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天上のオルベイル -Arcanx Gear Altwelt-  作者: [LEC1EN]
四 「死神」の呼び声

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第二十五話 予測規定外存在

 アルエを連れ去ったアナンタの使徒の追跡を開始してから、一日目の夜。

 ネインは手頃な岩場に船を停泊させ、キャンプを貼った。

 一世(かずや)は夜間も歩みを止めるべきではないと、そこでの休憩に反対したが、無理な行軍は相手に付け入る隙を作るだけだとシイナとザリアーナに促され、しぶしぶながらそれを了承した。


「逆井一世、導師がお呼びだ」


 シイナに呼ばれ、一世は彼女と共に岩陰へ向かう。シイナが手をかざすと、空間に穿たれたように暗闇へと続くゲートが生み出された。

 シイナは慣れた様子でその中へと入り、一世も恐る恐るそれに続く。


「やあ、来たようだね」


 暗闇の中に腰を掛け、導師ジョウは来客に笑みを浮かべた。


「何の用だ、引きこもり」


 一世は皮肉を込めてジョウの歓迎の言葉にそう返す。


「引きこもりとは人聞きの悪い。未来予測に能力リソースの大半を消費していて、今は動けないさだめなだけですよ」

「俺の元いた世界じゃ、そういうのは世間一般から十把一絡げに引きこもりと定義されてるんだよ」

「ははは。これはまた、手厳しい」


 おどけた態度のジョウに対し、一世は真剣な面持ちで白いローブの男を見つめていた。


「笑い話をしている時間も惜しいようですし、要件は早めに話しておきましょう。まずは、先日戦った機体、アル・ピナクルについて」


 一世はその情報に反応し、ぴくりと眉を動かす。


「端的に言います。アレは人間を介して、アナンタの獣達がアルカナの棺からレイを抜き取る為に作り上げた物でした」


 ジョウの言葉に、一世は「どういう事だ」と返す。


「レイとは、生命から生み出される一種の生体エネルギーです。人間は元より、動植物からも少なからず発生する、ね。アルカナの棺は、人工物でありながらそれを発生させ、場合によっては増幅させるシステムなのです」


 レイを発せられるという定義で捉えるならば、アルカニック・ギアは機械でありながら生物とも捉えられるだろうと、一世は考えた。

 ジョウは、一世の考えが纏まるのを待ち、説明を続行する。


「そして、アナンタの獣は、上位種たる使徒を含めてレイを自ら作り出す事が出来ない存在。それが、この星の動植物とは非なる存在たる由縁になっている」

「だから、自分達のエサを確保する為にリーテリーデンで実験したっていうのか」


 一世の言葉に、ジョウは「ご明察」と指を鳴らす。


「そして、奴らが保有している棺は、どうやらまだあるらしい。つまり、あのような存在が、また生み出される可能性があるという事です」


 あのような敵と。また戦わなければならない事に、一世は頭を抱える。棺を奪っても、機体からアナンタの獣が発生するのだから面倒この上ない。

 だが、ジョウが言いたい事は、まだ別にあるらしい。


「それともう一つ。どうやら、君達異世界の人間は、僕の未来予測で未来を導き出す事が出来ないらしいんです」

「どういう事だ?」

「君は、リーテリーデンと最初に戦った時、彼が乗っていた軍艦が撤退したのを見届けているのを、覚えていますね?」


 ジョウの質問に、「ああ」と短く答える。


「私の未来予測では、あの艦は野盗の攻撃で沈む事になっていた。それが、君の介入によって覆った。だけど、それ故にイレギュラーな事態が発生した。それがアル・ピナクル」


 確かに、一世がリーテリーデンを倒さなければ、あの機体は生まれなかっただろう。しかし、本当の問題はこれからだ。


「故に、アナンタの使徒に連れ去られた少女、アルエと言いましたね。彼女にも、私の予測は当てはまらない。だから、安否の確認を私に期待しても無駄になる。だけど、私自身の見解を述べると……」


