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天上のオルベイル -Arcanx Gear Altwelt-  作者: [LEC1EN]
四 「死神」の呼び声

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第二十六話 望まぬ再会

 グリッチは蓄えられた髭に手を当てながら、ザーズ・コロニーの近傍に出現したアナンタの獣についての報告に目を通していた。

 ネビュリアでの騒ぎと照らし合わせ、それとの因果関係も踏まえた上で思考を巡らせる。


「あの者との取り引き、果たして正しい判断だったのでしょうか……?」


 秘書の男が、グリッチの行った選択に不安を覚える。だが、グリッチは何も言わないまま、執務室の椅子に背を預けた。

 秘書の男は、先日グリッチの元に現れた黒衣の男との会話を思い出す。

 黒衣の男は、自分達が持つアルカナの棺を提供する見返りとして、ザーズ・コロニー近傍の岩場、その一角への干渉を行わないよう求めて来たのだ。

 グリッチはそれを受け入れ、かくしてアルカナの棺がグリッチの下へ齎される。だが、それと時を同じくして、ザーズ周辺でアナンタの獣の出現報告が急増し始めた。

 幸い、被害こそ出ていないものの、出現地点や目撃報告を整理すると、獣は黒衣の男が指定した岩場を中心に出現しており、アナンタの獣がそこにテリトリーを作っているのではないか、という意見が次から次へと寄せられていた。

 だが、グリッチはアルカナの棺欲しさにアナンタの獣を自分の庭に跋扈させた訳ではない。確かに、アルカナの棺の力は絶大だ。だが、それを雀の涙程度の土地を見返りにして献上する者が普通の人間である訳がない事を、グリッチは最初から見抜いていた。

 あの黒衣の男は政治を知らない。表面上の取り決めだけで政の全てが成立していると思っている。故にいずれボロを出す。そう認識した上で、グリッチは取り引きに応じていたのだ。

 そして、岩場の周辺調査を自身の息がかかった軍の部隊に要請していた矢先のアナンタの獣の出現報告だ。

 民衆は不安を口にするが、対するグリッチはこれを僥倖と捉えていた。

 黒衣の男を最初から信用していなかった彼は、最初から時期を見て男を捕らえるつもりでいた。だが、相手が獣となれば、事は簡単だ。


「いずれ、軍を動かす。あの岩場を焼き払う戦力を集めるには、十分な時が過ぎた筈だ」


 彼のその一言に、それでは報復攻撃を受けるのでは、と秘書は返す。しかし、グリッチの涼しい顔は崩れない。


「軍の部隊は元より、民衆は我々の密約を知らん。向こうも、それを明るみに出す腹芸は持ち合わせていないだろう」


 そう言って、グリッチは葉巻に火を付けた。

 政治とは、裏をかき、腹を探り、如何に相手に損失を与え自陣に利益を齎すか。彼はその理念を以て動いていた。

 そこには、強者故の絶対的な余裕が感じられる。しかし、それが彼の不幸の始まりであろうとは、この時は誰も思わなかっただろう。


「ザーズ・コロニーの近辺で、アナンタの獣の目撃情報が多発している」


 シイナから告げられたジョウからの情報は、すぐに一世(かずや)達の行動を反映する為に役立てられた。

 ジョウはシイナ以外にも自身の「眼」となる者を従えているらしく、彼らからの情報は、シイナを通して一世達へと齎される。

 暫く作戦会議を行った後、一世とシイナは砂漠で船を降り、獣の目撃情報が多発する地域へ向かい、ネインとザリアーナはそのままザーズへ向かって情報収集に務める事になった。


