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天上のオルベイル -Arcanx Gear Altwelt-  作者: [LEC1EN]
四 「死神」の呼び声

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第二十八話 幻影月鏡

 オルベイルと、エクリプスの合体。よもやアルカニック・ギアにそのような能力が備わっていようとは、一世(かずや)は思っても見なかった。

 今の状況を覆すのであれば、これがベストなのだとシイナは主張するものの、そこには超えるべき問題が一つある。


「合体って、どうやればいいんだ?」


 一世がシイナに尋ねる。そう、どのような手順を踏めば、それが可能になるのかを、一世は知らないのだ。


「簡単だ。再結合(リユニオン)ザ・ムーンと叫べば、後は機体の方がこちらを認識してくれる」


 そんな簡単過ぎる方法で良いのかと考えるが、ともかく今は彼女の指示に従う以外に道はない。

 しかし、戦闘中の合体を許す程、敵も甘くはない。合体コードを叫ぼうとした途端に、ウィップズの触手がオルベイルに向けて飛んでくる。

 一世は咄嗟にオルベイルの余剰エネルギーを放出し、群がる触手を跳ね除け、合体コードを叫んだ。


再結合(リユニオン)ッ! ザ・ムーンッ!!」


 その声に反応するように、オルベイルの周囲のレイがまるで竜巻のように渦を巻き、他を阻む結界を形成する。

 一世は、従兄弟に見せられたアニメでこんなのあったな、と思い出す。

 いや、そんな事は今は関係ない。

 結界に入って来たエクリプスがオルベイルの右側に立つのを認めると、いよいよ合体が開始される。

 臨界形態のオルベイルの右腕が折り畳まれるように変形し、その下の元の腕が露出する。

 同時にエクリプスにも変化が生じ、機体がまるで分解・再構成されるように変異……否、変形していく。

 だが、その変形はアナンタの獣の無秩序なそれとは違い、装甲とフレームによって構成された機能性を持ち得た物だ。

 再構成の完了したエクリプスは、臨界形態のオルベイルと比較して、やや大振りな右腕として完成する。また、それに付随する武器として、オルベイルの身の丈程もある長大な太刀がその手に握られていた。

 右腕となったエクリプスが、オルベイルの右腕に結合するべく近づいて来る。

 オルベイルの右腕が展開し、光の杭の射出口が露出すると、そこを起点に機体が接合され、そこからエネルギーのやり取りが行われる。

 最後に腕部接合の為に開かれていた装甲が閉じられると、遂に合体は完了し、レイの竜巻を霧散させながら、二つの力が一つになったオルベイルの姿を、敵の前に晒した。

 片腕だけの合体故にやや不格好な気はあるものの、太刀を携えたその姿は、まるで荒武者を思わせるように猛々しい。


「何だと……?」


 その姿を見たサメフが、不快な表情を顕にする。

 棺を持つアルカニック・ギア同士の合一。それは、完全な形を失って久しい自分達にとって、驚異以外の何者でもないからだ。

 サメフはザディスをけしかけ、その気に入らない存在の排除を画策する。

 死神の鎌が、またしてもオルベイルへと迫った。

 だが、それが振り下ろされた瞬間。ザディスの眼前から、オルベイルの姿が消えていた。


「……幻影月鏡」


 シイナがその言葉を口にする。実際の所、オルベイルはその場から殆ど移動はしていない。死神の鎌も、紙一重の所で避けただけ。

 ただ、周囲からその存在を認識されないようにしているだけ。

 これが、月のアルカナの棺の能力、幻影月鏡だ。

 実は、これまでエクリプスが突如として消えたり現れたように見えていたのも、この力の恩恵だったのだ。

 そして、その能力を、今はエクリプスと合体したオルベイルが行使していた。


 ジョウは未来予測を終えると、エクリプスとオルベイルの合体した姿を映像越しに確認していた。


「世界と皇帝の棺にのみ許された、他のアルカニック・ギアとの再結合機能……まさかこのタイミングで使おうとは……」


 もしもの時の為にシイナに教えていたそれが使われた事に、ジョウは驚く。何故なら、ジョウは一世はまだあれを使う段階には至っていないと判断していたからだ。

 合体状態の機体を扱うのは、オルベイルの臨界形態を満足に使いこなせるようになってからでも遅くはないというのが彼の想定していたスケジュールだった。

 だが、一世の成長スピードはジョウが思っているより桁違いに速いらしい。あるいは、シイナのサポートがあって辛うじて扱えている状況だろうか。

 どちらにしても、オルベイルはエクリプスの幻影月鏡を何の問題も無く行使している。

 これならば何れは自らの目的を果たせるかもしれないと、ジョウは淡い期待を懐く。

 だが……。


「これに勝てたとして、その次の試練が待ち構えているのは、少々厄介ですね」


 戦場となっている地下空洞。その地表部分に対してノヴァの艦隊が攻撃準備を進めている。その未来を、一世達が果たして覆せるかどうか。

 ジョウは、その経緯を見守る事しか出来なかった。


「私のアルカナの棺の力で、敵はこちらを認識をする事は出来ない。仕掛けるなら、今だ」


 シイナの言葉に頷きつつ、一世はオルベイルを走らせた。

 二機のアルカニック・ギアが合体している為、機体出力は桁外れに高い。だが、その反面少しでも制御を間違えれば、機体がバラバラになってしまうであろう事は、目に見えていた。

