第二十二話 バベル
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異質な青銅の塔と化した右腕をアル・ピナクルが掲げると、曇天がまるで蜘蛛の子を散らすように消えていった。
それは、アル・ピナクルが天候操作をやめ、タワーランチャーの制御にエネルギーを回した事に他ならない。
だが、アナンタの獣のそれと同質化した右腕から放たれる砲撃の威力はまさに未知数。どのような攻撃が繰り出されるかも、想像し難い。
溜め込んだエネルギーが、掲げられた塔の側面に出た穴から、光となって放出される。
細い、だがそれでも膨大なエネルギーを持った光の筋が、ネビュリアのメインストリートを真っ直ぐに薙ぎ払う。
少し遅れ、大地に刻まれたエネルギーが爆炎となって放出され、そこから発生した煙が三度ネビュリアから陽の光を奪った。
「ヤバいでしょ、アニメじゃないんだから、あんなの……!」
その威力に、アルエは背筋を凍らせた。
敵は、最早天候を操作する気はない。あの右腕の塔で、ここを須らく焼き払うつもりだ。
「いかんな。このままあいつにこのコロニーを好きにされれば、ノヴァ東部の流通は滞り、何百何千という人が飢えに苛まれる事になる」
ザリアーナも、ネビュリア壊滅時の被害を試算し、その規模に恐れを抱いた。
対して、アル・ピナクルは右腕から更に触手を生じさせ、コロニーの大地にそれを突き立てていく。
自らを固定するつもりか。
誰もがそう思った次の瞬間。
光を伴った紅の機体が、そびえ立つ巨塔を蹴り倒した。
その見慣れた機体の姿を認識し、アルエが叫ぶ。
「一世ッ!!」
「……待たせたか?」
共にこの世界へと飛ばされた年下の少年の声を耳にして、アルエは胸を弾ませた。
そして、アル・ピナクルに対抗出来る現状で唯一の機体、オルベイル。
その機体から溢れ出るレイを観測して、ザリアーナは舌を巻く。
「あの機体、この前暴走した時と同じように、恐ろしい量のレイを纏っている……けど、これはただ垂れ流していただけの前回とは違う? 制御しているというのか!?」
以前、オルベイルから発生した余剰エネルギーは、周囲に無秩序な破壊を生み出した恐怖の象徴だ。
だが、今のオルベイルはそれを安定化させている。
「これが本当の、オルベイルの能力……」
完全なる完成。
何時、如何なる状況に於いても機体を絶対的に安定動作させる、この機体が持つアルカナの棺の能力だった。
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「目覚めましたね、世界のアルカナの棺」
一世の戦う姿を映像越しに見つめて、ジョウは確信する。
「世界のアルカナの棺の能力を使えば、例え今のように過剰出力に陥っても機体そのものは常に安定し、水中や宇宙空間であっても地上と同じように操縦出来るようになる。数ある棺の中でも、特に強力な物の一つです」
ジョウが口を動かしている間にも、オルベイルがアル・ピナクルに対して追撃をかける。
アル・ピナクルは更に巨大化させた右腕のせいで、機動力は無きに等しく、完全にその砲撃能力の利点を奪われたに等しかった。
「そして、アルカナの棺の能力は二つ存在している。アル・ピナクルの塔の棺が、タワーランチャーの制御と天候操作という二つの能力を有しているように、世界の棺にも、もう一つの顔が存在する」
その言葉に呼応するかのように、オルベイルの装甲が蒼く輝いた。
「それは、調和の崩壊。それによるエネルギー臨界」
オルベイルの背部ユニットが展開して装甲となり、その身体を鎧っていく。
「搭乗者の精神的な昂りをトリガーとして、爆発的なエネルギーを生み出すそれは、制御不能とされる禁断の力。それ故に、世界の棺はその器たるオルベイルと共に長きに渡り封印されてきた。そう、この星の軌道上に」
装着された蒼白の装甲が輝きだし、その出力を以ってオルベイルがアル・ピナクルの右腕に掴みかかる。
