第二話 砂漠の中心で
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「本当にありがとう、助かったよ」
肩に残った砂を叩き落としながら、一世は自分たちの命の恩人……ゴーグルを首から下げた少年に礼を述べた。
「いいよいいよ。でもお兄さん達、そんな軽装で砂漠の真ん中に居たなんて、人攫いか何かにでもあったのかい?」
恩人の少年は船の舵を取りながら一世と少女に尋ねる。
三人が乗っているのは、スクラップ同然の鉄板を溶接して繋ぎ合わせ、エンジンと舵を取り付けた簡素な……とは言っても全長は二十メートルを越えるが……砂漠を航行する船。有り体な表現をするならば、砂上船と呼ぶべき物だ。
船を構成する鉄板には、よく見ると弾痕らしき穴まで空いている。一世はその様子からこの世界が所謂ファンタジー的な物で無い事を確信し、静かに肩を落とす。
「んー、人攫いって言えばまあそんな所ね」
現状の皮肉を込めて、一世の隣に座る少女が答えた。一世は彼女の冷ややかな視線が、自分のハートに突き刺さる感覚を確かに感じた。
「またそれは大変だったね。でもお二人とも運がいいよ、ここで俺っちと出会えたんだから」
「どういう事だ?」
一世が首をかしげ、少年がその疑問に答える。
「ここらへんは日が落ちると砂鮫が出没して船とか物資を平らげてくんだよ」
「それはまた、物騒な所に捨てられたものね……えぇっと」
少女が一世に話を振ろうとしたが、言葉に詰まる素振りを見せる。
そういえばまだ名前を名乗っていなかったか、と思い立ち、一世は口を開く。
「一世。逆井一世だよ」
「ああ、ありがとう。私は天上アルエよ、よろしくね逆井くん」
「うぇ、あ、はい、よろしく」
簡単な自己紹介を終え、やはり目の前の少女がアイドルの天上アルエだと突き付けられ、一世は内心に複雑な想いを抱かずにはいられなかった。
有名人である彼女と対面している事実と、そんな彼女を自分の采配ミスでこんな所に連れてきてしまった事に対する罪悪感。そして、アイドルと二人でこれから起こるであろう事に対する淡い期待が、彼の胸中を駆け巡る。
「あ、ついでに俺っちはネイン。ネイン・アンジュってんです」
「うん、よろしくね」
アルエはネインと呼ばれた少年に笑顔を向ける。自分の時とは偉い違いだと思いながら、一世は壁に背を預け、二人の会話に口を挟む。
「それで、この船は一体どこに向かってるんだ?」
「俺っちの仕事場だよ。本当はコロニーに送ってやりたかったけど、少し我慢してください」
「仕事場?」
「俺っちの仕事は遺跡や戦場跡から物品を回収する回収屋でしてね。この先に穴場を見つけたんで朝早くから向かってた矢先に、お二人を見つけたってワケです」
ネインの説明に、一世とアルエはゆっくり休めるのは暫く後になるであろうという確信を持ち、揃って「なるほど」と頷いた。
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三人を乗せた砂上船は、特にトラブルに見舞われる事も無く、数時間もしない内に岩の柱が林立するポイントに辿り着いた。
「ここが遺跡?」
「まあ、見ててよ」
ネインが自信満々に舵を切り、岩の柱にぶつからないよう船を前進させる。少し進むと、やがて岩場の中心にあからさまに異質な施設が姿を表した。
砂塵を受け付けない白亜の外装にその身を包み込んだ塔のような建造物。しかし、その頂点は極度に肥大化しており、どこか槌を思わせる形状をしていた。
「どうよ、俺っちは槌の塔って呼んでるんだけど」
「そのまんますぎない?」
ネインの自信満々な顔が、アルエの突っ込みで曇る。しかし、ネインはめげる事なく船を塔の隣にぴたりと付け、入口と思われる扉に木製の梯子をかけた。
一方で、一世は白い塔を見上げながら、その存在に違和感を感じていた。
「これが塔? いや、それ以前に……」
だが、その言葉を口に出そうとした瞬間。船に凄まじい衝撃が走る。
既に塔の側に辿り着いていたネインは、アルエをエスコートしながら先程の衝撃の正体を察し、焦りの表情を顕にする。