 今までの表情から一変して真剣な面持ちのジョウの顔を見て、一世は嫌な予感を感じながら、ごくりと息を呑む。


「彼女は、君の前に立ちはだかる敵となるかもしれない」


 嫌な予感は、どうやら的中したらしい。

 もしかしたら、アルエがリーテリーデンのようになってしまうかもしれない。その覚悟をしておけと、ジョウは暗にそう伝えているのだろう。


「助けられる、見込みはあるのか?」

「リーテリーデンの時は、彼が負った心身の傷が、アナンタの使徒の付け入る隙となりました。けど、今回は違う。もしかしたら……」


 顎に手を当て、ジョウが考え込む。その様子に苛立ち、一世は思わず声を荒らげる。


「未来予測が当てはまらないなら、他のルールだって効かない可能性もあるだろッ!」


 一理ある。だが、現時点ではあまりにも確証が少な過ぎる。故に、ジョウは一世にこう答える。


「可能性はゼロではありません。けれども、楽観視は禁物です」


 そう言って、ジョウは再び指を鳴らし、一世を暗闇の支配する空間から退場させる。

 元の岩場に引き戻された一世は、ジョウの煮え切らない返答に対する怒りを、眼の前の岩にぶつける以外の事が出来なかった。


 一世を追い出し、ジョウは深いため息とともに、何も無い暗闇に背中を預ける。


「いいのですか、あのような事を言って……」

「仕方がないでしょう……今は彼を焚きつける事が、戦力的にはプラスになります」


 シイナの心配を他所に、ジョウは再び未来予測に没頭する準備を始める。

 一世が現時点でオルベイルの暴走形態を使いこなしているのは、危うい精神バランスの上でその制御方法を確立している為に他ならない。

 戦う為の動機を与えるのは、その危うさに方向性を与え、能力のコントロールを安定化させる役割を担っているのだと、ジョウは語る。


「分かりました。今後は、逆井一世とオルベイルの監視の為、あの者達と行動を共にさせて貰います。彼らが追うアナンタの使徒の撃滅は、我々の目的の一つでもありますから」


 シイナは、そう言って、自らの今後の方針をジョウに示す。


「構いませんよ。私としても、予測規定外存在(イレギュラー)が一箇所に集まってくれた方が、都合がいいですしね」


 ジョウがその台詞を全て言い終える前に、シイナはその場から姿を消す。彼の言葉は、シイナと同じ顔を持つ少女もまた、異邦人であると言う事を示していた。


「やれやれ、やはりせっかちな子だ。もしかしたら、あのアルエという子に影響されているのかもしれませんね」


 そう言い残し、ジョウは未来予測を再開する。

 一世達が行動する度に書き換わる未来を、事細かに記録する必要が、今の彼にはあった。


「とは言え、未来を見通せないのは、私自身も同じなのですがね」


 そう言って、ジョウは皮肉げに笑みを浮かべる。

 彼もまた、この世界にとっては異物となる異邦人。誘われた者だからだ。

 ジョウがこの世界へ誘われたのは、四年前。僅か四年で、彼がここまで達観した人物になったのは、彼の持つアルカナの棺の未来予測の力によるもの……否、副作用とでも言うべきだろう。

 ジョウはこの力を使い、仮想世界の加速した時間の中で未来予測を行って来たのだ。百年など生ぬるい。千年レベルでループを行い、最適解を求める為のトライ・アンド・エラーを重ねてきた。

 だが、それ故に、彼の心は壊れかけていると言って良い。長く続いたループは、理不尽な選択を彼に強い、それが倫理観よりも目的を優先する思考の形成を促していった。その際に生じた心的ストレスは、彼の表情や髪色に反映されている。

 そして今、彼はそのリスクを承知の上で、今後起こるであろう最悪の結末を覗き見ようとしていた。

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