第十九話 暗闇の中
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「……俺は一体」
靄のかかったような微睡みの中で、逆井一世は自己を取り戻し、その意識を覚醒させた。
記憶の糸を辿り、自分に何が起きたのかを確認する。
アルエとザリアーナが乗るエアルフが、リーテリーデンのアル・ピナクルに攻撃された所までは覚えているが、それ以降の記憶が曖昧だった。まるで、そこに至るまでの一切が欠落してしまったかのよう。
だが、そんな中にあってアルエ達に呼びかけられた。それだけは確かに覚えていた。
「っていうか、ここは何処だ?」
自分が縛られ、放置されている場所を見て、ようやく自分が囚われの身である事を自覚する。辺りを見回すと、そこは一切の光が無い暗闇の中。辺りを照らす光源こそあれど、ここが室内であるのかすら認識出来ない程に、ここは暗かった。
「ほう、あの状態から自我を取り戻しましたか。これは興味深い」
一世の前に、ローブで顔を隠した男が立っていた。ローブの下から覗く顔は若く、二十代前後。だが、その表情はどこか諦めにも似た落ち着きを見せていた。
そして、彼の後ろにあの仮面の女の姿。その立ち位置から、一世はこの二人が主従の関係にある事を察した。
「……あんたは?」
「名乗る程の者ではない……というべきか、名前は私を構成する要素の中で最も意味を成さないものになってしまった、というべきか」
「意味が分かんないな」
ローブの男の言い分に一世はそう反論すると、対するローブの男は「それもそうだ」と笑ってのけた。
「では、ここは導師ジョウとでも名乗っておきましょうか。逆井一世くん?」
「なるほど、俺の事は調べてある、って事か」
「その通り。で、その上で君に頼みたい事があるんですよ」
一世は、ジョウと呼ばれたローブの男の言葉に首を傾げた。
「頼みたい事?」
「ええ、君にこの世界を救って欲しいのです」
ジョウは素っ気無い態度で一世にそう告げる。対する一世は、事の重大さから思わず目を見開いた。
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一世が、オルベイルと共にエクリプスに連れ去られてから二日が経った。
その二日間、アルエ達はただ何も出来ない自分達の無力さに、歯痒さを感じていた。
一世が何処に連れ去られたのか一切の手掛かりもなく、唯一の戦力でもあるエアルフも中破し、修理と改修に時間が必要だからだ。
唯一、胸をなで下ろせたニュースと言えば、アル・ピナクルとの戦闘で命を落としたと思っていたマルコがひょっこり生きていた事だろう。
誰もが死んだと思うような状況から生還する事では、その筋からは有名だという。が、その一方で機体を全損に近い形で潰して来る事でも有名だった。
「一世も、あれくらいあっさり帰って来てくれたら良かったのに」
アルエはそう言って、カフェのテーブルに突っ伏し、ため息を吐いた。
それに、エクリプスに乗っていたシイナの事も気掛かりだ。なぜ、彼女がこちらの世界に居るのか。そして、アルエの事をまるで知らないような彼女の素振り。
何かあったのは間違いない。
アルエは、ただその謎を解き明かしたいと思っていた。
「あの刀頭の機体についてだが、ギルドに問い合わせたら、ここ数週間の間に幾つか目撃情報があったらしい」
ザリアーナがそう言って、水の入ったグラスをアルエに手渡す。
「あの機体がアルカニック・ギアだったとして、君の知り合いがどうしてあれに乗っていたのか、長く乗っているのであればどのような影響があるのか、興味が沸いてくるよ」
「シイナは実験材料じゃない。それに、一世も」
アルエの言葉に「分かっているよ」と返す。
「だが、そこから手がかりを得て行動するのも、悪くはないと思う」
そう言って、ザリアーナは天を仰ぐ。砂漠にありながらあり得ない程の曇天に、嫌な予感を感じずにはいられなかった。
