第四十九話 横暴
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一世とジョウが、アルエ達と合流する少し前。
スヴェントヴィト帝国の存在を揺るがしかねない大敵を逃し、正典は苛立ちを隠せないままキャンプへと帰投した。
「クソッ、戦闘中に気を失うなど、騎士にあってはならない事だ……!」
ジャスティシアのコクピットの内壁に拳を打ち付け、行き場のない怒りを発散させる。
だが、それで彼の気が収まる訳ではない。
「どうしましたか、正典卿」
コクピットを開けると、すぐに部下が駆け寄ってくるが、正典はそれを振り払い、自身に割り当てられたテントへと引き篭もろうとした。
だが、その時だ。
隣のテントから聞こえて来た会話……即ち、マルコとポーロの密談が、偶然にも彼の鼓膜を震わせた。
「やはり、一世達の行く先は、ペラウンだろう。獣憑きの治療というあいつらの目的を考えると、二手に分かれたと考えるのが自然だ。背後に何があろうと、女の子を助けたいという意向は、尊重してやりたいもんだ」
「私も、同じ意見ではあります。それに不必要な武力の行使は、皇帝陛下も望んではおられない筈。万が一タジボクで戦闘を行って彼らを刺激してしまうのも、帝国としては避けるべき事象でもあります」
「彼ら……彼らなぁ……」
その存在を鑑みた上で、マルコは椅子に背を預け、思案する。
だが、その話を聞いていた正典は、そこにある政治的な意図など意に介さず、それを有益な情報と捉えていた。
行き先さえ分かれば、先手を打つ事は容易。そして、敵を討てば、武勲を挙げられる。この世界に来て間もない自分に箔を付ける為のステイタス。正典は誰よりもそれを欲していた。だからこそ、皇帝に直訴してまでこの戦いに出撃したのだ。
故に、手ぶらでは帰れない。それは、自らの地位をを貶める行為に他ならないからだ。
「行き先を知っておきながら、敢えて伝えないつもりか……そんなもの、背信行為以外の何ものでもない……ッ!」
外套を翻し、正典はすぐにジャスティシアの方へと戻っていく。
コクピットに収まり、機体を起動させると、すぐに動ける部下をまとめ上げ、一路ペラウンに向かうべく行動を開始した。
たが、その行動に気付かぬマルコらではない。
「何事だ!」
「はっ、正典卿が、敵の追跡を行うと、部下を引き連れて出撃しました」
「戻って来たばかりだろうに。……まさか」
自分とポーロの会話を盗み聞きされていた事を察し、マルコはすぐに通信機を手に取り、正典に対して警告した。
「正典ッ! 今すぐに戻って来い! そうすれば立ち聞きについては不問にしてやる!」
だが、当の正典本人からの返答は無い。
「すぐに奴を追うぞ。このままでは取り返しの付かない事になりかねない」
マルコの表情は、焦りの色を顕にしていた。
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一世の悪い予感は、ものの見事に的中した。
エレベーターがダジボグの上層に到着すると、そこには和我が物顔で街に駐屯する正典の率いる聖封騎士団の姿があった。
いや、この場合は「駐屯」というよりも、「制圧」と言った方が適切かもしれない。
街の住民達が騎士団を見る目は、事前の通告無しに押し入って来た余所者に向けられるそれだ。
ダジボグの上層は、ペラウンの玄関口であり、エレベーターステーションを中心に自然と調和したかのような雰囲気の建造物が建ち並んでいた。
しかし、今は聖封騎士団のスートアーマーの存在が、その自然との調和を乱している。
スヴェントヴィト軍がダジボグへの駐屯を許可されているのは周知の事実だが、それを笠に着て街を我が物顔で制圧するのは、そこに住む住民達としてはたまったものではない。
ダジボグ上層の住民達は、武による不正の監視と調和をスヴェントヴィト軍に求めていた。しかし、今回の横暴は彼らからすれば、向こう側が勝手に調停を破棄したように映って見えていた。
「この展開は、予想出来ていたか?」
一世は、エレベーターのステーションから外に陣取るスヴェントヴィトのスートアーマー、ブリグマンの行動を観察しつつ、ジョウに訪ねた。
「まさか。あの男の行動は、私も予測出来ないモノですから」
それは、正典がこの世界の住人でない事に加えて、その性格も予測不可能なものであるというニュアンスが含まれているように一世は感じていた。
「とりあえず、ここからは出ないまま、今後の方策を考えましょう。向こうが少数であるという事は、これは不正規の行動である可能性もありますから」
「こういう時に、幻影月鏡が使えればな」
「仕方ありません。今、彼女は能力を行使出来る状況にないのですから」
「それは……そうだな」
ジョウにたしなめられる形で自分を納得させ、一世はラウンジで待機していたザリアーナとネインに合流し、作戦会議を始める。
「隠密行動の正道を行くなら、やはり夜を待ってから街を抜け出すのがいいだろう。ペラウン樹国はその名の通り、国土の大半を巨大な古代樹の樹海によって覆われた国だ。森の中に逃げ込めば、向こうはそう簡単にこちらを探す事は出来なくなる」
まずザリアーナが大まかな意見を出し、ジョウがその作戦に細かい肉付けをしていく。
しかしその一方で、ジョウは正典の乗るジャスティシアの存在が気掛かりになっていると発言する。
「あの機体に乗っている騎士……あの男の行動は、実のところ私でも完全に把握するのは難しいでしょう。もしかしたら、街そのものを焼き討ちにする可能性もあり得ます」
ジョウの懸念に、ザリアーナは「それはない」と反論する。
スヴェントヴィトの、ましてや聖封騎士団の騎士がそのような事をするなどありえない。否。あってはならないのだ。
それは、帝国の威信に泥を塗る行為に他ならない。
だが、ジョウはザリアーナの反論を、今この街が置かれている状況を以てねじ伏せる。
「既に、あなたの言う帝国の威信は、あの騎士が汚しているのですよ。向こうは、それが正しい行いだと誤認しているようですけどね」
「馬鹿を言うな。それならば、彼らとて黙ってこの状況を静観している筈がない」
「恐らくは状況確認を行っている所なのでしょう。彼らもまたあの騎士団の排除も考える事でしょう」
ジョウの言葉の前に、ザリアーナは反論出来ずに奥歯を噛みしめる。
だが、一世達は二人が口にする「彼ら」が何者なのか理解する事はない。
「多分、向こうはこっちが徒歩で移動している事を知らない筈だ。大掛かりなコンテナや荷物に対して検閲を行っている事からも、それは理解できる。なら、そのアドバンテージは最大限に活用してやろうと思う」
言い争いしたまま平行線を辿る二人に代わり、一世が意見を纏める。
聖封騎士団は、こちらが乗っている機体を閉鎖空間に隔離した上で行動している事を知らない。それがこちらが行動する際のアドバンテージとなると考えていたからだ。
それに、ジョウの吊るされた男の閉鎖空間は、任意の場所にゲートを開く事が出来る為、戦闘になっても即座に応戦する事は可能だ。
ゲートはある種の空間転移の様なものだが、一度に開ける事が出来るゲートは一箇所のみという制約がある。ゲートを開く権限は他人に譲渡可能だが、それでも同時に複数のゲートを開く事は出来ない。
それでも、オルベイルを閉鎖空間に隔離する事で敵の目を欺けるという利点は大きかった。
夜にスートアーマーの入れない裏路地を抜けて街を出て樹海へと向かう。その決定に異を唱える者は、一同の中にはいなかった。




