第三十一話 衝天塔砲
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ギメルの出現と、ザーズの街の彼方此方から上がる火の手に、一世は背筋を凍らせた。街にバグズが放たれ、それに伴い生々しい悲鳴が木霊する。
この侵攻スピードは、ネビュリアの時の比ではない。
駐留していた軍が出撃するも、艦隊は手も足も出ないまま一方的な蹂躪を受け、瞬く間に砂の海へと沈んでいった。
「お前たちは……ッ!」
全身の毛が、逆立つような感覚が、一世の身体を駆け巡った。
途端に、オルベイルが、ギメルの背後に出現し、その光の杭を敵に突き立てる。
しかし、それはギメルの身体に届くことは無い。
「えっ、何でオルベイルが!?」
何が起きたのか、理解出来ずにネインがパニックを起こす。
一世も、オルベイルが勝手に動いた事に困惑の表情を見せていた。
「ハハハ、やはりアルカニック・ギアとの戦いはこうでなくては面白くないッ!」
無人のオルベイルを押し返し、ギメルが笑う。この手のシチュエーションは想定済みといった様子だ。
姿勢を崩したオルベイルが、その場に倒れ込む。無人で起動して転移したとは言え、やはり機体の制御にはパイロットが必要なのだ。
ギメルは、バグズを呼び出すとオルベイルに群がらせ、その動きを封じる。
「だがニンゲンの乗らないそれは、木偶人形も同然だ」
そう言ってギメルは一歩、砂上船へと近づく。だが、シイナの乗るエクリプスの太刀が、咄嗟にギメルの進路を塞いだ。
ギメルはその掌を太刀に打ち付け、その刃を粉砕。刃を向けてきた敵に、ギメルはその拳を向けたが、エクリプスはそれよりも早く幻影月鏡によって姿をくらませた。
「気配を消すアルカニック・ギアか」
オルベイルに群がるバグズが、一斉に爆ぜる。
「今だ、逆井一世!」
シイナの呼ぶ声に反応し、一世は駆け出した。
「行かせるものか」
だが、それを黙って見逃すギメルではない。バグズと共に、オルベイルへ乗り込もうとする一世を阻止する行動に出た。
走る一世に、バグズの顎が迫る。一世はそれを身体を捻って回避。更に迫るバグズとギメルを、エクリプスが受け止める。一歩でも間違えたら命は無い。ザリアーナも、すぐにエアルフを出して一世を援護する。
一世は、死にものぐるいの全力疾走を経てオルベイルのコクピットにたどり着き、息を整える間もなく機体を立ち上げた。
だが、ギメルはバグズを操り、再度動きを封じようと試みる。
一世は関節を固めるように脚を絡ませてくる巨蟲を、力任せに引きちぎる。
「うおおぉりゃあぁぁあッ!!」
機体の出力を上げ、機体が輝き出す。
オルベイルの装甲が、紅から白を帯びた蒼に変化し、胸部が展開して肩幅が拡大する。続けて、両肩に装備されていたブースターが肩を、腕を覆うように展開。続けて腰部が回転し脚部が折りたたまれ、ガトリング砲を有するスタビライザーが膝下を構成する形でそこに収まり、最後に頭部と背部が展開し、変形が完了する。
臨界形態。
一世がそう名付けた戦闘形態へと変形したオルベイルは、機体の背部から膨大な量のレイを放出。それがまるでコロニーを覆うように周囲へと拡散する。
街中のバグズはそれを餌と捉え、吸収し始める。だが、あまりにも大量のレイはバグズの吸収出来るキャパシティを超え、飽和したエネルギーがバグズの体組織にダメージを与え、暴発させた。それも、コロニーに出現した全てを、だ。
「何……?」
想定外の攻撃によって雑魚を散らされ、ギメルは一瞬、そちらの方に集中を散らす。
「隙ありだ」
エクリプスの太刀が、ギメルの身体を両断した。だが、それで致命傷を与えられるほど、目の前の男は甘くはないとシイナは理解している。
刃を引くと、敵の姿は既にそこに無い。
逃げたか、と思った瞬間、背後からの一撃がエクリプスを襲う。
シイナはエクリプスの頭部を振るい、そこに取り付けられたブレードを背後の敵に見舞った。しかし、敵はそれを受け止め、更にエクリプスごと捻り上げると、勢いよく投げ飛ばす。
受け身を取るべきか。だが、その隙を狙って敵はこちらを攻撃してくる可能性がある。
空中で思考を巡らせている最中、シイナを呼ぶ一世の声がした。
「再結合ッ! ザ・ムーンッ!! 来い、シイナッ!」
エクリプスが光となってオルベイルの右腕に取り付き、武装合体。
一世はエクリプスを投げ飛ばした敵に対して、月のアルカニック・ギアが变化した太刀の一撃を以って返礼とした。