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世界を守って欲しい。そのような壮大なスケールの話を、まさか自分に振られるとは、一世は思っても見なかった。
そもそも、自分が掲げている目標は、天上アルエを元の世界へと帰す事であり、この世界の行末は二の次程度に考えていた。
だが、このジョウと呼ばれた男は、この世界を救う事は一世にしか出来ない事だと強く主張している。
そして、一世もそれを成す為の力を持っているのだと自覚しつつあった。
それがオルベイル。それがアルカニック・ギア。
「世界を守れと言われても、そもそもどういう風に、誰から守れっていうんだ」
「ふむ、それも尤もな意見だ。これは結論から言ってしまった私の方にも問題があった訳だが」
そう言いながら、ジョウはローブを下ろして素顔を晒す。完全に色素が抜けきった髪に目が行くが、彼の顔立ちは、確かに日本人のそれだ。
という事は、彼もまたこの世界に誘われた者という事なのか。
一世がそう考えている間にも、ジョウは話を進める。
「一世君。君は、アナンタの獣がどのような存在か、理解しているかな」
「壁峰の向こうからやって来て人を襲う化け物ってくらいしか知らないけど……まさかそいつらから世界を守れっていうんじゃないだろうな」
「そう、そのまさかだよ。理解が早くて助かる」
にこやかに笑いながら、ジョウは一世に語りかけてくる。が、やはり目は笑っていない。
「って事は、俺に壁峰を登れって言いたいのか?」
「いや、それは違うね。君にはまずアルカナの棺を集めて貰いたい」
ジョウの言葉に「それはどういう事だ」と言いかけた時、仮面の女が間に割って入る。
「導師、どうやら向こうの方が動きが早かったようです」
その言葉に、ジョウはため息交じりに「参ったね」と返す。一世も、流石に異変に気付いたようで「何があった」と眼前の二人に尋ねる。
「また、アル・ピナクルが現れたそうだ。しかも、ネビュリアの近傍に」
「……ッ!」
「恐らくは君達を追っているのだろう。けど参ったね、これも僕の予測の範囲外の出来事だ。多少の無理をしてでも、予測精度を上げるべきなのか……」
それは、リーテリーデンの魔手が再びアルエ達に迫っているという事を意味していた。
そして、自分に選択肢も、考えている時間も存在しないという現実を一世は突きつけられる。
「……どうすればいい?」
「うん?」
「どうすれば、お前らの目的は達成される?」
睨みつけるような一世の眼差しに覚悟を感じ、ジョウは頬を釣り上げる。
「先も行った通り、君にはアルカナの棺を集めて貰う。でも、それだけでは駄目だ。まず前提条件として、君のアルカニック・ギア……オルベイルと言ったね。それの能力を、君の意思でコントロール出来るようになって貰わないといけない」
一世の周りをぐるぐると歩きながら、ジョウは説明を続ける。
「どうすれば、それが出来るようになる!?」
能力の制御。そのワードに、一世が食い付かない訳がない。
「決まっている。研鑽だよ。ただひたすらに時間をかけて、ね」
「いや、そもそもその時間が無いからどうするって話だろう!」
一世の反論に、ジョウも「その通りだ」と言って首を縦に振る。だが、彼にとって、時間の経過とは些末なものでしかない事を、今の一世は知らなかった。
「では、私の棺の能力を使おう。他人に使うのは、前例が無い訳では無いからね」
その言葉と共に一瞬だけ仮面の女の方に視線を移し、ジョウはにこやかな笑みを浮かべると、差し出した右手で一世の頭に触れる。
「君は今から時間のループを擬似的に体験する。その中で、己が得るべき力を、必ず見つけて来るんだ、いいね」
ジョウの言葉を聞き終えるよりも早く、ジョウの能力が発動し、一世の意識はこことは別の場所へと飛ばされた。
「それを得られるかどうかは、君次第だ」
一世の頭から手を離し、ジョウは再びローブを被ると、仮面の女と共に闇の中へと姿を消した。
そこには、傍目には意識を失った少年が一人残されるだけだった。




