第四十一話 分岐
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「どういう事だ伯父貴! 何故、一世達と刃を交えなければならないんだッ!?」
船を使い、早々にナカルへと到着したマルコは、自身の伯父でもある白虎騎士団の長、ペンタルクに通信機越しに事態の説明を行うよう問い詰めた。
幼い頃に両親を失ったマルコにとって、ペンタルクは父親同然の存在だ。同時に、自身の所属する騎士団の長……つまりは上司として、彼の言葉は絶対的な力を有していた。
「どうもこうもない。これは皇帝陛下のご采配だ」
「だとしても……!」
皇帝のアルカナの棺による「支配」の力もあるとは言え、人間として葛藤するだけの自由は保証されている。それ故に、マルコは悩み、苦しむ。
「四年の間武者修行に出ていたお前は知らないだろうが、あの一行には、三年前に起きたある事件の首謀者、その関係者も同行しているのだよ」
「……ッ!?」
その場に立ち会った事は無かったが、それでも噂には伝え聞いていた、三年前の事件。あれに世界のアルカニック・ギアが関わるとなれば、確かに事は重大だと、マルコは納得せざるを得なくなる。
しかし、同じ釜の飯を食った仲とすんなり戦えるかどうかと聞かれると、やはり怪しいモノがある。
それを考慮した上では無いが、ペンタルクはマルコに指示を出した。
「今回は、ワンド麾下の騎士が、戦場に出る事になっている。お前はその支援に徹すれば、その男と刃を交える必要は無い」
「手柄を、くれてやれってか?」
「お前が全力で戦えないのなら、むしろ向こうに当て馬になって貰う方が良かろう。その方が、私としても対策は取れる」
不承不承ながらもマルコはペンタルクからの指示に従う事にした。
だが、それで彼の迷いが吹っ切れたという訳では無いのもまた、事実だ。
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「アルエ、少しいいか……ってうわっ!?」
野営中、一世がアルエが籠もっているテントに入ると、途端にタオルを顔面に投げられる洗礼を受けた。
彼女は着替えの真っ最中。タイミングは、最悪といってもいいだろう。
乙女の柔肌を視界に収める事はかなわなかったものの、自身の頭の片隅に、罪の意識が生まれたのもまた確かだ。
一世は、慌ててテントから出ると、天幕の外から彼女に話しかける事にした。
「ザリアーナさん達には話したけど、少し野暮用が出来た。ナカルから先には、ネインとザリアーナさんとで言って欲しい」
「野暮用って何? それに、シイナも一緒って事は、何かあるんでしょ?」
早速の質問攻め。ある程度覚悟はしていたが、ともかくここは押し通るしかないと腹をくくる。
「野暮用は野暮用だよ。訳あってアルカナの棺を集めなきゃならなくなったって、この前言っただろ」
「……シイナの後ろに居る奴と、連絡取り合ってるのね」
アルエはやはり、ジョウの存在に勘付いていた。そもそも冷静に考えれば、記憶を失ったシイナが一人で動ける訳もない。
アルエも馬鹿ではない。少し頭を使えばわかる事だと、彼女は一世に言って返した。
「まあ、そういう訳だよ」
「分かった、じゃあ先に行ってる。だけど、無事に合流出来なかったら、承知しないからね」
テントから顔を出し、アルエは一世にそう告げる。一世もまた、アルエの顔を見て「分かったよ」と返した。
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翌日。ザリアーナはエアルフの掌にアルエとネインを乗せ、先にナカルの街へと向かった。
一世とシイナは、それを見送った後、作戦を再確認すると、別ルートからレシェア大河の上流を目指す。
ナカルは、大陸中央に位置するマステス平原とレシェア大河が交錯する場所に拓かれた都市だ。
