第二十九話 砲撃
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エクリプスと合体したオルベイルの能力によってザディスを退けた一世とシイナは、遂にアナンタの使徒に囚われていたアルエの奪還に成功した。
だが、事態は全て良い方向に向かっているとは限らない。地下空洞内に響き渡る振動が、その予兆だ。
天井からパラパラと落ちて来る礫の存在に気付き、一世は思わず上を見上げた。
「何だ?」
一世が口を開いた途端、空気を震わせる程の衝撃が、地下空洞を支配する。
「これは……もしかして爆撃かッ!?」
地下空洞の外、その入口たる岩場に対して、ノヴァ軍による、アナンタの獣の掃討を目的とした遠距離からの艦砲射撃が敢行されていた。
一世達は知る由もないが、この攻撃はグリッチ・ザーズによって仕向けられた物だ。
一世とシイナがネイン達と別行動を取った時には既にこの岩場に部隊は向かっており、既に離脱するタイミングを逸していた事になる。
「このままでは生き埋めだ。どうする?」
シイナが抑揚のない言葉を以って一世に問いかける。
「仕方がないけど、逃げるしかない」
一世のその言葉に、シイナは賛成の意思を示す。
今このタイミングで引けばザディスからアルカナの棺を回収する事は出来ないが、世界と月の二つのアルカナの棺、そして命を失うよりはマシだと一世は判断したのだ。それと同時に、アルエを早く安全な場所まで運ばなければならないという気持ちが勝っている。
一世は機体を大きく跳躍させ、来た時と同じように天井を突き破って地下空洞から撤退した。その時の衝撃が呼び水となったのかは分からないが、地下空洞に岩と土砂のシャワーが降り注いだ。
「恐らく外にはノヴァの砂上艦隊がいる。合体は解かず、姿を消したままその場をやり過ごすぞ」
「分かった」
アルエの収められた結晶体を大事に炊き抱えながら最大出力で機体を飛翔させ、地表に飛び出す。
地表部分では、周囲の警戒を行っていたアナンタの獣が遠距離からの飽和攻撃によって足場としていた岩場ごと粉砕されていた。
一方的な攻撃に蹂躙されていく獣達の姿に、一世は虚しさを感じたが、すぐにそのような感情を捨て去り、逃げる事に思考のリソースを回す。
「幻影月鏡は、敵の目から姿を消せるが、そこに居る事という事実まで無かった事には出来ない。煙の軌跡や足跡で離脱を悟られるな」
「分かってるよ」
一世はシイナの指示に従いながら、艦隊が展開する方向とは逆のポイントから岩場を出るように機体を進ませ、何とか砲弾の雨から逃れる事に成功する。
能力の欠点も踏まえた上での助言。
幻影月鏡の使い方については、シイナの方が一日の長がある事を、一世は実感させられた。
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アナンタの使徒が潜伏していた岩場は、ノヴァ軍の艦隊によっておよそ三十分の間行われた砲撃で跡形もなく文字通り「粉砕」された。
地表部に動くものはなく、艦隊の指揮官はそれを以って任務終了の合図とし、艦隊を引き上げさせる。
だが、彼らは知らなかった。岩場の地下に空洞が存在し、そこでアナンタの使徒とアルカニック・ギアによる戦闘が繰り広げられていた事を。そして、その戦いで未だアナンタの使徒が殲滅されていなかったという事実を。
「どうやら、収まったようだね」
瓦礫によって胴体から切り離され、首だけの状態になったサメフが、涼しい顔をしながらそう言った。
このような状態であっても未だに生きているアナンタの獣は、やはり人間とは別の存在なのだと、サメフはその身を以て語っている。
「また手酷くやられたな、サメフ」
「ギメルこそ、右半身が吹き飛んでいるじゃないか」
「この程度、俺達にとって大した問題ではないだろう」
