第九話 脱出
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オルベイルと一世、そしてアルエを確保したノヴァの部隊がコロニーから撤退してから暫く経ち、ネインは船着き場で夕日を眺めながら途方に暮れていた。理由はもちろん、一世とアルエが連れ去られる様子を遠くからとは言えただ見ている事しか出来なかった、その一点に尽きる。
「アニキ……」
あの部隊に連れ去られた二人の安否が気が気でないといった様子に、彼の祖父は隣に座り、顎髭を弄りながら尋ねる
「あの若者二人が気掛かりか、ネイン」
「あ、うん……あの二人、あんな凄い機体を動かして見せて、なのに砂漠についての知識が殆ど無いからさ。もし放り出されでもしたらと考えると不安でしょうがないんだよ」
ネインは頭を抱えながら、祖父に胸の内を告白する。
「まあ、あの少年の献身故に、ワシらに怪我人が一人として出なかったのも事実ではあるな……ネインよ、あの二人に恩義を返す気はあるか?」
「当たり前だろ!」
叫び声と共に今までに無い真剣な眼差しで自分をじっと見つめる孫の顔を見て、老人はやれやれ、と言いながら立ち上がり、自分がネインに与えたボロ船を指差す。
「ならば、今すぐに迎えに行け。あの軍艦はそう速度が出せん。お前さんの腕前ならば、半日とかからん内に追い付くじゃろ」
「いいのか?」
自分が軍に手を出せば、コロニーが報復される可能性も捨てきれない。
だが、老人はネインの頭に手を添え、彼に告げる。
「考えるに、あの指揮官の目当ては今回掘り当てたスートアーマーにある。ならば、彼奴はそれを奪われた場合血眼になって奪還を目指す筈じゃ。その間、このコロニーには手を出す余裕も無いじゃろうて」
あの軍艦がコロニーに見張りの一人も残さずに帰っていった事が、その証拠だと老人は言う。
それは、自分を拾い育て、砂の海を渡る術と機械知識を叩き込んだ男の言葉だ。彼の「読み」は今まで外れた事は無く、信じるに値するものなのだろうと、ネインはその言葉を信じて立ち上がる。
「うん、分かった。俺、行ってくるよ」
その言葉を祖父に送り、少年は育った島から旅立った。
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戦闘態勢の軍艦内を、敵に見つからずに脱出する。
それは、口で言う程簡単な事では無い。
ダメージコントロール班が被弾した区画を修復する為に忙しなく動き回っている。
戦闘員では無いにしても、一世達を見つければ保安要員を呼び出すくらいの事はするだろう。
それに、一世達の脱走は艦内に知れ渡っている筈だ。うかうかしてはいられない。
一世とアルエは被弾区画を避けながら、兵士と鉢合わせないよう慎重に艦内を進み、格納庫の入り口までたどり着く。
船窓の外では、修復の終わったフォウォレが二機、襲撃者を迎撃する為に出撃していた。
だが、艦の全神経が、襲撃者に向いている訳ではない。
キャットウォークの上から格納庫全体を俯瞰すると、整備兵が上半身の吹き飛んだ機体を何とか使い物にしようと怒号を交えながらも奮闘している。
オルベイルは、そんな彼らが奮戦している更に奥の区画に磔にされていた。
誰の目にも触れず、果たしてここを抜けられるのか。
否、考えている暇はない。
一世はアルエを連れてキャットウォークから降りると、手近なコンテナの影に身を潜め、そこからは物陰に隠れながら移動する。幸いにして、作業機械がけたたましい音を上げている中で、多少の物音で二人の存在に気付く者は皆無だった。
そして、二人は遂にオルベイルまで十数メートルという所にまでたどり着く。
「何とか、ここまで来れたか。ここからは一気に駆け抜けるけど、付いてこれるか?」
「バカ言わないでよね、アイドルは体力勝負の仕事なんだから」
軽口を叩きながら、一世はオルベイルの隣のハンガーで待機状態にある、尖塔を思わせる頭を持つスートアーマーに目を向けた。明らかに他の機体とは毛色の違うそれは、恐らくは指揮官用の機体であろうと当たりを付ける。そして乗り込むのは恐らく……。
