第六話 襲撃者リーテリーデン
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「あれが、報告のあったレヤノ・コロニーか」
質実剛健な作りの大型砂上軍艦の艦橋で、長駆の男が双眼鏡を片手に、まるでこれから訪れる場所を品定めするかのように観察していた。
双眼鏡の見る先を変えると、軍服に施された装飾が、その存在を主張するかのように揺れた。
手入れの行き届いた服装もそうだが、丁寧に整えられた長い金髪が、この男の育ちの良さを確かに物語っている。
「ハッ、昨日近辺で発掘されたスートアーマーに、棺の疑いがあるとの報告があり……」
「それはもう知っている」
敬礼し、状況説明を行おうとした部下の言葉をその一言で遮り、男は思案にふける。
「先代総族長が御隠れになって早三ヶ月、族長会議は次の総族長選の地固めとして各派閥で軍の戦力拡大を急いでいる。そこに棺発見の報だ。これは私が中央に返り咲く為の礎には丁度良い」
そう言って、長身の男……リーテリーデン・クロクフェル少佐は、にやりと口元を歪ませる。
彼が忠誠を誓うノヴァ砂上連邦武国は、砂漠に散らばる百近い部族が集まる事で形成された国家だ。だが、お互いの部族は国家内でのポストを争うライバル関係にあり、武勲や功績を主張して次期政権のポストを決定していた。
彼らは西の隣国のアガトラ王国と何十年にも及ぶ長きに渡って「戦争」という名の外交を繰り返しており、その国家の性質から戦争に「勝つ」事を至上命題に掲げる武闘派が軍の中でその存在感を強めていた。
リーテリーデンもまた、そんな武闘派の一人であり、目的の為であれば無益な流血すら厭わない人物だった。故に、その思想を軍の上層部や他の部族から危険視され、名家の出身でありながら東の辺境の監視任務という名目で西方の最前線から引き離されていた。
「それで、如何にして棺の確保を?」
「機体を買い取る……と言いたい所だが、あそこの住民は故郷を焼け出された戦災難民だと聞く」
リーテリーデンは言葉を紡ぎ続ける。
今のノヴァ連邦武勲国は、そのリソースの大半を戦争に傾けており、辺境の集落の治安維持にまで手を焼く暇が無かった。それ故に、辺境のコロニーの住民は糧食を得るべく遺跡や戦場跡を漁るサルベージを生業とするようになったのだ。
「難民キャンプともスラムとも取れる場所だ。治安も行き届いていないであろうし、敵国の草の者が潜んでいないとも限らない」
「下手を打てば、アガトラに棺の存在が露見しかねない、と?」
部下のその言葉に、リーテリーデンは「その通り」と返す。
「それに、あそこは小規模なコロニーだ。稼働状態にある発掘品が見つかったとなれば、すぐにその情報は集落全体に広がるだろう」
「で、では?」
「すぐに制圧にかかるぞ。機甲部隊に号令をかけろッ!」
その号令と共に、リーテリーデンの頬が釣り上がった。
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解析作業を終え、一世はネインと共に真紅の機体を見上げていた。装甲の下のフレームに「オルベイル」と読める文字が刻まれていた事から便宜上そう呼ぶようになったそれは、不可解な要素を懐きながらもクラス六位のスートアーマーとして、暫定的に位置付けられた。
「結局、謎の機体って事以外、コイツについて分かった事は無し、か」
「まあ、発掘されたスートアーマーなんて、なんの為に作られたのかすら、俺らもよく分かって無いんですけど、ね」
ネインのその言葉に、一世は思わず彼の眼前に迫る。
「おいおい、そりゃ普通、あのナンタラの獣と戦う為に古代人が作り上げたとか言うのが通説じゃないのか?」
「いや、学者とかならそう推察するんでしょうけど、俺らサルベージャーからしたら単なる金の成る実ですし。あと、アニキ、顔近いですから」
思わず熱くなってしまった所を、ネインの言葉で我に返る。一世は軽く咳払いをして工房の隅のドラム缶に腰を据えた。
「それで、アニキはコイツを使って、何か始めるんですか?」
「ま、当面は故郷に帰る為の足替わり、かな」
故郷、とは言ってもこの世界の何処にある訳でもない。そこには、元の世界に戻る手段を探る為の旅をする、といったニュアンスが含まれている。
「スートアーマーで砂漠越えは無謀でしょ。この砂漠が何処まで続いてるのか、分かってんですか?」
ネインの言葉に、一世は首を横に振る。ネインは呆れ顔で、手近にあった世界地図を取り出し、一世に見せると、その東側にある一際大きな大陸を指差した。
「今、俺らの居るのがここ、アガトラ大陸。その総面積の三分の二を占めるのが大砂海と呼ばれるこの広大な砂漠ですよ」
「はは、こりゃ思っていたよりスケールがでかいな」
ネインの説明に、一世は思わず苦笑いを浮かべながら、地図を手に取った。
だが、そこで一世はその地図の不可解な点に気付く。地図の左端……大陸の東側が、ある地点を境にして黒塗りにされているのだ。
「なあ、ネイン。この地図の黒塗りになってるのって……」
