第五話 二日目の朝
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一世とアルエがこの世界に来て、最初の夜が訪れた。
一世は船室で眠っていたアルエを起こし、船から降ろすと、二人にあてがわれた宿……とは言えネインの家だが……まで案内した。
ネインの家は、コロニーの集落とは離れた場所にあり、向かうのは少し手間だった。
「なんか、色々な事がありすぎて疲れが取れないわ……」
まだ重い瞼を無理にこじ開けなが、アルエは不満を漏らす。
「それはこっちも同じだよ。ほら、あそこ」
そう言って、一世は視線の先にある家を指差す。
資材用倉庫を改造したであろう工房施設に併設された簡素な家だが、船よりは落ち着けるだろうと言って、一世はアルエの背中を押した。
二階にある客間まで案内するなり、アルエはベッドに横たわるとすぐに夢の世界へと旅立った。
「やれやれ、世話のかかるお姫様だ」
無防備なままベッドにうずくまるアイドルに毛布をかけ、一世も家主であるネインに挨拶を済ませると、客間のソファに身体を横たえた。
身体を休めた途端、今までの疲れが睡魔となって彼の身体に伸し掛かり、その精神を眠りへと誘う。一世はそれに抗う事なく、ゆっくりと瞼を閉じ、そして眠りに着いた。
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四方八方に星が煌めいている。
幾百、幾万、幾億という星の中に、一際速く動くモノがあった。
「それ」は人の姿を模しながらも有機物とも無機物ともつかない身体を真空の宇宙に晒し、推進力も発生させる事なく星の海を進んでいく。
そんな中、「それ」の眼前に立ち塞がるモノが現れる。敵は星の海を埋め尽くす程の数を誇る大軍団。数的不利は明らかでありながら、「それ」は背中の翼を巨大な腕に転じさせ、虚空から武器を取り出し、戦った。
果たして、その戦いは結果が見えた戦いであっただろうか。
否。
この戦いは一方的な蹂躙だった。立ち塞がるモノたちは攻撃を当てるどころか、「それ」が近づいても認識する事も出来ないまま、エネルギーの奔流にその身を焼かれ、歪められ、そして砕かれていった。
後方に控えていた敵の大部隊が、「それ」に対して飽和攻撃を仕掛ける。そこに仲間が居ようとも、構わずに、だ。
かくして、同胞を犠牲にした攻撃は功を奏し、偶然にも攻撃の一発が「それ」の腕の一本をもぎ取った。が、「それ」は受けた傷をまたたく間に修復させ、先程の一撃を無意味なものとした。
そして、「それ」は周囲の残骸を材料に多数の眷属……鉄の人形を生み出し、その物量を以て敵と、敵の本拠となる星を砕いた。
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「……何だったんだ、あの夢」
あまりにも荒唐無稽な夢から醒めて、一世は思わず頭を抱えた。
宇宙で戦う四本腕の化け物。ゲームでも、アニメでも、ましてや漫画やラノベでも、一世はそんな物に触れた記憶は無い。それが何を意味するのか、今の彼には理解する事は出来ない。
外はもう朝。ふと、ベッドに視線を移すと、アルエの姿がない。どこに行ったのかと考えるよりも、家の外から彼女の声が聞こえてくる事に気付く方が早かった。
「いっちにっ! さんっしっ!」
「……何やってるのさ?」
二階の窓から身を乗り出し、一世は家の前の広場で身体を動かすアルエに問いかけた。
「柔軟よ。一緒にやる?」
「そういえば、何かのインタビューでルーティーンにしてるって言ってたっけ」
「健康をアピールする為のポーズだと思った? 私、こう見えても努力家で通ってるから」
そう言って、アルエはまた柔軟体操を続ける。
アイドルというものはステージで何曲も歌い、踊る必要がある。中には曲調の激しい歌に合わせ、縦横無尽に走り回る力仕事だ。だからこそ、彼女達にとって基礎体力を維持する為の柔軟運動が日課になるのも当然と言えた。
そんな彼女の姿を見て、一世はいつの間にかその隣で一緒に身体を動かしていた
「……本当にアイドルなんだな」
「何言っているの、当たり前じゃない」
「いや、あんたは俺らみたいな一般人には縁遠い高嶺の花だしさ、こうやって一緒に体操してるなんて去年の今頃は思っても見なかっただろうし」
「いやいや、私だって最初から売れっ子だった訳じゃ無いし。それに、昔は身体が弱くて病気がちだったんだから」
「そうなの?」
意外な過去を知り、一世は思わずアルエの顔を見やった。
「こうやって健康に気を遣うのも、その時の反動みたいなもんだし、それに私って他の娘より小柄だから、少しでも努力しないとすぐに追い越されるの。アイドル業界はそういう厳しい場所なの」
「そうなんだ……」
一世が呆気にとられていると、台所からネインの声が聞こえてきた。
「お二人共、朝食の準備が出来ましたよ」
一世はアルエとともに、食卓につく。卓に並べられた皿の上には、干し肉とパサパサに乾燥したパンの姿。