 今のオルベイルは、完成の能力によって無理矢理機体を安定化させているようなもの。そこに、シイナのアシストが加わって、ようやく機体を動かせていた。


「まずは取り巻きから片付けろ」

「分かったよッ!」


 シイナの指示に従い、一世はウィップズに接近して太刀を振るう。攻撃の瞬間は幻影月鏡の効果が失われる為、傍目から見たら突然現れたオルベイルに攻撃されたように見えるだろう。

 だが、オルベイルは姿を見えなくしただけで確かにそこに居る。

 それを知った者は、もしかしたらその戦い方を「卑怯」の二文字で誹るかもしれない。だが、それでもなお勝つ事を優先したであろうその力に、一世は少なからず敬意を抱いていた。

 ウィップズを一刀両断したオルベイルは、再度幻影月鏡を展開し、もう一体のウィップズに忍び寄る。だが、ウィップズは周辺に触手を展開する事で、そこに潜む敵をあぶり出そうとしていた。

 鈴は付いていないが、原理そのものは鳴子と同じだ。

 だが……。


「無駄だ」


 シイナがそう言うのと同時に、一世が太刀を構え機体を飛翔させる。

 天井すれすれまで上昇し終えると、重力に任せた自由落下と共に上空から太刀が振り下ろされ、ウィップズはその刃を真正面から受け入れる事になった。

 二次元的に張り巡らされた結界も、上空からの攻撃には意味を成さない。オルベイルの跳躍力を考慮しなかった事が、このウィップズの敗因と言えた。


「後はアルエを助けるだけ……ッ!」


 そう言って、一世はザディスの方へと向き直る。認知出来ない敵に対して、ザディスは鎌を振り回して接近を許さないという選択を取る。

 ザディスの鎌を回避し、幻影月鏡を発動。背後に回り、鎌を持つ右腕を肩口から斬り割いた。

 その際のダメージがアルエに反映され、囚われの少女の右腕が、結晶体の中でガタガタと激しく動き、その顔に苦悶の表情を浮かべる。


「くそっ、人質にもダメージが伝わるようになってるってか。悪趣味だなッ!」


 眼前の死神の性質を理解し、一世は悪態をつく。時間が経てば、右腕も再生修復してしまうだろう。

 どうする。


「一気に引き抜くぞ」

「どうやって?!」

「幻影月鏡が隠すモノは、姿だけではない」


 シイナの提案に、一世はその意図を完全に理解出来ないながらも、渋々と肯定する。

 オルベイルのコントロールが、シイナに移る。

 シイナは一世からコントロールを受け取ると、ザディスの左腕から繰り出される貫手を掻い潜り、右手の太刀をザディスの胸元へと突き立てる。


「……ッ!」


 一世が驚く。そんな事をすれば、アルエがどうなるか分からない。だが、ザディスのダメージは、アルエに伝達されているようには見えなかった。


「貴様の痛みは、私が掻き消した」


 シイナはそこから結晶体の回りをなぞるように刀傷を広げていき、遂に結晶体をえぐり出す事に成功した。

 だが、それで終わりではない。

 アルエを救出したオルベイルに、ザディスが迫る。まるで、それを返せと言わんばかりの形相だ。


「後は任せたぞ」


 その言葉とともに、一世にオルベイルの操縦権が戻る。

 だが、人質も、即死の鎌も持たない眼前の敵に、一世は最早脅威を感じる事は無い。

 文字通りの怖いもの知らず。

 蒼白のアルカニック・ギアは再び太刀を構え、振るう。首を跳ねられた漆黒の死神は、傷口から淀んだ緑色の液体を吹き出しながら、その場に倒れ込んだ。


「彼女は……アルエは返してもらうぞ、化け物ども」


 アルエの収められた結晶体を抱きかかえながら、オルベイルの双眼が、高みの見物を決め込んでいたアナンタの使徒を睨みつける。

 自分の用意した手駒が塵芥と化していく様を見せつけられ、サメフは初めて余裕に満ちていた筈の笑顔を曇らせた。

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