第二十一話 ネビュリア攻防戦
○
エクリプスが刀を引き抜き、アル・ピナクルに向けて突き進んでいく。
対するアル・ピナクルも、その行く手を阻もうとその進路上に落雷を呼ぶ。だが、エクリプスは刀を投げて避雷針代わりにしながら、砂漠からコロニーへと上陸しようとするアル・ピナクルに肉薄した。
エクリプスが手にした刀の切っ先が、アル・ピナクルの喉元に向かう。
だが、砂中から現れたバグズの特攻が、その一撃を阻んだ。
「……凄い」
エクリプスの……シイナのその戦い方に、アルエは思わず息を呑む。
その奮闘の隙を見て、スートアーマー部隊が後方に下がり、体制を整える。アルエとザリアーナは、エアルフでその背後を突こうとするバグズの動きを封じ、部隊の援護に回った。
正直、あの二機の間に割って入る余裕は、今の彼女達には無い。
一方、エクリプスはアル・ピナクルが繰り出すバグズによる猛攻を手足、そして頭から生やしたブレードでしのぎつつ、必殺の一撃を放つべく機会を伺っていた。
その様子を見て、アルエは何処か違和感を覚えた。
そう言えば、雲行きが変わってからアル・ピナクルは一発も砲撃を放っていない。
「もしかして……天候操作をしてる間、砲撃は出来ない?」
それに気付き、何とかエクリプスに……シイナに伝えられないかと思考する。
とはいえ、向こうの無線の周波数は分からない。外部スピーカーで意思を疎通したら、敵にもそれが伝わってしまう。
考えろ、考えろ。
何あった筈だ。
そう自分に言い聞かせ、エアルフの胸部に取り付けられた投光器の事を思い出す。
これだ。
ローカルのバラエティ番組のロケで覚えた技術が役立つ。
後は、この世界のアレが、自分達の世界と同じで無い事を祈るばかりだ。
○
仮面の女は、エクリプスの四肢を巧みに操り、機体に迫るバグズを叩き落としながら、アル・ピナクルへと接近する。だが、右腕からの砲撃を警戒し、立ち回りに制限が生まれていた。
そうでなくても、落雷とバグズによって攻撃のチャンスは限られている。
いくら手数に優れるエクリプスでも、やはりそれらを捌くには限界がある。
だが、その時だ。
市街地の方からエクリプスに向けて、光の明滅が放たれる。
明滅は規則的な信号となって、仮面の女に「言葉」を伝えた。
「雷の最中は砲撃は来ない」
モールス信号。
それに類する物はこの世界にも存在するが、そもそも文字からして異なる文化を構築しているこの世界では、その符号は根本的に異なっている。
そして、仮面の女がモールス信号の符号を読めるという事は、その概念を知る世界から来た事に他ならない。
だが、今はそれを深く詮索している時間か無いのも、また事実。
仮面の女はその情報を元に、立ち回りを変え、アル・ピナクルの右側からも攻撃を行う事とした。
案の定、砲口の前に立っても砲撃は来ない。
「なるほど、今の奴は天候操作にエネルギーの大半を振り分けている、という事か」
仮面の下に笑みを揺蕩え、女はアル・ピナクルのタワーランチャーに刃を振るう。
実際の所、これまでのアル・ピナクルは天候操作で砂嵐を纏っている間も砲撃は出来た。だが、ネビュリア全土を覆う程の雷雲を呼び、制御するとなると、それには膨大なリソースが必要となる。それが、砲撃能力の制限となって現れているのだ。
また、タワーランチャーは確かに大型で、極めて強力な武器だが、人型兵器が振るうにはあまりにも大型過ぎるという弱点も有していた。
それは、方向転換を行う際に不必要なモーメントが発生し、それをコントロールする必要を生み、小回りの効く機体にとって、それはまたとない攻撃のチャンスとなる。
事実、それを補う為にリーテリーデンはバグズを使役し、落雷や砂嵐を駆使していた。
だが、化けの皮さえ剥がれ落ちれば、攻略は容易い。
「なるほど、確かに……」
