第七十二話 復活
○
「皇帝が最前線で戦ってるのか?」
デモ隊の正門突破と、アナンタの獣の襲撃のダブルパンチによって混乱の只中にある帝国府の内部へと潜入した一世は、誰も居なくなった兵士詰め所に忍び込み、軍服を拝借しつつ世界のアルカナの棺が保管されている場所に関しての情報を探っていた。
その中で、目ぼしいポイントは二つに絞られる。
玉座のある謁見の間と、通称「アーカイヴ」と呼称されている地下の保管庫だ。
「だったら、鬼の居ぬ間に何とやら、だ」
そんな状況下で、皇帝不在の報せを知ったのであれば、謁見の間へと向かうは当然の流れだと言えた。
にやりと笑いながら、一世はヘルメットを被る。
謁見の間、とは言うものの、その実態はある意味で兵器格納庫のようなモノだ。
神殿のような佇まいの施設には、皇帝機とその親衛機が座する為のスペースが設けられ、中世の城が巨人サイズにまでスケールアップされたような様相を呈している。
だが、そこに在るべき機体は、護衛と共に戦地の只中にあり、ある種の寂しさを醸し出していた。
そして、一世が求めていたモノは、玉座の正面に文字通り浮いていた。
「あった、オルベイルの棺……ッ!」
謁見の間に踏み入った一世は、棺の存在を認めると、一目散に駆け出した。
だが、皇帝不在という状況下で、政を執り行う場に侵入者が現れる事を、果たして帝国側は想定していなかっただろうか。
結論から言おう。答えは「ノー」だ。
一世が玉座へと続く一本道の、丁度中間点に差し掛かった時。謁見の間に銃声が木霊した。
「スナイパー……?!」
放たれた弾丸は、一世の足元に弾痕を残しているが、彼の身体には傷一つ付いていない。
そう。スナイパーの目的は、一世の足止め。そして、それを行うよう命じていた人物が、柱の陰から姿を現す。
「全く、ここにお前のような奴がやって来るとは、夢にも思わなかったよ」
「マルコ……」
一世は眼前の騎士の名前をつぶやきながら、戦闘になるであろう事を見越して身構える。
「すっかり嫌われたな。だが、今の俺とお前は敵同士。当然、そうなって貰わなきゃこっちも困る」
腰に下げた剣を抜き、その切っ先を一世に向ける。
この男はやる気だと一世は理解し、軍服と一緒に拝借してきた軍用カトラスを鞘から抜き、構えた。
「ほう、やる気か?」
「勝たなきゃ、この先に進ませないってんだろ?」
「その通りだ。ポーロ、手は出すなよ。これは俺と一世の戦いだ……ッ!」
遠方から銃を構える相方に手出し無用を告げると、マルコは一世の懐へと踏み込んだ。
「速ッ!?」
下段からの斬り上げを、一世は咄嗟に後ろへ下がり回避した。
しかし、着地のタイミングを見誤り、思わず尻餅をつく。
一世は、これまでオルベイルで様々な死線を乗り越えてきた自負がある。だが、それは機動兵器に乗ってこそ得られたモノであり、生身の戦闘経験は、数える程度しかない。
その上、彼はこれまで剣を握った経験も無いのだ。剣道のルールこそ知っているものの、それに見合った身体の動かし方を、一世は持ち合わせていない。
オルベイルに乗っていた際、エクリプスの太刀を扱った事はあるものの、それはエクリプスに乗るシイナの補助によって扱う事が出来たのが実情だ。
対して、向こうは訓練を積んだプロ。しかも世界有数の軍事国家で、その最高戦力たるアルカニック・ギアの一機を任されているエリート中のエリートだ。
果たしてこの相手に生身で勝てるのだろうか、という不安に苛まれながらも、一世は再度カトラスを構えた。
マルコが剣を振り下ろし、一世はそれを刃で受ける。
刃と刃がぶつかった衝撃が、剣そのものを震わせ、その衝撃が一世の身体を伝って地面に吸収された。
指が、掌が、それまで感じたことの無い痛みに悲鳴を上げる。
下手に力を抜いたら、間違いなく衝撃で剣を手放し、一世の命も無かっただろう。
「どうしたどうした? そんなもんじゃ俺には勝てないぞッ!」
そう言って、マルコは立て続けに剣を振るう。その剣筋には全く迷いがなく、そして一撃一撃が重い。
