第三十二話 犠牲と目的と
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自慢の腕を、巨体を、オルベイルのタワーランチャーから放たれたビームによって引き裂かれ、ギメルはこれまで感じた事のない焦燥を覚えた。
攻撃の一点集中。
それは、自身の再生能力を上回るだけの力を有していたのだ。
塔のアルカナの棺。
サメフがゲームの駒のように使い捨てたその力が、ギメルの前に脅威として立ち塞がったのは皮肉としか言いようが無い。
「ク、ソ、がああァァァァァァあッ!!」
ギメルが叫び声をあげ、他の部位が崩壊していく中で、細切れになった身体を再び再生しにかかる。
青銅色の肉編から部位が生えていく様は、まるでエネルギー保存の法則を無視したかのような振る舞いを見せた。
だが、一世達はまさに「その瞬間」を待っていた。
「逆井一世、奴は必ずコアのある本体から再生を開始する。そこを狙えッ!」
シイナに言われるまま、一世は再生を開始したギメルの破片を確認すると、それがそうだと狙いを定め、躊躇わずに銃爪を引いた。
塔砲から放たれた光が、ギメルのコアを射抜く。
「……ッ!」
コアをピンポイントで焼き貫かれ、ギメルはその活動の全てを維持出来なくなる。
既に崩壊が始まっていた巨体は、まるで塵芥のように分解速度を加速させていき、焼かれたコアもまた同じように形を保てずに崩れ去った。
「勝った、のか……?」
「ああ、私達の勝利だ」
シイナのその一言に、一世はタワーランチャーの構えを解き、ゆっくりとコクピットの背もたれに体重を預けた。
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ザーズ・コロニーは、文字通り壊滅状態にあった。
住民はその殆どがバグズによって虐殺され、防衛部隊も壊滅したに等しい。
だが、より大局的な視点から見ると、事態はノヴァにとって最悪の連鎖を担っていた。
まず、ザーズには軍の工廠があり、そこで生産されていた弾薬や物資の供給が滞れば、戦線の維持も難しくなる。
もう一つはグリッチの死。次期最高権力者に最も近いとされていた男の地位が空いた事で、そこに誰が収まるかの腹の探り合いが誘発されるのは当然の結果だと言えた。
にも関わらず、戦況が芳しくないのであれば、後は芋づる式に悪い方向へと堕ちていくだけだ。
一世達は、面倒な追求を避ける為、逃げるようにザーズから退散。今後の方策を練るべく、ネビュリアに向けて進路を取った。
アルエは変異から来る熱と、悪夢に魘され、まだ意識を取り戻さない。
もしかした、このまま目を覚まさないのではないかという不安が、一世の胸中に去来する。
だが、それはそれとして、彼は胸に抱いた疑問を解き明かさなくてはならなかった。
何故、オルベイルは自分が乗っていないにも関わらず動き、そして突如としてあのアナンタの使徒の背後に現れたのか。
その理由を、シイナに、厳密に言えばその背後に居るジョウに問いただす。
「あれは、お前の精神が機体に感応し、動かしただけの事だ」
「そんな簡単な事なのか……?」
シイナはあっさりと返答するが、一世は納得いかない様子だ。
「事象の変換という、全ての棺が持つ共通性質による所が大きい。大なり小なり、棺は持ち主の願望を叶える力を持っている」
「願望……それを使えば、アルエの獣憑きも完治するんじゃないのか?」
「いや、無理だ。アナンタ因子にまつわる事象は、アナンタの性質がこの世界とは根底から異なる故に、どうしても書き換えられない」
つまり、彼女を治療する為には、どうしてもペラウンへ行かなければならない、という事だ。
「分かった……それで、最後に一ついいか」
「構わない」
「ザーズが襲われる事、ジョウは未来予測で知っていたんじゃないのか?」
一世の視線が、口調が、一気に鋭くなる。
口には出さないが、彼の表情は「ジョウの力さえあれば、あの悲劇は起こらなかったのではないか」と語っている。
「確かにその通りだ。だが、それはこれから起こるであろう事象の前には、些事として扱われる」
「些事、だと? あれだけの被害が出ておきながら……!」
シイナの言い様に、一世は食って掛かる。
だが、シイナは淡々とジョウからの言い分を伝えるメッセンジャーに過ぎない。彼女に当たるのは筋違いだと、一世は己に冷静になるよう言い聞かせた。
「お前達は、ペラウンに向かう。その為には、少しでも時間が必要だ。その時間は、ザーズの被った被害によって齎される事になる」
シイナの言葉は、事実だった。
ノヴァの中でも指折りの大都市であるザーズの壊滅は、ノヴァ国内のみならず、それと敵対していたアガトラ王国軍の軍事行動にも影響を与えていた。
軍事行動というものは、ただ場当たり的に敵とかち合って倒せば良い、という物ではない。相手の腹を探り合い、どう動くかを予想して、その上で作戦を立案し、部隊を編成して実行に移す。そういったプロセスを繰り返して、戦況が形作られていくのだ。
だが、アナンタの獣によるザーズ壊滅は、アガトラにとってもイレギュラーな事態だ。上層部はこれに乗じて神速を尊ぶか、それとも状況を静観し、作戦を根本から組み直すかで割れる事になる。むしろ、ザーズ壊滅の原因がアナンタの獣にあるとすれば、作戦の見直し派が優勢と言えた。
ジョウの見立てでは、それによって得られる時間は一週間。
だが、それは人の命を天秤にかけて作り出した時間だ。救えた命をジョウが見捨てた事に変わりはない。
「だが、助けたところでザーズは近い内に戦火に塗れるというのが、導師の見た未来だ。そこに、数字的な変わりはない」
「……そうかよ」
シイナの感情の無い言葉と、ジョウの数字と効率を最優先に考える姿勢に苛立ちを感じ、一世は壁に拳を打ち付けた。
なまじシイナがそのような態度を取っているだけに、余計に機械的な印象を一世に与えてしまっている。
「お前達が、そんな考えしか出来ないなら、協力は無しだ」
「何を言っている?」
「戦う度に犠牲は少なからず出る。それは俺のような人間でも理解しているつもりだ。だがな。目的の為に最短ルートを突っ切って、それで何百人も死なせるような選択肢は、今後の戦いで選ばせない」
シイナに詰め寄り、一世は仮面越しにその瞳をじっと見つめる。
元々が一方的に取り交わされた協力関係であるだけに、こちらも要求を出さなければ不公平というものだろう。
「それが、俺が提示する協力の条件だ」
「……分かった、導師にはそう伝えておく」
冷淡に、ただ一言そう伝えた後、シイナはその場から姿を消した。
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破壊された工廠の瓦礫の下から、組み立てかけのスートアーマー……否、アルカニック・ギアを掘り起こし、サメフは不気味な笑みを浮かべる。
眼前の玩具に夢中になったアナンタの使徒の一人は、相方であった筈のギメルの消滅に微塵の興味も感傷も抱いていない様子だった。
「よくもまあ、短い時間でここまで機体を作り上げられたものだね。ニンゲンの工業力も、馬鹿に出来ないものだ」
既にこの世に居ないであろう開発スタッフに感謝の言葉を述べつつ、サメフは早速そのアルカニック・ギアに最後の「仕掛け」を施す。
アナンタの獣をその場に呼び出し、アルカニック・ギアに寄生させるのだ。アル・ピナクルもザディスも、サメフがそのように作り出した機体だった。
「さて、それじゃあこれを回収し次第、あの娘を取り戻しに行こうか」
そう言って、サメフはアナンタの獣によって変異したアルカニック・ギアとともに何処かへと消え去った。




