第八十二話 ワステュルジ亜大陸
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ワステュルジ亜大陸。
それはスヴェントヴィト帝国やペラウン樹国を擁するゾリャー大陸の南に位置し、そこから東に位置するノヴァ大陸へ向かって伸びている島だった。
島といっても、亜大陸と呼ばれるくらいなだけあってその面積は広い。ここを世界で最小の「大陸」と見るか最大の「島」と見るか、未だに地理学者達の間で意見が割れている程だ。
そして、それと同時にこの地は複数の勢力がモザイク状に散らばる、世界有数の紛争地帯でもある。
国や共同体が集合と離散、吸収と分裂を繰り返しては争いを続けている、戦争の見本市。
幸いにして、ここでの紛争の数々は、ワステュルジの中だけで完結しており、ゾリャー大陸にまでその戦火が拡大した事例は一度も無い。
だが、ワステュルジと地続きになっている東側……ノヴァ大陸はそうはいかない。
ワステュルジに隣接するアガトラ王国は長らくノヴァとの戦争状態にある。スヴェントヴィトは東と西からの挟撃を避け、ノヴァとの戦いに集中させる為に、この亜大陸の親アガトラ派を積極的に支援し、彼らをワステュルジの東端に集結させた。
軍事国からの支援は人を呼び込み、やがて膨れ上がった人員によって生まれたのが、「東端連合」と呼ばれるこの亜大陸で一際大きい連合国家だった。
東端連合はアガトラの盾であり、来たるべきワステュルジ平定の為の矛として、今もこの地を守り続けている。
そして、その東端連合の保有する港に乗り付けた、紅い船の存在が、そこを行き交う人々の注目を集める。
「あれは、赤カモメ号だ」
「ベンスだ……」
「ベンスが来たのか!」
人々は、その船……赤カモメ号の存在を認識すると、口々にその所有者の名前を囁いた。
この港において、赤カモメ号とその船長であるベンスの評判は上から下まで様々だ。それは、ベンスがそれだけ多種多様な仕事に手を染めてきたという証左でもあり、故にに彼に声を掛けられるのは、それだけの度胸や力を有する人間だけに限られていた。
そして、そんな腕利きによって運ばれて来たものが何であるか、彼らの興味はその一点に注がれている。
「ようやく到着っすか」
「また海の上で襲われるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたわね」
「まあ、今回は厄介なストーカーが居るわけじゃ無かったからな」
「そのストーカーも、あなた方が既に撃退していますけれどね」
カーゴから五人の若者達が下船する。
一世とアルエ、シイナとネイン。そしてジョウ。
しかし、ベンスは彼らと、彼らの私物を下ろしたのみで、それ以外の荷物は何も下ろさず、そして港で荷物を受け取る事もせず、また別の仕事があると言って赤く塗られた船と共に去っていった。
ベンスによって運ばれて来た五人組。彼らが何者であるのか、その場に居た全員が注目していたが、しかし彼らも港の仕事で糧食を得ている身。
自分の仕事を止める訳にもいかず、やがて彼らに対する注目も、時間の経過と共に薄れていき、五人組もまた人混みに紛れ、その場から姿を消していた。
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「このワステュルジは、元々アナンタの獣が跋扈する流刑地だったと言われています」
「また、物騒な歴史がありそうだな」
「ええ、実に物騒な歴史の上にこの地は出来上がっています」
街外れの谷でジョウが閉鎖空間から各々の機体を取り出しつつ、今自分達のいる亜大陸について解説を始めた。
彼の言う所によれば、この地でアナンタのテリトリーを除去する実験を行い、その為の装置の設置と護衛を目的として、囚人達を用いていたのだという。
実験の結果、土地が痩せる代わりにテリトリーの九割無力化する実績を残してみせたが、土地を疲弊させる性質上、積極的に使用出来ないという結論に至ったという。
そして、この地には残存するアナンタの獣と、囚人達の子孫、そして痩せ細った大地だけが残される事になった。
そして、利用するだけ利用して作物も禄に育たない土地を与えられたと考える者達が出てくるのも当然の流れであり、そこに限られた物資の奪い合いが加われば、あとはズルズルと堕ちていくだけ。
辛うじて地下資源を採掘し、加工し、輸出する術を身に着けた者達はそれによって富と権力を手に入れたが、それを独占する事で歪んだ支配構造が生まれ、それがまた争いの火種となる。
そうやって連綿と続いた怨嗟の一端を、スヴェントヴィトはようやく平定して見せた、という訳だ。
「スヴェントヴィトがこの東端を平定したのが、およそ三十年前。国と言えるのはここを入れて数箇所程度しかありませんし、国境も曖昧です」
そういった空白地帯に、様々な勢力が生まれては消えてを繰り返しているのがこの地なのだと、ジョウは言う。
「そして、アルカナの棺は、ワステュルジの中央、クレジ山にあると言われています」
ジョウが、西に位置する一際高い山を指差す。
分かりやすい道筋ではあるが、問題はそのクレジ山が東端連合の勢力圏の外側に存在しているという事だ。
「東端連合の勢力圏外では、治安の保証はありません。用心して進む必要があります」
「とは言え、安全な道筋は分かっているんだろ?」
ジョウが一世達を脅かしているのだと言う事を、本人達は理解していた。
既に幾つもの山場を乗り越えて来た彼らには、その手の冗談は通じないのだと、ジョウは理解しつつ今後のスケジュールを一世達に伝えた。
それは、未来予測を行った上での日程だが、道中のコミュニティでの補給すら極端に切り捨てた強行軍にも等しい物だった。
とは言え、アルカニック・ギア五機による移動かつ、食料品などはジョウが閉鎖空間に仕舞い込んでいる為、完全なブラックとまでは言わないのだが。
ここまで、一世は忘れかけていた。この白髪の男が、そもそも効率を最優先する人間であったという事を。
「それでは、クレジ山までの旅、張り切って参りましょう」
久方ぶりのフィールドワークにテンションを上げるジョウに対して、一世達はやや気分が乗らない様子だった。
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ワステュルジ亜大陸の、北西部。
辛うじてゾリャー大陸との陸路が存在するその地に、まるで活力を失ったかのような表情の男が一人、足を踏み入れた。
「くそっ、くそっ! 何で俺がこんな所にまで来なけりゃならないんだ……俺は、俺は騎士だったんだぞ!」
過去の栄光に縋るその男は、間違いなく古城正典、本人だ。
彼は、最早社会的地位を失った、ただの逃亡者に成り果てていた。
それもそうだろう。
元々条約違反によって騎士の身分を剥奪された上に、和平の象徴に攻撃を仕掛けたのだ。指名手配されても、文句は言えないし、ゾリャー大陸に最早彼の居場所は無い。
故に、スヴェントヴィトの手が完全に及んでいないワステュルジへと落ち延びるのは、当然の流れであった。
北西部は、どちらかと言うとギルドの影響力が強く、ワステュルジから輸出される地下資源を、ゾリャー大陸に運ぶ鉄道網が整備されていた。
正典は、これを使ってワステュルジへと密入したのだ。
「後は、ほとぼりが冷めるまで、ここの中央部に隠れてやり過ごす……だが!」
必ずこの地で成り上がり、そして自分をこのような立場に貶めた者達に復讐する。正典は心の中でそう強く誓いを立て、鉄道のステーションを後にした。
しかし、彼は未だに自覚していない。
自分がこのような場所に落ち延びたのも、社会的地位を失ったのも、何れも自らの行いから起きた物であるという事を。




