第四話 コロニーへ
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そこは、まさしく暗闇に支配された空間だった。
その空間の中心には、場を照らす唯一の光源が浮かんでいるが、そこから発せられる光は周囲の闇に溶けていくように掻き消され、空間全体を照らす事は無かった。
しかし、その光源は己に与えられた役割を、一切の淀みもなく遂行している。
「アレが、目を覚ましましたか。フフフ……」
暗闇の中に立つローブを纏った男が、冷笑しながらこの空間の唯一の光源……映像を映し出す球体をまじまじと見つめていた。男の視線の先には、アナンタの獣を撃破する真紅のスートアーマーの姿が投影されている。
そう、つい先程まで繰り広げられていた、槌の塔での一幕だ。
「かつての力の半分も取り戻していないようですが、これは私の予測に無かった事象ですね。興味深い」
「如何しますか?」
男の背後に、また別のローブの人影。背格好からして女性のようだが、目深く被ったローブと、顔の上半分を覆う仮面によって素顔の確認は出来ない。また、彼女の発する言葉には「感情」と呼べるような抑揚は殆ど感じられず、その振り幅は極めて平坦だった。
「貴女には、アレの存在をノヴァにリークして貰いましょうか。上手く取り入って、実物の情報を手に入れて下さい。何かあれば追って連絡します」
「理解りました、ではそのように」
そう言い残し、仮面の女は闇の中に姿を消す。
「やれやれ、相変わらずせっかちな娘だ」
男は、ため息混じりにひとりごちると、再び真紅の機体の映像に向き直った。
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「う……ん?」
アルエが目を覚ますと、そこはネインの砂上船の中だった。
意識を覚醒させ、まずは自分がここで横になるまでの記憶を辿る。自分は確か槌の塔でバケモノに襲われた筈だ。しかし、一世と一緒にスートアーマーに乗り込んだ所までは覚えているが、そこから先の記憶がすっぽりと抜け落ちている。
「あ、起きたか」
「……逆井くん」
ノックと共に船室に入って来た男子を見て、安堵の表情を見せる。今は、少しでも見知った人間の顔を見るだけでも心が落ち着いた。
同時に、自分がそんな状況に置かれているという事に、複雑な感情も湧いてくる。
「あの、さ。あれから私達どうなったの?」
「ああ、バケモノを俺がやっつけた後、ネインが引き上げたお宝と一緒に、あいつの住んでるっていうコロニーに向かってる」
コロニーがどのようなコミュニティなのか、今の二人には想像がつかなかったが、今はようやく落ち着けるという気持ちが勝っていた。
「そう、なんだ……でも、よく初めて触ったロボットを動かせたよね」
「ああ、それには俺も驚いてる。何だかよく分からないけど、動かし方が頭の中に入ってきたような、そんな感覚がして……それで後は無我夢中になってたっていうか」
「やだなぁ、そういうのは漫画かアニメの中だけにしてよね」
「いや、仕方ないだろ、実際そうなったんだし」
アルエは笑い声と共に一世をからう。そうやって安心した事で緊張が緩んだのか、アルエの腹の虫がぐぅ、と鳴り出す。彼女は思わず赤面し、羽織っていた毛布で顔を隠した。
「あー、そう言えばこっちに来てから何も食べてないんだよな俺達って」
そう言って、一世は部屋の隅に置いてあった学生鞄の中を漁ると、サンドイッチとレモンティーの入った袋を取り出し、アルエに渡した。
「疲れてるなら、それ食べて少し休んでなよ」
「あ、ありがと……」
礼を述べ、アルエはビニール袋を受け取ると、その中身を開封して口に運んだ。
「なあ、何であの駅のホームに居たんだ?」
「何? アイドルは電車乗っちゃダメなの?」
「そんな事は言ってないだろ。……言いたくないなら、別にいいけど、さ」
一世の様子を見て、アルエは顔を俯ける。その面持ちは、今まで一世の前で見せた事が無い程に、真剣だった。
「シイナを、探していたのよ」
「藍羽シイナを?」
一世の言葉にアルエはこくりと頷くと、真剣な表情を崩す事なく語り出した。
シイナが姿を消してから一週間。彼女は何も手を付けられずにいた。そんな最中、シイナのスマホからメッセージが入り、一世の住んでいた街に呼び出されたという。
一世は、それがアルエを陥れる為の罠だったのだと実感した。ならば、今回の列車事故は「事件」という事になる。
また、一世はこの話を聞いてアルエがシイナを想う気持ちが本物なのだと理解していた。
故に、その二人の関係を利用した犯人を、一世は許せないでいた。
「もしも、元の世界に帰れる方法があれば、戻りたいと思うか?」
ふと、一世はアルエにそんな質問を投げかけた。
「確かに。戻りたいとは思うよ。シイナがどうなっているかも、気になるし」
「なら、やる事は決まりだ。元の世界に戻る方法を探そう」
目的を新たに設定した事で、二人の異世界での戦いが、今新たに始まった。
「お二人とも、そろそろコロニーですぜ」
伝声管から、ネインの声。
二人が船窓から外を見ると、巨大な岩山が姿を表した。