「あの金髪軍人の機体か?」
「何してるの、置いてくわよ」
アルエがいつの間にか一世の前に立ち、彼をリードしていた。
負けるものかよ、と一世は彼女の背中を追い、格納庫を疾走した。
だが、「尖塔」以外にも気がかりなのは、あの群青色の機体だ。既に外に迎撃に出たのか、あの機体の姿は格納庫内の何処にも無い。
頭の隅で懸念事項を整理しながらも、一世はアルエと共に搭乗用エレベーターにたどり着くと、迷う事なく上昇スイッチを押した。
流石に、これには整備兵達も気が付いたらしく、すぐに艦のあちこちから格納庫に銃を持った保安要員がなだれ込んで来た。
「脱走した捕虜を確認した、これより攻撃する」
兵士の一人が二人に銃を向ける。
「馬鹿野郎、ここは格納庫だぞ。跳弾が弾薬やオイルに当たったらどうする!」
銃を構えた兵士に、整備兵の一人が叫ぶ。火気厳禁であろう整備用格納庫で、下手に発砲は出来ない。その事は、整備のプロである彼らがよく心得ている。
一世とアルエはそこに生じた僅かな隙を活用し、オルベイルに乗り込むとすぐさまコクピットを閉鎖した。
「ははっ! ここまで来ればこっちのものよ!」
今までの鬱憤を晴らすように、一世は機体を拘束する鎖を引きちぎり、その場から艦の側面に空いた穴へと跳躍する。
損傷箇所を覆っていた幌がオルベイルに絡みつき、まるでマントのようにはためいた。
外で野盗と交戦していたフォウォレは、突然の乱入者に混乱するしか無かった。一世はその混乱を利用して、フォウォレの一体に向けて膝蹴りを喰らわせる。
頭部装甲がひしゃげ、蹴りによって与えられた運動エネルギーは首関節を粉砕。支える物を無くしたフォウォレの首は、まるでボールのようにすっ飛んでいった。
「よっし!」
「脱出成功、ね」
コクピットシートの後ろに収まっていたアルエが手を出し、一世はそれに応えてパン、と手を叩く。軽快な音が、決して広いとは言えないコクピットの中で響いた。
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オルベイルの脱走により、戦場はリーテリーデンの部隊と野盗、そして一世による三つ巴の様相を呈する事になった。
当然、ノヴァの軍艦から出てきた謎のスートアーマーの存在を野盗が見逃す筈もない。徒党を組んだ三機のスートアーマーは、オルベイルに向けて銃爪を引く。
一世は、オルベイルの機体を左右に激しく、短い間隔で往復させる事でその狙いを逸らす。
前回の戦闘でも感じていたが、スートアーマーの火器管制は、どうやらそれ程精度が高いという訳ではないらしい。低ランクの機体は、数に頼った制圧射撃で命中率の低さを補うのが当然という考えなのだろう。
当然、激しく動き回るオルベイルに火線が掠る事も無く、内一機は狙いを付ける事すらままならない様子だった。一世はその狙いもままならない機体……キャノン砲を備えたリーダー機に狙いを付ける。
「機体に合わない装備を無理やり乗っけて、動きが悪いのか」
敵機の不調の原因を見抜き、ご自慢の大砲に光の杭を打ち込んだ。
光の杭は、威力を落として使えるらしく、一世はそれを最小限に留めて使う事にしていた。それでも、キャノン砲の砲身を蒸発させる程度には高威力である事は、紛れもない事実だ。
キャノン砲は被弾の衝撃でユニットごと機体から剥がれ落ち、その衝撃で本体であるスートアーマーは機能不全に陥ったらしく、その場で煙を吐きながらがっくりと膝を落とした。
「これで残る敵は三機……」
「ううん、違う!」
アルエがそう言って、背後を指差す。一世が機体を翻し、最早動かなくなって久しい軍艦の方を見やると、そこには猛スピードでオルベイルに突進して来る尖塔頭のスートアーマーの姿があった。
尖塔頭は、野盗の機体二機を一刀で斬り伏せ、一世達に向かって突っ込んでくる。
「貴様……最早許さぬぞッ! このピナクルの剣の錆にしてくれるッ!」
怒りを上乗せしたリーテリーデンの刃が、一世とアルエの乗るオルベイルに降り掛かった。