度重なる衝撃に、カトラスの刀身が歪み、綻ぶ。指の痺れが増していき、柄を握る握力が、次第に弱くなっていくのを感じた。
「これで終わりだ」
そう言って、マルコが剣を大きく振り上げる。とどめを刺すつもりだと、一世はすぐに理解する。
だがそれと同時に、一撃に込めたモーションの大きさが、一世を勝利に導く。
剣が振り下ろされるよりも早く、一世はマルコの足元へとしがみついた。
刃が一世の頭をかすめ、ヘルメットを弾き飛ばすが、マルコの剣が再び振り下ろされるよりも先に、マルコは一世のタックルを喰らい、ダウンする。
「こいつ……!?」
「今ッ!」
マルコが起き上がるよりも先に、一世は全力で駆け出す。ポーロの放った弾丸が頬を掠めるが、そんな物に構いはしない。構っている暇は無い。
右手が棺に触れ、そして光が溢れた。
○
一世は、当人は自覚していないものの困っている人を放っておく事が出来ない性質の人間だった。
そもそも彼がこの世界に誘われた原因も、アルエを助けようとした事に起因している。
とは言え、彼は誰でも彼でも手を差し伸べるような人間ではなく、自分の手が届く範囲の人間に助け舟を出す事を徹底していた。
しかし、この世界に来てオルベイルを手に入れ、ジョウに世界を救うように言われた事が、その心情を変えた。
自分の手が、際限なく何処までも引き伸ばされたのだ。
そして、そこに積み重ねられる様々な事柄が、彼から余裕を奪った。そこに言い渡された、スヴェントヴィトとギルドの戦争。それを防ぐ為にスヴェントヴィトへ向かった事で敗北した事で、彼の芯は折れたと言っても良かった。
だが、だからと言ってこのままでは立ち止まれない。何もしなくても世界は滅ぶ。
ならば、行動するしかない。
何処までも届く手を持たされたのであれば、その手で誰も彼もを救う。
なってやろうじゃないか、英雄って奴に。
その決意が、一世に新しい力を与えた。
○
帝国府から溢れ出した光を、雪原で戦う全ての者が目撃した。
ある者はアナンタの獣の攻撃かと不安を顕にするが、しかしその考えは、全軍に伝播する前にキール皇帝の一喝によって鎮められる。
「狼狽えるなッ! 各々はやるべき事を成せッ!!」
そのたった一言で、スヴェントヴィトの兵士達は与えられた命令通りに事を成す。
一方で、キール皇帝は帝国府から溢れ出た光の柱……正確には、その中に潜む敵を睨みつけた。
「……来るか」
光が晴れ、そこから真紅の機体が姿を表す。
オルベイル。
だが機体の各部には、これまでに見られなかった黄金の装飾が施されており、以前とは印象を異にしていた。
機体が蒼く輝き出し、機体の変形が始まる。
腰部が回転し、そこに接続されていたスタビライザーが脚部に接続され、肩部のブースターが鎧のように腕部に覆いかぶさる。躯体が一回り大型化し、臨界形態への変形が終了すると、オルベイルは人と同じく二つに並んだ眼でキール皇帝を……否、アルカニック・インペリアルを見下ろした。
「くくッ……! こちらを見たか」
キール皇帝はそれに恐怖を覚えるどころか、思わず笑みを浮かべる。
その様子は、まるで宿敵の復活を待ち望んでいたかのよう。
「お前を倒し、皇帝機こそが最強である事を再び示すッ! 支配結合ッ!」
チャリオットが転じた白銀の槍を手にし、フランクシスの外套を纏う。そしてイヴルの翼を背負い、イシスの冠を備えた完全武装した状態で、キール皇帝のアルカニック・インペリアルがオルベイルに向けて飛翔した。
「再結合ッ!」
対するオルベイルも、その合体コールと共に戦場に潜伏していた仲間と、己の取り込んだ棺の力を一つにする。
右腕にエクリプスの太刀が装着され、正義の棺が作り出した鉄槌とセカンド・ザディスの鎌を、オルベイルの背中に結合したストレンガスの巨腕が手にする。
左腰にタワーランチャーが接続され、こちらも完全武装が完了した。
「行くぞッ!」
キール皇帝が叫び、同時にアルカニック・インペリアルがオルベイルに向けて白銀の槍を構え、突貫した。




