第七話 交戦そして……
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オルベイルに乗って地下を進むこと数十分。遂に一世とネインは島の外縁部へと出る。
地下通路は砂漠に接する洞窟に繋がっており、そこから広がる情景に一世はこのコロニーが益々海に浮かぶ島であるようだと、その認識を強めた。
「敵の方はどうだった?」
一世は偵察から戻ってきたネインに水を渡し、ネインはそれを飲み干した後、口を開いた。
「スートアーマーが全部で八機。船着き場に四、居住区に四って感じに配置されてます」
「……なるほどな」
ネインが地面に描いた簡単な地図を睨み付けながら、無い知恵を絞りながら作戦を考える。こういう時に頭脳役が居てくれれば頼もしいのだが、と思ったが、無い物ねだりをしても仕方がないと諦めた。
「何にしても、まずは敵をコロニーから引き離す以外にないな」
「あいつらの狙いがオルベイルなら、アニキが囮になって戦えばそっちに食い付くんじゃないですかね?」
「なるほど、じゃあその手で行くか。ネインはその隙を見て、アルエやコロニーの人達を助けに向かってくれ」
一世の指示にネインはこくりと小さく頷き、腰から吊ったワイヤーガンに手を添えた。
「よし、それじゃあ作戦開始だ」
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ノヴァ連邦部国の主力スートアーマー、フォウォレ。
厚い装甲に身を固め、複数機で敵を包囲・撃破する事を得意とする機体だ。
その鈍重な見た目とは裏腹に、脚部に装着したホバーユニットによって、開けた場所での機動力は高い。
そして何より、特徴的なのはその構造。フォウォレは、コクピットやジェネレーターを含む機体の主要機関を下半身に集約させているのだ。
「ふぁ……こんなヘンピなコロニーを占拠して、少佐殿は何をしようと言うんですかね」
「さてね。どちらにしろ、俺らは与えられた役割を熟すだけよ」
リーテリーデンの思惑に反してフォウォレのパイロット達の士気は低い。それが、目的を知らされていない事に起因しているのは明らかだ。
とは言え、武装したスートアーマーの存在は、非武装のコロニーを恫喝するのに充分過ぎるだけの存在感がある。
そんな矢先、船着き場に展開していたフォウォレに、突如として一本の槍が飛翔し、その上半身を貫いた。
「な、なんだ!?」
直撃を受けたフォウォレはすぐに上半身を切り離し、建物の影に身を潜め、他の三機もそれに倣う。
機体中枢を下半身に集約させているからこそ実現した、生存性能。これもまた、フォウォレの最大の武器と言えた。
そして、建物越しに攻撃者の姿を確認すると、砂漠に立つ真紅のスートアーマーの姿。
小隊長はそれが敵だと判断し、すぐに居住区に向かった部隊に報告を入れた。
「砂漠から敵襲! 数は一、シルエットからしてスートアーマーだが、見た事もない機種だ」
『了解した。恐らくそれが今回の目標だろう。パイロットは殺して構わんが、機体のコアは傷付けずに持ち帰れ』
小隊長はリーテリーデンからの返答を受け、通信機に聞こえないよう「無茶を言いやがって」と吐き捨てると、上半身を破壊された機体をその場に残し、真紅の機体に向けて攻撃を行うよう、他の二機に指示を出した。
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「来たな……さっきの機体、パイロットは死んでないだろうな」
ボサボサの前髪をかき上げ、一世は正面から迫る敵スートアーマー二機を見据えた。一機は不意打ちによる槍投げで早々に無力化出来たものの、他はそうはいかない。
何より、こちらには飛び道具と言うものが一切無いのだ。一世は次から次へと放たれる銃弾を防御ないし回避しながら、敵の軍艦の方へと進路を向ける。
当然、軍艦もただ棒立ちしている訳ではない。主砲をオルベイルに向けて容赦なく放ってくる。
砲弾がオルベイルの肩を掠め、砂漠に砂塵を撒き散らした。
間一髪の状況で、一世は思わず肝を冷やす。
「昔のロボアニメでもあったな、銃火器が無いから遠距離攻撃に苦戦する展開」
そのアニメでは、遠距離からの一方的な砲撃に晒され、主人公機が深いダメージを負うのだ。それまで剣しか武器がなかった主人公機は、それを機に大幅なパワーアップを果たして戻って来るというのが、アニメで描かれたシナリオだった。