「なあ、ネイン。この肉、一体何の肉だい?」
「あー、ホブって家畜ですよ。アニキも、コロニーの牧場で見たでしょ?」
ネインの説明に、あの牛とも豚ともつかない生物の存在を思い出し、一世は一人納得する。
一世はホブの干し肉を一口千切って頬張ると、あまりもの塩気の強さに思わず咳き込んだ。
「しょっっっぱッ!!」
「アニキ、これはパンに挟んで食べるもんですよ?」
ネインはそう言いながら、一世に水を差し出す。
砂漠の真ん中のコロニーとはいえ、それなりに水は確保出来ているらしい。
一世はその水をありがたく受け取り、口の中を整えた。
その様子に、アルエはため息を吐きながら口を挟む。
「ねえ、ネイン。台所、使わせてくれる?」
「えっ、いいですけど」
そう言って朝食のパンと干し肉を持っていって数分後、それを材料にした、ちょっとお洒落な料理が食卓に並べられた。
「調味料、勝手に使わせて貰ったけど、大丈夫だよね?」
「あ、はい。大丈夫……です」
思わぬご馳走の登場に、ネインは呆気に取られながらそれを頬張ると、思わず目を見張った。
「美味しい……」
「干し肉とパンでよくこんなの作れたな」
「言ってなかったかしら。私、料理得意なのよ」
アルエのその一言に、ネインと一世は口を揃えて「聞いてない」と声を重ねた。
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朝食を終えると、三人はまたネインの船に向かった。
船のカーゴにあるスートアーマーを、ネインの家の横の工房に運び入れる為だ。
ネインが言うには、スートアーマーには十三のランクと四つの属性が設定されているという。
ランクは機体の性能によって決定され、ランクが上がる毎に個体数は少なくなる代わりに、性能は向上していくという。要はゲームにおける「レアリティ」の様なものだと、一世とアルエは理解した。
そして、属性とは火・水・地・風の四つを指し、火は風に、風は地に、地は水に、そして水は火に対する相克関係を有している。
そして、一世が起動させた機体のそれを調べる事が、今回の彼らの目的となっていた。
機体は一世以外の者が触っても起動せず、その場から動かす事が出来ないという。
「これはもしかして最高ランクの十三位もありえるんじゃないですかね?」
「そんなレア物が、簡単に見つかるものかよ」
一世はネインの願望に突っ込みを入れながらコクピットハッチを開く。機体の胸部が頭部を巻き込んで展開し、一世はその中の座席に収まった。
機体はハッチを開放したままでも問題なく動かす事が出来たが、その状態では戦闘機能に制限がかかるらしく、火器管制(と思われる)パネルにロックがかかっていた。
「えーっと、足のペダル、前にやれば前進、後ろに引けば後退だよな。うん、合ってる」
一世は恐る恐る、少しずつ慣らしながら、ぎこちない足取りで機体を歩かせた。コロニーの住民達も、転んで建物を倒壊させないか肝を冷やすような表情でその様子を伺っている。
機体を移動させ、ネインが用意したトレーラーに機体を横たえると、一世は安堵のため息をついた。
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機体を工房まで運び終えると、アルエは食材を探す為に市場を見て回ってくると言って一世らと別行動を取った。その後、軽い休憩を挟んだ後、真紅のスートアーマーに全身くまなく探知危機を取り付け、検査が開始された。
一世には詳しい事は分からないが、少なくともこれで凡その機体のランクと、属性が分かるらしい。
眉唾だが、そこは専門知識を持っている人間……この場合はネインと彼が爺ちゃんと呼ぶ老人に任せるのが懸命だ。
「うーむ……」
「何かおかしい所でもあったんですか?」
首を傾げるネインと老人に、一世が尋ねる。
「いや、奇妙って言えば奇妙なんじゃが、フレームの強度やモーター出力なんかは……まあランク六位辺りが妥当と検査結果では出とる」
「それ、そこそこいい感じのランクなのか?」
一世がネインに聞き、すぐに彼の口から返答が帰ってくる。
「最高位の半分くらいです。ここらへんから機体の数も少なくなっていって、名うてのアーマー乗りが専用機として乗り回すのが当たり前になって来ます」
「なるほど、そこそこいいモンなんだな」
「じゃがコイツはジェネレーター出力がバカみたいに高い。まるで戦艦に使うような物を無理矢理スートアーマーに押し込んだような……そのくせ機体に負担は掛かっていないのがまた不思議なんじゃよ」
今まで見た事もない結果に、老人は思わず頭を抱える。
「属性も、一体何属性なのかも判別出来ないし、何なんでしょうね、コイツ」
全身をケーブルに繋がれた機体を見上げ、ネインは一世に訪ねた。
「俺に聞くなって」
ネインの問いかけに、一世は苦笑いを以て答える。
規格から外れた謎の多い機体。
だが、それがまた新しい火種を生み出す事を、この場に居る誰もが知る由もなかった。




