第八十三話 荒野にて
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ワステュルジ亜大陸の中心部に位置するクレジ山は、この地で最大の標高を誇る山であると同時に、この大地を作り上げた火山の一つであるという。
遥か昔、人造神……完全体であった頃のオルベイルとドゥクス・アナンタの戦いで放出されたエネルギーが地下のマグマ層を刺激させた。
結果として両者の戦いは、その通り道となっていた火山列島を、一夜にして亜大陸と呼ばれるまでの一つの島へ繋いで見せてしまったのだという。
「じゃあ、ここには温泉があるって事?」
火山というアイコンに、アルエが食い付く部分が別にあったのは、言うまでもない。
「あるには、ありますね」
アルエの質問に、ジョウはやや歯切れの悪い返答を以て答える。
「何か、含みがある言い方だな」
「ええ、火山という物は、それ自体が地熱発電のエネルギー源として活用される訳ですから、その近辺は重要拠点として立ち入りが厳しくなります」
「つまり?」
「温泉地はおいそれとは近づけない、という事です。それに、そういった場所は戦闘エリアになる危険性も高いので、どちらにしてもゆっくりしている余裕は無いです」
ジョウの返答に、アルエはがっくりと肩を落とした。
確かに息抜きも必要かもしれないが、そんな事で時間を浪費している暇は無いというのが、ジョウの考えだろう。
ともあれ、そうこう言っている間にも一行は歩みを進める。そして、目的地に近づく毎に日も傾いていき、やがて、陽光が山の向こうへと完全に没するか否かの瀬戸際にまで達していた。
「今日は、ここまでですね。順調、順調」
ジョウはそう言って、キャンプの準備を急ぐ。
しかし、ここは見晴らしの良い荒野のど真ん中。場所が場所だけに、野盗や野獣に襲われる心配がある。
その為、夜は見張りを立て、二時間ごとに交代しながら休息を取る事になった。
ジョウは未来予測を根拠に「その心配は無い」と言うが、一世とネインは「過信は禁物」と口を揃えて彼を見張りの一番手へと推した。
「機体に乗っているとは言え、歩きっぱなしは流石に堪えるなぁ」
「そうですよ。せめて一時間から二時間に一回は休憩を入れてもらわないと」
一世とネインが、ジョウの方針に不満を漏らす。
どうにもこの男は、他人を利用する事に長けてはいるものの、共に歩む事には慣れていないようだ。
と言うよりも、未来予測で垣間見た未来に執着し、固執しているようにも見て取れると、一世は思う。
ともあれ、今後に備えて疲労の貯まった身体を休めつつ、テントで決して長くはない仮眠を取る事にした。
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久方ぶりに、あの夢を見た。
この世界に来て、初めて見たあの夢。光り輝く機体と、異形の軍勢との戦い。
ジョウから情報を得た今の一世には、それがアルカナの棺を全て揃えた完全なるオルベイルと、アナンタの軍勢との戦いの記録であるとすぐに理解する事が出来た。
オルベイルの前に、巨大な、あまりにも巨大な翼と、そこから生える六本の腕を持った白き異形の王が立ち塞がる。
一世は、それがドゥクス・アナンタだとすぐに理解した。
オルベイルの何百、何千倍とも言える質量を持ったそれは、まさに壁。当然、その質量差の前にオルベイルは成す術なく弾かれ、ある惑星の地表へと激突する。
惑星に三つあった衛星のうちの一つが、その際の衝撃で砕かれ、それに巻き込まれた世代宇宙船が数隻、バラバラになりながら隕石とともにその星に降り注いだ。
これだけでも、相当な天変地異であるにも関わらず、遅れてドゥクス・アナンタがオルベイルの墜落した星へと降臨する。
その大きさ故に、大気の気流は乱れ、ドゥクス・アナンタの周囲に雷雲が随伴する。
何とか身体を起こしたオルベイルは、一息つく暇もつかず、惑星環境下に降り立ち多大な影響を及ぼす破壊の化身に再び戦いを挑んでいった。
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「アニキ、交代の時間ですよ」
「ん、ああ分かったよ」
ネインに起こされ、まだ重い瞼を何とか開きながら、一世は焚き火の前に腰を落ち着けると、先程まで見ていた夢の事を思い出す。
一世の見た夢が事実ならば、オルベイルは地表に激突した際に左肩の装甲を脱落させていた。つまり、あそこで自身の身体の一部を切り離された、という事になる。
ならば、あの場所がメアリ達が向かうというグラウンド・ゼロなのだろうか、と記憶と知識を照らし合わせながら考えた。
そして、気になった点はもう一つ。
ドゥクス・アナンタの巨大さだ。
あれだけの巨体を滅ぼしたとして、果たしてその亡骸は何処に消えたのかという疑問が残る。
この世の中の物質は、水が水蒸気に点じるように、一見姿形が消滅したかのように見えても、実は別の形になって存続し続けている。
ドゥクス・アナンタも、物質世界の存在であればその法則からは逃れられない筈だ。細胞の一つ一つがアナンタの獣へと転じたのだろうか、とも考えるが、果たしてそれが正しいのかすら、疑問に思えて来た。
ともかく、そういう問答は後でジョウとする事にしようと、一世は焚き火をかき混ぜながら、周辺に目を配らせた。
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メアリとドギーは、ギルド所属のサルベージ船をかき集めた船団を率いて、グラウンド・ゼロ海域へと向かう算段を立てていた。
意外だったのは、スヴェントヴィトからキール皇帝自らが船団の一員として参加した事だった。
「最寄りの寄港地としてアガトラが最適ならばならば、我が居れば何かと都合が良い筈だ」
「けれども、大丈夫なんでしょうか。その、国を留守にしても?」
ちらりと、メアリはキール皇帝の後ろに控えるチャリスとペンタルクに視線を移した。
更にその後ろには、ワンドとブレイズが控えている。
筆頭騎士団長と皇帝が、揃って国を留守にする。これはスヴェントヴィトにとって前代未聞の事態だ。
しかし、今はそれが些事に思える程、事態が逼迫しているのだと、キール皇帝は語る。
むしろ、アガトラとの折衝を行い、アルカナの棺を滞り無く回収する事こそが急務であるとまで言ってのけた。
メアリ達も、キール皇帝の言葉に「確かにその通りだ」と納得するが、そこには自国の民を護る為に多くの人間を見捨てようとしたキール皇帝自身への贖罪が含まれている事を、彼女達は知らない。
「陛下、海中より接近する物体あります」
筆頭騎士の一人、教皇の棺と適合した老紳士が、キール皇帝の前に傅き、船団に向かってくる何者かの存在を知らせた。
フランシスクの連帯管制能力が、船団のレーダーの情報を彼に齎したのだ。
正体不明の存在の接近を知り、どのように対処するか、キール皇帝は試案する。
「ここは、陛下が御出陣されるまでもありません。我々にお任せを」
「筆頭騎士団長として、この船団に敵を一匹たりとも近づけさせは致しません」
そう言って、ワンドとブレイズの二人が、名乗りを上げた。
キール皇帝は暫く考えた後、二人に接近する物体の対処を命じる。
ワンドとブレイズは、深々と頭を下げると、すぐにサルベージ船に搭載していた自分達の機体へと駆け出していった。
「あの二人はまだ若い。それに、水上戦は不慣れです。ここは、我らがフォローに入るべきと考えます」
ペンタルクが進言し、キール皇帝はそれを承認し、チャリスと共に援護を行うよう下命を下した。