「二手に分かれるんですね」

「流石に、コロニーの偉い人も街中でドンパチをやらかさないだろう。それに、獣との戦闘になった場合はアルカニック・ギアの戦力は必須だ」


 そう言って再会を誓った後、一世はシイナと共に船を降りた。

 そこからは、ただひたすらに機体に乗っての移動だ。

 二時間程移動し、見えて来た岩場の上に、アナンタの獣の姿を認めると、手近な岩の影に身を潜めた。


「あそこに、アルエが居るのか……?」

「まだ分からない。だが、奴らがあそこで何かを企んでいる事は、確かだろう」


 一世の疑問に、シイナはただ現状の情報を伝えるだけ。そこには、感情というものは存在しないのかと一世は考える。

 ジョウもそうだ。あの男の笑みは感情を伴わない、ただの条件反射だ。

 そもそも、何で藍羽シイナがあのような男と行動を共にしているのか。


「なあ、何でシイナは、この世界に来たんだ?」


 そのような疑問が自身の口から出た事に、一世は微かに驚く。


「私はそもそも、ほんの数週間前までの記憶が無い」


 思わずして、重要な情報が得られた。数週間前という曖昧な返答ではあるが、それが二~三週間前であれば、元の世界でシイナが行方をくらませた時期とも合致する。


「何が、あったんだ?」

「分からない。気が付いたら砂の海の上に横たわっていて、そこで導師に拾われた」


 自分達と同じか、と一世は落胆する。元の世界におけるシイナの足取りは、そこで途絶えたも等しい。


「……だが、身に付けていた衣服に染み付いていた血と、拳の痛みが、私の身に何があったのかを物語っていた」


 アルエが聞いたら卒倒しそうな内容だと思いつつ、一世もまたそこに大きな衝撃を受けている事を自覚する。

 その時だった。岩場の上から周辺を警戒していたアナンタの獣が、二人の機体を認識し、攻撃を仕掛けてきたのは。


 砂の海の下に広がる地下空間。それは、アナンタの獣が跋扈する岩場の丁度真下に位置しており、そこにはかつての戦で使われたであろうスートアーマーが何機も打ち捨てられていた。

 その様子は、まさに墓場。

 アナンタの使徒達は、その一角を獣と同じ性質の素材を用いて補強工事を施し、自らのテリトリーとしていた。


「やはり、後を付けられていたか」


 アナンタの使徒の一人である黒衣の男は、地上で起きたと思われる爆発の振動を感じ取ると、同じく黒衣を纏った少年を見やり彼に対してそう思念を送った。

 少年は不気味に頬を釣り上げながら、黒衣の男の言い分に反論する。


「嫌だなあ、僕はわざとあのニンゲン達にヒントを残してあげたんだよ」

「フン。お前の玩具遊びが我々にどのような恩恵をもたらすというのだ」


 黒衣の男は、そう言って少年の作り上げた「玩具」の方へと視線と笑みを向ける。

 それは、アル・ピナクルと同じくアナンタの獣の性質を備えた漆黒のアルカニック・ギアだった。

 少年の笑みに反応するように、そのアルカニック・ギアの胸部に据えられた結晶体、その中身が微かに動いた。


「見つけたぞ!」


 その声と共に天上を突き破り、アルカニック・ギアが二機、アナンタの使徒の前に現れる。

 その内の片割れ、紅の機体から、怒りに満ちた声がした。


「アルエを、返せ……ッ!」


 その感情のエネルギーが反映されたかのように振り下ろされた拳が、アナンタの使徒の二人に迫る。

 だが、それは直前で見えない壁に阻まれ、直撃する事はない。


「無駄だよ、無駄無駄」


 黒衣の少年が、笑みを浮かべながら言う。


「だったらァーッ!!」


 叫び声と共に紅の巨人の腕が形を変え、その中から光の杭が放たれる。


「レイの杭か……ッ!」


 膨大なレイを帯びた光の杭が、力場の障壁を打ち破る。

 二人の使徒は、それを見るやすぐにその場から後ずさり、杭の直撃を避けた。


「何て向こう見ずな」


 黒衣の男はそう言って、眼前の紅い機体を見やる。

 黒衣の一部が破れ、その下から青銅色の地肌が顔を覗かせている。


「フフフッ、どうやらあのニンゲンは、あの少女に執着しているようだ。これは丁度いい」


 一方、少年の方はというと、下半身を全て失うという、目に見えたダメージを負っているにも拘らず、笑みを絶やさずにブツブツと考え事をしている様子だ。


「何をしている、サメフ。ここで消滅する気か?」

「いいや、ギメル。これは好機だよ」


 ギメルと呼ばれた使徒に、黒衣の少年……サメフはそう答えると、右手を天に掲げ、指を鳴らした。


 やはり、こいつらは光の杭でも倒せないのか。

 必殺武器が通用しない相手に、一世は無意識の内に舌を打つ。

 先程の一撃は、アナンタの使徒がその身を守る力場こそ突破できたが、奴らは肉体に目に見えたダメージを負ってなお、平然としている。

 それが、アナンタの使徒という存在の不気味さをより明確に際立たせていた。


「もう一度言う。アルエを返せ!」


 再度の通告。しかし、アルエを連れ去った少年……サメフと呼ばれた()()は、まるでこちらを値踏みするように笑みを浮かべ、やがて何かを呟いたと思ったら、手を天に掲げ、指を鳴らした。

 それが、合図だった。

 彼らの背後に鎮座していた、漆黒のスートアーマーが目を覚ましたかのように動き出し、一世の乗るオルベイルに向けて突撃して来た。

 一世は咄嗟に漆黒の機体を受け止める。

 だがその時、一世は確かに見た。

 この黒い機体の胸……鈍い緑色の結晶体の中に取り込まれている、アルエの姿を。

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