第四十二話 歪んだ正義
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その男は、とある代議士の一人息子だった。
長く子供に恵まれなかった家庭に生まれただけに、幼い頃から両親に甘やかされて育ったのは言うまでもなく、彼が何か問題を起こせば、親が権力を差し挟んで握り潰して来た。
そして、当人もまた、その事になんの疑問も持たないまま、受け入れて生きてきた。
対して、代々政治の分野に根付く由緒正しき家柄に生まれた為、親からは正しい事を成せと言われながら育てられた。
当然、その矛盾に満ちた教育環境が、彼の歪んだ社会性と正義感を育む切っ掛けになった事は、言うまでもない。
自身の間違いを正せない環境において、自身の正義だけを他者に押し付ける。
そんな子供に、彼は育った。育ってしまった。
当然、自らの定義する正義が親の庇護があって初めて機能している事に、彼は気付かない。
暴力で自身の正義を押し通し、親がそれを権力で正当化する。
そして、その悪循環は、やがて両親の死により瓦解した。
世渡りに必要な処世術も、腹芸も身に着けていない彼は、これまで自分を庇護してくれていたモノ……金と権力の殆どを掠め取られ、僅かな銭で仮宿暮らしに終始する事になった。
これまで挫折を知らず、自身の行動が全て肯定されていた時代は終わり、彼は社会の厳しさを思い知らされる。
苦悩の日々の中、彼はやがてそれを和らげてくれる「女神」に出逢う。
Allegory。当時デビューしたばかりの、地下アイドル。
だが、自身の行動を顧みないが故に、彼の「正義」の矛先は、彼女達に向けられる事になる。
月一で行われるファン交流会。その場で、彼はAllegoryのメンバーの一人、九里メアリに求愛したのだ。メアリは軽くあしらったが、それが彼の怒りに火を付け、そして暴力沙汰が始まった。
十分の騒動の末、彼は警備員と警察に取り押さえられ、以後はAllegoryのイベントへの出入り禁止を言い渡された。
そしてこの事件を機に、彼の愛を求める感情は、憎悪へと転換される事になる。
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「有罪……!」
その騎士の一言と共に、一世は強烈な頭痛に苛まれ出した。
それが眼前のジャスティシアと呼ばれる機体から発せられた能力である事は理解していたものの、何が銃爪となっているのかが、分からなければ対処は難しい。
どうする。そこに思考を向けようにも、頭の痛みがそれを妨げる。
「貴様の痛みは、我が正義が下す断罪の痛み。苦しかろう、痛かろう。お前はお前の罪の意識によって苦しめられる定めなのだ!」
ジャスティシアに乗る騎士が、不気味に笑いながら、槌を振り下ろす。
しかし、オルベイルは太刀を振るい、その一撃を寸での所で受け止めた。
「ほう、まだ抵抗出来るか」
騎士は笑う。
だが、それはオルベイルを操る一世の操作によるものではない。右腕に合体したエクリプスからの、つまりはシイナによる限定的な操作だ。
どういう訳か、彼女には頭痛は起こっていないらしく、一世の操縦をエクリプスの側から補助してくれていた。
一世が機体を動かし、シイナが右腕を動かしそれをフォローする。これで、全力では無いにしても少しは戦う事が出来た。
「奴は、恐らく正義の棺を持っているな」
「全く、相手の不調を促しておいて、何が正義だよ……」
苦しみながらも、悪態をつく。「正義」という言葉に対して、なんと卑劣な能力だろう。恐らく、この力を前にしたら誰もがそう思う事は間違いない。
だが、相手を如何なる手段を以ってしてでもねじ伏せる、その力のあり方は目の前の騎士にとって間違いなく「正義」なのだろう。
歪んでいる、と一世は思った。
背後から、別の敵が追い打ちをかける。
同型の機体が三機。何れも、ザリアーナのエアルフに似たフォルムを持った機体だ。恐らく、エアルフをベースにした量産機なのだろう。