マステス平原の南北には大小様々な国が林立しており、その国々が交易を行う為の中継点として、ナカルの街は必要不可欠な存在だった。
そして、そういった国々を跨いで活動出来るスヴェントヴィト軍の存在も、この土地柄の中では特に際立って見える。
スヴェントヴィト帝国は、マステス平原の北の果て、スヴェントヴィト山脈に位置する山岳国家だ。そこからマハリのナカルに向かうまでには、八つの国を越えなければならない。
通常であれば、国際的な折衝の上で軍の部隊を動かすのが筋であるものの、スヴェントヴィトはそれらを尽くスルーし、僅かな時間でナカルの郊外に拠点を設営していた。
それは、スヴェントヴィトが周辺国家の安全保障を担っているからこそであり、その恩恵を受けている国としては、その意向に逆らう事は出来ない。
武力による平和。それが、あの国の掲げる理念なのだ。
だが、スヴェントヴィトの意向に逆らった場合、有事の安全が担保されなくなる。それ故に、スヴェントヴィトは今日までこの大陸の覇者として成り立っていると言っても過言では無かった。
「さて、向こうはこっちの動きに気付いてくれるかな」
一世はそう言って、オルベイルを臨界形態へと変形させ、マステス平原の手前の崖の上に立たせた。
膨大なエネルギーの発生に伴い、スヴェントヴィトの部隊……と言っても、スートアーマーが数機程度だが……はその存在に気付き、オルベイルの方へと行軍して来る。
遠巻きに、エアルフの姿が見えた。アルエ達は、スヴェントヴィト軍から少し離れたルートを移動し、ナカルの街へと向かっていった。
ここまでは、一世達の作戦通り。後は、降りかかる火の粉を払うだけだ。
「それじゃあ、行きますか」
そう言って、一世は踵を返すと、もと来た道へと引き返していく。
当然、敵もそれを追う。
今、彼が担う役目は、言うなれば陽動だ。
アルエ達がナカルへと辿り着くまでの時間を稼ぎ、その後スヴェントヴィトの部隊をエクリプスの幻影月鏡を使って煙に巻き、逃げおおせる。これが、ジョウと一世の立てた作戦だった。
強大な軍事力を持った国の軍隊を相手に、何も正面から事を構える必要は無い。敵が大きいなら、隠れてやり過ごすのも立派な戦いの手段だ。
「そろそろか」
頃合いを見計らい、一世はシイナと合流する。
「再結合ッ! ザ・ムーンッ!!」
オルベイルの右腕に、エクリプスが合体。後は、幻影月鏡で敵の目を欺いて離脱するのみ。
だが……。
「逆井一世、待て」
シイナが、能力の発動を遮る。
途端に、上空に放たれた砲弾が炸裂し、放たれた煙が視界を覆う。
煙幕弾。否。撒かれたのは、白い粉末状の物質だ。時間が経てば、これが足元に積もり、機体の足跡もくっきりと残るという訳だ。
これでは、幻影月鏡を使った所で、どこにいるか一目瞭然になってしまう。
「くそっ、先手を打たれたか!」
一世はそう言って舌を打つ。
敵は、こちらの能力を把握した上で、その弱点を突いてきた。
一筋縄ではいかない奴がいると、一世は直感的に理解する。
「見つけたぞ、世界のアルカニック・ギアッ!」
「……!」
崖の上から、スヴェントヴィトの機体が槌を振りかざしながら飛び出して来た。
一世も、エクリプスの太刀を構え、それを受け止める。
落下のエネルギーと、敵機の重量、そして膂力が合力し、重い一撃が生まれた。
一世はオルベイルの両足を踏ん張らせ、それに耐えるが、その両脇からまた別の機体が姿を現わし、オルベイルに向けて攻撃を加えてくる。
「こいつら……ッ!」
背部から余剰エネルギーを放出し、周囲の敵機を牽制しつつ、鍔迫り合いを行っている敵を押し返す。
「やるな。だが、俺の正義のアルカニック・ギア、ジャスティシアの前に、それが何処まで通用するかな?」
そう言って、敵機……ジャスティシアが、左手を前方へと翳す。
何か来る。
そう思った矢先、一世の頭に、まるで頭蓋が割れるような痛みが生じる。
「有罪……!」
それが、眼前の敵機の能力であることを、一世はすかさず理解した。