片脚だけでその場に立つ相方の姿を見て、サメフはいつも通りの笑みを浮かべる。
お互いに肉体の損傷など意を介さない様子で会話を続けていた。
ギメルは吹き飛んだ身体を衣服込みで即座に再生させ、新たに生えた右腕の調子を確かめるように動かすと、サメフの首を持ち上げ、共に辺りを一瞥する。
「ニンゲンは約束というモノを反故に出来る生き物だ。ここはもう駄目だな」
「そうだね。だけど、あのアルカニック・ギアも、ニンゲンの軍も、ザディスのアルカナの棺を奪わなかった」
一世とシイナはアルエの奪還を目的とし、そこに偶然にもアナンタの獣の掃討を任務とした艦隊が差し向けられたのだろうとサメフは推測する。
現に両者の間に協力体制を取った形跡は無く、完全に互いの目的の為に行動を優先した結界、アルカナの棺は見逃されたという訳だ。
ギメルが、巨岩を片手で退けながら、やがてザディスの残骸を発見するに至る。
胸部の結晶体こそえぐり取られていたものの、幸いにしてその奥に収められていた棺にまではダメージは及んでいない。
ザディスを構成する機械部品は、サメフが地下に眠るスートアーマーの残骸から使えそうな物を見繕って作り上げた物だ。それ自体に特別な機能や実用性はない。
だが、そのような機体であっても死神のアルカナの棺の攻撃力は発現出来た。
「あぁ~、アルカナの棺と同調したあの娘を、また手中に収める事が出来れば、これはもっと完全なモノになるんだろうなぁ」
目的を新たにしたサメフは、奪還された少女……アルエに対する執着を顕にする。
「だが、今は回復が先だ。こちらの力は、思っている以上に減衰していると見たほうがいい」
「もちろん、分かっているよ。まずは身体を生やないと」
サメフは、ギメルの言う通り、失った身体の再生に努めた。
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彼女は、夢を見ていた。
暗闇の中でおぞましい何かが彼女の身体に纏わりつき、その心に死の恐怖を植え付ける夢。それは、まさに悪夢と言っても過言ではない。
全身を走る激痛と息苦しさに苛まれながら、彼女は必死に、強く、ただひたすらに願った。「生きたい」と。
悠久に続くと思われていたその苦痛は、暗闇の中に一筋の光が差し込んだ事で、ついに終わりを迎えた。
「アルエ、大丈夫か」
「うぅっ……か、ず、や?」
意識を取り戻したアルエに一世が語りかけ、彼女もそれに反応を示す。だが、意識はまだ霞がかったように弱く、瞳も虚ろだ。
恐らくは攫われてすぐにあの結晶体に閉じ込められたのだろう。
何かを言おうとして口を開いた途端、胃や肺に残留していた緑色の液体が、彼女の口から吐き出される。
アルエは自分の肩を抱いていたシイナに促されるまま身体を横たえ、自分を縛めていた忌むべきそれを全て砂漠に捨てた。
「ねえ……私、助かったの?」
「ああ。処置が上手く行ったのは幸いだ」
アルエを介抱しながら、シイナが口を開く。
あの結晶体から彼女を開放し、必要な処置を施したのは、他ならないシイナだった。一方で、一世の様子が何処かよそよそしい。
安堵したアルエが肩の力を抜くと、ようやく自分がどのような姿であるかを自覚する。
一糸まとわぬ姿にシイナが身に付けていたローブを羽織っている、ともすれば煽情的とも言える格好。だが、布一枚で全身を覆うにはやや頼りなく、すらっとした脚や肩などは隠しきれていない。
そんな姿を一世……というよりも異性に見られた事による羞恥が、朦朧としていた彼女の頭に血液を齎し、そして意識を本格的に覚醒させ、頬を真っ赤に染め上げた。
「……ッ!!」
平手打ちの乾いた音が、何もない砂漠の真ん中の空気を微かに震わせた。
だが、一世はアルエから受けたその痛み……というよりも、彼女が生きていた事に確かな喜びを感じていた。