ネインにその事を聞き出そうとした矢先だった。突然の轟音と振動が、一世達に襲いかかった。
一体何事だ、と思った矢先、外で一服していたネインの祖父が慌てた様子で工房に駆け込んできた。
「ぐ、軍艦じゃ! ノヴァの軍艦が攻め込んで来おった!」
その知らせに、一世は顔を青く染めた。
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その軍艦は、警告や通達も無しに、一方的にコロニーへ攻撃を仕掛けてきた。
集落の主要施設に砲弾を撃ち込み、後詰めとしてスートアーマーによる機甲部隊を島に上陸させ、またたく間に制圧した。
その手際の良さは、野盗のそれではない。明らかに訓練された軍隊の動きだった。
「軍隊が攻めてきたって、ここはそもそも何処の国に属したコロニーなんだよ」
オルベイルの起動準備を進めながら、一世はネイン達に問い質した。
暫くの沈黙の後、重々しい表情で、ネインの祖父が口を開く。
「ここは行政上はノヴァの属領じゃよ。じゃが、ワシらはもぬけの殻になった島に勝手に住み着いとったんじゃ。長い戦争のせいで、ここと同じ様な事情を抱えた土地はごまんとあるがの」
「でも、だからって自国民を攻撃する理由にはならないだろ?!」
「ああ……恐らく、あの部隊の狙いはお前さんの機体じゃ」
老人の言葉に、一世は驚きながらも納得を覚える。ここ数日の間、このレヤノ・コロニーで目立った変化と言えば、一世とアルエがこのコロニーに来て、オルベイルが齎された事くらいだろうからだ。
「おいおいおい、冗談じゃないぞ」
息つく暇も無いまま、また次のトラブルに巻き込まれるのか、と一世は頭を抱える。
「お前さんは、工房の地下からコロニーを抜けて砂漠に出ろ。ネイン、お前さんも案内で一緒に行ってやれ」
「でも、爺ちゃんは!?」
「安心せい。こっちはこっちで何とかして見せるわい」
その言葉とともに老人は工房のエレベーターを起動させ、一世はそれに応じるように機体をエレベーターへと歩かせる。老人は準備が完了したのを見届けると、レバーを下げてオルベイルを地下へを見送った。
「ふざけんなよ……」
一世の胸中は、次々襲いかかってくる理不尽に対する怒りで満ちていた。突然砂漠の真ん中に放り込まれたと思ったら訳の解らない化け物に襲われ、次は戦争だ。
少なくとも、一世は日常生活とは異なるスリルを求めていたが、この世界に来てからは危険が過剰供給されていると言わざるを得ない。
そう考えながらもエレベーターは降下を続け、やがて終着点に到着すると、一際広い空間に出た。
そこは、地下空間を利用した部品倉庫になっており、スートアーマー用の消耗部品の他、武器等も幾つか保管されていた。
「ともかく、まずは外に出ないとな……」
そんな矢先、アルエが食材の買い出しの為に集落の市場を見に行った事を思い出し、不安が一世の頭を過る。
「アニキ?」
「いや、大丈夫。あのオテンバがそう簡単に死んでたまるかよ」
不安を心の抽斗にしまい込み、保管されていた武器の中から槍を持ち出すと、一世は歩みを進めた。幸いにして、向かう道はただ一つだ。
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リーテリーデンは、コロニーを制圧する様を確認し、物足りなさを感じていた。
「ふん、あっさりと白旗を振りかざす腰抜けの集まりか……うん?」
不満を漏らしながらも、部下らが広場に住民を集めさせている中に、明らかに他の者と顔立ちの違う少女の姿がある事に気付く。
砂漠の民としては肌が日に焼けておらず、翡翠色の瞳もこの辺りの民族にはない特徴だ。故に、このような場所では特に悪目立ちする。
リーテリーデンはその少女の前に立ち、その顔をじっと見つめた。三十センチ近い身長差もあり、その姿勢は自然と少女の顔を見下す形となる。
「な、何よ……」
翡翠色の瞳の少女……アルエは、リーテリーデンの舐め回すような視線に思わず不快感を顕にする。
「フン、このような場所に異民族の女がいるのが珍しくてな」
「……人攫いから逃げて来た、って言えば信じてもらえるのかしら?」
その一言が銃爪となったのか、リーテリーデンはくわっ、と目を見開き、アルエに詰め寄った。
顔が、近い。
「しらばっくれても無駄だぞ、アガトラのスパイめ……お前もアレを狙っているのだろう?」
「はぁ? 一体何の事よ!?」
身に覚えのない問いかけに、アルエは訳がわからないといった態度を崩さない。
「なるほど、あくまでしらを切ると言う事か。まあ良いだろう。後でたっぷりと問い質してやる。私はネビュリアの奴らのようなお人好しではないから、覚悟しておけ」
表情を正し、リーテリーデンはアルエから一歩後退ると、部下にコロニーの調査状況を聞き出す。
「状況はどうか」
「はっ、市内をくまなく捜索していますが、棺と思しき機体は見当たりません!」
アルエは棺という聞き慣れぬ単語に首をかしげる。一方、リーテリーデンは部下の言葉に「そうか」と短く応え、次なる策を弄するべく思考を切り替えた。