機体……フール・グラトニィと仮に名付けられたそれは、セントノヴァの十キロ手前で、ピタリとその成長を止めた。
いや、正確には成長スピードが著しく落ちたからこそ、止まったように見えているだけであり、徐々にではあるがその魔の手はセントノヴァへと伸びつつあった。
「飽和攻撃は、恐らく敵に餌を与えるだけだろう。これを如何にして無力化するかが問題だな」
セントノヴァ議会の会議室を間借りしての作戦会議。同時に、セントノヴァ市街地では進駐して来たアガトラ軍によって市民らの避難が進められていた。
「死神の鎌なら、相手を確実に殺せる筈だ。アルエ、手伝ってくれるか?」
「えっ、あ、うん。いいけれど、でも……」
一世の言葉に、アルエは返事の先を詰まらせる。
果たして、この状況で一世は人を殺せるのか。一度、アナンタの獣と化したリーテリーデンを手に掛けた事はあったものの、彼はこれまで人間に対しては不殺を通して来た。
正典とも幾度か刃を交えて来たが、いくら相手が殺人犯とは言え、それを理由に他者の命を奪う事はして来なかった。
果たして、今の一世は正典を救うつもりなのか、それとも殺すつもりなのか。
アルエはそこに不安を感じずにはいられなかった。そう、一世が「変わってしまったのではないか」という不安だ。
「核になっている正典を摘出した所で、アレが止まる筈も無い。核を中心にまた暴食を始めるに決まっている」
暴食。グラトニィと名付けられた由来でもある周囲の物質を取り込む性質を、一世はそのように分析し、傍らに立つジョウもまた、一世の分析を後押しするように語り出す。
「アナンタの獣の持つ対象を吸収し、再生を行う性質を極端に肥大化させた物のようです。今はアレの周囲に砂しかないので、出現時のような極端な変異は起きていませんが、それでも徐々にではありますが、グラトニィはその体積を増大させています」
「砂とは食い合わせが悪いんだな」
一世が言った。
「ええ。ノヴァの砂漠の砂は、言わばレイの抜けた出がらし。ですが、それでも物質である事には変わりなく、吸収に時間がかかるとはいえ、確実にアレは質量を増大させています」
そう言って、ジョウはセントノヴァの定点カメラが捉えた一時間前の映像と、現在の映像を比較するように並べた。
「やだ、大きくなってる……」
アルエの顔から、血の気が引いた。
「そう。このまま行けば、一日足らずで都市の東端部に到達。そこから再び成長するスピードが増大するだろう事は、想像に難くありません」
たちの悪い置き土産だと思いつつ、アルエは自分が切り札になるしかないと、改めて実感させられた。
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「二人とも、準備は、いいですか?」
「今は騎士団とノヴァ軍総出で首都の避難を行っている。撃破できなくても最低でも三十分、時間は稼いで欲しい」
二時間後。セントノヴァ東門の物見台に立ったジョウとキール皇帝からの通信が、一世の鼓膜を刺激した。
「こっちは、問題無い」
「同じく」
オルベイルの隣に立つ、セカンド・ザディスからアルエの声が響く。
フール・グラトニィに接近し、これを無力化するには死神のアルカナの棺の力が必要になると判断されたからこその人選だ。
それでも、アルエはまだ正典を「殺す」事に戸惑いを持っている。自分の手を汚したく無いという考えもあるが、それでもあの男は元は人間だったのだ。
その葛藤はほんの数時間で解消出来るような、簡単なものではない。
だが、同時にグラトニィを放置する事を、アルエは認めなかった。そんな事をすれば、セントノヴァは醜悪な青銅色の塊に飲まれてしまう。それを認めてしまえば、その後の人生は後悔に塗れてしまう事になると、心の中の自分が叫んでいる。そのような気がした。
やるしかない。
アルエはそう自分を奮い立たせ、この場に立っていた。
「ちょっと待った、俺も行くぜ」
「マルコ、どうして?」
「俺のウィルハンドの能力は、因果律操作。何らかの攻撃が入った時に、回避の補助は出来るだろう」
オルベイルとセカンド・ザディスの二機と共に、マルコのウィルハンドが強引に並び立った。
事態を静観していたジョウとキール皇帝は、少し困惑した様子だったが、その能力が状況をプラスに働かせるだろうとして、マルコの作戦参加を承認した。
「で、志願した本音は?」
一世が、マルコに聞く。
「レコーダーで知ったが、正典は皇帝陛下を愚弄した。それにゾリャー大陸じゃ、俺らの事も体よく利用した訳だからな。一発くらい殴らないと気がすまない」
「そんな事だろうと思った。けど、ありがたいよ」
「ああ、任せておけ。俺の幸運で、お前らに危険が及ばないようにしてやる」
談笑と、少しばかりの打ち合わせを終え、日の出と共に三人は各々の機体に乗り込み、今も膨張を続けるフール・グラトニィへと歩みを進めた。
「……頼むぞ」
キール皇帝は、敵陣へ向かう三人に、小さいながらもエールを送った。




