第七十一話 数のチカラ
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「このままじゃ、正面突破は無理か」
ザリアーナと別行動を取る事になりながらも帝国府の前まで辿り着いた一世は、その正面入口で行われている大規模なデモに巻き込まれ、立ち往生を余儀なくされた。
デモ隊を構成しているのは大半が貧民層の住民達で、大声を張り上げながら自分達の労働環境の改善を訴えている。
「労働環境の改善を!」
「賃上げだ! 賃上げ!」
その主張から、彼らが地下鉄トンネルの補修工事など、日雇いで使い潰されている人々だという事に一世はすぐに気付く。
だが、貧民層の人間がどのようにしてこの帝都の、しかも政治の中枢にまで集まる事が出来たのか。
一世はそこに微かな違和感を覚えた。
その一方、帝国府正面に控える警備部隊はそれを慣れた様子で誘導し、デモ隊の侵入を防いでいる。
とは言え、警備部隊もデモ隊も、今まさに帝都の外にアナンタの獣が群れを成して出現した事など、知る由も無い。
それもこれも、彼らが地下都市という特殊な環境下に居るからこそだろう。外界から隔離され、階層ごとに区分けされたその構造は、情報操作を行うのに都合が良いのだ。
しかし、そんな事は今は関係無い。一世にとって目下の問題は、どのようにしてこの場を切り抜けるか、というただ一点のみだ。
「どうやって忍び込むかを考えないと、な」
衆目の中で唯一人、塀を乗り越えて帝国府へと乗り込めば、それこそ不用意に注目を集めてしまう。隠密行動とは、目立ってしまっては意味が無い。
しかも、自分が要注意人物であろう事は、ここの警備部隊にも伝わっている筈だ。
だが、警備を掻い潜り塀を乗り越えようとする輩が現れた事で、一世の心配は露と消えた。
更に、警備部隊よりもデモ隊の参加人数が圧倒的に多かった事が、状況を一世の有利に動かしていく。
デモ隊が警備部隊を押しのけて正門を突破し、帝国府へとなだれ込む。
鎮圧の為に出てきたスートアーマー部隊も、デモ隊が持ち出した作業用スートアーマーが抑えにかかる。
警備部隊は、彼らの行動の早さに対応が追いつかない様子だった。
それほどまでに、貧民層の帝国への反感が強いのかと考えるが、行動があまりにも計画的であり、その裏に何らかの意図が見え隠れしているようにも感じた。
とは言え、これで帝国府へ潜入する光明が見えたのも確かな事実だ。
それと共に、数の力というのは凄まじいものだと、一世は改めて実感させられた。
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数の力というのは凄まじいものだと、シイナは改めて実感させられた。
アナンタの獣は続々とその数を増しており、スヴェントヴィト帝国軍も侵攻を抑え込むのに手一杯になっていた。
シイナも、帝都にいる一世達を守る目的でそれを陰ながらに支援しているが、それでも限度は存在する。
むしろ、シイナの乗るエクリプスを目撃しても気に留める余裕をスヴェントヴィト側に与えない程までに、アナンタの獣の数が膨れ上がってしまっていると言えた。
このままでは、戦線が崩壊するのも時間の問題。
そう思った矢先に、この状況を打破する為の駒が、最前線に投入される。
「あれは……エイレーネーか」
恐らく皇帝の支配下に置かれたであろう、女神を思わせる外観の機体が、雪原に姿を現した。
そして、エイレーネーが腕を天に伸ばすと、その場に無数のスートアーマーが出現。それらは一糸乱れぬ統率によってアナンタの獣へと攻撃を仕掛け、一気に旗色を塗り替えていく。
危ういバランスで成り立っていた拮抗状態が傾き、スヴェントヴィト軍はエイレーネーの存在に困惑しながらも、反撃に出た。
無人にして無尽の軍勢の最後方に陣取るエイレーネーの隣に、皇帝機アルカニック・インペリアルが並び立つ。更に、その周囲には筆頭騎士団らのスートアーマーとアルカニック・ギアが控えている。
「皇帝機……?」