「ヤバイ、ヤバイ! アナンタの獣だッ!」
獣と呼ばれたそれが、砂の中から姿を表す。人の身の丈をゆうに超える巨体を持ち、鋼のような表皮で全身を鎧った異形の怪物。まるで銅像が意思を持ち、生物のように振る舞う姿に、一世は只々圧倒された。
アナンタの獣が雄叫びを上げると周囲を一瞥し、船に残っていた一世の姿を認識する。
「逆井くん!」
アルエの声に我に返った一世は、アナンタの獣が自分の方に両腕を振り下ろそうとしている事に気付き、急ぎ梯子を渡る。
だが、それは獣の方も予測済み。勢いよく振り下ろされた腕の落下地点を変え、その巨腕で梯子を粉砕した。
一世はすんでの所で一撃を回避し、縋の塔へ退避し終えていた。
「あっぶな……間一髪だったわ」
足に力が入らないのを認識しながらも、一世はネインの誘導に従い、遺跡の中へと身を潜める事にした。
巨体では入り込めない遺跡の中へと退避し、取り敢えずの安息を得た一世達だったが、その中は普通の建造物とは異なる構造をしており、移動にだいぶ手間を取る事になった。
何しろ、通路の天井と床に電子ロック方式のドアが配されており、上に行くにも、下に行くにも一苦労だ。
「なあ、アナンタの獣って言ったか。あの化け物は一体何なんだ?」
道中、あの異形の存在の事をふと思い出し、一世はネインに訪ねた。
「アレは……何て説明すればいいんですかね。砂漠の向こうからやって来て人を襲うんですよ。アナンタの獣って名前も、いつからか言われ始めたんで、どこが発祥なのかもわかりゃしません」
「つまり、あなた達でもよく分かんないって事?」
アルエの問いかけに、ネインは「ええ」と短く応える。
とは言え、この世界の住人がよく分からない化け物と戦いながら今日まで生きてきた、という事が判明したのは確かだ。
ここから生きて出られたら、そういった上で成り立つ社会で生活をしなければならないのかと、一世は頭を悩ませる。
(要するに、あんな奴らと戦わなきゃ生活もまともに送れないような世界だって事か?)
額に手を当て、深いため息を漏らす。
「でも、スートアーマーさえあれば、あんな奴らイチコロでしょ!」
「「スートアーマー?」」
ネインの口からまろび出た聞き慣れない単語に、一世とアルエは疑問の声を重ねる。
「遺跡から発掘される人型機械! それは獣と対等に渡り合うだけの力を人に与えてくれた、まさに人類の生命線!」
「なるほど、ロボットか。で、それがこの遺跡に眠っているかもしれないんだよな?」
「ハイ。手付かずの、しかもこんな状態のいい遺跡なら、動く機体の一つや二つ、あってもいいと思いますよ」
「つまり、動く機体を探せば……」
一世の問いかけに、ネインはにやりと口元を歪ませながら、返答する。
「そう、あんな獣の一匹くらい、どうとでも出来るって事でしょッ!」
その言葉に、微かな勝機と、希望が見えてきた。それに、巨大ロボットが存在するのであれば、様々なサブカルチャーに触れ続けた男子高校生として興味が湧かない訳が無い。
ならば、やるべき事は一つ。
「仕方がない。それじゃあ、お宝探しと行くか」
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その巨体故に縋の塔の内部へと入る事が出来ないアナンタの獣は、暫くその場に立ち尽くしていた。が、やがて地下に何らかの存在を感知したように、砂の海の中へと沈んでいく。
しかし、それはこの獣が獲物の追跡を諦めた為に取った行動ではない。
獣には妙案があった。そう、ヒトの身を超える巨体であっても、この塔の中へと踏み入る事の出来る妙案。
砂中深くに眠る、大型機材搬入用ハッチ。本来なら砂の中に埋もれて見えない筈のそれを、獣は的確に感知している。当然、堅く閉ざされたその分厚い扉の一部が、明らかに歪んでいる事もお見通しだ。
そう、この獣は、この扉をこじ開けて塔の中へと押入ろうとしている。
そして、アナンタの獣は砂中でありながら地上と同じ速度でその扉の歪みに爪を突き立てた。