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天上のオルベイル -Arcanx Gear Altwelt-  作者: [LEC1EN]
五 アナンタの使徒

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第三十話 獣憑き

 アルエに叩かれた頬をさすりながら、一世(かずや)はザーズ・コロニーに向けて進路を取った。

 その傍らには、シイナとアルエが乗るエクリプスの姿。

 三人の目的はもちろん、コロニーで情報収集に努めているネインとザリアーナの二人と合流する事だ。

 ザーズ・コロニーへの入港は、機甲ギルドの認証を使ってパスし、二機のアルカニック・ギアはネインの砂上船のカーゴへと機体を滑り込ませた。


「ようやく、帰ってきたって感じがするな」


 機体から降りて、一世はようやくひと心地ついた気分だ。


「ねえ、早く向こうに行ってくれない?」


 エクリプスの機外マイクから、不機嫌そうなアルエの声が聞こえてくる。

 彼女を救出した際のいざこざから、一世は彼女の機嫌を損ねていたのだ。

 何より、アルエはこれ以上あられもない格好を、すぐに見られるのが恥ずかしかった。


「はあ、分かったよ」


 アルエの意を汲み、一世はそそくさと操舵室の方へ向かった。

 丁度、ネインとザリアーナも船に戻っており、そこでお互いに情報のすり合わせを行う事にした。


「アニキ達が無事で良かったですよ。俺達がここに着いた時には、もう艦隊が差し向けられた後でしたから」

「役立たずで申し訳無いと思っているよ、うん」


 頭を下げる二人に対して、一世は何とかなったから問題は無いと言って頭を上げるように頼む。

 そもそも、二人がザーズに到着した段階で艦隊が出撃していたと説明している時点で、一世が憤りをぶつける理由は一切無いのだ。


「ところで、アルエさんはどうしたんです?」

「まあ、色々あって、な。まだこっちには顔を出せない」


 ネインの質問に、一世は目を逸らしながらはぐらかす。

 その様子に、二人の間に何かあったのだろうとザリアーナは察し、ネインにそれとなく言い含めた。

 ネインは「そんなもんですか」と軽く受け流し、街で得た情報を一世に開示する。

 特に耳にするのが、コロニー西側の軍工廠への工業物資と技術者の一極集中だ。

 あからさまに何かを作り始めているのは間違いないが、果たしてそれが何であるかまでは、ネイン達でも調べられなかったらしい。

 気になる所ではあるが、目下の彼らの問題は今後の方策。如何にして海へ出るかの一点に集約する。

 海へ向かう為には、ノヴァ唯一の港町である港湾都市マハリに向かう必要がある。


「最新の情勢を鑑みるに、アガトラ軍によるマハリ侵攻が近いね」

「そんなにノヴァが劣勢なんですか?」


 ザリアーナの情報に、ネインは首を傾げた。

 事実、マハリへの攻撃の噂は一切入っていない。だが、ザリアーナは得られた情報の裏を読んでおり、そこから隠された真実を見極めていた。


「情報はそのまま鵜呑みにするだけじゃ駄目だよ、ネイン君。その裏に隠れた意図まで読み取らなければね」


 そう言って、ザリアーナは情報を纏め上げていく。こういう時メガネキャラは強いのだと、一世は改めて思った。

 ザリアーナ曰く、戦争において、最前線の状況が市井に伝わる事はまず無い。あったとしても誇張された戦果が伝えられ、国民の戦意高揚に充てられる物だと、彼女は語る。

 そして、ザリアーナは机の上に複数の新聞を並べ、こう言った。


「いずれの記事も、マハリ回りの情報が伝えられていない。劣勢を国民に悟られたくないという意図が見え透いている」

「それじゃあ……」

「国を出るなら、急いだほうがいいかもしれないという事だ」


 ザリアーナの言葉に一世は納得をするものの、同時に未だにノヴァに残る死神の棺の事が気がかりでならなかった。

 あれがもし、まだアナンタの使徒の手元にあったとしたら、きっと碌な事にはならない。

 ジョウが「棺を集めろ」と言っていたのも、恐らくこれを見越しての事なのだろうと、一世は改めて認識した。

 前に進むか、それともノヴァに残って棺を集めるかの分水嶺。選択肢は二つに一つしか無い。

 ここは、未来予測が出来るジョウに判断を仰ぐべきだろうか。


「今後の事については、シイナにも判断を仰ぎたいと思う」

「シイナさんって、あの仮面の人ですか?」

「ああ、一応あいつも俺達に同行するみたいだから、な」


 一世はとりあえず現状を保留し、シイナの居る格納庫へ向かう事にした。

 だが、その時だ。格納庫の方から、アルエの悲鳴が聞こえて来たのは。


 格納庫から木霊するアルエの悲鳴を耳にし、一世達はすぐに彼女の下へと駆けつけた。

 そこには、シイナの腕の中でうずくまるアルエの姿。

 一世はすぐに、アルエの変化に感付き、シイナに何が起きたのか説明を求める。


