第八話 異人
○
ノヴァ軍の部隊により囚われの身となった一世とアルエは、そのままコロニーを攻撃した軍艦に連れ去られた。
オルベイルは鎖によって雁字搦めにされた上で、格納庫の最奥部に封印されたかの如く鎮座され、それに乗っていた一世も、脱出する隙もなく身柄を取り押さえられた。
「ぐぁ……ッ!」
窓も無い薄暗い部屋の中で両手を拘束されたまま、一世はリーテリーデンによって顔を殴りつけられ、床に倒れ込む。
軍艦に連れ込まれた彼に待っていたのは、尋問という名の暴力だった。
「この程度でへばって貰っては、困るな。お前にはまだ聞きたい事が山程残っているのだから、な!」
そう言って、倒れた一世の髪を引っ張り、頬を叩く。
「さあ、言え。あの機体は何処で手に入れた?」
「さっきから言ってるだろ、遺跡で見つけたってな。ここから西にある遺跡だよ」
喋る度に、鉄の味が口の中に広がる。これ程までに痛めつけられたのは、恐らく生まれて初めての事だろう。
この世界がいかに厳しいか、それを改めて実感させられた。
「フン。まあどの道、お前の機体は我が軍が接収する。棺を有するアルカニック・ギアの戦力は我々が最も欲する物なのでな」
棺にアルカニック・ギアと、次々と知らない単語を浴びせかけられる。
しかし、朦朧とする意識の中で、それがどのような意味を持つ物なのかを理解する事は、今の一世には難しかった。
○
「あ、気が付いた?」
目が覚めると、視界の前にアルエの顔があった。
全身に痛みが走り、身体を動かせない。だが、そんな状況で分かることはあった。
「アイドルの膝枕ってさ、こうでもしないと味わえないもんなのか」
「……ッ!」
その言葉に、アルエは顔を真っ赤に染め、感情のまま一世の頬をひっぱたいた。
「いや、怪我人を介抱してくれるのは有り難いんだけど、寝覚め一番に頬を叩くのはやめてもらえませんかね」
「つい、かっとなった。こっちこそ、ごめん」
二人が閉じ込められているのは、鉄格子の嵌められた牢獄。当然、これも軍艦に備えられた設備の一つだ。
窓から見える日の向きや傾き方から、艦はどうやら西に向かっているらしい。
恐らくはオルベイルを基地に運ぶ為だろう。それに、一世が艦に与えたダメージも、決して小さい物ではない。
だが、彼が気がかりなのは他にある。
「なあ、棺ってなんだと思う?」
「何よ、いきなり」
背中を鉄製の壁に預け、一世は口を開く。ひんやりとした感覚が、背中の傷を刺激する。
「あいつらの隊長が言ってたんだよ、オルベイルが棺を持った何とかギアだって」
「……そんなの、私にわかる訳が無いでしょ。でも……」
「でも?」
コロニーでの兵士達の様子を思い出しながら、アルエは思考を纏め、現状で理解出来る事を言葉にした。
「オルベイルが、あいつらにとって特別な機体だって事は理解出来る」
アルエの返答に、一世は短く笑う。それはネインの祖父が既に導き出して一世に伝えた事に他ならない。それに、彼自身、尋問の末に機体について色々問い質された身だ。
「やっぱり、そういう流れになるよなぁ」
現時点で、二人に与えられた情報は余りにも少ない。加えて、彼らはリーテリーデンに「異人」と見做され、他国からのスパイである嫌疑もかけられている。
状況は最悪。ここから逃げ出せた所で、お尋ね者になるだけだ。
一世は頭を抱えながら、その場でゆっくりと横になった。
鉄のひんやりとした感触が、腫れた頬の傷を刺激した。
○
装飾が施された調度品が並ぶ執務室で、リーテリーデンは捕虜の二人から取り上げた私物を物色していた。
財布に生徒手帳、ハンカチにポケットティッシュ、そしてスマートフォン。
