表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上のオルベイル -Arcanx Gear Altwelt-  作者: [LEC1EN]
七 ペラウン樹国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/111

第五十二話 森の中の湖

古代樹の枝葉によって星の光も、月の明かりも遮られた漆黒の闇の中を、一世(かずや)達は自らの足で進んでいく。

 暗中で頼りになるのは、僅かな距離を照らすだけの携帯ライトとコンパスのみ。

 スケールこそ違うものの、深海艇の搭乗者は、このような気分で光も届かない深海を進んでいるのだろうかと考える。だが、ああいったものは母船からのナビゲートを得て探査を行うものであり、スタンドアローンでの活動はまず行われない。そういった意味では、自分達の方が孤独な気がしてならなかった。

 この樹海を進んでもう二日。一体、いつまでこの旅は続くのだろう。

 そのような不安が、頭を過る。

 世界最大の軍事国家、その精鋭部隊に追われながらの逃避行。当初は、アルエの治療の為にこの国……ペラウンを目指していたのだが、まさかジョウと、一世自身の乗っている機体(オルベイル)がこの大陸での厄タネになろうとは。

 そもそも、自分達はどこに向かっているのか。当初、ザリアーナからは「ペラウンに向かう」とまでしか告げられておらず、そこに何があるのかは、一世達には一切知らされていないのだ。


「この方角に行けば、アルエの獣憑きを治療出来るんだよな?」

「そう。この先にある湖に、治療に必要な鍵がある」


 その言葉を信じて進むと、森が開け、月明かりに照らされた湖が姿を現した。

 湖の形はほぼ真円に近く、そこから東に向って川が伸びている。どうやらここは、レシェア大河の水源の一つらしい。


「ここが目的地?」


 静かな水面を眺めながら、一世はひとりごちた。てっきり、病院のような医療施設があると思っていただけに、このような場所に連れてこられるとは予想外だったらしい。

 ジョウは目的地に着いた事をアルエに告げ、彼女達を閉鎖空間から呼び出す。


「こっちよ」


 そう言って、ザリアーナは一行を湖畔に建つ小屋へと案内した。

 まだ建てられて数年といった様子の丸太小屋。その扉を叩くと、まるで枯れ木のように細く、皺だらけの老人が姿を表す。


「どうぞ」


 老人は、夜分の客人に眉をひそめるが、ザリアーナの姿を認めるとすぐに一世達を小屋へと招き入れた。

 小屋の中は簡素な生活スペースがあるのみであったが、しかしその地下には、コンクリート状の壁で囲まれた部屋の存在。

 そこに案内された一世達は、そこで治療を受けている何人かの獣憑き達の姿を認めた。

 皆、身体の一部が変異しているが、特に目を引くのは、それ以外の外傷だ。


「獣憑きは、アナンタの獣を呼び寄せる。故に、人々からの迫害も平然と行われる。そこのお嬢さんは、巧くやり過ごして来れたようじゃが、彼らはここに辿り着くまでに何度も酷い目に遭ってきた」


 老人は言う。

 この国(ペラウン)は、そういった人々を保護し、治療を行う見返りとして労働力を求めているのだ。

 他の獣憑きの患者達は顔が完全に獣化している者もいるが、アルエは耳と尻尾だけの変異に留まっていたからこそ、そういった目に遭う事を避けられたのだ。そこもまた、ザリアーナが選んだ衣服のお陰でもあった。