しかし、今一世が身を置くのは、そのアニメで描かれた間接射撃が行われるような距離ではなく、お互いを目視出来る距離での戦闘だ。精密射撃を旨とする艦砲が狙いを付ける前に、その狙いから脱する事は出来る。それに、一世は港から駆けつけた敵の部隊が自分に追い付く頃には、艦砲射撃は行われなくなると読んでいた。友軍機へのフレンドリーファイアを避ける為だ。
一世の読みは的中し、オルベイルの接近を許した軍艦は、艦砲による攻撃ではなく、甲板に展開した兵士による銃撃に切り替わった。
機銃による挨拶が無いところを見るに、本来はそれらをスートアーマーで補うのがこの艦のコンセプトなのだろう。
そして、護衛の為の艦載機すらもコロニーに向けてしまった事が、この部隊の犯した最大の采配ミスだ。
「ありがたい事で」
そう言って、一世は軍艦のどてっ腹に光の杭を撃ち込んだ。杭の打ち込まれたポイントの周辺が、まるで蒸発したかのように消えてなくなる。
そう簡単に破られる事の無い筈の装甲に大穴を開けた威力に、敵の部隊は接近戦を躊躇い、銃撃戦を展開するよう選択する。
付かず、離れず。距離を保っての攻撃に、一世は相手が訓練が行き届いた軍隊である事を実感する。
更に間の悪い事に、コロニーに残っていた別の機体も、こちらに向かっているのが見えた。
だが、これも作戦の内。敵の目的がオルベイルにあるのであれば、そこに戦力を集中させるのは当然だ。
派手に動いて敵を引き付け、その隙を見てネインが人質となっているコロニーの住民を開放する。
『ア……キ、こっちは……いきましたよ!』
そして、その時は来た。ネインからコロニーの安全を確保したという旨の通信が、無線で伝えられる。
「よし、これで気兼ねなく戦えるな」
その叫び声と共に、オルベイルの瞳から光が溢れた。
ブースターで加速し、敵スートアーマーの一機に対して肉薄。その上半身を、光の杭で消し飛ばした。
「やっぱり、威力あり過ぎだろ、これ。使いどころが難しい」
光の杭の容赦のない威力に、一世は頭を抱える。強力過ぎる武器は、時として無意味な破壊を周囲に齎すからだ。
戦争に巻き込まれたからといって、ごく普通の高校生だった身としては、躊躇いなく人を殺す事などそう簡単に出来るものではない。
敵のスートアーマーが、下半身にコクピットを持つタイプであるのがせめてもの救いだが、もう少し使い勝手のいい武装があれば、と考える。
そんな矢先、火器管制パネルに新しい武装が提示された。
「これを使えってか?」
パネルを操作し、新たに追加された武器を選択。背中に背負った装甲ユニットの内、腰から伸びた一際長い二本のスタビライザーが前方に展開され、その先端を開いた。
「なるほど、ガトリング砲!」
回転砲塔が露出したのを確認し、銃爪を引く。光の弾丸が次々と放たれ、それが敵の装甲を焼き貫いた。光の杭とは異なりスートアーマーの半身を一撃で吹き飛ばす程の威力はなかったが、牽制や手数に頼った攻撃では、こちらの方が役に立つ。
ガトリング砲の咆哮が、敵機を次々と蜂の巣にしていく。
一つ、二つ。これで残りは後から追いついて来た四機のみ。
一世は後続部隊にガトリング砲を向け、やはりこれを迎え撃つ。その内の一機が、銃撃を抜けて腰に下げた槌を手にした。接近戦かと直感すると、一世もオルベイルの左腕から光の杭を展開。手にした槌ごと、敵機の右腕を吹き飛ばす。
だが、その隙を付いて別の一機がオルベイルの後方へ回り込み、鉈を振り上げた。
「くそっ!」
一世は背後の敵に向かってブースターの噴射炎を吹きかける。それに怯んだのを見て、機体を反転させながらガトリングを撃ち込んだ。
これで残るは二機。
しかし、後方から部隊を追いかけて来た小型艇に目を向けると、一世は銃爪から指を離さざるを得なくなる。
何故なら、そこには長身の男に銃を向けられるアルエの姿があったからだ。
「アルエ! くそっ、人質かよ……!?」
更に、上空からの接近警報。機体全体に激しい衝撃が走り、それに合わせて一世の身体も激しくシェイクされる。
「い、一体何が……」
そう言って、一世は後方のモニターに視線を移す。
そこには、オルベイルを踏みつける群青色の機体の姿があった。
オルベイルと同じ双眼を有したその機体は、腰から下げた刀を抜いては次々とオルベイルの四肢へと突き刺し、その身を砂の海へと縫い付ける。
それでも尚、一世は立ち上がろうと最後の足掻きを見せるが、頭部から抜き放たれた刃……まるでポニーテールを思わせる白刃が、オルベイルの首元に突き付けられた。
更に左右からは、先の戦闘で生き残った二機が銃を構えている。
詰んだ。
一世はそれを見て観念し、機体から顔を出すと、両手を上げて戦闘の意志が無い事を示す。
「一世……」
遠くから、アルエの呼ぶ声。
一世の額からは、一筋の血が流れていた。