そう小さく呟き、仮面の女はエクリプスをアル・ピナクルの左側へと向かわせた。
敵もそれを察知してすぐにバグズを送り込む。が、そこにエクリプスの姿はない。
「ここだ……ッ!」
その声と共に、仮面の女はアル・ピナクルの頭上から刀を振り下ろす。
アル・ピナクルの右側が、胴体から切り離された。
やったか。
その場に居た、誰もが勝利を確信する。
……だが。
突如として、アル・ピナクルの胴体から青銅色の触手が飛び出して来たではないか。
機体からまろび出た触手は、その周囲に展開していたバグズを取り込み吸収すると、再び巨大な塔をその右腕に建立した。
それは、明らかにこれまでのタワーランチャー以上の長さを誇る、青銅の塔だ。
○
エクリプスとアル・ピナクルの戦闘を眺めながら、導師ジョウは芳しくない表情を浮かべていた。
アルカナの棺とアナンタの獣。本来相容れぬ筈の存在が混ざり合う事で生まれたアル・ピナクルは、歪ながらも本来アルカニック・ギアが持ち得ていない能力を発揮していた。
その代表例が、アナンタの獣の使役と吸収、そして自己進化とも呼べる機体の変質だ。
本来、アルカナの棺がアルカニック・ギアに与える恩恵は、棺の固有能力と機体の再生能力までだ。
吸収と進化は、恐らくアナンタの獣から得た性質だろう。
そして、敵はアルカナの棺の性質を、アル・ピナクルを使って取り込もうとしている。
アル・ピナクルはいわば、使い捨て前提の実験材料。
その事に、ジョウはまだ見ぬ敵を唾棄する。
しかし、自分が一世に課した試練を思い出すと、自身も敵と大して変わらないと強く自覚する。
世界を守る為とはいえ、手段を選んでいるとは言えない自分という存在を自嘲しながら、一世の仕上がり具合を確かめた。
仮想現実の中の蒼く輝く機体が、真紅の機体へ戻っていくのを見て手応えを感じると、ジョウは一世の意識を現実へと引き戻した。
「一世君、どうやらオルベイルの真の力をコントロール出来るようになったみたいだね」
だが、一世からの返事は無い。
精根尽き果てたか、と思った途端、ジョウの支配する暗闇の中で、オルベイルが蒼く輝き出す。
「は、はははッ! 寝たフリはいけないなぁ、一世君!」
「御託はいい。さっさと俺をネビュリアに戻せ」
オルベイルから聞こえてくる一世の声は、明らかに語気が荒い。
まだ完全な制御には程遠いのだろうが、それでも暴走しないよりはマシになったものだと、ジョウはポジティブに考える。
「……わかった。では、君をネビュリアへ送り届けよう。そして一つ言っておく。あの機体を倒す際は、アルカナの棺を抜き取るんだ。そうすれば、奴はただのアナンタの獣に成り果てる」
そう言って、ジョウはそそくさとオルベイルをネビュリアへ転送する。
一世は、オルベイルのコクピットに収まりながら、仮想現実で繰り広げられた何百、何千というループの中で起きた出来事を回想していた。
仮想現実の中で、一世は何度もアル・ピナクルに膝をつき、その度に怒りのエネルギーを自身の中へと蓄積していった。そうして、練り上げた怒りをコントロールする術を身に着け、試練を完遂したのだ。
眩い光が、オルベイルを包み込む。その眩しさに瞼を閉じた次の瞬間、一世とオルベイルは、炎と雷雲が支配するネビュリア・コロニーに立っていた。
仮想現実ではない、本物のネビュリア。だが、置かれた状況は、仮想現実と殆ど相違が無い。
「帰って……来たッ!」
その声と共に、一世はオルベイルの脚で大地を蹴った。
歩みは段々と速くなり、やがてブースターも使った跳躍へと転じ、道中のスートアーマーにも、バグズにも目もくれる事なく、コロニーの東側、アル・ピナクルの待つ主戦場へと駆け抜けていった。
「待っていろよ、リーテリーデンッ!」
その叫び声とともに、機体の関節や装甲の隙間から、光の粒子が飛び散った。