「だが、運命の悪戯か、あるいは事象操作の賜物かは知らないが、オルベイルを乗せた星の船は、再びこの大地に落ち、そして辺境の砂漠で悠久の時を過ごした」
オルベイルが、アル・ピナクルを持ち上げ、振り回し、そして砂漠に向けて投げ飛ばした。
「そして君が現れたんだ、一世君。君はこれまで制御出来ずに居たオルベイルの能力を使いこなす、最初の一人になったんだ!」
オルベイルが飛翔し、先程投げ飛ばしたアル・ピナクルを追い抜く。そして、空中で標的を待ち構えその脚をアル・ピナクルの胸部装甲に突き立てた。
脚からガトリング砲の砲身を露出させ、銃爪が引かれる。
一発、二発、三発と、次々とアル・ピナクルの内部へと光の弾丸が叩き込まれ、その度に両者の高度が下がっていく。そして、アル・ピナクルの身体は地面に激突するのと同時に、遂に上下に千切れた。
その様子を見て、ジョウは満面の笑みで一人拍手を送った。
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一世は、肩で息をする程の気だるさに苛まれながらも、上下半身を分断された状態で砂の海に伏したアル・ピナクルを見やった。
この機体が動く気配は、既に無い。
コクピットへの攻撃はしていない為、リーテリーデンも命だけは取り留めている筈だ。
「アルカナの棺……回収、しないと」
ジョウの言葉を思い出し、一世はアル・ピナクルの胸部からジェネレーターと、それに付随したアルカナの棺を引き抜いた。
オルベイルの手にしたアルカナの棺には、セフィロトを思わせる図形と、ローマ数字が刻まれている。
刻まれているナンバーは十六。大アルカナで、塔が位置するそれだ。
「これは、どうすればいいんだ?」
隣に近付いて来たエクリプスに、アルカナの棺を差し出しながら問う。
「ジェネレーターブロックを開放しろ。そこに棺を収めれば事は終わる」
仮面の女の言葉に従い、一世は言われた通りにした。
すると、オルベイルのジェネレーターブロックに搭載されていたアルカナの棺が、まるでアル・ピナクルの棺を光の粒子に分解し、吸収していった。
「これで塔の力はお前の物だ。いずれ役立つ時が来るだろう」
仮面の女のその言葉に呼応するかのように、オルベイルは背部から余剰エネルギーを放出し、元の姿へと戻っていった。
「その形態は消耗が激しいらしい。いざという時以外、多用はするなよ」
「……分かっているよ、そんな事」
ぐったりと頭を下げつつも、一世は何とかオルベイルの右手を上げた。
やがて、ネビュリアが救援要請を出していたノヴァ軍の部隊が、砂上艦と共に現れた。
どの道、街の復興には軍の手助けが必要になる。ここで現れたのは、ある意味でタイミングが良いと言うべきだろうか。
艦から出撃したフォウォレ三機小隊が、一世達を包囲する。
「これは、お前達がやったのか?」
小隊長が一世に訪ねた。銃は向けていないが、過去に戦った事のある機体に視線を向けられると、緊張せざるを得なくなる。
「街を襲った。だから倒した。それに文句はあるか?」
そう言いつつ、一世はアル・ピナクルを調査する別の兵士達に視線を向けた。
「機体番号を照合……間違いない、リーテリーデン元少佐の機体だ。だが、この変容ぶりは、何だ?」
「この際何でもいい、パイロットの身柄を確保するぞ」
兵士の一人が率先してコクピットの開放レバーに手をかける。
レバーは高熱を発していたが、分厚い革手袋を着用している彼らには些末な事だった。
蒸気とともに、アル・ピナクルのコクピットが開放される。
そして、そこにはリーテリーデンだったモノが、そこに座していた。
「これは……フェーズ・スリーの獣憑きか」
兵士の一人が言う。
身体の半分以上がアナンタの獣と同質化し、異形の姿に変えられたそれを、果たして人間と呼んでいいのか。
一世はリーテリーデンの成れの果てを見つめ、言葉を失う他無かった。