敵は、仮面を被った筋骨隆々とした大男といった外見のアナンタの獣。だが、それが今までの敵と大きく異る存在だと、一世は直感で理解する。
「ハーッハッハッハ!」
ギメルの笑い声が、アナンタの獣から発せられる。そう、あれがアナンタの使徒としてのギメルの本来の姿なのだ。
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アナンタの使徒の本質は、自我を獲得し、異能を得たアナンタの獣であるとも言えた。
ギメルは、己の力を倍加する能力を持ち、強敵と対峙する事を至上の悦びとするパワーファイターだ。
そして、相手が自分を上回る力を持っていれば、それを上回る力を得て報復する。それが、このアナンタの使徒のやり口だった。
「正面からは無理だ、幻影月鏡で行くぞ」
「分かってる!」
シイナの提案を受け入れ、オルベイルは幻影月鏡で姿を眩ませる。
敵の注意が別の方向へと向いた隙を突き、背後から一刺し。
確かな手応えに、一世は勝利を確信する。
しかし、ギメルはそれを意に介さず、裏拳を以てオルベイルに反撃して来た。
「……ッ!?」
太刀をギメルから抜き、機体を背後に跳躍させ、その一撃によるダメージを軽減させる。
港から遠く離れた、もはや瓦礫の山となって久しい建物に、オルベイルが突っ込んだ。
「ハハハ、この程度か。命が惜しければそこで寝ている事だな。殺すのは後回しにしておいてやる」
そう言って、ギメルがネインの船へとその魔手を向ける。
ザリアーナの指示によって、ネインは船を急速発進させ、その場から離脱を図る。しかり、挙動は鈍重とはいえ、ギメルは砂上船を執拗に追跡した。
「くそっ、あいつに接近戦は危険過ぎる!」
ギメルの一撃を受け止め、一世が悪態をつく。先程の一撃は、反射的に威力を殺したとは言え、オルベイルの機体のあちこちにスパークを走らせてしまっている。
遠距離攻撃が出来ればいいのだが、こちらの攻撃はいずれもリーチが短く、いずれにしても相性が悪い。
「武器ならあるだろう」
「えっ、何を言って……まさか!」
「塔の棺、今使わないでどうする」
シイナの言葉の意味を、一世はすぐに理解すし、実行に移す。
「分かった、やってやるよ」
ダメージを追った機体を、瓦礫の中から再び立ち上がらせ、一世は呼吸を整え叫んだ。
「再結合ッ! ザ・タワーッ!!」
レイの渦がオルベイルの周囲を取り囲む。同時に、胸部から光が放たれ、その光がオルベイルの左腰に取り付いた。
光は質量を持った物質に変換され、それがまるで建造物を組み上げるかのように組み合わさっていく。
そして、それは長大なタワーランチャーとなり、オルベイルはその銃把を握った。
「出力は抑えろ。船にも被害を出しかねない」
一世はシイナに言われるまま、タワーランチャーのエネルギーを絞り込み、照準を定める。
ターゲットスコープの中心に、ギメルの巨体が重なった。
「今だッ!」
長大な塔を思わせる大型砲が、火を吹いた。その火線は極めて細く、そして速い。
それが、ギメルの背中に直撃し、船に伸ばそうとしていた左腕を肩関節ごと切断した。
ダメージを受け、ギメルはすぐにオルベイルの方へと向き直ると、タワーランチャーを構えたオルベイルを脅威と受け止め、その存在を消去しようと標的を変更した。
一世はネインに最大速度でその場から離れるよう指示し、ネインもそれに従う。
「終わらせてやる」
その言葉と共に、再度タワーランチャーから光が放たれる。
先程とは、比較にならない程の規模のビームが、ギメルに迫る。
ギメルはこれを残った右腕で防御しつつ、左腕を再生させ、オルベイルとの距離を縮めようと試みる。
「くそっ、これに耐えて進んでくるのか!」
「出力を一点に集中させろ。さっきと同じ要領だ」
「よし」
ビームが、徐々に光量を減らしていく。ギメルは、それが力尽きたものと錯覚し、一気にオルベイルとの距離を詰めるべく、全速力で駆け抜ける。
しかし、オルベイルのビーム照射は続き、一点集中した攻撃がギメルの身体を、細胞を、アナンタ因子を焼いていく。
ギメルの右腕の防御を、タワーランチャーのビームが突破する。
そして、一世はランチャーを振るい、ギメルの身体にビームの軌跡を走らせた。
ギメルの巨体は、まるでスチロールカッターを当てた発泡スチロールのようにあっさりと斬り裂かれ、遂には細切れまで分解された。