「この湖の水は特別らしくてね。古来から獣憑きの体内に残留するアナンタ因子を除去する働きがあるんだ」

「レシェア大河でアナンタの獣に襲われなかったのは、そういう理由があったのか」

「まあ、そういう事だね。しかもここはその総本山。効き目は下流の何百倍にも及ぶよ」


 そう言って、ザリアーナは机に置かれた瓶を手に取る。ラベルには採水した日付が書かれている。

 水を飲むだけでいいというのは拍子抜けな部分はあったが、大掛かりな手術が必要無い事に、一世たアルエは胸を撫で下ろした。


「こんなので治るなら、手広く売り出せばそれなりの儲けになるだろうにな」


 一世がぼやく。だが、それが出来ない理由が、この世界にはあるのだとザリアーナは答えた。


「採水からおよそ七日間、それがここの水の効果時間だよ。それを越えたら、奇跡の聖水もただの水と変わらないのさ」


 そう言って、ザリアーナは手にしていた瓶を一世に投げ渡した。ラベルには、六日前の日付が記されていた。

 マハリの港からここまで掛かった日数、そしてノヴァ大陸からの日数も加算すると、流通が限定的な物になるのも当然だ。


「湖の水を提供する代わりに、君達には湖の底を調査してもらうよ」


 先程の老人が、そう言ってアルエの耳を触った。アルエの頬が、僅かに赤く染まる。


「それ、どういう事ですか」

「見返りという奴じゃよ。長年の調査で、湖の底に何かある事は分かっておるが、それが何なのかはまだ解明されていない」


 老人は、その上でこの国で手に入る機体では水中運用はほぼ不可能だと付け加えた。ペラウンで普及しているスートアーマーはその大半が作業目的であり、広い視認性を確保する為にコクピットが露出している物が殆どなのだ。

 だからこそ、外部から来た人間に力を借りる必要があるのだ。


「そういう事なら、構わないよ……えっと」

「フゥリじゃ。ドクター・フゥリ」


 言葉に詰まった一世に、フゥリと名乗った老医師は自分の名前を名乗った。


 正典(まさよし)は部隊を率い、樹海の中に逃げた一世らの捜索に乗り出していた。だが、部下達は先の機甲ギルドの力に臆したらしく、積極的な捜索に打って出られなかった。

 その様子を見かねた正典は、及び腰になった部下達を置き去りにして敵対者の捜索に全力を注ぐ。

 地面にまだ新しい焚き火の痕跡を見つけ、その周辺の足跡から、予測ルートを算出。部下がこの先に湖があると告げると、正典もまた、敵はその湖に向かったと考える。


「恐らく、飲料水でも切らしたか……だが、そうやって足を止めているのが命取りだ」


 にやりと笑みを浮かべ、正典は先を進む。しかし、そこに向かう道には、樹の枝や幹が立ちふさがっており、これがスートアーマーやアルカニック・ギアの侵入を阻んでいた。

 その様子はまるで人類の文明が及ぶ事を大自然が拒んでいるようにも見受けられた。

 それ程までにこの周辺の樹木の「密度」は高く、加えてそこを進むには全長十メートル前後の人型機動兵器は、大き過ぎた。

 眼前の木々を倒して進もうとも考えたが、それはこの国では御法度であると部下に制止させられ、正典は小さく舌打ちをした。

 また、湖周辺での戦闘も極力避けるように厳命されていると、正典を制止した部下は続けて彼に忠告する。

 あの一帯は、スヴェントヴィトにとっても重要な場所であり、戦闘でその価値が失われる事を恐れての事だ。

 正典は突きつけられた現実に、更に苛立ちを覚える。この国では、やってはいけない事があまりにも多過ぎるからだ。敵を倒さず、捕らえずして何が正義の執行者であろうか、と奥歯を噛み締める。

 そして、正典は苛立ちと同時に嫌な予感も感じていた。

 先の戦闘で見せた女帝のアルカニック・ギア、エイレーネーの天を指す所作。その動きの()に、見覚えがあったのだ。

 それは、正典がこの世界に来る以前に幾度となく繰り返して見続けたモノだった。自らの瞳に何度も焼き付けたその動作を、彼が見間違える筈が無い。

 そして、あの機体に乗っている人間が、もしも自分の想像通りの人物であったら。

 もし、あの機体のパイロットと自分達が追っている敵が出逢ってしまったら。

 それはもしかしたら、自分にとってこの世界で最悪の出来事が引き起こされるやもしれない。その予感が、彼の焦燥を止めどなく加速させていた。


「迂回する! 最適なルートの算出を急げ」


 部下に指示を出し、正典は木々の立ち塞がるその場所からすぐに離れる事を決意した。

 なにはともあれ、あの一団を見つけ出し、捕らえれば自分の不安は消える。何なら、抵抗した事を理由にして消してしまうのも手だろう。

 そのような邪な思考が、自身の頭の中で成されている事を、正典はまるで自覚していない様子だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