財布とハンカチは用途こそ分かれども、しかし財布に収められた通貨と紙幣はどこの国の物でも無く、手帳に書かれている言語も未知のものだ。
スマートフォンも電源が飛んで起動出来ない為、リーテリーデンにとってそれがどの様に使われる物なのかすら認識出来ないでいた。
「奴らは本当にスパイなのか……?」
押収した物品を眺めながら、そのような疑問が彼の頭を過ぎる。が、すぐにその考えを払うように首を横に振って否定した。
「いや、スパイか否か、そこは重要ではない。市井に異人が入り込み、未知のスートアーマーを動かしていた。この事実があの二人を敵たらしめる。今はそれでよかろう」
「それがお前の答えか」
「……!」
背後からの声に、リーテリーデンは椅子から転げ落ちるようにその場から離れ、やや不格好な体勢で銃を声の主に向けた。
が、その姿を確認すると、すぐに拳銃をホルスターへしまい込む。
「何だ、貴様か」
リーテリーデンの視線の先には、ローブと仮面で素顔を隠した女の姿。
しかし、彼女の興味はリーテリーデンには向いておらず、執務机に並べられた物品に集中していた。
「……あの二人の持ち物か」
「ああ、身分証らしき物を携帯していたが、生憎とそこには未知の言語が記されていてな。解読も数日はかかるだろうと……」
「なるほどな」
仮面の女は生徒手帳を手に取り、そこに記された名前と、貼り付けられた写真を一瞥する。その後、手帳を元あった場所に戻す。
「貴様の情報があったからこそ、棺が手に入った事は感謝している。しかし、協力者だからとその態度は頂けんな」
「……勝手に部屋に押し入った事には詫びよう。だが、お前の苦難はまだ続くぞ」
女はそう言って、出口へと踵を返す。
リーテリーデンは彼女の言葉に「何の事だ」と問おうとその後を追うが、廊下に仮面の女の姿は無かった。
そして、次の瞬間。彼女の予言した苦難が訪れる事になる。
○
突然、轟音と共に艦全体が、激しい振動に見舞われた。そして、それから秒と経たぬ内に、艦内にけたたましい音量で警報が流れ出す。
すぐに何事だ、と一世は看守に問いただすが、「知らん」と返された。
「ねえ、アレ見て」
窓の外を眺めていたアルエが、砂丘の上を指差す。狭い鉄格子付きの窓から顔を覗かせ、一世はアルエに言われた地点を凝視する。
陽炎に揺らめく大気の向こう側、西の砂漠に沈みかけた太陽を背に、小さい人影らしきものが辛うじて認識できた。数は三つ。
その内の一つが、先端から煙を吐く筒のような物を背にしていた。恐らくは長距離砲撃用のキャノン砲か。
「この軍艦が戦ってる国の奴らか?」
「いいや、あれは野盗だ」
背後からの聞き慣れぬ声に、一世はすぐに声の主の方に向きなおる。そこには、見るからに怪しい仮面の女の姿。
「お前は……」
初対面である筈なのに、一世は何故か目の前の女と、先刻自分を無力化した群青色の機体が被って感じた。
「この艦はじきに沈む。その前にここから逃げるんだな」
「な、お前は俺達の敵じゃないのか!?」
そう言って女の前に詰め寄ると、一世はその背後で伸びている看守の姿に気付く。
仮面の女は、一世の胸に二つの包み紙と牢の鍵を押し付けると、一歩下がってこう言った。
「もう一度言う。この艦はじきに沈む。お前達はその前にあの機体に乗って脱出しろ」
「おい、待て!」
ローブを翻しその場を後にした仮面の女の姿を、牢獄から追う事は適わなかった。
「何なんだ、あいつは……」
「ねえ、その包み紙の中身って」
アルエに言われ、その中身を確認すると、押収された筈の二人の私物が入っていた。
それを確認し終えると、一世はすぐに牢の鍵を開けた。
「急ごう。時間が無い」
一世とアルエは、すぐにその場から駆け出した。向かうはオルベイルの封じられた格納庫区画だ。