だが、各部を汎用パーツで代替しているエアルフとは違い、騎士を思わせるアーマーが、高級感を醸し出している。
「跳べ、逆井一世!」
四方から剣と槌が迫る中でシイナが叫び、一世はそれに従う。
空中へと飛び上がり、一気にジャスティシアと距離を取ると、頭痛がまるで何事も無かったかのように止んだ。
「奴の能力は、周囲の人間に効果をもたらすのか?」
額に滲み出た汗を拭いながら、シイナに問いかける。
「正義の裁き。戦鎚で攻撃した任意の人物の罪の意識を身体的な痛みとして顕在化させる力だ」
「なるほど、情報はあるのな。だったら……」
一世は、自身の意志でエクリプスを分離すると、代わりにタワーランチャーを取り出し、合体した。
「やるべきは、遠距離狙撃」
「理にかなった行動だ」
しかし、砲をジャスティシアへ向けた途端に、別方向からの狙撃によって、タワーランチャーの砲身に穴を開けられた。
「伏兵!?」
一世はすぐにタワーランチャーの砲身をパージ。砲の本体を引っ込めると、岩陰に姿を隠す。
狙撃された方向に視線を向けると、遠方に別の敵機の姿。いずれも別の系統の機体だが、外套を思わせる増加装甲、そこに描かれた剣を咥える白い虎の紋章が、両者が同じ組織に所属している事を端的に物語っていた。
スヴェントヴィトの最高戦力たる聖封騎士団。そこに属する筆頭騎士の一人が率いる白虎騎士団だ。
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「まさか、本当にあいつと刃を交えなきゃならないとはな」
「しかしそれも仕方がない事です、マルコ様」
そう言って外套を翻し、ポーロは機体に装備したロングライフルの再装填を行う。
従者として、常に背中を支えてきた彼の言葉を受け止めながら、マルコは覚悟を決めた。
「何をしに来た」
ジャスティシアに乗る騎士がその場に到着すると、すぐさまマルコとポーロが手出しして来た事に、異議を唱える。
「お前さんが、いつまで経ってもよちよち歩きのままだから、支えてやろうと思ってな」
「チッ……四年も放浪していた癖に、いっちょ前に先輩騎士気取りか」
「ははは、俺らは騎士団長の命令で国外に武者修行に出されてただけだよ。新米騎士」
反抗的な騎士の言葉を他所に、マルコは崖を降ると、即座にオルベイルに向けて跳躍。すかさずその手に持った刃を振るう。
オルベイルの方も、即座にそれを装甲で受け止めた。衝突のエネルギーが、衝撃波となって周囲に伝わる。
「久しぶりだな、一世!」
「な、マルコ……さん!?」
通信を入れると、案の定動揺する一世の声が聞こえて来た。
「すまんな、俺はお前に問い質さなきゃならん。お前が、スヴェントヴィト帝国に敵対するか、どうかを……なッ!」
機体の頭を傾げさせると、空いた空間を弾丸が通過し、オルベイルの頭部の左半分を吹き飛ばす。ポーロによる狙撃だ。その正確さは、海の上で見せた時以上のモノを備えている様子だった。
一世は即座にマルコの機体から距離を取り、ポーロとの連携を警戒する。
「貴様ら、俺を無視するなッ!」
だがそこに、ジャスティシアが槌を振るって迫って来た。その立ち回りは、先程の狙撃によってオルベイルの死角となった場所を的確に攻めている。
意図してやっているのか、そうでないのか。正義の棺を持つアルカニック・ギアに乗りながら、勝てばいいという姿勢を貫くこの騎士の姿勢に、マルコは「正義とは何か」を考えさせられる。
ジャスティシアが槌を振り回す。一撃、二撃、三撃と、その攻撃は苛烈さを増していく。
一世も、それをいなして威力を殺ぐものの、やはりマルコ達の存在をプレッシャーに感じ、集中出来ないでいる。
「トドメだ」
ジャスティシアの槌が、オルベイルを捉える。だが……。
「やらせない」
その声とともに、シイナのエクリプスが、両者の間に割って入った。