砂漠を「海」に例えた場合、これは「島」と呼べばいいのだろうかと、一世はふと考える。陸……と形容すればいいのか一世は分からなかったが、砂漠から離れるごとに地面に草木が増えていき、「島」の中央部は砂漠よりもマシな荒野と呼べるくらいに生命の息吹を感じる事が出来た。
岩山と砂漠との境界には船着き場を思わせる施設があり、そこには数隻の砂上船の姿があった。
集落より少し上がった所にある草原には牧場があり、そこでは牛とも豚ともつかない生物が放牧されている。
「ここが俺っち達が住んでるレヤノ・コロニーです」
そう言って、ネインは慣れた手付きで船を船着き場に付ける。
一世は船着き場を一瞥すると、「なんともこれは」と頭を抱えた。船着き場の設備には錆が浮かび、使われずに放置されて久しい建物が散見しており、その様子は、まさに寂れた漁村そのものだったからだ。
「ただいまー」
船着き場に降り、ネインは開口一番に船の前に現れた初老の男に帰還の挨拶をする。だが、次の瞬間、ネインはその男からきついゲンコツを貰う事になった。
「いってーな、何するんだよ爺ちゃん!?」
「馬鹿野郎! ネインお前また禁を破ったな!」
「だってここら辺は質のいい遺跡も無いし、主戦場だって遠いから一攫千金を狙うには遠出するしか無いだろ」
頭を擦りながら、ネインは爺ちゃんと呼ばれた初老の男に反論する。
「だがな、境界破りはいかん。お前さんはまだ解っとらんのじゃ。アナンタの獣が身を潜めるあの砂域の恐ろしさを……」
「いや、獣に遭遇こそしたけど、そいつは倒したから。あそこにいるアニキが」
「なんじゃとッ!?」
ネインの指差す方向にいた一世の姿を認め、老人は素っ頓狂な声を上げる。
「あ、ど、どうも……」
突然に話をふられ、一世は頭をかきながら生返事を返す。加えて、ネインからアニキと呼ばれた事に、背中が痒くなるのを感じた。
しかし、老人はネインの言葉を信じる様子は更々無いらしく、更に彼を怒鳴りつけた。
「ホラ話も大概にせい。あんな頼りなさそうな奴が獣退治なんぞ出来るものなら、世の中とっくに平和になっとるわ」
何かとてつもなく失礼な事を言われた気がしたが、一世はそれを聞かなかった事にしつつ、獣に襲われた際の顛末を老人に伝えた。
「いや、遺跡にあったスートアーマーのお陰ですよ。俺自身の力って訳じゃ……」
「ほう、スートアーマー。稼働出来る物が眠っておったか」
「一機だけだけどね。他は休眠状態で砂の下」
ネインと一世の言葉に偽りは無いと悟り、老人は思案する。遺跡から発掘されるスートアーマーは、保存状態が良い物ほど高値が付きやすい。即時稼働状態に持ち込める物であれば尚更だ。
「動いた機体、船に載せておるのか?」
「ああ、見てみるかい?」
そう言って、ネインは老人を船のカーゴに案内した。
覆っていた幌を外し、真紅の機体が沈みかけた太陽の下で更に紅く染まる。
「なるほど、こいつは上物じゃな」
「リスクに見合うリターンだとは思っているよ、爺ちゃん」
機体を品定めする老人の隣に立ち、ネインは自分の成果をアピールする。遺跡や古戦場から発掘されるスートアーマーの大半は、過去の戦乱で損傷しているケースが大半であり、現在の技術で製造された外装で改修するか、ジェネレーター等の機体中枢を新造した機体に載せ換えて運用する。
しかし、現代の技術水準は過去のそれと比べて大きく劣っており、スートアーマーを一から新規に開発・製造出来る国や組織は少なく、補修した機体もオリジナルから性能が低下してしまうケースが殆どだ。
だからこそ、当時の姿を保ったままの機体には価値があり、それがこの寂れたコロニーに富をもたらすであろうと、ネインは熱弁する。
「あいつも、売払われるんだなー」
ネインと老人の会話を尻目に、一世は紅い機体の顔を見上げた。
そのデザインは、一言で言えば「格好いい」に尽きる。背部のユニットがやや大仰だが、本体は細身ながらも力強いフォルムを持っている。一世にとって、好みの外見だ。
それ故に、ここで別れる事になるのは少々寂しい気もするが、機体の所有権はネインにある。駄々をこねても大人気ないだけだと自分に言い聞かせた。
「それで、コイツもお前さんが見つけたんか」
「いいや、これはアニキ達が見つけたんだ。だからアニキのモンだよ」
「はぁ、そりゃ仕方がないわなぁ」
「えっ」
ネインのその一言を耳にして、一世は思わず彼に詰め寄った。
「いやいやいや、話を聞く限りだと結構なレア物だろ? それなのに俺なんかが貰っていいの?」
「砂漠では拾った物は拾った者の、見つけた物は見つけた者のモンだからね。ま、この場合アルエの姉さんにも所有権はありそうだけど、さ」
そう言って、ネインは船の船室の方を見やった。部屋の中では、アルエが旅の疲れを癒やす為に眠りについている。
「ま、それなら問題無いさ。俺はあの子を……」
元の世界に戻す為にこの力を使う。そう言いかけて、一世は口を閉ざした。
「あの子を、何ですか?」
「いいや、何でもないよ」
一世の勿体ぶった態度に、ネインは「何なんすかー!」と声を上げる。
そんな二人の様子を見ながら、老人は彼らの若さに頬を緩ませた。