「アルエに、何が起きたんだ?」

「……これは、獣憑きだ」


 獣憑き。

 リーテリーデンとの決着の時にも聞いた意味深なワードに、一世は眉をひそめる。

 苦悶の表情を浮かべるアルエの頭には、狐を彷彿とさせる耳が。そして臀部からは、同じく毛並みの良い尻尾が生えていた。

 言い得て妙なネーミングだと、一世は内心納得しつつ、どうしてこうなったのか、説明を求めた。


「獣憑き……まさかその症例を間近で見る事になるとはな」


 ザリアーナが、興味深そうにアルエに近づき、彼女の額に右手を当てた。


「これはアナンタの獣の因子が体内に入り込んで起こる、身体の変容だよ。スートアーマーは、アナンタの獣と戦う為の力であると同時に、その因子から身体を守る為の防護服でもあったんだ」


 ザリアーナの説明に、一世は青ざめた表情を見せる。

 恐らくはアルエがザディスに囚われていた時に、因子が取り込まれたのだろうと、一世は理解した。

 そして、脳裏にリーテリーデンのあの姿が思い浮かぶ。


「まさか、アルエが化け物になるっていうんですかッ!?」


 リーテリーデンの末路を思い起こし、一世はザリアーナに食って掛かる。

 突然の大声に、アルエの背中がびくりと跳ねた。


「安心しろ。この程度なら、獣の因子が身体を支配する事は無い」


 シイナが二人の間に割って入り一世に落ち着くよう促した。その間に、ザリアーナは簡単な診察をアルエに行う。


「この状態はフェーズ・ワン。身体が限定的に変異した状態だね。変異は遺伝子内に休眠していた不要な情報が呼び出されて起こるらしいけど、詳しい事までは分かっていない。だけど、獣憑きの恐ろしい所は、その体内に残留した因子が、アナンタの獣を呼び寄せるという事だ」

「そう。だから獣憑きは人々から忌避され、集団から排斥される運命をたどる」


 ザリアーナの説明に、シイナがそう付け加える。


「治療法は、無いんですか?」

「あるには、あるが……正直に言うとノヴァでは根本的な治療は行えないんだ」


 ザリアーナの言葉に、一世はがっくりと肩を落とす。目に見えた落胆。だが、それを覆す一手がある事を、彼女は知っていた。


「だけど、ノヴァ国外なら話は別だ。海の向こう……スヴェントヴィト帝国の隣国、ペラウン樹国の樹海。そこに治療法はある」

「なら、すぐに向かうべきだ」


 その決断を下したのは、意外にもシイナだった。

 皆の視線が一斉に彼女の方へと向き、シイナ自身も、何故自分がそのように口走ったのか、不思議そうな表情を見せていた。


「行き先は、決まりのようだね」

「樹海ってどんな場所なのか、俺も気になってます!」


 ザリアーナとネインはペラウン行きに同意している様子だ。


「分かった、急ごう。ペラウン樹国へ」


 最後に、一世が合意した事で、一行のペラウン行きが満場一致で決定する。

 だが、出立を決めた次の瞬間。一行の前に立ちふさがる不穏な影の存在が、そこに待ち構えていた。


「先程ぶりだな、ニンゲンの小僧」


 アナンタの使徒、ギメルが、ネインの砂上船の前に突如として姿を表した。


「全く、ギメルは横着者だな……」


 サメフは、傷が癒えたばかりの身体の調子を確かめながら、一足先に飛び出していった相方の存在に呆れていた。

 ダメージを回復するやいなや、追跡と称して目標に突撃する。ギメルとは本来、そういう猪突猛進を絵に描いたようなパワーファイターなのだ。

 何だかんだで彼がサメフと行動を共にしているのは、ギメルがサメフの能力を有用だと認めているからに他ならない。

 事実、ギメルは出撃の際にサメフの能力に頼っており、それ故にサメフの戯れも許容している。

 全ては、自分達の目的の為。

 そして、それはギメルがただの突撃馬鹿ではなく、頭を使うタイプの戦闘狂である事を示していた。


「死神の修復には、まだ時間を要する。けど、約束を反故にしたオトシマエは付ける事が出来た」


 その言葉と共に、サメフはその場に転がる死体を見て、冷たい笑みを浮かべた。

 彼が居る場所は、ザーズ・コロニーの政庁、その中枢たるグリッチ・ザーズの執務室。そして、床に転がる血塗れの亡骸は、その部屋の主だった男だ。


「君に預けた棺は、返して貰うよ。僕達も、ただ黙ってやられる程、無知じゃあ無いんだ」


 サメフのその一言と共に、ザーズ・コロニーのあちこちから、火の手が上がった。

 彼が放ったバグズが、街を蹂躪し始めたのだ。

 際限無く増え、市街地を跋扈する異形の蟲に対して、軍は以前のような飽和射撃を行う事は出来ない。何故ならそこには避難を終えていない市民が取り残されているからだ。

 物量による一方的な殺戮が始まり、やがてそれはコロニー全体を包み込むだろう。文字通りの地獄絵図が、そこには広がっていた。

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