「皇帝陛下が、この戦場に……」
「筆頭騎士団もいるぞ!」
事実上の帝国の最高戦力。
その存在は、当然のように兵士達を鼓舞し、士気を底上げさせる。
ある者は皇帝への忠誠心の高さから。あるいは、皇帝を最前線に赴かせてしまった己の不甲斐なさから。
「兵士達よ、奮起せよ! ここが正念場となる! 女帝のアルカニック・ギアの生み出した軍勢と共に、アナンタの獣を殲滅せよッ!」
キール皇帝のその言葉が、兵士達に火を付けた。
だが、士気を上げた所で、彼らは無闇に突撃する訳ではない。
エイレーネーの生み出した無人機との連携。時に無人機を囮として使い、またある時はお互いに敵を挟撃し、人的・物的被害を最小限に抑えながら的確に、そして瞬く間に敵の数を減らしていく。
前衛の機体がアナンタの獣を組み伏せ、動きを封じた所に砲撃が加えられ、着弾の瞬間を見て前衛がその場から離脱する。
その動きが統一された意志の下に成されているのは、全体を俯瞰すれば一目瞭然だ。
「これが、皇帝の棺の支配能力か」
シイナは皇帝と女帝、二つのアルカナの棺が揃った時に発揮される力の強大さを、改めて理解する。
完全に統率された、決して尽きることの無い圧倒的な物量。これさえあれば、世界各国の平定など造作もないだろう。
遥か昔、初代スヴェントヴィト帝国皇帝が二つの棺を帝国とギルドに分配したのも、その力が余りにも強力過ぎた事を、力を振るう本人が理解していたからだ。
「……メアリ」
そして、シイナは強大な力の中心に据えられたエイレーネーに乗る友の事を気にかけた。
エイレーネーはエネルギーを物質に変換して兵力を生み出す事が出来るが、その数が増えれば増える程、同調者に負担を強いる。
そして皇帝機もまた、支配対象が増大すれば、同様に抱える負担が大きくなる。
果たして、この勢いが続くまでの間に、アナンタの獣を全て撃破出来るだろうか。
その不安が、シイナの胸中にあった。
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「帝都に、動きがあった?」
アナンタの獣がスヴェントヴィト帝都を襲撃した事によって生じた異変を、アルエとネインはすぐに感じ取る。
機体に無茶をさせつつ山を越え、スヴェントヴィト帝都を見下ろせる崖の上にセカンドザディスとストレンガスを立たせた。
帝都周辺はすり鉢状の盆地となっており、その上で帝国のスートアーマーの大群が、アナンタの獣との合戦を演じている。
そして、帝国軍の投入した機体郡、その半数以上を司るのは、エイレーネーの……メアリの生み出したモノである事を、アルエはすぐに理解した。
「あの機体、前にエイレーネーが作り出して見せた奴だ……!」
ダジボグで見た機体郡と寸分違わぬ機体が、スヴェントヴィトの軍勢と共にアナンタの獣を駆逐している。
それは、メアリがキール皇帝の持つアルカナの棺の力によって支配されている事を示している。だが、それが事実であるか否かを確かめるには、やはり戦場の只中に向かうしかないのが実情だ。
「ねえネイン。あの中に飛び込む自信、ある?」
「えっ、行くんですか?」
ネインの困惑した声に「当然」と応え、アルエは鎌を構え、雪原を蹴り出すべく機械の脚に力を貯める。
しかしその行動は、群青色のアルカニック・ギアの介入によって、取り止めとなる。
「待って、アルエ」
「シイナ」
彼女が単独でこの場にいるという事は、一世とザリアーナが、帝都に潜入した事を指し示している。
「今この戦いに介入しても、私達はスヴェントヴィトとアナンタ、その両者の物理に押しつぶされるだけ」
「じゃあ、このまま手をこまねいて見てるだけでいいの?」
アルエの問いかけに、シイナは首を横に振る。
「今は、待つ。結果が出るのを」
そう言って、シイナは視線を帝都の中心に聳える塔……帝国府へと向けた。
世界のアルカナの棺。その奪還が果たされるその時こそ、自分達が動く時。
シイナが言外にそう告げている事を、アルエは察した。




